――インタビュアーの遠藤諭です。

――大石和江です。

――本日は2024年3月28日です。これから村上憲郎さんのオーラル・ヒストリーのインタビューを、ドワンゴ東銀座オフィスにて行います。

――じゃあ、村上さんも長くコンピュータの世界、デジタルの世界で活躍されているんですけども、まず、最初に村上さんがこの世界、デジタルの世界に入られたきっかけとか、それから日立（：日立製作所）でエンジニアとしてやられるわけですけど、当時の状況について、当時、ご自身がどういうふうにしてそういうふうになったか、それから、当時の会社、それから、市場とかコンペティターとか、それから、仕事の内容、それから、当時のユーザー、日本のユーザーはどうだったのか、これらについてお聞きしたいと思います。

村上：わかりました。

私めは、実を言いますと、極左暴力学生だったわけですよ。1960年代後半というのは、世界的に、ベトナム戦争に対して学生は反対をしていたわけですね。日米ともに。で、逮捕されたりしておりました。ところが、1968年に『2001年宇宙の旅』（：1968年、スタンリー・キューブリック監督）という、アーサ・C・クラークの小説を映画化したものを観たんですよね。おまわりさんとのチャンバラとか石合戦も負け戦が明らかになっておりましたので、さてどうしたものかと思い悩んでいたころだったわけですが、その『2001年宇宙の旅』に、ご存じのようにHAL（ハル）9000という人工知能型のコンピュータが登場して、ボーマン船長とかに反乱を起こすという、そういうお話だったわけです。おお、こういう世界があるのかということを初めて見聞きしまして、コンピュータ、できれば人工知能といった分野をやってみたいなと思ったのがきっかけです。
1970年に卒業させられたというか、できたというか、追い出されたというか、大学を追い出されて、それで、たまたま日立製作所に、母親に言わせると遠縁の人だとおっしゃるんですけども、相手さまは俺が遠縁かなと思ってたかもしれませんが、その方のところに行きなさいということなので行きましたら、その方が「ところで、憲郎くんは大学で何やってきたんだ」とお聞きになられるので、「いやあ、火炎瓶を作ってました」とは言えませんので、「ちょっとコンピュータをいじっておりました」というほどではなかったんですけどね。当時、大学を封鎖して授業ありませんので、東大出版会からだったと思いますけど、東大計数学科の森口繁一という先生のお書きになられた『FORTRAN入門』というのを読みました。

――大きい本ですよね。

村上：大きい本です。

――中身がスカスカの本ですね。

村上：いや、それ、スカスカのところがいいんですよ。なぜかというと、問いがあって1ページ開くと答えがあるというね。今となっては第1問しか覚えてないんですけどね。「BとCを足してAに入れるというFORTRAN文を書きなさい」という。で、学友諸君と何だろうなというふうに考えた結果、まあ、「B+C→A」とか、そんな感じじゃないかなと思ってページをめくると、「A=B+C、これを算術代入文という」と。そこからがコンピュータとの始まりだったということであります。

――授業でやったということなんですか？

村上：いえいえ。

――その間に自分で読んだということ。

村上：そうそう。学校ないんだから。それは我々が封鎖しているからね、ないわけであって。学友諸君と一緒に。自主講座ほど広くはやってないんですけどね。単に集まってやったということです。それで、本人は遠縁だと思っていらっしゃらないところに私めがおしかけまして、その方が「憲郎くんは大学時代に何を勉強したのかね？」というから、「大学がもう全然授業がなかったので、自主講座みたいな感じで少しコンピュータをいじっておりました」みたいな話をしたら、「そうか。コンピュータだったら、それじゃあ、日立電子という会社があるので、そちらに行きなさい」ということで、名刺の裏に「よろしく頼む」と書いたものをいただいて、中央線で武蔵小金井というところまで行って、日立電子というところに行きまして、めでたく入社させていただきました。というふうに、逮捕歴のある元極左暴力学生を無理やりに押し付けられた日立電子としては、面接のときに、人事部長さんの面接だったんですけど、「一つだけ質問していいですか？」とおっしゃるので、「何なりとお聞きください」と言ったら、「もうやらないんですよね」って（笑）。で、私は「はい。足を洗いました」というふうに言ったんです。なぜ「足を洗う」という言葉を使ったかというと、その製作所の偉い人が「三つ、約束してください」と。「一つ、堅気をばかにしないでください」。

――堅気。

村上：ヤーさんの反対語、「堅気をばかにしないでください」と言われたのが頭に残っていたので、「足を洗いました」というのが返答になったんですよね。後は、その方が、もう一つの約束は「私に恥をかかせないでください」ということをおっしゃったんです。それ以上、詳しい話は覚えてないんですけども、私がいまだに覚えて、どうそれをとらまえていたかというと、会社でトップだとか1番だとかそういうことではなく、褒められなくてもいいけど、そこそこにやりなさいという意味だなと思ってたんですね。三つ目が「3年は辞めないでくださいね」とおっしゃられたので、「はい、わかりました」と。この三つの申し出に従って、日立電子に入社したということです。そうすると、あずかった日立電子としては、逮捕歴のあるやつが入ってきたと。これ、どうするかと。ほんとに、わかりませんけども、いろいろ悩まれたと思うんですよ。それで、ほんとにこいつが足を洗ったのかどうかというのを試すしかないということで、最初に送り込まれたのが福島原発の振動試験という。浜岡原発の振動試験という。つまり、反対派とすぐに結託して、何か一騒動起こしたりはしないんだろうということをまずチェックする意味があったのかなと、今になっては思います。

――振動試験と、今、おっしゃったんですか？

村上：はい。振動試験です。私は何をやったかというと、高速フーリエ変換というプログラムですね。クーリーとテューキーという方が、確か1965年ぐらいに発見したアルゴリズムだと思うんですけども。それを岩波の『数学基礎講座』か何かから読み解いて、プログラミングして。つまり、原子炉が大変なのは地震なんですね。地震と内部の配管とかが共振すると、地震波の周波数が決まってますから、共振すると大変なことになるという。それの最終チェックなんですけども。実際に揺するんですよ。原子炉全体を。それが日立建機という会社が造った、地面をドン、ドン、ドン、ドンと揺するんですけどね。それに対して、500点ぐらいの測量点からアナログ信号を受け取って、それをフーリエ変換して、どの周波数に対しても共振してないということをチェックするというのが私の仕事でした。
二つ目の仕事は、それでもまだ怪しいと思っていたのかどうかわかりませんけれども、防衛、当時は庁ですね、防衛庁のお仕事でした。防衛庁のお仕事は、日立電子の工場の中でも普通の社員が入れない場所みたいなところへ、守衛さんが立ってて、その仕事に携わる人間だけが入れるというところでお仕事をするという、そういう仕事だったんですけども。この内容については、当然ながら、マル防秘なんですね。防秘でございますので、申し上げられないというふうなところでございます。

――コンピュータは、そのころは何を使用していたのですか？

村上：HITAC 10（：1969年）だったと思います。

――ミニコンなわけですね。

村上：ミニコンでした。

――FORTRANで。

村上：いいえ、アセンブラーで書いていました。

――アセンブラーで書いたんですか。

村上：はい、アセンブラーで書きました。

――わかりました。

村上：それで一応、完全に足を洗っているというお墨付きをいただいたのだと思います。日立では、その後、昔の電波研、今の、何というのでしょうか。そこの電離層観測衛星のデータを日本の上空に来たときにダウンロードしてくるんです。それを解析して電離層の画像を見える化する、そういう仕事などをやりました。ところが、1978年に、DEC（：Digital Equipment Corporation）がVAX-11/780を出すんです。ご存じのように、それが32ビットのマシンでした。元々、1970年代の日本のコンピュータ産業は、アメリカのコンピュータをコピーしていたわけです。

――ほとんどそうなんですか？

村上：ほとんどそうです。HITAC 10も、PDP-8（：1965年）というコンピュータのコピーです。最初の1号機は12ビットだったらしいんです。それをDECがPDP-11（：1970年）という16ビットのマシンを出したので、慌てて4ビット継ぎ足したようなマシンだったんですけどね。それよりも大変だったのは、VAX-11/780が出て32ビットになることです。16ビットが32ビットになるというのは、複雑怪奇さは2倍どころじゃないんです。1ビット増えると2倍複雑になる。もう1ビット増えると4倍複雑になる。もう1ビット増えると8倍という。1、2、4、8、16、32、64、128、256、512、1024、2048と、どんどん複雑になっていくわけです。ですから、日立グループとしては、グループ内のコンピュータ人材で、そんな32ビットのマシンをコピーするような人材がいないという状況でした。

――大型機とかもやっていてもダメなんですか。

村上：大型機はもう、IBMとの熾烈な戦いがあり。

――そんな余裕はないという。
村上：そういう余裕はないということで、ミニコンから撤退するという決断をされたんです。では、我々は何をやればいいのかと言ったら、当時、日立電子が名古屋のところに旭工場を新しくつくって、オフィスコンピュータをやっていたんです。それで、それを手伝えというお話になったので。HITAC 10は、どちらかというと、理化学計算に使っていたんです。ですから、オフィスコンピュータ、四則演算しかやらないようなコンピュータは面白くないと思っていたところに、新聞広告に日本DECが社員募集と出ていたんです。元々、DECのマシンをコピーしていたコンピュータの上で仕事をしていたわけですから、これはもうご本家が社員募集だということで、行こうかということで、新聞広告に応募して日本DECに入ったということです。

――日本のDECはまだできたばかりとか、そんな感じですか？

村上：いいえ、数年たっていたと思います。でも、そんなに大きな所帯ではなかったと思います。

私はセールスで応募したんです。そしたら、人事部の方が「村上さん、エンジニア、R&D（：Research and Development）とかじゃなくていいんですか？」とおっしゃられたので、私は、元々、大学では何のコンピュータサイエンスも学んだわけでもなく、日立電子で一から、仕事の中でなんとか身に付けた人間ですし、DECはもう、本当に、コンピュータサイエンスでIBMと対抗できるような会社であるというのはわかっていましたので、R&Dとかエンジニアリングのところには無理だと自分でわかっていましたので、セールスをやらせてくださいということで、セールスで採用されたということです。

――入ってみてどうだったんですか？

村上：もう、極めて自由闊達な会社でした。ただ、入ったら、もしかしたらここは後で結局、切ることになるかもしれませんけども、日立に入れてくれた遠縁と呼ばれる方が、そのときの日本DECのトップの方に、日立に戻せみたいなことをやったんです。日立の、私を日立に入れた方がちょっと話に来なさいみたいな。でご自宅にお伺いしたら、何か人間関係とかいろんな問題があったのかみたいなことをお聞きになられたんですけど、いや、そうじゃないんです、ミニコンが好きだからミニコンをやっている会社に応募したということですという本当の理由を申し上げて、それなら頑張りなさいということになりました。会社としては別に良かったんですけども、遠縁だと我々サイドが思っていた製作所の偉い方はちょっと気になって。元々、日立製作所に磁気コアメモリか何かを納入していた会社をおやりになっていた方が、当時、日本DECのトップになられたので、「おい、お前」みたいな感じで、その方が、「戻せ」みたいな無理なことをおっしゃられたんだろうと思いますけれども。それは上手に収まって、日本DECに入ったんです。それで、今、思い出しましたけども、どうしてもコンピュータの歴史的な話ということになると、日立電子のときに、これは一つ言っておかないといけないのは、防衛庁の仕事をしたと申し上げましたよね。やったのは、日本は伝統的に飛行艇の技術がすごいんです。それで、海上自衛隊の飛行艇、型名はPS-1とかいったかな、新明和工業という会社の製品ですけど。製品というか。それの操縦訓練装置という、シミュレーターを作っていたんです。ところが、リアルタイムって、いろんなところで使われていますけれども、操縦訓練装置のリアルタイムというのは、我々が住んでいるこの世界と同じ意味でのリアルタイムなんです。1秒は1秒、100msは100msという実時間ということなんです。ところが、当時のコンピュータでは間に合わない。間に合わないというのはどういうことかというと、訓練装置の操縦桿を例えば動かしたとしますよね。それをアナログからデジタルに変換して、これ、AD変換でコンピュータに取り込みます。で、計算をして、100msの後、機体がどうなるかというのを訓練装置に戻さないといけないんです。訓練装置がグーッとこう機体が動くという。ところが、当時のデジタルコンピュータでは、100msの間にその計算が間に合わないんです。
それで、どうやっていたかというと、アナログ計算機、アナログコンピュータを併設して使っていたんです。アナログコンピュータって一体何なのかというと、わかりやすく言うと……。わかりやすくもないかもしれませんが、例えば、新明和工業のPS-1という飛行艇がどのような航空力学的に動くかというのは、常微分方程式で、連立の、何十というもので記述されているんです。これをデジタルコンピュータで計算しようとすると、いろんな計算方法がありますけども、いずれにしても、間に合わない。アナログコンピュータはどうするかというと、この常微分方程式と等価な、全く同じ電子回路を作るんです。アナログコンピュータの上に。そうすると、ある時点で操縦桿がこうなっていた、動かしたというのが入力されると、実機、PS-1と同じように、この常微分方程式でアウトプットがリアルタイムで答えを出してくるんです。それは電圧で出してくるんですけど。ということで間に合うということになります。ただ、アナログコンピュータだけではできないので、デジタルコンピュータとの組み合わせ、ハイブリッドコンピューティングという形で飛行艇の操縦訓練装置みたいなものを制御していたという。そういう仕事を防衛庁の仕事としてはやっていたわけです。これは話していいと思って、思い出したついでにお話ししました。

――もっとやばい内容もある。

村上：やばい内容は、いくつかあります。

――わかりました。

村上：その話はできないんです。

――はい。

村上：日本DECに入社しました。入った途端に、通産省が第五世代コンピュータプロジェクト（：1982―1992年）を始めたんです。誰か担当をやる人はいないかという話があり、私が「やらせていただきます」と手を挙げました。第五世代コンピュータプロジェクトは人工知能のプロジェクトでしたから。私が10年前、1968年に足を洗うきっかけになったHAL9000が人工知能だったわけです。これは自分がやるべき、神様のおぼしめしだなと思いました。そういうことがあったので、自ら名乗り出て、第五世代コンピュータプロジェクトの担当になりました。それで、ICOT（アイコット）（：Institute for New Generation Computer Technology）という組織に入って、仕事をやることになったんです。

――DECの社員でありながら、ICOTに出向みたいなことですか？

村上：いや、そうではないんです。ICOTは立ち上がるときに、DECから担当者をよこせということでした。あくまでもDECの人間としてよこせという。確か、東京タワーの脇の機械振興会館に呼ばれたと思います。電総研の渕先生がプロジェクトリーダーでした。

――有名な。

村上：はい。そこで、ICOTのメンバーを選ぶといったあたりのところまで、少し、なぜか私まで見聞きすることができました。基本的に何をやっていたかというと、各主要な大学のコンピュータサイエンスの卒業生の名簿と、その方々が出した卒論とか修論とか博士論文を集めていました。その方、例えば、Aくんが今どこで何をやっているかというのを調べると、人工知能の研究をやっていた方にもかかわらず、まるで別の仕事をやらされているということがあったりしたら、その会社に声掛けて、ICOTに出向させろみたいなことを、渕先生、主要メンバーの電総研の先生方が一生懸命やっていました。そういうICOTが立ち上がるところから私はお邪魔していたんですけども、事務局のほうから、「村上くん、このプロジェクトはDECのコンピュータを使うしかないから、あんたを呼んだんですよ」と言われました。「何を私はすればいいんですか？」と聞くと、このプロジェクトに参画するコンピュータ会社にDECのコンピュータを買ってもらわないとプロジェクトが前に進まないので、「あなたの役割はDECのコンピュータを参画する企業に売り込みにいきなさい」ということでした。
簡単に言うと、DECSYSTEM-20（：1977年）を売れということです。当時、DECSYSTEM-20は、国内に3台ぐらいしかありませんでした。NTTの武蔵野通研（：武蔵野通信研究所）と、横須賀通研（：横須賀通信研究所）、慶應大学の相磯研（：相磯秀夫研究室）、それから、後で理科大学（：東京理科大学）に寄贈された曙橋の近くのフジミックという会社に1台、そして京都産業大学にも入っていました。国内でもせいぜい5台ぐらいしか入っていないマシンでした。「なぜこのマシンがいいんですか？」と聞くと、アメリカの人工知能の研究は全てこのDECSYSTEM-20、元々はPDP-10ですが、PDP-10がDECsystem-10になって、さらにDECSYSTEM-20にモデルが変わってきていたんです。「この上でアメリカの人工知能の研究は行われているから、ICOTとしてもそのコンピュータを使わざるを得ないんだ」ということで、「国家予算も限られていることだから、参加企業もそのコンピュータを持ってほしいんだけど、国家権力として買えとは言えないから、あんたが売るしかないんだ」と。
私は事務局の人に、「では、私、今から売り込みに入ります。その代わり、参加企業の方が何か問い合わせを事務局にしてきたら、村上の言っていることは正しいとお答えください。別に迷惑をかけるようなうそは申し上げませんので、その点はご安心ください」と言いました。それで、日立製作所のシステム総合研究所の所長だった三浦武雄さんのところに行きました。三浦さんは、以前、日立電子のアナログコンピュータやハイブリッドコンピュータを、武蔵小金井の日立電子で指導されていた方です。その方が栄転されて、システム開発研究所の所長になられていました。三浦さんのところに行って、「ICOTの担当になりました。ついては、参加企業の方にはDECSYSTEM-20を買っていただきたい。事務局のご要望なので、ぜひ、日立システム開発研究所でお買い求めいただけませんか？」とお話をしました。それがきっかけになって、参加企業各社がお買い求めいただきました。日立、富士通、NEC、東芝、三菱、松下電気、シャープといったところです。

――1982年とか83年だと思うんですけど、ICOTということは。
村上：はい、そうです。設立は。
――僕、SYSTEM-20ってどういうコンピュータかわからないですけど、PDP-10の、どういうふうに改良したもの。AI向けに改良した。そうじゃなくて？

村上：元々、PDP-10というのが18ビットマシンで、これはLISPマシンなんです。

――ああ、そういうことなんだ。

村上：はい。

――失礼しました。だからなんですね。

村上：そうです。

――わかりました。どうぞ。

村上：めでたく、参加企業も買っていただいて、もちろん、ICOT自身もお買い求めいただきました。その次は、事務局のほうから、「村上くん、もう一つ、やってもらう仕事がある」と。「何ですか？」と聞くと、「DECSYSTEM-20の上に、既にアメリカで開発されたソフトウェアがある。それを入手してきてほしい」と言われました。

アメリカのDECSYSTEM-20を使用している各大学を回りました。ところが、当時は、例のIBM事件の直後だったんです。

――産業スパイ事件。

村上：そうです。IBMがFBIを使って。

――おとり捜査で。

村上：おとり捜査で。わざわざ、これはセクハラ用語になるかもしれませんが、美人局みたいなものですね。ご案内をして、マシンを見させているところを、「俺の女に手を出すな」みたいな感じでFBIが踏み込んでくる。絵に描いたようなおとり捜査で、善良な日本のコンピュータ会社の方々が捕まったという事件がありました。ですから、私がMITのAIラボやカーネギーメロンユニバーシティ、ピッツバーグユニバーシティー、バークレー（：カリフォルニア大学バークレー校）など、DECSYSTEM-20を使って人工知能の研究をしている各大学を回って、ソフトウェアをいただいて帰ったんですけれども、各先生から「ノリオ、お前、空港で捕まるぞ」と冗談めかして脅されながら。捕まることなく、米国のそういうAI研究の主要な大学の先生方は、快く最新のAIの研究成果を提供してくれました。

――あげちゃったんですか？

村上：くれたんです。当時はマグネティックテープに、磁気テープに入っているものでしたけどね。

――ICOTって結構、ニュース的に日本がこんなとんでもないプロジェクトをぶち上げたとかいって、アメリカで、三田国際ビルとか。

村上：そうです。あそこでした。場所が。

――こんなでかい建物建ててやってるぞみたいな感じで。

村上：当時、アメリカの先生方はどう思ったかというと……。

――気にしてないということなんですか？

村上：いや、当時、人工知能にはブームの波がありましたよね。向こうでちょうど冬の季節だったんですよ。日本がICOTという形で、エキスパートシステムみたいなものを効率良く走行させるコンピュータの開発をやるということになったら、アメリカのAI研究予算も各大学に流れるという、そういうタイミングだったんですね。ですから、歓迎されて、空港で捕まることもなく、ソフトウェアをいただいて日本に持ち帰りました。

――DEC自身も、XCON（:DECのためのエキスパートシステム）とか、AIの面で有名じゃないですか。

村上：そうです。

――DEC自身のものを持ってこなかったんですか？

村上：いや、それは持ってきませんでしたね。

――そうなんですね。意外ですね。

村上：それは、私企業なんですよね。各大学はどういうところからの資金でやってたかというと、DECSYSTEMにはどこから寄贈されたかというのが……。わかりやすく言うと、DARPA（ダーパ）なんですよ。Defense Advanced Research Projects Agencyという。今でこそ、皆さん知っている組織ですが。国防総省の最先端技術の開発がアレンジした寄贈になってますので、これはネイビーからだとか、これはエアフォースからだとか、これはマリンコープ、海兵隊ですね、これはアーミー、陸軍からだというふうに、各大学のDECSYSTEMはどこの資金で購入されたのかということは、行くとわかるようになってますよね。そのことは、そこで開発されたものはパブリックドメインだという考え方なんですよ。回り回って、つまり、アメリカの国民が税金を納めたと。その税金が国防総省に振り当てられて、その国防総省からDARPAの予算に入って、それが各軍、それぞれの予算の中からうまく削ったりして、各大学の予算を補助するような形で運営されてたんだろうというふうに思いますね。

――なるほど。じゃあ、そのソフトはICOTのメンバーに配られたというか、そういう感じなんですか？

村上：そうです。もうそれはパブリックドメインなので、「ノリオ、大丈夫なのよ」という。まあ、脅されはしましたけどね。そのIBM事件の直後だったので、空港で捕まるぞみたいな。

――２度目の逮捕。

村上：（笑）

――はい。

村上：で、次の段階に行きますと、その第五世代コンピュータプロジェクトが順調にスタートして、次に何をやろうかというふうに思っていたときに、NCR、ナショナル金銭登録機からトップが来られたんですよ。ワタナベさんという方だったと思いますけど。何かのきっかけに、ワタナベさんが私に、「会社を移ったら、前の会社に対する恩返しというのは、前の会社のマシンをリプレイスすることなんだ」というふうにおっしゃったんですよ。「そのターゲットはどこですか？」と言ったら、「住友銀行だ」と。「なぜですか？」と言ったら、「住友グループにはNECという立派なコンピュータ会社があるのにもかかわらず、なぜかNCRのコンピュータで運営されているんだ。村上くんは人工知能という新しい技術の分野で仕事をしてきた。だから、何か手はないかね」と。どういうふうにしてその情報を手に入れたのかも忘れましたけども、当時、住友銀行の外為の処理というのは、日本とアメリカと夜昼逆転してますよね。前日のアメリカの外為の取引の様子が、テレックスか何かでバーッと入ってくるんですよね。それを数十人の女子行員の方が朝出社されてこられて、もう一遍、NEC（：NCR）のコンピュータにそれを見ながら入れ直してたわけですよ。あ、これはできるなと。どうやったかというと、そのテレックスの入ってくるのをVAXで入力して、キーワードだけ見ればいいですから、そんな自然言語処理なんて難しい言葉を言う必要もなく。それをバックエンドにNECのNEAC（：ニアック、日本電気が自社製コンピュータに使用していた商標）を入れてもらって、それに送るということで、女子行員さん、数十人のお仕事が一気になくなるというか、省力化できるという提案ですね。NECの、当時、金融業担当の営業部長さんだった、後にNECの社長さんになられますけども、西垣さんと一緒に提案をして、採用されて、NECとしては初めて、本家本元の住友グループの中の本丸みたいなところにNEACが入るきっかけをつくったと。で、そのせいとは言いませんけども、西垣さんはご出世されて、社長になられたわけですけども。DECのほうからすると、DEC本社のほうから、日本法人のノリオ・ムラカミというやつが文化系アプリケーションにうちのマシンを売ったと。つまり、DECのマシンは、人工知能だ何だといろいろありますけども、どちらかというと、理化学計算向けで使われることが多かったわけですよ。ということなので、アメリカに来て同じ仕事をやれというふうにお声掛けいただいて、1986年にDEC、米国本社の人工知能技術センターというところに転属になったということです。そこで、5年間、仕事をするという形になりました。

――向こうでのお仕事はどうだったんでしょうか？

村上：向こうでの仕事は、元々が技術者じゃないので、コンピュータサイエンスの技術者ではないので、マーケティングマネージャーみたいなことでしたね。ICOTをお手伝いしていた時代にお訪ねした各大学の先生のところに行って、最近の先生の技術開発というか、ご関心はとか、どういうことをおやりになられているんですかみたいなことをお聞きして、さらにDECのコンピュータを使ってくださいねみたいな、そういうことをやる、AIがらみのマーケティングのお仕事をさせていただきました。

――なるほど、なるほど。特にそこで日本との文化的な違いとか、そういうようなものは。

村上：それは、コンピュータと関係ないところで言うと、今でこそ皆さん、セクハラだ、パワハラだ、といろいろ大騒ぎしていますけれども、文化的な意味合いで言うと、例えば、私が家内を連れて会社に最初に行ったときのことです。なぜ家内も連れていったのか覚えていませんが、上役の人が「ノリオ、なんでお前のワイフは俺たちの1メートル後を歩いているんだ」と。つまり、男の子のほうが1メートル後ろを歩いたほうがいいんじゃないかという、そういう社会でした。もっと真面目な話で言うと、私が他人をハイヤリングするポジションにあったとき、チャイニーズアメリカンの女性の方をハイヤーしたんです。そしたら、私のその期の人事評価のポイントがよかったんです。向こうでは評価の後に人事面接がありますから、「なぜよいのですか？」と聞いたら、「いや、ノリ、お前、2ポイント、マイノリティーだろう。チャイニーズというマイノリティーと女性というマイノリティー、これを採用したということから、お前の人事評価は上がっているんだ」と。1980年代の後半のことです。だから、アメリカの社会というのは、そういうことに関して極めて注意深く、当然ながら気を使って会社運営がなされていたということかなと、今にしては思い出します。しかし、それには裏側があって、これはコンピュータとは関係ないことですが、車に女性が乗るときも必ずドアを開けてお通しする。自分がドアを入っていったら、女性に限らず、次の方が入ってこられる方があったら、その方も入れてあげる。そういうことをやるわけですけれども、アメリカの社会は、ご家庭の会計は旦那さまが握っているんです。もちろん、お二人が働いているということもありますが、日本と同じように旦那さまが働いて、奥さまはご家庭でというご家庭も引き続き多いんです。その奥さま方は、日本であまり使わないんですが、小切手社会ですから、スーパーで買い物するときに、例えば30ドルの買い物をしたら、50ドルの小切手を切るんです。そして20ドルのお釣りをもらう。それは、へそくりにするんです。

――全然知らなかった。

村上：というふうなことを、奥さま方は一生懸命おやりになられているという。旦那さまが財布のひもを握っていらっしゃるところをかいくぐってということもあります。

――DECに何年間、5年間。

村上：5年いました。

――86年だと、VAX（：Virtual Address eXtension、DECのミニコンピュータ）とか、まだパソコンがこれからバンバン伸びてくるタイミングですけれども、コンピューティングの世界も変わっていくタイミングですね。

村上：そうです。これはもう、別に、秘密でも何でもないと思います。ケン・オルセン（：DEC創業者）というDECのトップの方、MITのリンカーンラボから、それこそスタートアップでDECという会社をつくられた方です。私もよく日本の取材の方がたくさん来られて、通訳みたいなこともやらされていたので、親しくさせていただきました。三つぐらいエピソードをお話できると思います。コンピュータの世界で言うと、パソコンが出てくるというところで、DECもパソコンを作るべきだということをケン・オルセンの耳に入れたいということがあって、通訳のついでに時々ささやいたりしていたんですが、ケン・オルセンの答えは、当時、端末のVT100（：1978年）で、タイムシェアリングシステム、センターにVAXがあって、VT100という端末を使用していました。これも確か、端末のデファクトスタンダードになったと思いますが、これでもう十分できるじゃないかということで、パーソナルコンピュータなんか作る必要ないという考えでした。

――一言のもとという感じですか？

村上：まあ、一言のもとというほど厳しい言い方じゃないので、大丈夫じゃないかという感じでした。後、二つ目のエピソードとしては、アトランタで通信業界の会議があって、そこでケン・オルセンがキーノートスピーチをやるということで、私だけが専用機に同乗してアトランタまで行きました。その通信業界を担当している営業の連中が、「ノリオ、ケンにこれだけは、キーノートで絶対言わないように、お前から言ってくれ」と。「UNIX（：AT&Tベル研究所が開発したOS）はがまの油だ」。スネークオイルというんですけど、英語でね。もうケン・オルセンがずっと言い続けていたんです。

――どういう意味になるんですか？

村上：つまり、VMSのほうが素晴らしい。VAXのOSのほうが素晴らしい。でも、UNIXというのは、PDP-11/45というDECのマシンの上で、ベル研、AT&Tのベル研究所で開発されたんです。だから、決してDECと無縁でもないし、敵対する意味も全くないのにもかかわらず、なぜかケン・オルセンはVMSが優れていると。そしてUNIXはスネークオイルだと。

――がまの油、なぜスネークオイルなんですか？

村上：がまの油というのは、要するに…

――怪しいということなんですか？

村上：怪しいということなんでしょうね。

――しかも、UNIXは、もうちょっと、誕生はもっと前かもしれないけど、PDP-11でバーッと広がったのにという。

村上：にもかかわらずということですよね。

――なるほど。それを公衆の面前で言うなと。

村上：言うなということを。私はそれを、恐れながら、アトランタまで長いですから、機内で申し上げたんです。そしたら、ケン・オルセンが「わかった、わかった」と言ったにもかかわらず、キーノートスピーチで「UNIX、あれはスネークオイルだ」とおっしゃったんです。もう、後でテレコム担当の営業から、「ノリオ、お前、ちゃんと、俺たちいないからって、伝えたのか」とボコボコにされましたけど。「言ったよ、俺は」という。それが二つ目のエピソードです。ですから、ケン・オルセンはパソコンを評価しなかったし、これは、PDP-1というのが、パソコンなんです。図体はでかいですけどね。世界で初めてその上でコンピュータゲームが走行したわけですから、DECという会社は、別に、パーソナルコンピュータに敵対するような会社ではないにもかかわらず、とにかく、VAXとVT100という組み合わせが全てだみたいなふうにケン・オルセンは思っていて、さらに、UNIXとVMS（：Virtual Memory System）というところでも、繰り返しになりますけども、PDP-11/45の上で開発されたUNIXにもかかわらず、VMSがいいんだということに凝り固まっていたんです。三つ目のエピソードですが、私が住んでいたリンカーンという街に、ケン・オルセンも住んでいました。息子がカブスカウトに入っていたとき、ハロウィーンのトリック・オア・トリートでケン・オルセンの家に行ったんです。帰ってきて、「パパ、パパの会社は大丈夫？つぶれるんじゃないの？」と言うんです。「どうしてだ」と聞くと、「社長が出てきたけど、ボロボロのスニーカーをはいていて、全然知らないような名もないメーカーのスニーカーで、しかもボロボロだったんだよ」と。極めて質素な暮らし向きをされていたと思います。「キャンディーとかもらったのか？」と聞くと、ペニーをバケツいっぱい持ってきて、「君たちがつかめるだけつかまえて、持って帰っていいよ」と言われて、息子は小さい手で握れるだけ握って、それはもらえたようでした。質素倹約という暮らし向きだったと思います。決して威張らないんですよね。本社のパーキングロットには社長の駐車スペースもなくて、出社が遅れたら一番端のほうにとめていました。ただ、私が帰る直前には、足腰のことを心配した誰かの進言で、本社の建物に近いところにケン・オルセンの専用駐車場をつくっていましたね。乗っている車はフォードのトーラスで、もちろん一番安い車ではありませんが、高級車では全くない。ケン・オルセンは体格が大きい方なので、大きい車が必要だったんです。トーラスは庶民が普通に購入して運転する車ですよね。当時、フォードの社外取締役もされていて、フォードからは高級車を使ってくださいという申し出があったようですが、「そんな車は必要ありません」と断って、体格が大きいという理由でトーラスを選んだそうです。そういう意味でも、ケン・オルセンという方は極めて質素倹約な方でした。

――そういう企業文化のところで、5年間過ごされて、AIに関して。

村上：はい。

――で、日本に帰ってくるじゃないですか。

村上：はい。

村上：DECの話で言うと、ケン・オルセンがリタイアをして、後、ボブ・パーマーという、半導体の会社から来られた方がDEC本社の社長になるんですけども、この方もすごい方でしたね。

――どうすごいんですか？
村上：マイケル・ダグラスみたいなイケメンなんですよ。

――マイケル・ダグラス（笑）。

村上：うわさでは、高級車に乗って、その後ろを女性の車が数台、いつも追いかけてるみたいな。

――ほんとですか？

村上：普通は逆じゃないのみたいな、そういう方でしたが。

――うちの写真探せなかったんですけど……。

――お、出た。

――DEC10って、これ、青い。こういうのですか？

――SYSTEM-20？

村上：これ、PDP（：Programmed Data Processor）……。そうですね。

――これはPDPで。

村上：PDP-10。これが、DEC20だ。20ですね。

――これが20ですね。この後ろ、これを使ってた。

村上：これは、VT100なんです。

――また違うんだ。後ろでだから、テープ……。

村上：いやいや、これの時代にはもう紙テープじゃないと思います。PDP-10のほうを出していただくと。

――PDP-10は、この何かプチプチってこう。

村上：そうそう。紙テープがね。

――典型的なミニコンです。

村上：普通、巻き取るじゃない。DECの紙テープは……。

――折り形式なんだよね。

村上：バタバタバタバタと。

――はいはい。あるじゃないですか。

――いやいや、違うんですよ。これはうちの写真じゃなくて。

――ああ、そういうことね。

――ちょっと、うちの写真は探せなかった。

村上：PDP-10は、ないんじゃないかね。

――10、ないですよね。

――そのSYSTEM-20というやつはあるんじゃないか。

村上：アメリカのコンピュータミュージアムぐらいにしかないんじゃないですかね。

――そうですよね。

――だって、LISPマインといったらさ。

――そうですよね。いや、DEC20というか、20。

村上：が、あると思いますよ。フジミックから行ったんだと思いますから。理科大には。

――どこかの研究室に置いたまま。ちょっと筋が違いますよね。博物館と、多分、どこかの研究室で使われたのなんか。

――でも、また違うんですけど、第五世代のって、溝口文雄（：人工知能、認知科学およびソフトウェア工学の研究者）先生。

村上：先生とかね。溝口先生が理科大に移ったときに、フジミックから。

――ですかね。

――そういうことなんだ。

村上：そうそう。

――溝口先生。有名ですね。

村上：溝口先生が、マイシンというエキスパートシステムを開発されていらっしゃったんですよ。

――ですよね。
村上：だから、DECSYSTEM-20が欲しいとおっしゃって、フジミックが理科大に寄贈したんじゃないですかね。

――そういうことなんだ。じゃあ、その研究室の筋に聞くのがいいんじゃない？どっちかというと。

――第五世代って、ああ、そうか、そうかと思って。後、第五世代と言えば、喜連川先生ですよね。

村上：はい。そうです。

――ですよね。今……。

村上：国立情報学研究所の。

――NIIの、ずっと所長をされていて。

村上：この間、所長をされていらっしゃった。

――だって、微分解析機のときの……。

――そうです、そうです。微分解析機のとき、ちょうど、喜連川（：喜連川優？）先生だった。

――はいはい。うちもちょっとお世話になってるんだよ。Twitter解析の件で。

――ただ、第五世代と言えばと思って。

村上：いや、第五世代は、最終的に失敗だといわれているんですよ。なるほど、試作機はできたんです。

――コンピュータの歴史の中で聞かれることがあって。第五世代って何ですかといって。ここに、ちょっとあったりしてたので。溝口先生の■■が。第五世代って何ですかとか聞かれても、なかなか説明できない。

村上：Prologというね。

――論理プログラミング。

村上：Prologというソフトウェアを、エキスパートシステムを記述するのにふさわしい言語だったんですよ。それで、第五世代コンピュータはPrologマシンを作ろうとしていたんですね。試作機は完成したんですが、それを商用機として日本のコンピュータ産業は市場に出せなかったということがあると。

――そうですね。僕、取材しました。当時、小学校何年生の国語の問題は解けますとか、いろんなデモやってましたよね。それこそ、先ほど挙がったようなメーカーが、コンピュータショーとかで普通にデモってたんだよ。ガタガタガタとかいって。

――時代的にわかるけど、それを、私の全然実感がないので、説明できないなと。

――要は、人工知能専用のコンピュータを一から作ろうと。一からじゃないですね。論理プログラムを走らせるために効率的なマシンを作った。

村上：それで、日米の話で言うと、日本がエキスパートシステムを効率良く走行させるPrologマシンを開発していった1980年代、アメリカは何をやっていたかというと、ネットワークをやっていたんですよ。最初はDARPANET（：米国防省の研究機関Defense Advanced Research Projects Agencyによって開発されたネットワーク）、ARPANET（：インターネットの前身となるネットワーク）、それから、その後、サイエンスネット（：Science Network）という、名前はどんどん変わっていきますけれども、つまり、今のインターネットの開発をひたすらやり続けていたんですね。ところが、日本は、第四世代でIBMに勝ったと。なんだけど、訴えられたと。そうすると、この第五世代で訴えられないように、先んじなきゃダメだということで、第五世代という人工知能、エキスパートシステムを走行させるマシンの開発に集中したと。そこが違っていたということです。

――正式には、新世代コンピューターなんとか機構ですよね。第五じゃないんだよね。

村上：そう。第五という話は一切入ってない。

――俗称なんだよね。

村上：新世代コンピューター開発機構（：新世代コンピューター技術開発機構）だったと思いますね。

――そうですよね。僕、DECがそれに絡んでたって、全く。でも、絡み方がそういう絡み方ということですね。

村上：そうです、そうです。

――後からつけた名前ということですか？

――というか、俗称だね。

――その後半部分でつけたんですかね？

――いや、最初からだと思う。

村上：いや、最初から、ICOTだったですよ。

――僕、それの一番最後の発表会というか、成果報告会みたいなのに行ったら、外国人記者のほうが多かったですよ。国内はもう興味失ってて。なんと。そんな発表会、国内、珍しいと思うんですけどね。

村上：帰ってきたときに、ちょうど、日本ではバブルが崩壊したところですよね。

――93年に崩壊と俗にいわれています。

村上：ね。ですから、ちょうどそのころに、World Wide Webというね。あれはジュネーブの……。

――CERN（：欧州原子核研究機構）。加速器でしたね。

村上：加速器の研究所の方々のところからアイデアが出ていて、それを……。アンダーソン（：マーク・アンドリーセン）という方だったと思いますけども、Netscapeという会社がブラウザというのを開発して有料で販売してたんですけども、Microsoftさんが Windowsというのを出して、それは無料だと。

――95年、Windows95にバンドルしたんですね。

村上：バンドルしたのか。

――IEをバンドルしたんですよ。

村上：IE。

――Internet Explorerを。

村上：ああ。

――Internet Explorerを、いきなりバンドルしたんですよ。

村上：Internet Explorerがタダだという形になって、Netscapeがもちろん倒産してという。そこから検索エンジンの競争というのが始まって、Exciteだとか、何社か登場して、競争してたんですよね。私めは、いくつかの米国あるいはカナダのICT（：Information and Communication Technology）の会社の日本法人の社長を歴任していたんですけども、Googleという会社が日本法人を本格的に立ち上げたいと言っているので、やらないかというふうにお声掛けをいただいて。

――普通に、メールか何かで来るんですか？

村上：いやいや。日本に帰ってきてから、あずかったアメリカの会社、何社か、本社がおかしくなって、日本法人もリストラだみたいな。帰ってきて最初にまず、IBMとDECがリストラやったんですよね。1991年ごろだったと思いますけどね。IBMもDECもリストラはしないみたいなことを、言わねばいいのに公言していた会社がそれをやったんですけども。
その後、あずかったほかのICT関係の米国、カナダの会社の日本法人のトップもやらせていただいたんですけども、サーファー（：波乗り）みたいな感じでリストラをやって、最後にかっこよく自分が辞表を出すみたいな形をとっていってたんですけども。そこのところ、少し言いますと、アメリカの会社、退職金規程が日本ほど手厚くないので、日本法人とかが立ち上がって入社してこられた方々、そんなに勤務年も長くはないんですよね。そうすると、手厚くない退職金規程で計算すると、すずめの涙みたいな退職金みたいになるんですよ。なので、私が日本法人のトップをやっててリストラをやるときに、本社に対して、これだと訴えられるよと。弁護士さんのサジェスチョンもいただいて、それよりか、ちょっと手厚く出したほうがいいと。だから、通常の退職金規程に対して、１年分みたいなもので次のお仕事を探していただける余裕を手当てしたほうがいいんじゃないかみたいなことを言うと、本社が「ノリオ、それだと、ほかの国のバランスがとれない」みたいな。ということで、言ってみれば、日本法人の社長のくせに、組合の委員長みたいな感じで本社とネゴして、「じゃあ、ほかの国には内緒だけど、プラス６ヶ月」みたいな、そういうことをやって、先ほど申し上げたように、最後にそれが終わったら、自ら辞表を出すみたいなことで数社やってきたわけですけども。そういうふうに、ある会社をあずかってやってて、その会社がおかしくなって、そういうリストラのプロセスに入ってくるころから、さっき、かっこよく辞表を出してみたいなことを申し上げましたけども、もうヘッドハンターの方から「じゃあ、村上さん、こんな会社が、今、日本法人を設立してトップをと言ってますのでどうでしょうか？」みたいなお話をいただいてるから、かっこよく私も辞表を出すみたいなことではあったんですけども。そういう流れの中で、Googleからお声掛けをいただいた。

――日本のヘッドハンターですか？向こうのヘッドハンターですか？

村上：日本のヘッドハンターですね。それで、私が2003年だったのかな、の４月１日にGoogleの日本法人に入りました。当時の渋谷のセルリアンタワーの上の貸しオフィス。名前がちょっと……。まだ無料で使えるカードをもらってたと思うんだけど。つまり、受け付けとか全部やってくれて、会議室も貸してくれてみたいなところで、もう10人ぐらいで始めてたんですよ。それで、日本法人の社長は日本居住の方でないとダメだということなので、弁護士さんか何かが仮の名前を貸した形で始まってて。実質的な運営は、アメリカの、私が入社した後、私のリポート先になる、オミッド・コーデスターニ（：Omid Kordestani）というやつがやってたんですけども、日本の法人は10人といったところに私めが入りまして、それで……。
――日本の検索はもう始まってたんですか？

村上：もう始まってました。

――まだ検索中心という感じですか、そのころは。

村上：そうそう。検索だけでしたね。アルツハイマーが進行してて思い出しませんけども、Googleの検索エンジンをトロイの木馬作戦という形で、富士通さんのサイトとかに使っていただくという形で入っていった。

――Infoseekじゃなくて、何だっけ。その手の名前の。

村上：そうそうそう。

――Infoseekは違いますけどね。

村上：それから、NECさんのとかに使っていただくという形で入っていった。

――サイトの中の検索窓みたいな。

村上：そうです。

――サイト内検索だけじゃなくて。

村上：外の検索ですね。

――ああ、そういうこと。でも、普通のGoogleのサイトもあったわけですよね。だって、2000年過ぎてる。

村上：もちろん、ありましたけどね。

――けど、そういうこともやった。

村上：そちらのほうが多かったですよ。ところが、ヤフーさんのほうが大はやりだったんです。

――日本では。

村上：日本では、大はやりだったんです。

――というか、どういうミッションがおりたんですか？社長になられたときに。そのころ、まだあんまり広告広告とか言ってなかったタイミングですか。まだ。Googleが。

村上：そうです。売り上げとかそういうことじゃなくてですね。

――「邪悪になるな」みたいな、そういう。

村上：トラフィックを獲得するということのほうがミッションでしたね。それで、トロイの木馬作戦で、富士通さんのサイトの検索エンジンとして使っていただく、NECさんのサイトの検索エンジンとして使っていただくという形。Google独自のサイトもあったんですけど、日本ではヤフーさんがトップのトラフィックを集めてたんですよ。

――アメリカではもうトップだったんですか？そのころ。アメリカではもうGoogleトップなんですか？

村上：いや、そこはね……。

――まだ、ヤフーも元気なんだ。そのころだと。アメリカでは。

村上：元気、元気。それで、ヤフーさんのサイトにもGoogleは埋め込まれてたんですよ。

――えー。

村上：そうなんです。

――日本の？

村上：うん。日本の。で、どういう検索かというと、ヤフーさんの検索というのはキーワードを入れて検索するんじゃなくて、クリック、クリックとこう、たどっていくような検索。

――そのタイミングでもまだそうですか。

村上：そうでした。

――2003年とかでも。

村上：そうでしたね。日本全体の検索という形のトラフィックの状況というのは、どこかの会社が観測をしていて、わかるわけですよね。それで、ヤフーのクリック、クリック、クリックでたどっていく検索のトラフィックが圧倒的だったんですね。それで、どうしようかというふうに考えて、姑息な手段だったと今思えば思いますけども、どういうことを飲み屋でささやいたかというと、「会社でヤフーで検索していると遊んでいると思われるよ」と。「Googleで検索していると仕事しているというふうに思われる」といううわさとかね。

――それ、誰に言ったんですか？

村上：飲み屋で大きな声で話すわけよ。

――えー（笑）。ほんとですか。

村上：それがどれだけ効いたかわかりませんよ。一番効いたのは、きっと、奥さま方の集まりとか何かで、「IQの高い人はGoogle検索を使う。IQの低い人はヤフーを使う」みたいな口コミを流したと思いますよ。それがどれだけ効いたかわかりませんけどね。そういう姑息なこともやったんだということです。

――少し横から入りましょうか。検索エンジンがオリジナルからGoogleに入っていくプロセスを……。

――どうなんだろう。いつからだろう。

――おそらく、先ほどおっしゃられていた富士通はインフォナビ（：InfoNavigator？）かなと思います。BIGLOBE……。

村上：BIGLOBEがNECさん。

――BIGLOBE、そうですね。

――そうですね。NECですね。

村上：富士通さんが……。

――ここにはインフォナビって書いてあるけど、何かちょっと違いますよね。

村上：いやいや、違う違う。蒲田の辺りにあったな。

――何か違いますよね。ちょっと待って。このヤフーが、そうか、確かに2001年にGoogleになってるんだ。その前はgoo（：1997〜、NTTドコモが運営するポータルサイト）だったのか。で、ヤフー自身が自分でやってるのは、今おっしゃったディレクトリなんですよね。

村上：そうそう。で、Bing（：2009〜、Microsoft社が提供する検索エンジン）に変わるのは、またしばらくしてからだと。

――自社製になったのは2004年って書いてありますね。

村上：そうですね。

――で、また……。Bingというか、当時のヤフーのね。

村上：そうそう。

――で、2010年にまたGoogleになるんだ。

村上：まあ、はいはい。それはもう、検索の精度が圧倒的にGoogleのほうがいいので。その性能の良さで、じわじわとトラフィックシェアは獲得していくんですけども、姑息な手段として、そのような、IQがとかね。

――何かみんなを冗談でちょっとあれして。

村上：遊んでるとか、仕事してるという。そういううわさ話も流したりした苦労もしましたということですね。

――アメリカとはどういうやり取りをしながら、国内ではどういう。要するに、会社の中ではどういうやり取りなんですか？外から見ると、めちゃめちゃなぞじゃないですか。

村上：外資系の日本法人のトップというの、皆さん、同じ苦労をされていると思うんですけども、アメリカ本社から見ると、日本法人のトップは日本人だと見られているわけですよ。なんだけど、日本の社員の方々は、あいつはアメリカ人だと思っているわけですよ。この身を引き裂かれるというかね。私はその状態をバナナと呼んでおりましたけど。外側は黄色だけど、中は白という（笑）。

――なるほど。

村上：外資系の日本法人の社長とかをやらされると、そういう立場に追い込まれるということですね。

――毎週レポーティングするみたいな感じなんですか？

村上：うん。そうですね。

――そのKPI（：Key Performance Indicator、重要達成度指標）はビューである。

村上：そうです、トラフィックですね。私がGoogleについて、後、お話したほうがいいかなと思うトピックスは三つぐらいしかないんですけども。一つは、YouTube（：2005〜）。Googleという会社、オーガニックに成長してきているように皆さん思ってるかもしれませんけども、そうじゃないんですよ。

――買って。

村上：パクッパクッと飲み込んでいってるんですよね。社内でやっていたプロジェクトと社外でやっていたプロジェクトを見比べて、こっちだと思ったら丸のみするんですね。提携とかじゃなくて。インテレクチュアル・プロパティ・ライト（：Intellectual property rights）で変なことになるのが嫌だから、もう丸のみしちゃう。実は、Googleのほうもレックビデオとかいう名前だったと思うんですけども、同じような、YouTubeのようなプロジェクトをやってたんですよね。

――このラボというやつで検索以外にもごちゃごちゃ細かいものいろいろあったということですね。

村上：やってるのはありますよね。つまり、検索対象として最初はネット上のサイトを、ページランクというアルゴリズムでもって、関連度の高いものから順番に並べるという。つまり、ページランクというのは、そのページに対してリンクがたくさん張られているサイトが重要なサイトだろうというふうにして出てくる順番を変えていくという、そういうアルゴリズムなんですけども。その次に、ブック検索とかね。

――Googleブックス（：2003〜、前身がGoogle Print）ってありましたから。

村上：ええ。

――Googleプリントですね。

村上：動画の検索というところで、確かレックビデオと呼んでいたと思うんですが、それを立ち上げていたんです。YouTubeが出てきて、日本ではなんとかしてYouTubeをつぶさないとダメだと思っていたら、例によって、YouTubeを買収してしまいました。買収はいいんですが、YouTubeのトラフィックは日本が圧倒的だったんです。

――その段階で。

村上：その段階です。2007年か08年ぐらいでした。

村上：早速、日本の著作権の関係者の方々から、どうしてくれるんだという声が上がりました。当時、テレビ番組の見逃しサービスがなかったんです。キャッチアップサービスが。今だとTVer（：2015〜）とかたくさんありますが、なかったんですね。そのため、日本の方々が自分の見たテレビ番組を違法にYouTubeにアップロードしていたんです。各テレビ局の方々は、アルバイトの方々を雇って、これは削除してください、これは違法アップロードですと、手をかけて散々対応していました。当然ながら、YouTubeをGoogleが買収したので、著作権に関連する諸団体、中でもJASRAC（：日本音楽著作権協会）という。会社じゃない、何なんでしょう。

――協会でしたね。著作者団体かと。

村上：そうですね。古賀政男記念館（：古賀政男音楽博物館？）の脇にあるところでしたね。

――代々木の。

村上：はい。どうしてくれるんですかという話が来たので、私はすぐアメリカに飛んでいきました。まだYouTubeは独立していましたから、こういうクレームが入っているけど、どうしたらいいのかという話をしに行ったら、若い創業者が2人、リチャード・チェンともう1人の中国系の人（：チャッドハリー（Chad Meredith Hurley）とスティーブ・チェン（Steve Shih-chun Chen））がいました。この問題は我々もわかっていると。元々、これは家庭で撮ったビデオをほかの方とシェアするというサービスのために立ち上げたんだけど、日本からのトラフィックは、見逃しサービスがないために、テレビ局の番組がどんどんアップロードされていると。これは問題だというのはわかっているということで、日本に行くと。JASRACに自分たちが直接会って話を聞きたいということで日本に来たんです。それで、著作権がらみの諸団体の方々が困っているという状況を説明し、創業者2人が申し訳ないと謝罪しました。この問題は自分たちが意図した形でない形で、日本で見逃しサービスがないために起こっているということで、こうすれば各テレビ局が行っている作業をしなくて済むようにできるので、ご協力をお願いしますと。具体的には、本編全てを預けてくださいと。そうすると、そこで使われている画像、音楽の断片でもアップロードされたら、それは違法アップロードだということで自動的に削除するプログラムを1年かけて作りますという約束をしたんです。著作権関係者の方々が、1年、しょうがないかという感じで、とりあえずお願いしますという形になったんですが、結局、半年ぐらいでそれができました。半年後にシステムが完成した後は、JASRACの方々も喜んでくれました。それまでJASRACの方々は、どの楽曲がどこで使われているかを現場で確認する必要がありました。例えば、札幌で雪が降っている中、飲み屋で誰かが弾き語りをしているのを発見して、これは著作権違反になりますよと。そういう飲み屋さんから使用料を頂いて、それを権利者に分配するといった、最も劣悪な環境での作業をJASRACの職員の方々が一生懸命行っていたのがなくなりました。YouTubeの違法が解消されただけでなく、さらに、ここでこんな歌が使われているといった、JASRACが気付かないし、テレビ局としても気付かずに使ったものまでYouTube側から報告されるので、テレビ局から徴収して的確に使用料を分配することができるようになりました。6カ月後にそのシステムが完成したときに、お礼を言われましたね。

――放送の中で使われているものは、ネットと関係ないのでは。

村上：全編を預かっているからわかるんです。

――アップロードされれば分かるけども。

村上：アップロードされないから、全編をくださいと。それの断片が使われていた。

――ネットにアップロードされた場合ですよね。

村上：ネットにアップロードされたら、これは違法アップロードだということで削除するというシステムを作ったんです。

――なるほど。テレビ局側も気付かずに使っていたものもあったということですね。

村上：あったんでしょうね。

――全国のテレビ局の。

村上：全国といっても、ほとんど主要局のものが地方に流れているだけですからね。

――キー局ですからね。そういう交渉をされたりといろいろやられた。

村上：そうですね。三つ、お話すると申し上げました。

――1個目はそれだと。

村上：YouTubeが一つですね。二つ目は、日本のiモード（：1999〜2026年終了予定）です。携帯、今で言うガラケーの上で、携帯電話からインターネットにアクセスするということは日本が先頭を行っていた国なんです。そのため、携帯の上での検索に関して、Google Japanがトップに当然なるわけです。そのことで、Google Japan、ひいては私の評価も本社から良くなりました。

――ExciteとかLycosとか、かつての検索エンジンはiモードの世界にアプローチしなかったのでしょうか。Googleはアプローチしたということですか？

村上：ほかのところはどうしていたかは知りませんが。

――Googleからアプローチして、iモードの世界に入っていったということですか？
村上：そうですね。

――Compact HTMLでページを作って。

村上：そうです。その結果として…。

――アメリカは驚いたでしょうね。

村上：ええ。なぜ日本がという感じでしたね。それで、エリック・シュミット（：Googleの元CEO）が日本に来たんです。後でわかったことですが、Android（：2008〜）を立ち上げる直前でした。「ノリオ、誰と会えばいいか」ということで、ドコモの夏野さんのところへ行きました。それで、KDDIの、今、社長をやっている…。

――ずっとやっている方ですね。

村上：何とか誠。

――普通の名前でしたね。吉田ではなくて。

村上：そうそう。

――高橋誠さん。

村上：高橋誠さんのところに、エリック・シュミットを連れていったんです。そしたら、お二方も同じことを言いました。Googleさんが携帯事業という分野に本格的に入ってくるとしたら、バーティカルにインテグレートされた全てをやると、やりやすいけれども手がかかる。そうじゃなくて、ホリゾンタルに携帯事業を見て、Googleさんがどこをやるかということ。そういうことで携帯事業のほうに入られたほうがよろしいですよということを、夏野（：夏野剛）さんも高橋誠さんもおっしゃられたんです。

――バーティカルということは、ハードからシステムから全部とか、そういう意味でのバーティカルですか？

村上：そうそう。全てですね。

――そうじゃなくて、水平ということは、ばらばらなサービスを提供したほうがいいよと。

村上：そうそう。この実機とか、検索とか、いろんな。

――そのときにもう、端末やりたいということをそこで言ったということなんですか？

村上：言わなかったです。ただ、携帯事業を…。

――教えてくれみたいな感じ。
村上：で行ったんですね。たまたま、そのときに…。

――iPhone（：2007〜）は出てるんですよね。

村上：もう出てましたね。それで、iPhoneはどちらかというと、バーティカルにインテグレートされた…。

――特に初代はそうですね。

村上：そうですね。出方だったと思うんです。

――アプリも提供された、ストアなかったから。

村上：そうですね。それを、あの入り方じゃなくて、ホリゾンタルに切り分けた形のほうがいいですよということを、夏野さんも高橋誠さんもアドバイスしてくれたと思います。

――ガラケーでストアありましたからね。勝手サイトとか。

村上：そのときに、たまたま、KDDIでは、小野寺さん、社長も同席されていたんです。それで、小野寺さんとエリック・シュミットが意気投合して、小野寺さんがたまたまニューヨークに近々出張する機会があるということで、そのときにGoogleの携帯事業の人間にも少し話をしてくださいということがありました。それで、Androidというのが、アンディ・ルービンという人が作っていたOSですけども、それをGoogleさんが丸のみして、携帯事業に入ったんです。バーティカル全部をやろうとは、もちろん、夏野さん、高橋さんのアドバイスで全くそういうことはやりませんでしたけども、言ってみれば、パソコンのWindowsみたいなところを始めたわけです。さらに、Apple Storeと同じように、Androidのストア。

――当時は、何ストアでしたっけね。Playストアじゃなくて、何か名前が違った。

村上：そうですね。そういう形でアプリのところは、よそさまがみたいな、ほかの方がみたいな。それからしばらくして、風の便りというか、うわさで聞いたのは、Microsoftのビル・ゲイツさんがGoogleに負けたと。パソコンでは圧倒的に勝利したんだけど…。

――Windows Phoneは、涙に。

村上：ね。負けたと。ホリゾンタルにというのは、Windowsがまさしくそうだった。それをなぜ気付かなかったのかということをつぶやいたか、よくいわれるように、ビル・ゲイツさんは部下を叱るときには灰皿を投げつけるという、乱暴なことでお話になったのか知りませんけれども、そういううわさも伝わってきましたね。

――そのころ、日本のGoogleの中の開発部隊はいろんなことをやってたんですか？
村上：そうです。R&Dというのは、集中してGoogleはやっていたんです。マウンテンビューに集中してやっていたんですけども、ヨーロッパに開発拠点をつくる前に確か、日本にR&Dを出したんです。それはエリック・シュミットが、前職が…。

――どこでしたっけ。エリック・シュミットって。

村上：いくつかやっているんですけども。ワークステーションの会社。

――サン？ 

村上：サン・マイクロ。サン・マイクロの時代に、サン・マイクロを日本は東芝さんがお手伝いしていましたね。日本ではね。そのときに日本に来る機会があって、東芝の方々とかとお話をしていて、日本のコンピューターサイエンスのエンジニアのレベルが高いということがわかっていたらしいんです。ということで、R&Dの拠点は次に日本だろうということにして、確か、ヨーロッパにつくる前に日本につくったと思います。

――で、日本ではどんなものをR&Dでやってたんですか？

村上：それは、R&Dというのは、Googleの場合は、日本はこれやれとかじゃないんです。それぞれの担当者の得意分野で。

――例えば、地図のローカライズとかそういう話じゃないんだ。

村上：ないんです。もう、全く新しいことにもかかわらず…。

――どこでやってもいい。

村上：どこでやってもいいって、グローバルなチームが形成されて。

――連絡しあってるんですか？

村上：そうそう、そうそう。

――じゃあ、有名な大学のある近くにつくっていくみたいな。

村上：いや、そうでもないんです。

――そうでもないですか。

村上：国単位で、コンピュータサイエンスの人材が豊富なところ、レベルの高い国といったところに拠点を。で、人材なんです。結局はね。

――なるほど。

村上：日本のコンピュータ産業の人材は決して各国に劣るようなものではなくて、エリック・シュミットの経験から見て、次にR&Dのセンターをつくって人材を集めるには、日本がという、そういう評価だったわけです。それは、Google Japanとしては誇りでしたね。

――ですよね。何人ぐらいいたんですか？エンジニア。

村上：私が病気になって退任するのが2010年ぐらいだと思いますけども。

――そのころで。

村上：そのころで、50人ぐらいいたんじゃないですか。最初は、アメリカからエンジニアが来て、立ち上げていったんですけどね。

――なるほど、なるほど。Androidがやっぱり大きいですよね。■としても。

村上：そうなんです。

――三つ目は何なんですか？

村上：三つ目。YouTube、Android。

――個人的に聞きたいのは広告との関係なんですけどね。AdSense（アドセンス）とか。

村上：はいはい。そうね。

――それがいつごろどう出てきて、日本ではどう展開して、あんなに大成功したのか。

村上：：ですよね。そうですね。三つ目は、確か、私も広告の話をしなければと思ったんです。例のGoogle、10の…。

――「邪悪になるな」。

村上：「邪悪になるな」とか、ああいうことの中に、正しいことをやっていれば結果はついてくるみたいな。そこに含まれている意味は、レベニューのことを、金目のことをあんまり気にしないでやりなさいよという意味なんですけども、そうはありながら、私企業ですから、お金もうけもしていかないといけない。最初は、例えば、私が就任して直後、日本の主要な広告代理店の方々がお越しになられて、Googleのトップページを見て、「村上さん、この白地のところがあるでしょう」と。彼らはそれを在庫と呼んでいましたね。

――ああ、広告屋らしいですね。

村上：ええ。「これ、１センチメートル平米でいくらだと思いますか？」というから、「そんなことわかりませんよ」と言ったら、「１億円です」。

――それ、電通ですか？みたいな（笑）。
村上：そこまでは言いませんけどね。それにはお答えしなかったんですね。広告も、ミッションステートメントで言うところの、情報であるという。Googleの基本的な原則がありまして、例えば、この時期に花粉症とかをキーにしていたら、マスクの広告や花粉症対策の特効薬みたいな広告など、関連度が高い広告が出ないとダメだという仕組みなんです。地べたを売るようなことではないんです。ああ、そうですかということになったんですけども、実際に広告が始まってからは、いろんな反発もありました。広告代理店の方々は重要なお客さんがいらっしゃいます。そうすると、トップに広告も列がついて並ぶわけですが、「なぜうちの最大顧客のこの会社の広告は載らないんですか」といった声が。広告の順位が変わっていく要因は、まず検索でキーインしたことと関連している広告であることと、次によくクリックされること、そして三つ目のパラメーターが、掛け金というか、１回クリックされたらいくら払うかということ。

――入札していきますからね。

村上：そうそう。その三つの指標で上がったり下がったりしているんです。もちろん、ドバッと掛け金を上げればバーンと上がりはするんですけども、関連度も何もない、広告としての面白みも何もない、広告としても情報的に意味合いがないと、クリックされなくなります。この三つの掛け算ですから、徐々に下がっていく形になるんです。ですから、Googleのこの三つのパラメーターでもって広告の順位を変えていくということは、理にかなっていると同時に、Googleにとっても、そこそこの掛け金のものでクリックが多いというものが最大レベニューになるような仕組みでもあるわけです。広告代理店の方々はいろいろご苦労をされて、サーチ・エンジン・オプティマイゼーション。

――SEOですね。

村上：SEOという形のサービスを、どうすればGoogleの広告のランキングで上に上がれるかという。

――そうか。SEOじゃなくて、何だろうな。

村上：サーチ・エンジン・オプティマイザーというふうなサービス名だと思うんですね。一般名称としては。そういう会社の方々がサービスを開始されました。

――そういうやり取りも、Googleが2000年代に入って、だんだん広告が……。AdSenseは何年ぐらいに、2000年代前半ですかね、入ってくる、そういう代理店の方々とのそういうやり取りを、仕組みづくりとかをやられたという感じですか。

村上：確か、三つのパラメーターで計算をして、広告の序列というか、それを計算して出してはいるんですけども、時々、そのアルゴリズムの微妙な、私が今、シンプルに三つと言いましたけど、より複雑怪奇なアルゴリズムなんだろうと思います。それが微妙に変わるときがあるんです。

――ドキドキですよね。広告の出し稿側からしたら。

村上：そうそう。サーチ・エンジン・オプティマイザーのサービスをされている会社の方々は、ご苦労されたりしてたと思いますね。おっしゃられたように、検索であがっていく広告がひもづく……。

――SEO的なことですね。

村上：でという広告の出し方と、先ほど、地べたは売らないんですよとは申し上げたんですけども、いろんな会社のサイト、Googleじゃなくて、検索した先のサイトで、やっぱり空き地があるわけです。広告代理店の方が在庫とおっしゃっているところも、じゃあ、Googleが先回りして取り入れるかということで、そちらに、序列で出すのではなく、関連度というパラメーターが一番でかいんだと思いますけども、そのサイトに関連のある広告を出す。

――AdWords（アドワーズ）というのかな。

村上：先ほど、最初に申し上げたのがAdWordsで……。

――こっちがAdSense。

村上：AdSenseということですね。

――あ、そうか。逆か。

村上：という形で、広告の出し方も広げていったと。

――検索方法で、どうしても、オーバーチュアの話になるじゃないですか。

村上：はいはい。

――日本法人はあんまり関係なくて、本家でいろいろやってる感じですか？

村上：はい。

――日本はひたすら、そういう代理店とかとやり取りしながら、使いやすい広告システムを……。

村上：オーバーチュア（：検索連動型広告を運営する米国Yahoo!傘下の企業）の方々も、元オーバーチュアという方々がごそっとGoogleの中に入ってきたんです。

――あ、そうなんですか。

村上：はい。で、YouTubeの話に戻りますと、YouTubeというのは、落ち着いた後、ほんとにこのYouTubeで金もうけができるのかという。

――ね。だって、ずっと赤字とかいわれてましたよね。

村上：そうそう。ところが、今、かなりの収入源になっているだろうと思いますね。皆さん、ここまできたら、後３秒でスキップ……。

――いわゆる動画広告。

村上：そうですね。スキップできますよというのを待ち受けてて、スキップとやっていらっしゃるとは思いますけれども、それなりの広告収入になって、YouTubeの買収金額は十分賄えた。とんでもない金額で、確か、買収したと思いますので。

――なるほど、なるほど。そうか、そうか。

村上：そんなところがGoogle。

――後はだから、先ほどの、最初にちょっとお聞きした、Googleの始め方というか、Googleと、本社と、創業者の方々とかエリック・シュミットとかとも、僕らは外からしか見てないですけど、今日、このオーラルヒストリーがそういう趣旨かというとちょっとあれなんですけど、とはいえ、村上さんが経験された知見として、Googleというのはどういう会社だというふうにご覧になって、よく、多分、すごく聞かれていると思うんですけど、Googleみたいな会社がなぜ日本から生まれないのかとか、Googleみたいな会社を始めるにはどうすればいいかみたいなのを伺って終われたらいいかなと思います。

村上：わかりました。

――まず、どういう会社か、なぜ生まれないか、どうやったら生まれるか。どういう会社なんですか、Googleというのは。

村上：これも、いろんなところで率直にお話をしてますけれども、私の最終面接はエリック・シュミットだったんです。本社に行って、エリックのオフィスに行きました。そしたら、まあ、こぢんまりとした部屋で、全然、ちっちゃい部屋だったんです。セクレタリーの人がその部屋の前にちょこっと座っていらしたので、「ノリオ・ムラカミと言います。面接に来ました」と言ったら、「ああ、今ちょっと、エリックはおトイレに行ってるから」と言うから、「それじゃあ、私もおトイレに行きます」と、おトイレ行ったんです。だから、面接は立ちションしながらの面接で始まったという感じですね。それで、部屋に戻って、「なんで私なんですか？」とエリックに聞いたら、「あなたはAIをやったからだ」と言われたんです。「AIと言っても、最近のことはわかりません」と言ったら、エリックは「実を言うと、俺もわからないんだ」って。当時、やっと、マシンラーニングみたいなところはなんとかなるんじゃないかと。まだ、ディープラーニング……。

――まだ、ディープラーニングブーム前ですよね。

村上：前ですね。その直前ぐらいですよね。マシンラーニングみたいな、エキスパートシステムではない、第３次ブームみたいなところが見えはじめていたんだろうと思います。「私も最近のことはわかりません」と言ったら、エリック・シュミットが「実を言うと、俺もわかんないんだよ」というような話でした。エリック・シュミットとの面接で、「私に何を期待しているんですか？」とお尋ねしたら、「ノリオ、あなたも私も同じだろうと思うけども、これまでコンピュータ産業はさまざまな失敗を繰り返してきた」と。「その失敗を、セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジが若いから、その同じ過ちを繰り返さないように見守ってくれればいいよ」というようなことでした。その後、ラリー・ペイジ（：Google共同創業者）とセルゲイ・ブリン（：Google共同創業者）との面接がありました。お二人は同じ部屋にいました。

――へえ。

村上：エリック・シュミットの部屋よりは、３倍ぐらい大きかったと思いますね。

――同じ部屋にいるんですか。

村上：同じ部屋に２人いました。

――仲いいんですね。

村上：仲いいんです。お二人とも同級生ですからね。スタンフォード大学の。彼らが言ったのは、「僕たちは何をやりたいかというと、ノリオ、あなたがパソコンの前に座ったら、何もしないで、入力も何もしないで、パソコンの前に座ったら、あなたが探している情報がパッと出てくるという、ゴッドのサービスを最終的には提供したいんだ」と。「ああ、そうですか」と。すげえなと思いました。

――できそうですよ。でも。前よりか。

村上：すげえなというふうに思いましたね。
Googleというのは、３食昼寝つきなんですよね。朝昼晩と、カフェテリア、社員食堂で食事ができる。もっと言うと、オフィスの至る所にフードコーナーみたいなのがあって、果物とかいろんなものがあるし、飲み物は自販機みたいなのがあるんだけど、お金入れなくても、ボタンを押せば飲みたいものが出てくる。つまり、そういうものが一切無料なんです。どうしてかというと、基本的に、ハードウェアの会社ではないですが、ソフトウェアの会社ですよね。ソフトウェアというのは物書きですから、書きはじめたら止められない。そうなると、会社から外に出て食事してくるなんていうことを、開発している人も損だし、時間の無駄だし、会社としても、そんなことに社員の時間を無駄に使ってほしくないから、そういう手当てをちゃんとしているということです。もう一つは、金曜日は４時から、TGIFというんですけども、""Thank God, It's Friday!""というね。「神様ありがとう。今日は金曜日だ」。飲み会を社員全員でやるわけです。そこで、今週入った新入社員、Noogler（：ニューグラー、Google社の新入社員を指す俗語）の紹介があります。私も竹とんぼのついた帽子をかぶらされました。そこで社員からラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンに、今週のGoogleについていろんな質問が出されて、それに二人が答えていくという飲み会なんです。もちろん、日本でもやってましたが、日本は２週遅れなんです。金曜日が先にきてしまうので、日付変更線の関係で。

――報告できないですよね。
村上：なので、それはもう仕方ないので、先週のTGIFのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの主要な部分の録画が送られてきて、それを見せるのと、私がGoogle Japanの今週の状況について日本の社員の方々のご質問に対してお答えするということなんです。もう、４時に私が行く前から飲み会が始まっているんですけども（笑）。

――そういう企業文化であったと。

村上：アメリカの本社に出張して帰ってきた人が、「村上さん、アメリカのカフェテリア、ものすごい豪勢だ」と。その通りなんですよね。日本のGoogleは、カフェテリアはケータリングでしか食べ物を出せないんです。なので、クォーターに１回ぐらいずつ、マグロの解体ショーとか、毎回ではないですけど、新しい出し物をやったりしてました。

――なるほど。先ほどの質問の、なぜ日本ではGoogleみたいな会社が出てこないんですかという話って、よく、特に他業界の人とかからそういうことを言われることがあるんですよね。僕も少なくとも。村上さんだと恐れ多くて誰も聞かないのかもしれないけど。よく言われるので、それに関してどうですか？

村上：ラリーもセルゲイも、スタンフォードのキャンパスとか学生寮の雰囲気みたいなものを移植したいというか、自由闊達な雰囲気という環境をGoogleのキャンパスにおいてもそのまま実現したいという思いだったと思いますね。ですから、TGIFみたいなところで、社員との間のコミュニケーションを毎週きちんと行っていく。

――企業文化が大事ということなんですか？

村上：そうです。

――先ほど、DECでも自由闊達とおっしゃったじゃないですか。

村上：うん。でも、DECではTGIFはなかったです。

――そうなんですね。

村上：食べ物、カフェテリアはちゃんと料金を払って食べるしかなかったですし。

――勝手にラボとか行って、エンジニアが何か作って、それが順番にサービスになるみたいな話あるじゃないですか。そういう仕組みが……。

村上：DECにはなかった。

――DECにはないと。DECはわかりました。

村上：10％ルールというね。

――GoogleをGoogleたらしめている理由は、そういう自由さ。もちろん、ほかにもいっぱいあると思うんですけど、最初、スタートアップするときのいろんな仕組みとか、いろいろあるだろうけども、最後、還元するとそれなんですか。自由さなんですか。

村上：やっぱり、どうして出てこないかというあたりのところで、中心的なことで言うと、10％ルールというところで、開発者は自分で勝手に、自分が今携わっているプロジェクトとは無関係のことでも、自分で開発していいんです。DECでは、それは許されてなかった。

――わかりました。わかりました。DECはちょっと忘れるとして、日本でGoogleみたいな会社ができない理由というのは、多分、いっぱいあると思うんですけどね。理由としてはね。でも、一番の違いはそういう部分なんですか。エンジニアリングな、学生寮的な、オタク的な、そういうことなんですかね。

村上：ですね。それともう一つは、Tech Talkというのがあります。これはもう、卵が先か、鶏が先かの議論になってしまうきらいがありますけども、Googleがある程度のサイズになったときに、この分野では、コンピューターサイエンスでは、上から数えて何番目みたいな人が社内にいるわけです。そういう人が、毎週、お話をされるんです。

――さっきのTGIFとかで？

村上：いやいや。Tech Talkって、それはもう不定期に。ですから、コンピューターサイエンスのある分野での上から数えて３番目みたいな人が話を、ほぼ毎週。

――社内イベントみたいなのがある。

村上：社内イベントとしてね。興味のある人はそれを聞いているわけですよね。技術水準を維持するという意味合いにおいて。それは卵だろう、鶏だろうという話なんですけどね。努力しているというところがあると。

――ホワイトボードも有名でしたよね。こうやるんだみたいなのを勝手に書いておくみたいな。

村上：うん。それも確か……。まあね、今もうキャンパスの建物が、エルカミノリアルから、こっち側は至る所にキャンパスがある、建物があるわけですから。それもどうなってきているのか、最近のことはわかりませんけどね。

――エンジニアリング技術の水準を高く保つエコシステムというか、環境ができているということですかね。

村上：そうですね。

――テクノロジーの会社ということなのかな。

村上：で、トップとのコミュニケーションがTGIFで。

――それは常にされていると。

村上：されていると。

――なるほど。

――Googleを始めるにはどうしたらいいんですか？Googleみたいな会社を。今、このZEN大学の学生とかがGoogleを始めるためにはどうすると、村上さんなら。そういうビデオではないんですけれども、せっかくGoogleの話だから、それ、あったほうがいいと思う。

村上：とにかく、最近でこそ、パーパスだとか社会貢献だとか、社会課題の解決だとか、いろんなことを日本企業も言うようになりましたけども、Googleはかなり以前からESG（：環境（Environment）、社会（Social）、ガバナンス（Governance）の頭文字を取った言葉）ということを言ってましたし。それはとりあえず置いておくとして、学生の方々が、もし自分が社会課題を解決する上で、このやり方がいいというふうに思ったり、あるいは、社会課題解決とは今直接にはつながらないけど、自分が思いついたアイデア、これは何かの役に立ちそうだという、そういう技術の基本的な部分の開発が学生時代にできたということであるならば、起業されればよろしいというふうに思いますね。ただ、個人的には、なかなか、その二つもうまくいくとは思いませんので、個人的には、どこかの会社で奉公して、その中でその二つみたいなものが思いついたら、新しく会社をつくって、社会に貢献するようなお仕事とか、あるいは、このサービスはきっといろんな方に喜んでもらえるサービスだというものを、基本的な部分の開発が……。

――できているなら。

村上：できているなら、会社をおやりになられればよろしいんじゃないかなというふうに思いますね。でも、日本企業の場合は、それは、あんた、うちの会社に所属しているときにやったでしょうとかいろいろいちゃもんをつけそうな気がしますけどね。

――アメリカのほうがそういうトレードシークレット、うるさいんじゃないですか？そんなことないですか？

村上：うるさいですよ。うるさいんだけど、それが、所属している会社のアセットを使ってない、所属している会社のインテレクチュアルプロパティを侵害してない。全くパーソナルに自分の10％ルールでやったりね。10％ルールでやったことをGoogleがそのまま、Googleの基本的なプロジェクトとして立ち上げようという。社内ベンチャーみたいな形にするということもあるでしょうし。例の、ポケモンGO（：2016〜）とかそうですよね。

村上：ポケモンGOとか。

――ああ、はいはい。

村上：ジョン・ハンケ（：ナイアンティック社を創業）という、Google Earth（：2001〜）をやった人が、じゃあ、別会社という形で独立してやってもいいよみたいなね。そういう、いろんな意味合いにおいて、フレキシブルだと思いますね。

――そういう環境も違うぞと。何かこれは最後に伝えて、何か言い漏らしたことがあれば、それを伺って、終わろうかなと思います。

村上：はい。わかりました。１年ほど前から、ChatGPT（：2022〜）に代表されるLarge Language Modelという人工知能の第４世代が、これまで、人工知能の分野で圧倒的な社会的な影響を持って、単にヒントン（：ジェフリー・エヴァレスト・ヒントン）先生のディープラーニングという第３ブームを凌駕するような形で、社会的な影響をもって登場していきているということですから、この分野ではやることが、まだ山ほどあると思います。その分野だけではないんですけども、ほかの分野で言うと、量子コンピュータとか、あるいは、核融合炉とか、技術がここへきて大きな端境期、変わり目に来ているというふうに思われるので。

――ですね。

村上：チャンスだと思うんですよね。ですから、大学で勉強してきたことが直接関係ないかもしれませんけども、この三つの分野で、何か自分にできることがないかなみたいなことを学生諸君は考えていただければありがたいというふうに思います。

――なるほど。わかりました。以上で、よろしいですか？

村上：こんなことで、よろしいでしょうか？

――いや、もう、全然。ありがとうございました。

村上：いえいえ。

村上憲郎

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