――インタビュアーの遠藤諭です。

――郡司聡です。

――本日は2024年7月26日です。これから萩野正昭さんのオーラル・ヒストリーのインタビューをボイジャーのオフィスにて行います。よろしくお願いします。

萩野：よろしくお願いします。

――潰れる前というのは、主にどういう仕事をされてたんですか？ボイジャー。

萩野：アメリカのボイジャーですか？

――ええ。

萩野：アメリカのボイジャーはやっぱり、レーザーディスク。

――これを続けてたんですか？

萩野：レーザーディスクとか、それからCD-ROMとかもやっていましたよね。

――そういう時代ですよね。ボイジャージャパンもそれと連携して。

萩野：ボイジャージャパンは、ボイジャージャパンを作ったはいいけど、作る時間が無いわけじゃないですか。ところが、どうもCD-ROMとかいうのが出てきているらしいぞと。でも、どういうものか分からないんです。だから全部輸入したんです。輸入して、一部日本語に翻訳したものもあったけど、そんなことやっている時間がないから、もうそのまま。輸入販売ですよね。それで、そのマージンで食べていたんです。でも、マージンで食べたら、当然権利者に返さなきゃいけない。それを全然返さなかった(笑)。そこのことで、文句言わなかったんです。まあ、後になって文句言われて、何十年にわたってその借金を返していったということはありますけど。

――最初はHyperCardでという話でしたね。

萩野：ええ、ええ。

――ちょうどマルチメディア的なことだし、パソコン用のCD-ROMドライブができて、タウンズ（：FM TWONS。世界で初めてCD-ROMドライブを標準搭載した富士通の32ビットハイパーメディアパソコン）みたいなのができたりとか。

萩野：まさにそれですね（：Macintosh）。そこにそういうのがありました。

――そうですね。あと秋葉原にCD-ROMショップとかができちゃったり。

萩野：これがこのベランダですけどね、これがその建物。スタッフがこのぐらい。こういう感じです。

――結構、1人1人がプロデューサーみたいな感じでちっちゃい単位で仕事してるんですね。

萩野：そうですね。それこそもう、映画に詳しい者がいて映画の倉庫に入って、フィルムのいいものか悪いものか（：保存状態保存状態）とか判断していました。とにかく変わった人ばかりでした。

――これも相当尖っていますね。依田郁子さん（：日本の陸上競技選手）ですよね。

萩野：そうです、そうです。

――相当尖っていますよね。この絵をパッケージに持ってくるのは、ちょっと考えられないんですけど。

――ビデオは持っていますが、これでもこちらのほうが便利ですよね。圧倒的に。

萩野：だから、本に倣っているわけですよね。スピルバーグ、いや、ジョージ・ルーカスですね。彼らが何回も言及していますよね。

――レーザーディスクというメディアそのものも相当特殊なメディアですよね。レーザーアクティブみたいなものもあったし、レーザーカラオケもありましたし。

萩野：レーザーアクティブという話がありましたね。これですよね、レーザーディスク。

――はい。ちょっと戻りますが。

萩野：これはゲームです。確かアスキーと一緒に作ったんですよ。吉崎さん（：吉崎武。雑誌『月刊アスキー』の初代編集長、雑誌『ログイン』の創刊編集長）とかいましたよね？

――今、吉崎さんとは2か月に1回ぐらいお会いしています。

萩野：本当ですか？

――ええ。今、マイコン博物館というのを青梅（：東京都青梅市）に作られてですね。CG（：コンピュータグラフィクス）のかなり走りの頃、映像、デジタルでかなりやっていました。

――レーザーディスクでゲームをやるんですか？

萩野：このレーザーディスクは、オーディオチャンネルの一部にコンピュータプログラムが記憶されています。走るとチャンチャカ、チャンチャカと音楽が流れてくるんですよ。音楽を聞いている間に（：別チャンネルに記録された）データを読み込むんです。それこそMSXですよね。

――上村さん（：上村雅之。任天堂開発第二部部長として「ファミリーコンピュータ」や「スーパーファミコン」などの開発に携わる）、ファミコンを作られた方にお会いしたら、いろんなスケッチがあって。そのあとやはりビデオディスクをつないでみたいな構想があったみたいですよね。

萩野：ビデオディスクはシミュレーションするときのものでしたね。パソコン自体のパワーが弱かったし、映像をパソコンの中に取り込むことはできなかった時に、それがどうなるのかを示すには、パソコンとつなげる必要がありました。RS-232C（：コンピュータなどの機器間でシリアル通信を行うための規格の一つ）で接続したりして。配線の王者みたいなことを言って、いろいろやっていました。結局それは1つのシミュレーションでしたね。

――アーケードゲームはあったんですよね。

萩野：これはマルチメディアスーツケースです。

――なんかありましたね。見てもいいですか？

萩野：このスーツケースですね。開けてみましょう。

――もったいないですよ。

萩野：いや、ただの箱ですよ。レーザーディスクと、フロッピーディスクかなにか入っているだけです。

――ありましたね。92年、3年頃。まさにボイジャーの時代ですね。創業の話まで行ってしまいましたが、AppleとIBMが組んでKaleida Labs（カライダ）というマルチメディアを作ったりしましたね。戦争のような感じでしたよね。あちこちでいろんなことをやっていて。

萩野：これはフロッピーディスクです。ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』（：1984年カナダで初版出版。ウィリアム・ギブスンによる長編SF小説）ですね。

――すごいですね。未開封です。

萩野：これはCD-ROMです。フロッピーからCDに移行しました。

――これはスタックウェアではなくて、スタックウェア上のエキスパンドブックですね。

萩野：そうです。スタックウェア、HyperCardです。

――なるほど。その辺の1、2年の変化は相当ありましたね。そのさなかに創業されているわけですね。

萩野：そうですね。この大きさが本の厚みは違うんですけど、本の大きさなんですよね。

――ビデオ、新書に合わせたのは何でしたっけ？

萩野：新書に合わせたのは『新潮文庫の100冊』ですか？

――いや、そうではなくて、電子メディアであったものです。

萩野：ああ、パナソニックがやったものですね。大きさで開いてやったやつです。

――そうですね。

――トレンドペーパー（：トレードペーパーバック）があのサイズですね。

萩野：日本のサイズではないです。

――創業の話に戻りましょう。

萩野：アメリカのボイジャーは84年から95年か96年までしかないんですよ。ボイジャージャパンはそこからまだ続いています。自分たちで作らないで向こうのを輸入して、お金を払わないでやってきたんです。

――創業に話を戻すと、まずボイジャーと一緒にやりましょうと。ボイジャージャパンは、資本的には米国のボイジャーも出資しているのですか？

萩野：米国のボイジャーが半分、それと我々です。創業時は4人いました。鎌田と私、それと他に2人いましたが、その2人は今はもういません。

――そのときの事業計画や目指すものは何だったのでしょうか？オフィスはどこにあって、当時のユーザーはどんな感じで、ご自身たちはどんな体制で、その市場に対して何を提供しようとしていたのでしょうか？

萩野：メディアは土俵であるというふうに思っているんですけど、その土俵がパソコンだったんですよね。パソコンのユーザー、特にHyperCardを中心とした人たちに使ってもらう。そのためのツールを『エキスパンドブック・ツールキット』という形で出しました。

――要するにHyperCardが当時は盛り上がっていて、子どもたち向けにスタックのものを作ろうとか、自分たちでいろんな表現をしようとしていた。そこに本のフォーマットをちゃんと確立しようという、そういうロジックですか？

萩野：そうです。本に対する敬意は忘れたことがないんです。でも、デジタルというと本の敵だみたいなことをずっと言われてきました。別に本を悪いと言っているわけではないんですが、私が本を作ろうと思っても本は作れない。でも、HyperCardを使うと本らしきものができる。これをもう少しうまく洗練させていけば、もう少しまともなものができるんじゃないかという考え方でした。それが、やがてネット、ウェブというものによって、流通ということにつながっていくわけです。

――創業時はそれをどこまで見通していたんですか？どのくらい稼いでいこうというプランだったんですか？

萩野：見通していなかったですね。ひたすらやったという感じが正しいんじゃないかと思います。ああいうことをやってみたいと。

――CD-ROMを転売しながら。

萩野：そうですね。映画をやって満足できない。もちろん格好いいヤクザ映画で切り合うような映画を撮ったわけではないけれども、これ（：映画）に欠陥があると。情報を伝えるということに関しては、映画には大きな、いいところはもちろんあるんですが、映像でなければできないところはある一方で、欠陥もある。では本ができるのかというと、本はいいけれども本にだって欠陥がある。だからそこが、見るように読む、読むように見るというか、両方を俯瞰する何かというものが、この電子出版というものの中に見いだせるんじゃないかという考えを持ちました。

――なるほど。先ほど松本俊夫さん（：日本の映画監督、映像作家、映画理論家。元日本映像学会会長）の名前が出ていましたけどね。

萩野：ええ。

――映像の中でいろんな実験をやるという世界もありましたからね。

萩野：これはAppleで作ったんです（：visual Almanac）。これはレーザーディスクです。それから本。それからCD-ROM、これは何だろう？

――これ、いくらで売ったんでしょう？

萩野：これは売っていなかったんじゃないかと思います。Appleが教育市場にMacを入れたいがために、こういうものを作って、大量導入したところに、これ（：利用出来るソフトウェア）が多くあったんです。

――名前しか私は知りませんでした。

萩野：これですよ、これ。すごいでしょ、これ。

――立派ですね。

――これオリジナルなんですか？

萩野：オリジナルです。これを作った連中たちと一緒に。

――この頃こういう、コイルでこうしたものが多かったですね。

――Apple IIcとかもマニュアルがこんな感じでしたよね。

――懐かしい感じですね。

萩野：ほら、Macが登場した頃です。

――SEの時代なんですね。

萩野：SEになった頃にやろうとしたのかもしれませんね。

――なるほど。そういう葛藤があって、メディアそれぞれの限界とかそういうものがあって、ちょうどHyperCardも来ていたし、CD-ROMも来ていたんだけど、そこのタイミングで、本の形というのを電子上にやってみた。

萩野：そうですね。だからこれは極めて象徴的に、それぞれのメディアがパッケージになっている。それ全体が1つのパッケージに入った。

――ロゼッタストーンみたいな感じですね。

萩野：しかし、これらのことが全部ミクスチャーして、1つの今、デジタルの世界に昇華してきたということは言えるんじゃないですかね。形としてはそうだけど、中身としてはどうなんだいっていったら、中身としては、それにそぐわったものが生まれているかどうかっていったら、これはまだまだそこまで行っていない。

――その頃のマルチメディアタイトルというのは、まだその本的なこの奥行きというか、そういうものは得られてなかったんじゃないかという、そういうイメージって感じですか？

萩野：やろうとしていたことについては。

――それぞれあるだろうと。

萩野：やったことがすごいとか、とんでもないとか、そういうことじゃなく。もっと平易なことで、これだけのものが、こんなものでもって歩かなきゃならないとか、それぞれやらなきゃいけないってことじゃなくて、それが調和して1つの土俵になったことは事実だと思うんですね。だからその土俵で何を。

――誰でもできるわけですよね。

萩野：誰がどんな相撲取ってるのかっていうことに関しては、まだまだいろいろ論理というか、努力すべきものなんじゃないかなと思うんですよね。それがなんであるかっていうことについては、僕もよく分からないし。

――売られてないっていうのは、どういうことなんですか？これだけの労力と。

萩野：これはね、Apple、マルチメディアラボっていうラボ。サンフランシスコにあったんです。

――あの有名なデモなんでしたっけ？未来のコンピュータみたいな。

萩野：そうそう。あのAppleのね。あれなんかをやってた連中ですよ。

――プロモーション用のものなんですか？

萩野：プロモーション用というか、これは販促用でしょうね。

――販促なのか、提示したかっただけかもしれない。そうなんですよね。ジョブズ（：Steve Jobs。Appleの共同創業者）がいない時代のほうが、そういうのが派手なんですよね。Crew TimeとかQuickTimeはみんなジョブズがいない時代。ジョブズはどちらかというと現実的にビュッとこう。もちろんデザインとかね、そういうのをものすごくこだわったけど、ある意味現実的だし、買うもの買ってくるようなそういうタイプ。

萩野：ジョブズがいないときですよ。

――そう。いないときがいろんな新しいことやってたんです。価値あるものもあったし、どんどん業績悪くなっていくんですけども、そっち入って話が行くとちょっとまたあれなんですけど。ただHyperCardとかってやっぱり、ビル・アトキンソンの世界ですけど、すっごくみんな可能性感じてたタイミングですよね。だって普通だったらCD-ROMタイトル作れないわけですよ。普通の人は。

萩野：だからそこの参加性。なんでも、やっぱりプロフェッショナルがいて、そのプロフェッショナルに自分の言いたいことを伝えて、そしてそれがプロフェッショナルがそれを使い、そして流通はもうその人たちがコントロールする、その中にっていう。まるでその作家というものと、読者っていうか、ユーザーっていうものが、紙1枚でつながるんだってことじゃなくて、その間にこんな大きな隔たりが作られている。で、その複雑なものを、うまくやるっていうのが、われわれのそのメディアに対する対応だったと。典型的なのはテレビですよね。免許事業ですから誰もできるわけでないからね。で、今みたいな状況になってると免許なんか関係ないからとんでもないものが出てくるわけで、それがどうのこうのって言ったって、当たり前じゃないかと思うよね（笑）。まあ、そういうことを経ていくものなんだろうと僕は思いますけど。
作るっていうことは、だから非常に重要な、自分自身がそういう作るっていうものの中からいて、なぜそれができるのかと。こうしたいと思うのに、企画会議が通さなきゃ。通ったら、今度は営業の連中が売れねえとか。

――頂いた資料の中で本当にそういうこと書かれてまして。

萩野：そうですか。

――はい。すごい感銘を受けたのは、その間にいっぱい詰まっているものを取り払ってしまえば、もっとシンプルに使い手と受けての関係が作れるんじゃないかっていう。ある種の創造性の民主化みたいなことをおっしゃってたんだと思うんですけど、そういうところに進んでいかれた、きっかけみたいなものあるんですか？

萩野：きっかけはだから自分で作りたいっていうね。作ろうとすると、どんだけ売れるんだとか、何部売れるとか、予算いくらなのとか、そうくるわけじゃないですか。そういうことじゃなくて、もう虚心に作りたいと。もう売れなくていいんだと。売れないからいいんだみたいなね。

――すごいこと言う。そこにこう、ただHyperCardでフロッピー作ったから見てとか、フロッケって言って松本弦人さん（：東京都出身のアートディレクター、グラフィックデザイナー）だっけ？

萩野：うん、弦人。

――フロッケという、その。

萩野：やってましたよね。

――そういうコミケみたいなのやってる人がいたりとかあったんだけど、でもボイジャーさんの場合は、そのエキスパンドブックという、この本というある種の形というか、拡張というか、まあ、版というんですかね。そこを定義した、そこを作ってるところが、ただスタックを配って見てねとか、そういうんじゃない、ちょっと違うところが。

萩野：まあそこはね、1つのやっぱりストーリーがあったんだと思うんですよね。マルチメディアっていう形で最初出てきましたね。

――ああ、そう。そんな発音をしてましたね。

萩野：マルタイメディアっていうと当然さっきも言ったようにパソコンの力も弱いわけだから、パワフルなパソコン使っていかなきゃならない。とにかく桁が多くなってくるわけです。それはね、映画と全く同じ姿なんですよね。映画っていうのは、もうどんどん予算が大きくなってきて、1対マス。要するに1つの作品で、より多くのもので、その多様性な世界じゃないわけですよ。一網打尽にこう、投網を投げるみたいな。そういうようなことやっていくんですね。どんどんそれがやってくる。だからそうじゃないと。やっぱり人のコミュニケーションとかそういうものは、もう多様性なんだと。だからその分相応、お金が掛からないってことはないだろうけど分相応にリーズナブルになんかできるような形ができないのかということだったんですね。
コンピュータ、ウェブっていうものが出てくることによって、それの典型的な形というのは、素朴なプリミティブな形っていうのは、全部備わってるんじゃないかと。だから備わってるものを利用して、創造活動すりゃいいじゃないかというのがわれわれの主張だったんですね。だから売れない、売れないなんてことは気にすんなと。売れないなんて気にすんな。いや、売れる、売れないなんてね、分かんないんだよと。映画をやってたときに、日本ヘラルド（：日本ヘラルド映画株式会社。映画配給会社）って、今KADOKAWAヘラルドのなんて言ったかな？（：KADOKAWA HERALD PICTURES）

――古川さんですか？

萩野：そう、古川家だよね。古川さん（：古川博三）が「萩野くん、映画がなぜ売れるか、売れないか分かるか？」って聞いてきたんだ。「いや、分かりません。教えてください」って答えたら、「いや、分からないんだよ」って。（笑）
彼はものすごい有名な『エマニエル夫人』かなんかも買い付けた人だったんですよ。とんでもない。タダ同然で買ったんです。それがとんでもないヒットしちゃって。

――もぎりのバイトをやっていましたね。おばちゃんが見に来るんですよ。女性が見に来たところがすごかった。

萩野：その映画をやった男だったんです。で、何が当たるのか分からないんだと。だからそれに殉じるっていうことが、この商売なんだというようなことを言っていましたね。僕はその言葉をちゃっかり受け継いで（笑）。売れるのか、売れないのかは分からないと。
今売れなくたって、これは後で『本とコンピューター』っていうのを津野海太郎さんと松田哲夫とやるんだけど。松田哲夫が言っていたよね。筑摩書房で、プロレスの...ちょっと名前が出てこない。

――力道山？

萩野：力道山じゃなくて。（：正しくは、ジャイアント馬場）


萩野：彼の自叙伝かなんかを筑摩書房でやったらしいんですよ。そしたら全く売れなかったんだって。松田（：松田哲夫）が企画したんでしょうね。倉庫に山積みだった。それを「来週、全部断裁しなきゃいけないね」って言ったときに、アントニオ猪木が亡くなった。そしたら一斉にバーッと売れた。だから、萩野くん、何があるか分からないんだよってことをね（笑）。

――とはいえ会社としてやっていかなければいけないわけですよね。でも先ほどの、マルチメディアの時代も良かったというか、ちょうどその先の高度成長的な、なんでも行けじゃないけれども、コンピュータがメディアとして変わっていくタイミングで創業されたという感じで、今みたいな感じでもやれたという理解でいいですか。

萩野：そうなんですよね。

――そういう理解で。

萩野：だからそういうラッキーな、運のいい適当なタイミングだったんですね。それと、やっぱり相手にされない世界でしたから。

――そんなことはないですよ。

萩野：そうですか？とにかく、コンピュータで本を読むなんて相手にされない。相手にされないからこっちだって居直るわけです。「ああ、そうかい。じゃあお前絶対来るなよ」って。もう、けんか腰でやっていくわけですよ。そういう居直りというか。そういうこともあったんじゃないかと思うんです。

――創業されてから今日まで至る間でなにかトピックをいくつか。このタイミングでこれをリリースしてこういう反応でしたとか、若干時系列的なことも頂けると。

萩野：1つだけです。携帯です。200いくつかのこの小さい携帯（：画面サイズが240×320ピクセル程度）ですよね。あれで漫画が売れていると。

――ComicSurfingの話が本にも出てきますね。

萩野：ComicSurfing。あれはだから、「あんなもので読むのか」って。「読むわけないだろう」って。「文字だって読まないのに漫画なんて読むわけない」って言ったら結構売れているって。「お前、やらなきゃいけないんじゃないか」って。それで、セルシス。今もやっている。だからあそこに頼みに行こうって。
ちょうどセルシスは、auをベースに結構携帯電話でのコンテンツを扱っていたんです。

――コンテンツ力入れていたんですよね、auがね。

萩野：そうなんです。そこにシャープがいたんですよ。auの中では、シャープは文字物、セルシスは漫画という、決められたわけじゃないですよ。単なる相手の約束というか、そういう思いで2つがいた。そしたら漫画がガンガン売れてきたわけです。するとシャープが漫画をやり始めたんです。「なんだお前。約束が違うじゃないか」って話じゃないですか。
そこに僕らがセルシスに行って、「じゃあ文字をやったら？」と言ったんです。「そうか、じゃあ来い」ということで、そのとき講談社が割と我々の後ろについてくれて。
講談社は我々の持っているツールを、ComicSurfingって今おっしゃっていたけど、文字が入ってくるということで、セルシスはComicSurfingじゃ都合が悪いなってことでBookSurfingって名前にしたんです。そのBookSurfingの背景にはボイジャーがいたんです。
ただ、ボイジャーのは文字だけができるわけじゃなかったんです。漫画もできたんです。そしてだんだん送る容量も、どんどん通信速度が速くなっていったから。昔は漫画のコマを切らなきゃ、データの量としてもできなかった。1ページ（：容量）送るぐらいのことはできなかったんです。
それでボイジャーは、その1ページを送る漫画をやったらどうか。そしたらそれを講談社のある人が、「俺は携帯で漫画を見るっていうのはいいけど決してコマを切ってはならない。これは著作権なんだ。著作人格権なんだ。それを勝手に俺たちが切って、大きさを縮めたりするのは、これは必ず問題になる」と。
それともう一つ。「今はこんなのを見ているけど必ず、いつか画面はもうちょっと大きくなるよ」と言ったんです。「ははあ、そうかな」と思って。「じゃあどうして携帯で見ればいいんですか」って聞いたら、「窓作ってこう動かせばいいんじゃないか」って。
だから我々は、1ページの漫画をやって、どうやって動かすか。これは指示されてやったのです。だからこの動かすこと、どういうふうに見るかということをやっているスタッフが何人かいたんです。

――窓を動かしていくと。

萩野：窓、ウインドウでね。大きなこういう感じで（：画面スクロール）。

――ありましたね。確かに。

萩野：そのときセルシスとした契約というのは、我々が文字物ではいくらもらうということじゃないんです。講談社は漫画やっていますから。そうじゃなくて、我々が全体の何パーセントもらうかという。だから我々は10パーセント。90パーセントはセルシスが取って、10パーセントは我々だったんです。
それで、「ふざけんじゃねえよ。なんでこんな不平等なんだ」って思ったんです。ところが、ふた開けてやったら、最初ですよ、240万ぐらい入ってきたんです。売り上げが。10パーセントなのに。我々は1か月に240万の売り上げする商売やってなかったんです。「え？」ってびっくりして。「じゃあ、少し黙ってるか」って話（笑）。そしたらその10パーセントは、すぐ400万になり、500万になっていったんです。あれはすごい力でしたね。
それで、そうなったときにボイジャーは、「俺らは10パーセントなんだから一切やらない」と。作ることはやるけど、このBookSurfingの将来をどうしたらいいかということは考えない。で、全然別のことを考えていたんです。さっき講談社の人が言った「画面が大きくなるぞ」と。そういう次の世代を考えたんです。
結局あのガラケーは終わって。まあ、インターネットに切り替わってきましたね。iPhoneですよね。そっちのほうが快適だと。あれはボイジャーで初めて潤沢に利益が出てくるという。
まあ、人の受注とかそういうのをやってなんとか生きていたんですけど、技術力はそれなりにあったわけだから、下請けをして、700万なり、1000万なりお金をもらって、それで収めて。まあ、どちらもコストを差し引くと300万利益になるとか。1000万あったら300万とか400万の利益があるとか、そういうことがあるじゃないですか。でもなんの権利もないわけです。だから400万も食べちゃえば、なくなっちゃうわけです。そうするとまた下請けを探していくというやり方でしょ。
それに比べてこっちは、たった10パーセントだったんだけど、権利として入ってくるわけです。ただこれはいつまでも続くわけないと。だから次のことを考える。

――具体的にはどう、そのおっきい画面になるだろうと言って取ったアクションは何だったんですか？

萩野：まあ、それが今の我々がやっているRomancerとか、BinBという、こちらBooks in Browsers、ブラウザベースで。ブラウザでリーダーのアプリケーション開発をするということはしないと。ブラウザでいい。これはだから、それこそアメリカのインターネットアーカイブ（：Internet Archive。世界中のウェブ情報を代表とするさまざまなデジタル情報をアーカイブしている非営利法人）とか、そういうところに集まってきた、ブラウザ派というのがいたんです。
この連中たちが「どうやっていったらいいんだろうか？」って考えたら、「ブラウザしかないよね。ブラウザと本って、どこが違うんだ？」って。「わざわざ違わせていることをやっているだけだよ」って言ったりね。まあ、それはそうです。こういう本という形に合わせて何かをやろうとしていましたから、我々は。
インターネットアーカイブに集まる人たちは、飛び抜けた変てこりんなことを言っている連中でしたけど、アメリカの場合は、アメリカだって変てこりんなものを言っているやつがいて、それがすごく少数派なんだけど、集まって協議するとか、発表するとか、活発に動いていたのです。

――ムーブメントになりやすいところなんですよね。

萩野：そうですね。そういうことを主催する。そういうことを支える。決してその莫大なお金でとか、そういうことじゃないんです。そういうことをやる、そのインターネットアーカイブのブリュースター・ケールです。

――過激だしね。

萩野：そうなんです。過激なんです。

――ただインターネットの初期の人たちが案外通じているから、一緒にこのネットの集中化とかに対していろいろ活動したり、意外にネットの根幹の人たちとつながっているというか。

萩野：そうですね。

――近しいものがありますよね。

萩野：根幹というか、非常にパラダイスだったわけじゃないですか。言っていることが夢、夢なんだけど、でも、「こういう時代なんだ、こういう時代になるべきなんだ」という感じでしたよね。

――戻す感じですからね。プリントサーフとか、そのウェブの世界ですよね。この年表だと、いろんな青空文庫との関係とかも今日お聞きすべきだという意見が事前のミーティングではあったんですけれども。今のインターネットアーカイブとの関係とかもちょっとお聞きしたいって話もあったんだけど、青空文庫を抜きには語れないみたいな話がありました。

萩野：青空文庫は、富田さん（：富田倫生。電子図書館サイト『青空文庫』の主宰者）という人だけですね。青空文庫の実態は、今でも僕らはよく分かりません。ただ、青空文庫を率いていた富田倫生さんがいて、彼が雑誌の取材で来たんです。それで「こんなことできるの？」と彼は思ったんですね。
そのとき彼は、旺文社文庫で『パソコン創世記』という本を出したんです。ところが旺文社文庫は2年もしないうちにやめてしまって、自分が書いた本が一切なくなってしまって「こんなひどいことはないだろう」と思っていたらしいんです。

――さすが旺文社ですね。

萩野：それに対して、「自分でやれば、こうやってエキスパンドブックで見えるんです」という話に彼がグッと乗り出してきて。それで青空文庫は、そのエキスパンドブックを使って、テキストデータのエキスパンドブック版を出していたんです。
ところが、しばらくしてからエキスパンドブックを捨てるという話になりました。

――なんでですか？

萩野：それは要するに、エキスパンドブックが一私企業の固有のアプリケーションだったからです。「ボイジャーという会社が潰れたら、私たちが毎日手弁当で夜中一生懸命入れているデータがなくなってしまう」というわけです。
見栄えがいいとかそういうことはどうでもいい。要するに我々としては、ソースであるテキスト、原液というものを提供するのが仕事なんだと。それを任天堂がどう使おうと、何がどうしようと我々は構わないというような。だから「エキスパンドブックはいらない」という言われ方でした。

――結果としてみんなエキスパンドブックを読んでいたと思うんですけどね。

萩野：読んでいましたよ。読みやすいわけですからね。だから今はブラウザ方式のものを提供しているんです。

――ブラウザでやっているし、やはりテキストでこの表記はこうみたいな、かなり細かい説明付きですね。

萩野：そうそう。説明付きですね。「にんべんになんとか」だって。

――そうそう。

萩野：だから彼のボイジャーに対する親しみというか、敬意というか、そういうものと我々の持っていた、彼らのやっていることに対する敬意ですよね。電子出版をちゃんとまともにやったところなんてないわけですから。
彼らがどんどん古典とか名作をやってくれて、それが電子的なもので見られるということは、非常に我々のプロモーションとしてよかったわけです。それを無料でこういう形で、しかも何人も（：支援者）いるからかなりレベルの高い品質をもってやってくれるというのはね。

――そうですよね。文庫を買わなくて良くなったものが結構。

――パブリックドメインはほとんど読めるようになったから。

――そうそう。でありながら本買っちゃう人がいるところがまた面白いところではあるんですよ。なるほど、そういうことでしたか。富田さんはかなり個性も濃いからね。

萩野：個性が強かったですよね。ボイジャーのブックフェアのときなんかは、彼は常に来ていろいろしゃべっていますけど、それは全部映像で記録されて残っているんです。

――映像かなんかで。

萩野：映像で。あれはやはりもっといいカメラでちゃんと撮っておけば良かったなと思います。でも雰囲気とかそういうのは、あれは映像のすごいところだなと思うけど。この間も見てびっくりしました。亡くなってしまいましたけどね。

――割と亡くなる直前ぐらいに、なんかイベントに来ていただいて。僕は普通の客で来ていただいたことがありましたね。

萩野：非常に大きな存在だったんじゃないですかね。彼はね。

――というか、他にいないから。あまりああいうタイプの人は。

萩野：そうですね。彼もそうだけど、何かこう、あるものを捨てているんですよね。彼は収入をいらないみたいな。まあ、奥さんが同時通訳のペラペラの、それでお金を。だから「妻食主義者」だなんて言われていた。

――そっちの（笑）。

萩野：そう。妻を食う（笑）。

――ひどいな（笑）。

萩野：妻食主義者であろうとなんであろうと、とにかくやっていましたよね。

――多分ご自身は、『パソコン創世記』も書き方が完全にビジネス本の書き方なんですよね。コンピュータ系の本じゃない。ビジネス系の、取材して、誰々がこう言って、そのとき僕はこうだったみたいな感じがずっと続いていくような書き方で。最近の業界にも多分彼と同じような人ってあまりいないというか、そういう感じでした。

萩野：そうですね。この間の、そちらから出されてきた「どんな人に影響を受けましたか？」みたいな質問の中では、浜野さん（：浜野保樹）ですね。もちろん浜野さん。それから富田さん。さっきちょっと出たDIGITALOGUEの江並直美（：1956年生まれのグラフィックデザイナー。デジタル作品専門ギャラリー「DIGITALOGUE」を開設）。

――DIGITALOGUEありましたね。

萩野：さっき松本弦人の名前が出てきて。DIGITALOGUEですよね。

――あの頃のマルチメディア系のパブリッシャーの図をもう一回再現してみるってちょっと面白いかもしれないですね。

萩野：あのときはDIGITALOGUE、それからインフォシティ、ボイジャー。

――何さんでしたっけ？KADOKAWA意外に近しいね。

萩野：インフォシティ、それから名前が出てこないな。6社くいたんですよ。

――そんな感じですよね。

萩野：6社。みんなインディーズで。これが手を組んで「パブリッシャーズ・フロント」といったんですよ。

――CD-ROM面白かったですよね。めちゃめちゃ付録つけていた。どんどん毎号みたいな感じで。

萩野：アメリカのボイジャーもそうでしたが、結局そういう、今のAIなんかもそうなのかもしれませんが、何か新しいものが出てくると、必ずベンチャーキャピタルが投資する動きが出てくるわけです。そうすると自分でやっているのが投資の対象になってきて、とんでもないお金をベンチャーキャピタルがくれるみたいな。舞い上がってしまうんですよね。
アメリカのボイジャーも典型だったと思うんです。お金があるからいろんなことできるわけです。一瞬はね。でもお金があるのは必ずお金には回収というのがついてくるわけだから。お金をこれだけ出したら、それを今度返さなければいけない。倍にして返さなければいけないとか。そういうものはついて回るわけだから、その返すまでの一瞬の時期というのは、極めて華やかに行くんですよね。典型的なアメリカのボイジャーの例です。

――IPOしなかったんですか？

萩野：IPOもしようと思って、もちろんやっていたんですよ。だけどそれはどこかうまく合わないところがあったんでしょうね。

――また90年代半ばがそういう、製品が出ないのにIPOするとかですね。もう、いろんなことが始まった時期なんですよね。

萩野：そうですね。

――General Magicとか代表的なんだけど、製品できる前にIPOって何事だと。ただ、もうその辺からおかしくなってきたんですよね。やはりWindows 95が出たり。Macとか、いろんなものがガーッと来て。すごい可能性。ネットも来たから可能性もあった時期なんだけど、そういう質もどんどん変わっていた時期ですよね。

萩野：あのね、東京湾に遊覧船みたいなのに乗る招待が来るんです。で、行くんですね。するとみんなそういうベンチャーキャピタルと、そういうベンチャー（：ベンチャー企業）。

――ああ、マッチングパーティーみたいな感じ。

萩野：それで怪しげな船が出てくるでしょ。するとダーっと回って帰ってくるんです。で、そこに何人か乗っていましたよ。その1人を僕今も忘れられない。杉山さん（：杉山知之。1994年に、デジタルハリウッド株式会社を設立し、2004年、日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学）。デジタルハリウッドの。彼らはだから成功した1人なのね。あとはみんな失敗したんじゃないかな。
ボイジャーはベンチャーキャピタルを受け入れなかったから。江並さんは、「俺そういうの嫌いだからお前行ってくれ」って。こう言ったんですよね。僕が行ったんですよね。そして行って帰ってきて「どうだった？」って。「いやー、どう話を聞いても言っている意味が分からなかった」。そしたら「よし、分かった。じゃあやめよう」。「分からないことはやらないほうがいい」って彼は言ったんですよね。

――パナソニックがPDドライブを搭載した、とんでもないマルチメディアパソコンを出して売っていますね。パソコンで普通のビデオが流せるようになってきたのが90年代半ばぐらいでしょうか。出版業界でも、小学館の鈴木さんなど、さまざまな動きがありましたね。電子書籍そのものは、先ほどの神話ブックの話もありましたが、本当にさまざまなものがありました。マルチメディア関連では先ほどのピピン（：バンダイ・デジタル・エンタテイメントがApple Computerと共同開発したMacintosh互換のマルチメディア機。開発当初はCD-ROMドライブ搭載を特徴としていたが、発売時には通信機能を強調したピピンアットマークとなった。）のような話もありました。そういう意味では、ボイジャーさんが一番落ち着いているというか、一番地味というか。

萩野：落ち着いているというかね。

――地味というと怒られそうですが、他は結構そういう感じでしたよね。

萩野：それこそピピンの山科（：山科誠）さんは、うちから本を出していますよ。

――そうなんですか。

萩野：ピピンがスタートするときに、恵比寿だったでしょうか、ホテルでオープニングパーティーがありました。そのとき、山科さんの演説が格好良かったんですよ。

――期待感がありましたからね。グラフィックもパソコンよりもずっと良かったですし。

萩野：でも、とんでもない裏があったでしょう。ピピンは。これは大変だと思ったときに、たまごっちが出たんですよ。

――そういう関係ですか。1996年でしたっけ？

萩野：山科さんは今でも自慢げです。非常にドラマチックな組み合わせだと思います。

――続いていますね。

萩野：山科さんにその辺りの話を聞いたらいいかもしれません。救われたって。

――Appleと組めばいいんじゃないかという気分があるんですが、Appleと組んで稼いだ人はそんなにいないんですよね。実は鬼門なんです。
次に、スマホ、EPUB時代について聞きたいのですが、この辺に関してはどうでしょうか？携帯電話の話までは出ていましたが、スマホEPUB時代以降について。もちろん、ボイジャー立ち上げ時の空気感や、先ほどの3階建てのビルの写真を見せていただいたときの印象など、製品やサービスだけでなく、人となりや会社の雰囲気といったところが、今回お聞きする上ではかなり重要だと思います。

――お聞きしていると、普段あまりそういった話題に触れないのですが、いろいろ思い出されて懐かしいですね。1990年代半ばは相当面白い時期でしたね。次世代ゲーム機もありましたし。ピピンも悪いマシンではなかったのですが、結局「それならパソコンを買う」という感じになってしまいますよね。ゲーム機とパソコンの中間のような位置づけだったんです。

萩野：ピピンは通信のことをかなり強調していましたよね。

――そうですね。ピピン@マークで路線変更していますが。

萩野：でも、それが全然響かなかったんですよね。

――WebTVも同じような立ち位置でしたね。パソコンでもなく、ゲームでもなく、テレビでもない。ピピンはグラフィックがゲーム機よりもずっときれいだったのですが、それは作る側の発想というか。ユーザーはやはり「うちはパソコンで十分」とか「ゲーム機があるから」という感じでした。作る人は楽しそうでしたけどね。ジャングルパークとか、めちゃめちゃ面白かった。

萩野：ジャングルパークはまさに松本弦人がDIGITALOGUEで作ったんですよ。

――よくできていましたね。おもちゃみたいなタイトルで。あのグラフィックだからこそ可能だった。

萩野：江並さんは、その後脳卒中で倒れてしまったんですね。

――そうですか。

――『本とコンピュータ』は貴重な媒体でしたね。私もこの間少し関わらせていただきましたが。出だしの頃はまだ紙へのこだわりが作る側に相当強かったという印象でしたが、第一期が終わる頃にはだいぶ時代の雰囲気が変わっていましたね。

萩野：津野さん（：初代編集長の津野海太郎）は演劇人なんですよ。黒テントという劇団で活動していました。唐十郎との対抗馬のような存在でした。

――けんかしてしまったんですよね。

萩野：黒テントは常設の劇場ではなく、テントを持って各地を巡回して公演するスタイルでした。芝居をやるだけでなく、土地を借りることから全て自分たちでやるんです。

――ある意味メタファーかもしれませんね。

萩野：映画に似ているんですよ。だから津野さんとは気持ちが非常に合いました。彼は極めて教養のある人でした。『本とコンピュータ』の編集会議というのは、会議というより飲み歩きながらの情報交換の場でした。出版ニュースの清田（：清田義昭）さんなど、いろんな人が集まってきて、業界の情報のるつぼみたいでした。あれは大日本印刷がお金を出していたんです。

――お金を出して。

萩野：そうです。大日本印刷は景気が良かったので、いろんなところにお金を出していましたが、その成果がよく分からない。お金を出したけど、何のために出したのか分からないという状況でした。

――大日本印刷についてはあまりそういうことが知られていませんね。

萩野：印刷会社だから自分たちが本を作ることはタブーだったんです。出版社の仕事をもらっている立場だから。でも、お金を配っているだけでろくな成果が出ないから、何かやってみないかという話になった。それで津野さんや筑摩書房の松田さん、それから平野甲賀さんが関わることになりました。

――南陀楼綾繁さんもあそこの編集部にいたんですよね。

萩野：そうそう。河上進ね。南陀楼綾繁と仲俣暁生。

――次の世代というか、その次ぐらいかもしれませんが。

萩野：あそこは給料もくれたんですよ。本当に助かりました。津野さんは、もうだいぶ前ですが「もうちょっと後でやれば良かったな」と言っていましたね。

――確かにそうかもしれませんね。

萩野：言っていることは間違っていなかったじゃないですか、津野さんは。

――ありがちな会話ですが、でもそうかもしれませんね。

萩野：やはり、人それぞれ元気な年齢というのがあるんですよ。みんながみんな同じ年齢でなければいけないということではなくて、人それぞれ違うんです。

――何歳なんですか？それは。

萩野：いや、何歳かというのは人それぞれ違うと思うんです。僕にとっては、ボイジャーを始めた46歳がそうでした。よくもあの時にやったなと思います。

――うちの元スタッフで、Coral Capitalという比較的知られたVCにいる者がいるんですが、一番成功率の高いベンチャー、スタートアップは45歳だそうです。

萩野：そうですか。

――彼らは20代に創業しろと発破をかけますが、成功率で言うと45歳なんです。それまでに失敗したのが良いか悪いかは別として、早くやったほうがいいとも言うし、いろいろなことを言いますが、成功率で言えば45歳なんです。実は。みんな20代だと思うでしょう。全然違うんです。2回くらいやり直している。家も3回建てないと分かっていないから。

萩野：VCはどれか1つ当たれば大きいわけですからね。

――途中のところは割と一気に携帯まで行ってしまいましたが。出版とか、先ほど少し言いましたが、人となり、会社なりが面白いというのが、今回のオーラル・ヒストリーのポイントなのではないかと思います。実際にこういうふうにやられてきた中でポイントになること、すでにいくつか伺っているので繰り返しになるかもしれませんが。あるいは、それ以降現在考えていらっしゃることとか、若干メッセージ的なことでもよろしいですが、何か「これは言っておきたい」というようなことがあれば。今一番興味があるのはどの辺なのでしょうか？

萩野：私は、ずっとツールにかかわってきましたので、やはり作る道具というのも重要だと思ってきました。作る道具は、コンピュータを介すと何か訳の分からない、非常に高度なものになっていくことが多いですよね。そうではなくて、もっとシンプルな、とんかち、かなづち、のこぎり、ノミ、カンナのような非常にプリミティブで、しかし確実なツールが必要なのではないかと。
パソコンでやると、まずパソコンのOSに依存することがあります。これに悩まされたことが事実です。しょっちゅうバージョンアップしていかなければならない。「やめた」ということもあるわけです。
EPUBをどうしていくかというときに、私はそれに参加したのですが、結局基本的には世界の共通基準である必要があると。世界の共通基準。あれができる、これができるということではなく、できるだけやらなくていい。しかし、根本的なもの。先ほど言ったカンナ、ノミ、のこぎりのような、そういうプリミティブなものをきちんとできて、それが変わらない。
出版の素晴らしいところは、残るということです。本が素晴らしかったのは、本は残るからと出版人の人たちは言っていますが、私はたまたま残っただけじゃないかと思います。自分で残そうとしたことなんかないでしょう。早く売れて、売り切ってしまってなくなるのばかり考えていたのではないですか。それはそうとして。でも本は結果的には残った。それはシンプルで、非常に残りやすい形だったのではないかと思います。
そのために、大きな記憶する意欲も、書く人たちの意欲も湧かせただろうし、図書館とかそういうシステムも作ったわけです。残るというのがすごく重要になると思います。
パソコン、コンピュータというのは、すぐ消えてしまうとか、そういう物理的に消えてしまうということだけではなく、システムとして、どこかのOSによって変わらなければいけない。だから、W3Cの連中たちは、やはりその越えて共通性で行くということを言ったわけです。それは非常に大きかったのではないかと思います。
今私もやっている、Romancerというツールですが、これはとにかく、「ああいうことできるのか、こういうことできないのか」と常に来るわけです。そうすると「やらない」と言う。なるべくやらない。これは。ありものでなんとかやるというようなことを言っているのです。なるべくやらない。シンプルなもの。
基本的には書くということですよ。ものを書くというのは、私がさっきずっと話してきたように映画をやったり、レーザーディスクやったり、いろんなことやったけど、とにかくいろんな訳の分からないものが出てきて、スタジオが1時間で万円だとか、そういうことが出てくることによって、だんだん離れてしまうのです。だからやはり、なるべく自分に戻すためにはシンプル。それはやはり文字、言葉というのは非常に大きなものを持っている。
これに今はリンクという。ウェブに対するリンクというのは、また全然違う意味で、リンケージのURLがしょっちゅう変わってしまうのではないかとか、そういう話はまた常にあるとは言いながらも、要するに相当なものが、社会を取材して本を書くというのと同等のレベルにウェブの中を見て、ものを自分のものを書いていくということができるようになってきたと思います。残るということを最後まで主張していけば、やはりこれは自分の、今は売れないかもしれないけど自分のやってきたことの残るべき1つか2つはあるだろうと。それをやはり書き残すということは重要だと思うのです。そういう人も出てくるのではないかと思います。
私はこの30年間、電子出版というものをやってきましたので、最初にそれ、エキスパンドブックを使って、そういうもので書いたものとか、そういうものを私は全部見ているわけです。見れる立場なのです。そうすると、最初の頃は、電子的なことで本を書くということに対して興味を持っている人間はたくさんいました。しかし書かれたものに「なるほどな」と思うものは少なかった。それがこの30年間で、決して売れる本だとは思わないけど、書いている内容は素晴らしいものがずいぶん出てきました。
ボイジャーのRomancerというのを見ると、この無料で公開しているものがたくさん見られるのです。もちろんいろんなものがあります。やはり自分のやってきたこと。特にその理工系の人。だから40代、50代ぐらいでコンピュータをずいぶんやって、ある日工学博士になって、そして辞められて。自分のやってきたことは何だろうかということを書く。加藤忠一さんという方が、うちで100冊ぐらい本を書いてきました。

――その方はどういう方なのですか？

萩野：日本製鉄の研究所の所長だった方です。工学博士です。

――100冊ですか。

萩野：100冊です。

――100冊はすごいですね。

萩野：この人は絵がうまいのです。絵を描くのが。製鉄会社に入ったのですが、専攻は化学なのです。鉄というのはメッキ。メッキというのは鉄が錆びるから。化学ってすごく重要なのです。重要なのだけど鉄のことをやる専門の人間から比べると、1ランク、2ランクも落ちるらしいのです。だから表通りではなくて、どうしても横道に行った人なのです。そういうことがすごくにじみ出ているのです。

――面白そうですね。

萩野：ちょうど辞めて、街を歩くとトタン屋根。トタン屋根の家とか、そういうのは、まだありますよね。変な物置なんかの屋根はトタン屋根だとか、それを一生懸命絵に描いて。

――では必ずしも技術的な話だけではなかったのですね。

萩野：技術的な話だけではないのです。

――これですか？

萩野：これです。これがそうです。この家「その後取り壊された」なんて一言ね。みんなそうです。この人はだから、全く我々は営業したりしたわけではない。どこかで探してきて、自分でやって。そして、お会いしたのですが、「なんでこれをタダで使えるのですか？」って。お金取りたいのは山々。「使う人なんかいないと思ったからやったのです」と言ったら、「素晴らしい」と言ってくれました。

――技術的な話も書かれているのですか？

萩野：書かれています。ブリキとトタンの歴史とかね。

――良さそうですね。

萩野：理工系の人が結構多いですよ。はかりというのは、お皿の上にものを乗せて目方を測るものだと思っていましたが、スーパーに行くとピーマンの袋詰めで売っているのを見かけます。

――ああ、滋賀に有名な会社がありますね。

萩野：そうなんです。そこなんです、滋賀の。

――うるさいですよ、そういう世界は。

萩野：そこにいた人なんです。

――要は重さを均等に振り分けるんです。

萩野：ピーマンはそれぞれ大きさが違いますが、袋詰めしたときにほとんど均一な重さになるんです。だから損はないわけです。大きいのと小さいのを買うか、中ぐらいの2つを買うかで、重さが一緒なんです。それをいちいち測っていたら大変ですが、一瞬のうちにダーッとやってしまう。

――ロボットみたいなものだね。

――振り分けマシンみたいなやつ。

萩野：そういった人の話は面白いですよ。NHKが取材に来ないような…

――『プロジェクトX』。

萩野：『プロジェクトEX』（笑）。

――『プロジェクトX』でやってもおかしくないでしょ。アメリカにはエンジニア協会があって、勲章を贈呈したり、大統領が関与したりと、そういったものがあります。日本は戦後、そういったものがなくなってしまって。例えばヒューレット・パッカードのヒューレットさんが勲章をもらったとか、そういうことがアメリカではあるんですが、日本ではエンジニアが引退した後の評価がないんです。

萩野：そうですね。引退後もそうですし、若者に対してもです。昨日、活字文化フォーラムがあって、経産省の大臣や読売新聞の社長が来て話をしていました。本屋がどんどん潰れていて、本がなくなることは一大事だと。子どもが本なしで育つのは国家の危機だと言っていました。
でも、本のいいところは分かりました。ただ、街の本屋に行っても本がないことが多いですし、注文しても1、2週間かかる。一方、Amazonはすぐに届きます。なぜAmazonのようなことができないのか。
努力する、知恵を出し合う、協力するといったことなしに、イメージとしてのいいものを語っているだけです。骨董品を愛でるようなことを言っている。そういう姿勢があると思います。それを打破するにはチャレンジが必要です。しかし、チャレンジすることが極めてやりにくい。
電子出版を30年以上やってきて言いたいのは、活字文化フォーラムで街の本屋を支援すると言っていますが、電子出版に支援したことは1回もないということです。
若い人たち、若くなくてもいいですが、チャレンジすることを応援する。莫大なお金をつぎ込むということではなく、新しいことをやることに対して応援する。そういうことが極めて少ないですね。

――守るよりは攻めるやつを応援しろと。

萩野：そうですね。攻めるということは非常に危険で失敗もありますが、それをやらなければ何も生まれません。チャレンジしようという気持ちを忘れているんじゃないでしょうか。アメリカは厳しい世の中ですが、その辺は少し違います。アメリカのボイジャーは日本のボイジャーを尊敬していますからね。よくやったと（笑）。

――日本以外にはないんですか？ボイジャー。

萩野：フランスにあったんですよ。

――さすが日本。ありがちなパターンですね。

萩野：でもこれもだめになりました。
この世の中を見ていると、ボイジャーや電子出版に限らず、何かにチャレンジしようという若者に元気がないとよく言われます。でも、元気づけるための方法は非常に少ないですね。

――どうしたらいいんですか？

萩野：私自身は引退していますが、やはり私自身が元気づけるということをやっていくということでしょうね。

――やってみせるということですか？

萩野：やってみせるということでしょうね。今、思い出を書いているんです。昔のことを書いて、何の意味があるんだろうと思っていたんですが、友達が「あなたにとっては昔の話かもしれないけど、読む人にとっては未来かもしれない」と言ったんです。その言葉に励まされて、くだらないからこそ書いていこうと。書くのは大変ですが、そのうちお店で見ることができると思います（笑）。

――いつ頃ですか？

萩野：今年1年ぐらいの間には。もう4編書きました。10編書こうと思っています。

――1つの区切りは。

――全体で1冊の本ぐらいのボリュームになって。

萩野：そうです。全体で1冊の。

――毎朝同じ時間に書いているとか、そういう。

萩野：そうです。とにかく机に向かうんです。1行しか書けなくても机に向かうんだという気持ちで。思い出話はたくさんありますよ。

――でしょうね。

萩野：映画も時代も思い出話はたくさんあります。笑っちゃいますよ。

――なるほど。でもやはりそれを書いていくと非常に教訓になりますね。

――「本が嫌い」という発言をされているという話題がありましたが、それは何か特別な意図を持って発信されていたんですか？

萩野：本が嫌いというのは…今日持ってきました。『出版とは何かとふと考えた』です。これは映画のときにネパールへ行ったときに持っていた手帳です。この中に結核予防会のマークがあります。ネパール結核予防会のパンフレットです。これを私は一番大事な本の原型だと思っているんです。
結局、私たちはネパールに何しに行ったかというと、日本から大量のBCGをネパールに送って、そのBCGがどうやって村まで届けられるのかを記録するドキュメンタリーを撮るために行ったんです。
現地の青年団がBCGを担いで山の上まで上がっていきます。3000メートルぐらいの村に着くと、村人のほとんどが字が読めません。だからこういうパンフレットと、話す内容を組み合わせるんです。毎朝、「この薬を飲まなければいけないよ」「この薬を飲むとすぐに体のだるさが治ってくるよ」「でもそこでやめちゃいけないよ」などと面白おかしく話していきます。みんな熱心に聞いています。
私たちは後ろで映画を撮っていますが、「私たちは何のためにこの映画を撮っているのか」と考えさせられました。ここにいる人たちには電気もないし、プロジェクターもありません。しかし、このパンフレットは手渡しでめくりながら説明できる。ここに「100人中5、6人が結核菌を持っている」という情報があります。

――そういう絵なんですか？

萩野：そういう絵なんです。これみんな人の顔してるでしょ？

――これは要するに字が読めなくても分かるようにということですね。

萩野：そうそう。結核菌を持ってる人がいるんだよということ。みんな集まってると、まあ100人はいないかもしれない。50、60人くらい。そういう素朴な面白さ、興味深さを思ったんですよね。これで僕は、こういうものと比べたら今の日本の本は嫌いだと言ったんです。本が本当に持っている目的や役割からとてつもなく離れた世界にいるんじゃないかと。だからもう一度「本はなんなのか？」ということを考え直したい。それが商売になるかどうかは分からないけど、そこから始めることが重要じゃないかという意味で言ったんだと思います。

――だいぶ僕らは主観で想像していたのと違いますね。

――僕らが想像していたのは、出版の構造にはいろんな中間機能があって、それを支配的に扱っていたのが出版業界だったのが、電子出版によって全部間を抜いて直接やりとりできるようになったから、出版業界の権威主義的なものから解放しようということにつながっているのかなと想像していたんです。

萩野：結果的にはそういうことですよね。もっとダイレクトにやるべきだろうと。ダイレクトにできるんだと。なぜやらないんだ？と。やり方を教えるよ。そういうことですよね。ただ、本が嫌いだとか、いらないとか、そういうふうに思っているわけではありません。

――その辺の真意をお伺いしたくて。

萩野：一番シンプルな道具である言葉が行き着く先はそこにあるんじゃないかということです。電子であろうと、紙であろうと、何であろうと、最も貴重なコミュニケーションのツールとしての言葉をもう少し活用していく。

――それが原点になっているわけですね。

萩野：そうです。

――本について語ると多分終わらなくなるから、こんなところでしょうか。

萩野：僕が書いている電子出版のURLは後で。みんな短いですから。字幕文庫というんですよ。映画の字幕って、下のほうに出てたじゃないですか。映画版の字幕って正確じゃないですよね。正確に言ったら入らない。だからコンデンスして2行にまとめるわけです。その字幕を電子出版にしようと思ってやったときに、2行しかないのをずっと入れていったら分かりにくいよねと。じゃあ真ん中に入れていったらどうかと。

――それであんな形になっていたんですね。

萩野：そうそう。

――なぜこんなに行が少ないんだろうと思っていたんですよ。

萩野：それが字幕文庫というものです。

萩野正昭

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