――インタビュアーの平信一です。

――浜村弘一です。

――本日は2025年1月10日です。これから広井王子（：1952年生まれ。漫画・アニメ・テレビゲームなどの原作を手掛けるマルチクリエイター、舞台演出家。レッド・エンタテインメント顧問、ゲオネットワークス顧問、金沢工業大学客員教授、情報経営イノベーション専門職大学情報経営イノベーション学部超客員教授）のオーラル・ヒストリーのインタビューを、ドワンゴ東銀座オフィスにて行います。

――始めましょうか。そういえば、広井さんの名前は照久（：本名は廣井照久）っていうのを初めて知りましたね。

広井：照久ってお坊さんつけたらしいんですけど。いつまでも明るく照らすようにという名前なんですね。それはおふくろから聞きました。

――広井さん、子供のときに本当に複雑な家庭環境にあったっていうのを知ってたんですけど、かなりあれですよね。子供のときからずっと、落語、講談シーンとかずっと見てた。5歳になってないですね、これ。小学生前から観てたんですね。

広井：複雑だとは思ってないです。それが日常でしたので。物心ついた記憶って、すごく古くて、多分2歳になってないぐらいの記憶が残っているんです。それは子守りさんにおぶられて映画館で映画を観た記憶です。

――それ覚えてるんですか？

広井：はい。子守りさんのニオイまで覚えてるんです。

――どんな映画だったかは覚えてない？

広井：覚えてないんですね。ただ、向島金美館という映画館に入っていく子守りさんの背中を覚えてる。その映画館で悲しい場面で涙をこぼすと子守りさんが母に言ったとか。嘘だってことになって、うちの連中がかわりばんこに観せに行って、本当に泣くぜこの子って。その記憶が残ってます。映画が好きなんだねとか、映画を観せればこの子は喜ぶんだねって言って、本当に、もう1日おきくらいに浅草で映画を見せられた。映画館に入れば喜んでる。大人しい。泣いてても映画館に入れば大人しい。

――普通は暗くなって大きな音聞くと泣きそうなもんですよね。

広井：じーっと観てるって、みんなが面白がって映画館に連れていく。映画館が居場所みたいに育ちました。落語や講談は親父に連れていかれました。父は遊び人ですから、時間つぶしに昼過ぎに蕎麦食って、そのあと落語行くか講談行くか、映画館行くか、ちょっと芝居覗いて、日本橋に移動して三越をぐるっと見て夕方帰る。子供がうちの中にいると邪魔だから連れて行ったと聞いています。

――でも、英才教育みたいなところありますね。

広井：うん。今になってみると、エンタメ漬け、商品漬け。だから、デパートもぐるっと見て回ると、いろんな陶器から、かんざしから、反物から、そういうのを全部見て歩くわけだから、おやじが。たまに買ってくるとか、ワイシャツもあつらえて作ってるから、反物から、寸法を測ってみたいなのを、ずっと子供の頃見てたわけです。

――飽きないものなんですね。

広井：飽きないんですよ。普通に売ってるものと違っていて、ずっとそれを見続けてたんですね。ちょっと違っているものを見てるのが好きでね。ものが作られてくる過程とか、職人の手作りしたものを見たり。時々、職人さんがそこで作りながら説明したりしてる。ああいうのを見るのが大好きなんですよ。こうやってわっぱって曲げるのかって。あぶりながらこうやって曲げていったり。職人が好きなんですね。だから、職人になりたかった。映画も舞台も、全部職人の仕業だと思ってたんで、裏方がすごく好き。提灯や達磨を作る現場に連れって行ってもらったことあります。

――幼稚園に上がった時、今見てると社交的な感じがすごくするんだけど、あんまり人との付き合いは上手じゃなかったんですか？

広井：もう全然、人と付き合うってことがよく分からない子供。まず同学年と付き合えないんです、知識量が違うので。話すと面白くない。落語の講談に歌舞伎でしょ。見てるわけない。季節季節で芸能を見て、年末は忠臣蔵ごっこしてました。

――もうそんな頃から。

広井：正月は新春歌舞伎。家族で行くことになります。今でも行きます、ずっと続いている習慣みたいに、正月は歌舞伎座。

――幼稚園の頃はそのことができていたわけですか？

広井：その頃は演目がしっかりわかっていなかったですけど、今は本を読んだり教えてもらったりしてずいぶん判るようになりました。この演目をこの役者がやるなら見たいってなります。

――本当に付き合いをせず、広井さんが（：事前に）書かれたやつ（：資料）に引きこもるようになってしまったと書いてあります。

広井：もともと引きこもりなんですよ。粘土をいじったりとか絵を描いたりしていると、そこに世界が見えてくる。その世界の中に入っているがすごく幸せ。その世界にストーリーを勝手に考えて、人形や粘土を動かして敵討ちだぞーとかね。そういう遊びをずっと小さい頃からやっていて、それがいまだに続いている。いまはパソコンの中に書くことで、世界がどんどんできていって、キャラクターを動かして、セリフ書いて、それが商売になってしまったという話なんですね。やってることはほとんど変わらないですね。

――何かこう、ちょっと変わった子供だなという感じになっちゃった。変わった子供だなというふうに思われたでしょうね。

広井：それは、ずっとおふくろも気にしてたみたいですね。今風に言えば、たぶん発達障害なんでしょう。何か乗り物に乗るとずっと看板を口に出して読んでる。今でもときどき。何か、癖になってるんでしょう。ストンと気持ちが入った瞬間、他が見えなくなちゃうみたいです。それはすごくものづくりではよかったですよね。ストンと入れるので、入ったら時間そのものがなくなる。気がつくと朝になってる。空想した世界で集中してるので。そういうことを発達障害って言ったのかどうかわからないですけど。ただ、ストンと入ることをコントロール出来ない。特に仕事になると集中に時間がかかりますね。これやらなきゃって思って入るって結構大変で。自然に入ってるわけじゃないので。そこはすごく、後年、仕事にしてから苦労しました。どうやって自分でその中に入ろうかという手順みたいなものに。

――お子さんの頃もずっとそういう形で好きなものをずっとやって生きている感じですね。

広井：そうです。コスプレの最初だと思いますね。外に行くときはコスプレしました。『赤胴鈴之助』（：福井英一による同名漫画作品およびそれを原作とするラジオドラマ、映画、テレビドラマ、テレビアニメの主人公名）とか『矢車剣之助』（：堀江卓による同名漫画作品およびそれを原作とするテレビドラマの主人公名）、今日は月光仮面で行くとか。家族や親戚に大事に育てられました。やりたいということを全部やらせてくました。テレビと同じものを作ってくれたのは叔母です。

――素晴らしい。写真ある？

広井：あります。後でお見せします。そういう格好をして、『ローハイド』（：1959年から1965年にかけて米CBSで制作・放送されたドラマ（テレビ映画、西部劇））だとローハイドの革ジャンを買ってくれて、自転車を買って「ローレンローレン」（：同作主題歌の一部）と走って歩いている日常なんです。これもコスプレですから。これもコスプレなんですね、僕には。ハット被ってというのはコスプレですから。着物着て歩くのもコスプレだし、僕はコスプレの延長線上にいるんです。20代になって、スカジャン着るっていうのも、戦後のファッションをコスプレしている感覚です。

――よく着てらっしゃいましたね。

広井：はい。スカジャンやアロハシャツがすたれまして、流行らなくなったから、着たんです。ちょっと不良っぽく感じが面白くて。そうゆうキャラクターで今日は行こうとか、今日はちょっとイギリス風に、ロンドンブーツで行こうとか、最近は崩し始めて、Tシャツに半天とか。そういう遊びがすごく好き。ファッションが好きです。

広井：そういうことをずっと繰り返してやっている子供でした。あ、いまもですが。

――友達と話全然合わなかったでしょうね。

広井：合わないです。いないんです。いまだに友達作れる気ない。

――ずっと本当に小中学生の時は、ずっとコンテンツというかエンターテインメントみたいなものを作る。集中してずっと何か生きてきた感じ。

広井：今でもそうですね。今はわかるんだけど、結局、「先月の歌舞伎でさ」って言っても（まわりのひとが）見てないですから。話にならないんですよ。だから話さない。しょうがないから松竹（：松竹株式会社）の方を捕まえて、そこの横の喫茶店でタバコ吸えるところがあって、そこで喋って、先月のあれこうこうこうだったんだろうって言って、全然キャスティング違うじゃないなんて話をしてるのが好きなんですよ。でも、文楽を見た瞬間に歌舞伎とは違う。お能行ったらもう全然ダメですから。それぞれ専門の方を見つけてお話を聞かないとわからない。映画の話は山田洋次さん（：1931年生まれの映画監督、脚本家、演出家）がいる。山田監督を捕まえるのが一番いいので、松竹のプロデューサーに電話して、「今日山田さんいる？」「います！」ってなると、監督室に入って行って、山田さんに「この間、こうゆう映画観ました」と。山田さんと話してればもう幸せなんですよ。タケカワユキヒデのところに泊まりに行って音楽の話をしたこともあります。そういうのがすごく楽しいです。だから僕は作る気は全然ないというのが本音です。生きていくために作ってるんですね。職人として。でも仕事をしたから専門の職人さんから話を伺えようになったわけです。だから仕事をすることは大事なんです。ただ残念だったのは、父親が死ぬ前に、お前が死ぬぐらいまでの金はうちにあるって言われたので。しめた、これで仕事しなくていいと思ったことです。

――そういう言い方もあるんですかね。

広井：基本仕事嫌いです。26歳の時に親父が死んで、おふくろに「うちにお金があるはずだから」って言ったら、「あら、ないわよ」って言われて、お母さん一人占めはできないんだからねって。法律がってやつ。お母さんは半分、後の半分を弟と俺が分けるって話。これはもう法律だから。お母さん一人占めできないですよ。「本当にないのよ」って、本当になかった。親父、ふざけんなよ。それでおふくろに、働かなきゃダメってことですかねって言ったら、そうじゃないのって言われました。それからしかたないので、履歴書を書いて出しました。テレビマンユニオン（：株式会社テレビマンユニオン。テレビ制作会社）とかいろんなところに送って、全部落ちました。まあ、当然でしょうね。働きたくないんだから。しょうがないから会社作ろうと思って。

――ちょっと待ってください。ちょっと戻ってください。中学生の時にもずっと停学3回も食らって、ポンコツと言われたんですね。

広井：はい？

――ポンコツ、停学を3回。何やったんですか？

広井：いろいろ。モデルガンを売ってた。

――誰というか。売ってたんですか？

広井：学校で。

――誰が？

広井：僕。

――売ってたというのは、販売した？

広井：販売した。

――販売者？

広井：販売者。当時の事情として、モデルガンブームがあったんですけど、それってボンドショップ（：正式名は「MGCボンドショップ」。モデルガンメーカーMGCが運営）ってアメ横にしかなかったんですよ。アメ横って、普通の子入りにくい。中学生くらい。僕はそこ遊び場なので、簡単に仕入れられるんですよね。注文を取って、PPK（：ワルサーPPK。ドイツのカール・ワルサー社が開発した小型セミオートマチック拳銃で、警察用拳銃として開発されたワルサーPP を私服刑事向けに小型化したもの）が欲しいとか、ブローニング（：銃器設計者ジョン・ブローニングが設立したアメリカ合衆国の銃器メーカーおよび同社製の銃）が欲しいとか。注文を取って、そこで仕入れて、並べてロッカーに。買いたいやつが来て、マージンとって、売ってた。ロッカーに入ってる拳銃が見つかっちゃって、チクったやつがいるんでしょうけど。先生に没収されて、それで停学くらいました。

――銃を売って停学くらってるんですか。素晴らしいですね。

広井：そんなんで3回停学になって、それで3回目に退学っていう話になったんだけど、偉いチャプレン（：教会以外の施設で働く聖職者の総称）が「広井を停学にするな」と言ったとかで。どう気に入られたか知らないですけど、それで朝6時に行って教会の掃除を、みんなが登校する前に帰るっていうのを1ヶ月間やることで済ましてくれました。で、その最後日、終わって1ヶ月やって、チャプレンが、お祈りと説教してくれて、「神様はお前みたいなポンコツが大好きですよ」って、「神様に愛されてます」って言われた時に、無敵じゃんって思って、出たぜやっぱりなって思って、俺はだから無敵だったのかって思って。

――ポンコツと言われることにショックはなかった。

広井：無敵じゃんって思って。それで高校行った初日にね。職員室に呼ばれて、「高校では、おとなしくしてろ」と担任がね。やったーって思って、行かなきゃいいわけだから、おとなしくしてるんだから。騒ぎを起こすなっていうことだから、じゃあ行かなきゃいいんじゃんって思って、池袋で、志木に行かないで映画館に行くっていう日々を。たまに気が向くと学校に行く。ほぼ映画館に行ってるっていう生活をしてたら、日数が足んないって言われて、それで夏休みに学校通って、冬休みに通って、日数合わせをして。それで高校3年の時に、もうこれ正式にちゃんと休みもらおうと思って。水曜日は休みにします。なぜならば、ちょうど真ん中がくたびれるから、学校来ると。

――休みにしますって自分で言ったんですか？

広井：そうです。先生に言って、休みにしますと。で、なんでだって言うから、映画を観に行かなきゃいけないから、休みにしますって言ったらば、母親連れてこいって言って、母親も来て、で、この子がこう言ってるんだからって、うちのおふくろも偉いよね。ほんまに言ったぜこの人って思って感心したな。そしたら先生が、そういうわけにはいかないという話になった時に、当たり前なんだけど。でもね、ラグビー部も野球部も平日試合があって、それで公休になっているじゃないか。戦っている相手が違う。黒澤とか溝口と戦っているんだ、俺は。あいつらはアマチュアリーグ、俺はプロリーグで戦っているのに、何を言っているんだ、公休だ、と言ったら、「そうか」ってOKになっちゃったんですよ、俺は学校に行っていないの、水曜日。いい時代だよね、あんな屁理屈で先生がそうかと言ったんです、本当に昭和ってのんきな時代でさ、いやいい時代。でも、あれは「そうか」って言った先生が偉い。 

――それをみんなに伝えるっていうのが日課だったんだよね。

広井：木曜日のホームルームで、昨日見てきた映画を言わなきゃいけない。それを言うことで、文章を書くことを覚えたんですよ、要約して言わなきゃいけないので。で、たとえば『七人の侍』（：1954年に公開された日本の時代劇映画。監督は黒澤明、主演は三船敏郎と志村喬）ならどこが面白いか見所を書いて、暗記して喋ることを覚えました。

――本当にいい勉強になりましたね。

広井：はい、あれはいい勉強になりました。そういう学校だったんです、立教って。多分、あれも教育でしょうね。いい教育をしてもらったと思ています。木曜日にみんなの前で喋ることで発信することを覚えた。後年、浜村さんにお願いして、ラジオやらせてもらいましたね。高校での教育が、そこに繋がっていると思うんです。メモを書いて、よどみなく喋っていくってことを覚えていった1年だと思うんです。最初の頃は喋れなくて、えーとえーとなんて言いながら。で、それがだんだんちゃんと喋れるようになって。で、落語や浪花節を聴いてたので、喋り芸についてはなんとなく記憶があって、枕がこうあって、世間話があって、そこから本題に入るんだってメモを書いて、実戦で覚えていきました。

――全然、すべて語題に（？）なさらずに生きてきてますよね、そこで。

広井：そうですね。まあ、好きだからですよね。

――高3で赤テントに出会うって、劇団、劇場とも知り合うっていうのは？

広井：それまでは歌舞伎や新派や新劇やショウを見せられてました。唐十郎さんの赤テントは自分で見つけたんです。この世の中に分からない芝居があるってびっくしました。エンタメでですよ。それが分からないんですよ。どう見ても、何をやってるんだ、これって。本当にびっくり、衝撃でしたね。

――赤テント分からないですもんね。

広井：テントの外に出た瞬間に、今何が起こってたんだろうっていう。それで、本を買いに行ったんですよ。唐さんの脚本です。以来、唐さんの本をずっと読むようになりました。分かるまで見ようと思って。ありったけのお金でチケット買って、週2日とか3日とか通って。

――高校生で。なかなか珍しかったですよね。

広井：学校休みますからね、僕は。

――水曜日に。

広井：水曜日もですけど、緊急事態のときは普通の日も休む。学校どころじゃないから。別にあんまり怒られなかったんですよ。あいつしょうがないと。いまだに同窓会に出席すると、「しょうがないヤツが来たぞ」ってみんなが笑います。同窓会の決め事も「広井はこれでいいか」って最後にみんな聞いてくれるんですよ。うんって言ったら、じゃあこれで決めようって、生徒からも特別扱いで。高校のとき、物理の授業って、物理の先生が担任だったんですけど、教壇の横に僕の机が置いてあって、そこに生徒に向かって座ってました。

――どういうスタンスですか、それ。

広井：黒板消したりとか、それから最後に先生が、広井分かったかって聞いて、みんなが分かるって言え、分かるって言わないと、また元に戻るから。ポンコツ通り越して、もうお荷物みたいになってました。そういうのを1年。まあ、しょうがないです。誰とも付き合わない。学校帰りにどっか行こうとしても行かない。みんなでイベントやろうとしても行かない。体育祭行かない、文化祭行かない、公的なことは全部欠席。でもね、礼拝だけは欠かさず行ったんですよ。

――それは自分から行ったわけ？

広井：そうなんですよ。朝8時の礼拝は絶対欠かすことなく、月曜日の朝8時に。

――どういう理由でそれは？

広井：中学の記憶もあったんでしょうね。「神様に愛されている」って。でもね、高校で聖書をちゃんと読んだんです。それが面白くて。『古事記』に匹敵するわ、これと思って。

――それはクリスチャンになってるわけじゃないわけですね。

広井：ないですよ。そうじゃなくて。コンテンツとして面白がってたと思います。それから讃美歌も面白かったし。そういう興味。それで教会に行ってあるとき、心洗われるような、スーッとするような感じ。普通、建物に入っていっても、そうならないのに、教会に入った瞬間に、何か特別な感覚が生まれて。何かいるの、これ。どうして、これ、建築上、こういうふうに見えちゃうの？ステンドグラスから光を入れると、人って、はぁーってなるの？それって、舞台の演出と一緒ですよ。これ、演出？演出って、こんなに人の心をワクワクさせたりとか、不安にさせたりとか、ドキドキさせたりとか、できる？って思って。それって、光の芸術なのかな？とか。

――そういう視点みたいですね。

広井：高校生の時は、ぼんやりそんなことを思っていて、面白いから、ずーっと教会に通って、お祈りしてる。パイプオルガンが鳴った瞬間に、うーってなる。音楽って、こんなに力があるの？そういうことを一つ一つ教会で勉強したような気がします。

――そういうものを感じていたわけなんですか。

広井：そうです。本当に。だってクリスチャンじゃないですよ。面白がって行ってたのに感動しちゃって。歌舞伎行くのも面白いから行ってるんだけど、あるとき、うなっちゃって動けなくなったことあります。

――そうやって個人の判断、価値観で選んでるんですね。

広井：そうですね。

――当時というか、子供の頃って、映画や演劇以外に例えば同級生が見てた漫画とかテレビみたいなものっていうのは広井さんは見てたんですか？

広井：漫画は写してましたね。『鉄腕アトム』（：手塚治虫のSF漫画作品及び同作を原作としたテレビアニメ）。一番最初に写したのは、『ロボット三頭兵』（：前谷惟光による漫画作品）とか『のらくろ』（：田河水泡による漫画作品）とかを写してました。

――読むんじゃなくて、写すのがどうして？

広井：なんでしょうね。写すのが好きでした。コマ割って同じように描いて写してました。それを自分で本にしたりしてましたね。『伊賀の影丸』（：横山光輝による漫画作品）、横山光輝さん（：漫画家。1934～2004）好きでした。「鉄人２８号」も好きでした。

――その辺はもう意識して見てる？

広井：そうですね。少年とぼくら（：漫画雑誌「少年（光文社）」および「ぼくら（講談社）」を指す？）を買ってましたから、定期購読して買ってくれてたんで。その中に付録が入ってて、付録を組み立てるのがすごく好きで。縁日って付録だけ売ってるんですよね、昔は。

――おー。

広井：縁日で付録を買ってくるじゃないですか。これを組み立てる。説明は本紙って書いてあるんですけど、本紙はないわけですよ。そういうのが、めちゃくちゃ面白かったんです。推理しながら、こうじゃないかってやっていくのを、すごく面白がってた。映画館に途中から入るでしょ。昔は途中から入れました。2本立てですから。1本目の途中から見て、２本目を見終わってから、１本目の頭はこうじゃないかと推理するわけですよ。それで１本目を見たときに、全然つまらなかったりして。バカ野郎、俺の方が全然面白いわとかって思うのが好きでした。日常的に一人で遊ぶことがいっぱいあって、人と遊んでる時間がないんですよね。大学生のころ、このまま一生一人で暮らしていくんだろうと思ってました。

――大学に入って、映画制作のサークルに入って、仲間と一緒に、いろんな仲間と知り合って物を作り始めるんですね。

広井：はい。

――タケカワユキヒデとは大学で知り合ってたんですか？

広井：そうです。バイト仲間だったんです。彼は外語大（：東京外国語大学）なので。で、たまたまバイトで一緒にやってたんです。で、いつも作曲してて、譜面書いてるの。え、何してるの？「俺、売れるからさ」って言ったんですよ。

――へー、売るんですか。その頃売ってたんだ。

広井：いやいや。俺、売れるからさって、バイトしてるわけですよ。へー、面白い人いるなーって思いました。そしたら、ある日NHK見たら出てたんですよ、ゴダイゴ（：1975年に結成された日本のプログレッシブ・ロック・バンド）で。売れたって思って。いや、こいつすげーな、本当だな、売れたなーって思って。タケカワ、すげーぞって跳びはねました。その後何年か経って、赤坂で、まだ僕がバイトで絵コンテを描いてる時代にすれ違って、タケカワが、「お前全然出てこないじゃないかよー」って言った一言が、すごく響きました。あの一言がなかったら頑張らなかったですね。あの一言で、あきらかに自分が変化しました。その日のことをまだ覚えてる。なんか光ってるタケカワが、かっこいいって思って、向こうから歩いて来て、「おお！」とか言って、「なんだお前、出てこないじゃないかよー！」、とだけ言って消えて言った。そのあと数年して、『（魔神英雄伝）ワタル』（：矢立肇、広井王子原作。サンライズ制作によるテレビアニメ。1988年4月15日から1989年3月31日まで日本テレビにて放送）で僕ヒットして、次に『（魔動王）グランゾート』（：矢立肇、広井王子原作。サンライズ制作によるテレビアニメ。1989年4月7日から1990年3月2日まで、日本テレビ系列で放送）で、アサツー（：株式会社アサツー ディ・ケイ※現・ADKホールディングス）のプロデューサーから「広井くん、ひとつだけお願い叶えてあげる。声優さんとか、誰がいい？」って言われたので、「音楽をタケカワユキヒデで」とお願いしました。で、タケカワ来たんですよ。「お前よかったなー」って。で、タケカワのラジオに呼んでくれたりして。なんだか泣きそうに嬉しかった。ものづくりってこんなふうに、いい人と出会える、最高に楽しい世界だなと思いました。

――森本レオさん（：1943年生まれの俳優、ナレーター、タレント、声優）とその頃に知り合った？

広井：レオさんとは19歳の時に出会いますから、僕は何者にもなってなかったですね。自主映画の団体で受付やってたらレオさんが来て、麻雀の大会があるから、若手一人手伝いで欲しいんだけど、「あいつ」って指さしのが僕だったんです。それで後日レオさん家に行って、お茶出したりとか、お寿司買いに行ったりとかしてて。

――なんでレオさんに選ばれたんですか？

広井：知りません。

――気に入られてたんですかね？

広井：ですかね。それで、時々呼ばれて行くと、鰐淵晴子さん（：1945年生まれの女優・歌手・ヴァイオリニスト）がいて、つかこうへいさん（：劇作家、演出家、小説家。1948～2010）がいて、風間杜夫さん（：1949年生まれの俳優）がいて、レオさんがいるんです。

――そうそうたるメンバーですね。

広井：そこにお茶出して。そんな人たちがいつもレオさんのところに来てたので。もうそれをずーっと見てましたしね。生まれた所も悪所ですから、ヤクザさんも来てた家でしたから、恐れ知らずになりました。

――まったく物怖じしない子だったんですね。

広井：そうですね。子供のころは親分のとこ行って、あいつやっつけてって言えばいいんだなって思ってました。今はそんな時代じゃないです。でもね、東京は怖いところです。東京っ子なら知ってます。うちは江戸末期からずっと向島で、一族のコネクションもいっぱいあります。東京にだけ限定的ですけど。礼を持って頼めば、仕事にあぶれることもないです。田舎の人は田舎行けばきっと仕事あぶれないと思うんですよ。僕は東京が故郷ですから、ここにいれば食べて行けるでしょう。贅沢してっていうのはできないでしょうが、食べていくこと、生きていくことに関しては楽しんで東京にいれば生きていけるとは思っています。だから、恐れがないんですよ。未来が暗くなることは一切なかったです。どんなことがあっても食べてはいけるし、楽しんではいける。東京っ子の特権だと思うんですよ。

――そうなんですかね。

——————やっぱりそうなんですね。森本レオさんから学んだことみたいなことって結構あるんですか？

広井：レオさんは礼儀に厳しい人だったので、口の利き方を徹底してやられました。嘘つかない、言い訳しない。とにかくうるさい。ごめんなさいより先に手が飛んでくるの。

――お弟子さんだったんですね。

広井：何者でもない。付人とも言われたことがない。なのに、台本取ってこいとか、お前ここで待ってろとか、マネージャー来るから台本預かれとか、いろいろ伝言預かれとか、喫茶店で待ってるだけです。

――給料は出てた？

広井：お小遣い。たまに。お金ある？全然ないですって言うと、意味もなくお小遣いくれる。あと、喫茶店で食べたものが全部レオさんに付くので。お腹すいたら喫茶店に行って、スパゲッティ食べて、レオさん来ないからカレーも食べちゃおうって、全部レオさんに付けておくっていう。生活のため喫茶店に通ってました。

――なるほど、付き人なんですかね、不思議な関係ですね。

広井：この前もレオさんにそんな話してましたね。俺、付き人って言われたことないですよ。「そうだっけ？」「だっけじゃないですよ」「いいじゃん」「俺は一体レオさんにとって何なの？」「兄弟？」「兄弟じゃないでしょ」「いいじゃん」って笑ってました。そういう関係で今だに付き合って、19歳から、50年。長いなあ、よく付き合ったなあ。今でも、電話かかってきて、森本だけどって声を聞いた瞬間、はい！って立ち上がってる。パブロフの犬みたいに。本当に怖い。あの時の関係が崩れないですね、「お前、ジュース買って来いよ」「はい」って言いながら、「俺もね、いまはちょっと偉いんだけど」って言うでしょ。「偉いって言ったって2人しかいねえじゃないか」「ですね」「じゃ行って来い」「はい」。「なんだこれ、老老介護になってませんか？」って言ったことあります。

――そういう関係になりますよね。

――大学出てすぐ会社作られてますよね（：創業は1976年？）。

広井：あ、そうです。会社、でも登記じゃないです、それ。

――あ、そうなんですか。

広井：名乗っただけで。企業。

――広井さんの企業。企画会社？デザイン会社？

広井：最初はデザイン会社です。レッドカンパニーって名乗っただけです。２３歳ごろからレッドカンパニーって言いました。請求書に広井ってサインをしたら、会社の名前にしてくれって言われて。で、その時にレッドメンっていうインディアンの帽子をかぶってて、いいかなって思って。

――あ、そうなんですか。

広井：「インディアン嘘つかない」からレッドカンパニーにしようって、そう書いたら向こうの人が、ああ、赤字会社なのねって言って、それも面白いなと思って、そのままレッドカンパニーと名乗って、それを登記しちゃうんですよね。有限会社で。26か27の時に有限会社レッドカンパニーになるんです。数年後に、株式会社にしました。

――ここからもうあれですよね、企画屋さんとして本当にシャツのデザインだとか、刺繍のいろいろなところで。

広井：依頼があって、刺繍やってみないかって。それで刺繍のデザインを始めました。やってみたら、専門の方がいっぱい教えてくれて、針とびがこうだとか、ひと針の幅がどのくらいだとか。それで、針とびってこう。ここに花があって、こっちに風船が浮かんでるって言うと、ここの空間が空くじゃないですか。ここを縫って、ここ空間が空いて、ここからまた縫い始める。ここ針がブラブラブラって糸が。これを切らなきゃいけないんですよ。で、この針とび、一切り何銭っていう、一回ハサミでカチャンって入って、これ何銭。これがいっぱいあると、えらいコストになってくる。何万枚やってるわけだから、えらいコストと手間かかる。実はこれ切らない方法がある。一筆書き。それを教えてもらったんですよ。それから僕のデザインが売れるようになったんです。針飛びしないので。デザイン画を書いて、それを100枚とかセットにして、で、これカバンに入れて、桐生（：群馬県桐生市？）に売りに行くんですよ。桐生の刺繍屋さん一軒一軒ずらっと並べて、買いませんかって言うと。これいいじゃんって買ってくれる。1枚2万円とか3万円とかで売ってくるんですよ。それをぐるっと回るように、本当に朝から夕方まで回ると。
――繊維の会社いっぱいありますもんね。

広井：そうです。あそこは刺繍の総本山だったので。確かコーエーさん（：後のゲーム会社コーエーを指している？※創業者襟川陽一氏の出身および前進会社の設立は栃木県足利市）も桐生だったかな。刺繍ですごく稼がせてもらって。桐生の帰り、浅草に降りて、札束入ってれば寿司です。入ってなきゃ立ち食いソバに。寅さんみたいですね。カバンをこうやって開けて、「さあ3枚なら安くするよ」って、デザイン画をたたき売りするようなもんで。その後、デザイナーを2人雇いました。刺繍の売れ筋や傾向を研究したりして。最近はかわいい動物がいいよとか、じゃ動物をデフォルメしようとか毎晩やってましたね。デザインが評判になって、ある方の紹介で、アポロキャップ（：つば部分に月桂樹が刺繍されていて、正面部分には徽章、ワシ、軍艦などがデザインされたキャップ。70年代に流行）のデザイン依頼が大量に入って。その御縁でスキー場のワッペンも大量に受注しました。苗場とか、八方とか、そういうのもロゴ入れて、シュプールで描いてこうやって降りてくるみたいな、そういうデザインをいっぱい作りました。いい商売になったんですよね。

――そういうところから始めたんですね。

広井：そうです。これも紹介者がいて、麻生プリントへ。アメリカから熱転写のTシャツのプリント機械を日本で初めて導入したとかで。Tシャツに、好きなデザイン画を熱転写するんです。ただ当初、アメリカのデザインばっかりだから、日本人向けの作ろうってことで何枚か納品したら、アメリカに輸出したいから、和物を持ってきてって言われて、歌舞伎や浮世絵のパロディで描い持って行ったら、わーって売れて。これも、いい商売になりました。

――じゃあ最初デザイン会社から始まってるんですね。

広井：そうです、そうです。

――「石を売ってみたら」、これどうなのかな？

広井：刺繍もTシャツも飽きちゃって、同じような絵ばっか描いてるので。それに季節によって、受注が来ない時期あるんです。ヒマだったとき、石ならタダだって思いつきまして。笑ってるけど、ちゃんといい石を拾いに行ったんです。長瀞まで行って、いい石を探してきたんですよ。そこに絵を描いて。それを売ったんです、原宿で。隣のお兄ちゃんがワイヤーで、LOVEとかさなえちゃんとか作ってる。グルグルとやるとポンポン売れていくわけです。針金ですよ。こっちはいい石だし、絵も描いて、石も選んで、きれいな石にピカピカの絵を描いて売ってるのに全然売れないんです。あれ？と思って。面白いだけじゃ売れないんだぁって考えてたら、そこにロッテ（：株式会社ロッテ）の代理店の人が面白いことやってるねって、名刺をくれて「今度遊びにおいでよ」って言ったわけです。

――あ、そこからおまけが始まるんですね。素晴らしいご縁ですね。

広井：そうですね。いいです、ここまでの話、一回も営業はしてないんですよ。誰かに見つけられてる人生です。
――本当ですね。

広井：本当に見つけられて、「お前これやってみろ」とか、「お前こういうふうにやるんだよ」ってやり方も教えてくれるんですよ、みんな。不思議なことですが、ロッテの代理店でも、考え方から描き方まで教えてくれたんです。

――うん。

広井：それで描いて持って行ったら通っちゃって、トントン拍子に。ロッテの子供菓子、10製品ぐらいあったうち、6製品の企画をやった時期もあります。

――ジョイントロボ（：1970~90年代にロッテから発売されていた食玩シリーズ。および付属するロボット型玩具の総称）。

広井：ジョイントロボから始まるんですね。その前にテストみたいなことで、リボンシトロン（：ポッカサッポロフード&ビバレッジ（旧・サッポロ飲料）が販売する無色透明炭酸飲料）をやりました。

――リボンシトロンにおまけが出てたんですね、昔。

広井：王冠をいくつか集めると、リボンちゃん（：リボンブランドのキャラクター）のおまけが当たるって企画で、僕はリボンちゃんバッグとかを作ったんです。で、バックにおまけのキーホルダーをつけるって提案して、それが通った。確か。それで、すぐに次はロッテをやれって言われて、ジョイントロボにはレギュラーチームがいて、そこにおまけのように入れられました。その時に、子供菓子っていうのは3色と決まってる。ピンクと黄色と青だって教えられ。「頭おかしいのか」って思いました。

――ピンクと。

広井：ピンクと青と黄色で、これでロボットを作るんですよ。もう目の前に『スター・ウォーズ』（：ジョージ・ルーカスが製作し、1977年に公開された同名の映画から始まるアメリカのスペースオペラシリーズ）の公開が来てるんですよ（：日本公開は1978年6月）。「ちょっと待って、頭おかしいか」と思って。「なんですかこれ」みたいなことを言ったら「子供はこういうもんだ」って。「え、頭おかしいな、この人たち」。おっさんたちが並んでみんなで。「子供はこういうのが好きなんだ」と言い張るんです。嘘つけ。どこの子供だそれって。リサーチしたのかと思って。僕らは『鉄人』（：鉄人28号）を観て育ってる。こんな子供だましは駄目なんです。子供は安易なものを見抜く、しかも時代はどんどん変わってるんですからってバトルしました。それでね、スター・ウォーズの予告編を見せたり、デザイン集を買ってきたり、アメリカはメカに汚しまで掛けてるって説明しました。「じゃやってみろって」って言われたので、オリーブドラブとかガンメタとか、それから蒸着の銀とか、そういうデザインのロボットを提案したんです。たまたまロッテの担当方がセンス良くて、「そういうの面白いんじゃないか、ちょっと冒険してみよう」って言って、豪華にやったんです。馬鹿売れしたんです。特にロボットの銀が当たりなんですけど、これがもうね、蒸着（：真空中で物質を蒸発させ、その蒸気を基板や素材の表面に薄膜として付着させる表面処理の一種）当時の最先端、銀蒸着でね、本当にキラキラしてるんです。それが欲しくて子供たちが菓子屋に並んでました。そのあと、レギュラーメンバーになって、ロッテに行ったら、当時50円のジョイントロボを100円のスーパージョイントを作りたいから企画持ってきてって言われました。簡易プラモデルみたいなことを思いついて、そこにストーリーも入れた企画案を出しました。それが通って、プラモデル形式のオマケにストーリーカードが入っていて、それの表側がブロマイドになりました。

――そうなってきましたね。

広井：たぶんオマケにストーリー入れるのは初めてだったはずです。ストーリーそのものが商品になったと言われました。ストーリーを分割して、いくつか買って組み合わせると、全体のドラマ見えてくる。

――それ、広井さんが始めたんだ。

広井：そうです。ストーリーを分割するのが面白いと思ってました。それがスーパージョイントロボで成功します。そのあと違う担当の方から「面白いのがないか」って。「手の中に入れて、パッと開けたら違うものになるってどうですか？」「面白いな」って、ロッテってそういう会社なんですよ。「箱を開けたらこんな大きくなるのはどうですか？」「面白いな」って、なるわけないんだけど。そうやって企画をスタートさせながら練っていくんです。「パッと握ってパッと開けたら違うものになる」って出来るかって言われて、上から見たら昆虫で、羽根を広げてるとロボットになるデザイン案を描きました。それが昆虫レスラーです。これは結構設計が大変で、上から見た時に本当に昆虫みたいにしようと思って。で、どうやって腕をつけていこうかっていうパーツにすごく悩んで、足を中に入れておいて引きずり出すとか、設計者が「こうやって入らないだろうか」って工夫してました。それがまあ、見事大当たり。売れた売れた、見た目がまま昆虫なんですよ。上から見たらリアル昆虫なんだけど、足を引きずり出して、羽を開けて、羽の中に手をつけて、手をこう、レスラーになる。その次に深海ギョ！っていう、貝殻の中に、あの、あれですよ。吸水ポリマー。はい。おむつの。あれで、成型物を作って、中に入れといて。それで、二枚貝の中に、水の中に入れて、透明パック。こんな大きなのが出て、「ほらやった、大きくなった、大きくなった」、売れた、売れた。とにかく、面白いことたくさんやらせてもらいました。

――へぇー。

広井：気がついたらおまけ業界のスーパースターで、トッパン（：TOPPAN株式会社およびTOPPANホールディングス株式会社）からも、アカギ食品（：赤城乳業株式会社の間違い？）からも、カネボウ（：カネボウ株式会社）でしょう、それから東ハト（：株式会社東ハト）、カバヤ（：カバヤ食品株式会社）、いろんなとこから声かかりました。お菓子見本市に行くと、「あれが広井だ」と言われて。で、どこもかしこも、めちゃくちゃ名刺持ってきて、あるとき憧れのカバヤから本社に来てよって言われて、行きました。

――なるほど、なるほど。

広井：カバヤの本社で、いろんなのを見せてもらって、で、接待を受けて、うちで仕事しないって誘われました。いや、でも俺、あんなでっかいプラモデル作れないっすよって。あそこもうほんとプラモデル工場持ってるので、お菓子屋なのにプラモデル工場持ってるんですよ。

――おぉー。

広井：だからビッグワンガム（：1978年からカバヤ食品が製造販売していたプラスチックスケールモデルキット食玩のシリーズ）って、すんごいプラモデルが入ってて。もうすごいことやってるなここ、とってつけのおまけじゃなくて、おまけの王者がカバヤです。しかもちょっと真似できないレベル。そのカバヤでも、チヤホヤされて。天才天才って。本当にチヤホヤされて育てられました。
それで、ある日、突然、不思議と何も思いつかない。何にも思いつかないなんてことがなかったのに。6年間走り続けて、体も頭も動かない、何にも出てこない。それが、何週間も続いたんですよ。で、終わった。で、やめたと。

――へー、そういうことがあったんですね。

広井：そうですね。当時150万円くらいもらってましたから。それ、もう、いいやと。出ないもん、しょうがないし。もう天才じゃなくなったなって思いました。売れなきゃ天才じゃないから。それでカバヤのハウスプランナーの社長、大熊さんという方のところへ行って、オマケ辞めたいって言いました。もう、おまけ、出来ませんってね。「広井君、何やりたいの？」「いやー、なんか、原作とかいいじゃないですか」。

――それ、広井さんの話。その前にね、『ネクロスの要塞』（：1980年代後半にロッテが発売していた食玩シリーズ。広井王子企画）で、イヤな思いがね。

広井：そうなんです。それで、版権っていうのが、こういうものであって。

――『ネクロスの要塞』の時は、広井さんが作ったものが人気が出て。取られちゃった（：1990年4月20日にアスク講談社より発売されたPCエンジン用のロールプレイングゲームのことを指している？）。

広井：取られたというか、要はおまけで作ったものですからね。『ネクロスの要塞』はロッテのもの。著作権がないから、まだその当時。ロッテは宣伝として、商品が売れればいいので、漫画作ってよって講談社に言う。講談社はこれをもらって漫画家に描かせた。でも俺らからすると、本売れてんじゃんこれ。これはどうなの？って講談社の知り合いに言いました。講談社も俺が作ったことは知ってました。でも、この作品はロッテから宣伝のためにもらったんだとね。

――原著作権ありますよね。

広井：あります。今なら。でもあの当時そういうのがうやむやで、この国に著作権なんて言葉なかったから。だって、刺繍やってるとき、スヌーピーを水玉にしろって言われたからね。いやいや、スヌーピーを水玉にって、そりゃ出来ないよって。そういう時代。

――そういう時代ですね。

広井：著作権なんてうやむやな時代をくぐり抜けて、今やっとね、権利が認められて、クリエイターファーストになって、クリエイターがちゃんと潤うようになったけど、昔はクリエイターは使い捨て。

――そうですね。

広井：ロッテの代理店に最初に行った時に、アイディア企画書出すじゃないですか。それ、3000円ですよ。買い取り3000円。回転寿司じゃないかよ、みたいな。ちょっと待って、本当かよって言って、それで思いついたんですよ。50枚とか出しちゃえばいいじゃんって。

――あー、なるほど。

広井：で、納めた分だけくれるんですよ。使ったからじゃなくて、持っていくとくれるんですよ。1枚、2枚、3枚、4枚、5枚って数えてくれるんですよ。クリエイティブでも、たこ焼きみたいな話になってるわけよ。じゃあ、いっぱいたこ焼き焼けばいいんじゃんって思って、アイデア表を作って、デザイン画を20枚とか30枚持ってくと、その分だけ1枚3000円くれる。なんかひどい時代ですよね。

――時代ですよね。

――それで結局、原作の方に行くじゃないですか。

広井：大熊さんがすぐに電話してくれたんです。その場で。サンライズの山浦（：栄二）社長に電話してくれて、面白い子がいるから、行かせるからって。「明日」「ああ、分かった分かった。広井くん、明日11時に行って」って言って、行ったんですよ。で、山浦さんがいて、幹部も並んでて、「急ぎの案件があって、今度タカラにプレゼンしなきゃいけないのがあるから、なんか考えてよ」「はいはい」って。その場で考えました。「サンライズだからロボットの方がいいですよね」「そりゃロボットの方がいいなあ」「おもちゃになるものですね」「よしロボットものにしましょう」。それで作ったのが『ワタル』。

――ですよね。

広井：当時、プロデューサーの井上幸一さんがくっついてくれて、横で、アニメはこういうものだとか、年齢とか特技とか性格とか、企画書に必要なことを、全部教えてくれました。文章を手書きで作った時に、うちは当時、すごいですよ、FM7（：富士通が発売した8ビットパソコンであり、正式名称は「FUJITSU MICRO 7」）が入ってて。FM7のプリンターまで、純正を月賦で買って、入れた。単漢変換（：単漢字変換）ですよ。企画書作るの、単漢変換で文章書いて、それを切って、絵のとこに貼って、コピーかけるわけです。

――そうでしたよね、古い時代。

広井：でもね、字が手書きじゃないから。広井くんとこすごいな、と。印刷かけてきたのかって。FM7だっちゅーのに。当時みんな知らんから。それで、企画者として最先端だって褒められて。ただ手書きじゃないだけなのに。

――素晴らしい。

広井：素晴らしいけけど、すぐ真似されて、そのあとワープロが出て来たので普通になりました。「ワタル」の企画書は内容的にも最先端でした。おまけやってたから、売り場リサーチはお手の物で、まずおもちゃ屋さんを見て回りました。タカラさん（：株式会社タカラ※2006年よりタカラトミー）への提案ですから。そしたら、バンダイさん（：株式会社バンダイ）の聖闘士星矢（：車田正美による漫画。ここではその玩具商品を指す）がバカ売れ。棚がないんですよね。こんなところにロボットを出しても、棚取り絶対失敗するから、どうしようかなと思って。そしたらレジ回りが空いてたんです。そうだレジ回り商品にしようと思って。レジ回り商品だから500円とか700円商品でブリスターパックで並べたら新しいんじゃないかと思って。売り場提案まで書いた企画書を作りました。

――ああ、そうなんだ。

広井：そう、ワタルの企画書は売り場提案まで。

――アニメの企画書の中にここまで書いてあるんですか？

広井：たぶんなかったと思います。アニメ企画だけど、商品化提案でもあると思ってました。ロッテで鍛えられましたから。で、企画書作るときにサンライズのデザイナー使えたので、デザイナー全部で4～5人いたのかな。正方形に切った紙を渡して、この中いっぱいにロボット書いてきてって。みんな止まって。え、これ、え？って。この中いっぱいってどういうことですか？いや、この中いっぱいよ。参考にビックリマンシール（：ロッテのチョコレート菓子「ビックリマン」の付属シール）見て、正方形で潰れてるでしょう、ロボット潰せってことね。等身の高いガンダムじゃないってこと。分かった？もしかしたら二等身になるかもしれないし、三等身。それ以上の等身は多分ダメだから。横幅が広く。それを考えてきて。一人5枚から10枚出して、5、6人いてみんなが出してきた。出てきたものを見て、海だ。こいつは火。こいつは空ね。7つのグループに分けたんです。7つの種族です。さらに火っていうグループの中で強そうな、あ、こいつ強そう、こいつ一番ね。こいつが2番だねって、並べていく。床にずーらっと並べていく。7つのグループで7人衆。7×7＝49、49って、あと3話はボス前をくっつければ52週分、1年放送出来る。

――そういう作り方しないですよね、普通は。

広井：なんでしょうね、見えちゃうんです。その時、また天才が復活してたから。一瞬に見えちゃったんでしょうね。デザイン画を並べてるうちに。ああ、そうかそうか、これ7×49で、あと3話足せば52週で、1年分のドラマができるんだ。で、ボス戦だけ3話を作る。で、ここ1話でやっていけばいい。で、これが7つだから1階層ずつやればいいんだ。で、7つの階層作ろうよ。1階層ずつ作っていって、1番上にボスがいる。ボス、広井さんどうしますか？「分かりやすくしょう。そうだ、ドアクダー（：『魔神英雄伝ワタル』のラスボス）だよ」。で、次の時がドワルダー（：『魔神英雄伝ワタル２』のラスボス）になったりとか。一瞬に思いつく。一番上まで山登りゲームだから、一番にいるボスを最初に見せようとか、それがゲーム的アニメなんじゃないって言いました。

――ゲーム感覚ですね。

広井：アニメがすごくゲームを意識してた時代です。で、その都度その都度にゲーム的なトラップを用意したしました。1階下へ戻らなきゃいけないとか。アイテム取り直さないと上に行けないとかっていう風に作っていけばいいじゃん。で、あとはシナリオライターにお任せする。僕らがやるのはキャラクターと世界観をしっかり作ること。ストーリーは無限に作れるというのが僕の考えです。あとは売り場や宣伝でどう広げるかを提案してました。

――プロデューサーなんですか？ディレクター？

広井：誰も名前つけられない（：クレジットは「原作」？）

――そうですよね。

広井：だから、制作協力とか、原案とか、原作。

――根本全部考えてますよね？

広井：はい。

――完全に原作を持ってます？

広井：クレジットはプロデューサーの胸三寸です。

――シナリオチェックみたいなものはされてたんですか？

広井：可能なときはします。キャラクターシートに沿って。この子がどこで生まれて、どういう両親がいて、どういう学校に行って、友達関係はどうで、その中でドラマがどう展開するれば面白いかを言います。

――シナリオライターがそれを見て、シナリオを書いて、ワタルっぽくないみたいなことはなかったんですか？

広井：あります。ワタルの時はまだそこまで正確じゃないですけど、それ以降は1話から53話（：テレビシリーズの1作目は全45話）で、僕タイトル書きます。で、こんな話ですってあらすじ書いて渡してました。シナリオライターがその中を膨らませくれます。ゲームではシナリオライターが数人いる場合があるので、この方法だとブレが少ない。

――そんな作り方した人っていました？

広井：いないんじゃないですか。世界にいないんかも。

――そうですよね。でも、上がってきたテキストはチェックしないんですか？

広井：はい、しますします。でも、ワタルの頃はそこまではね、僕はペーペーで、お偉いさんが並んでたので、あんまりシナリオに口出せませんでした。

――ペーペーの割にはすごいことしてる。一番上流を作ってますけど。

――そうね。

広井：で、「ワタル」の現場には、僕の片腕の吉川（：兆二）がいて、僕は代理店とタカラさんを行ったり来たりしてて、現場に降ろす。現場の吉川が、アニメの方々に怒られながらスポンサーの意向を伝える。例えば、ワタルの相棒ヒミコ（：忍部ヒミコ。『～ワタル』登場人物の一人）っていうのが、ぺったん手裏剣っていうのを投げるんですけど、あれってタカラに在庫があったんです。ペタペタくっつく手裏剣が余ってて、これなんとかならないかなって。わかりましたって言って考えて。ヒミコはちょうど忍者だから、あいつがペタペタ投げたらペタペタくっついて敵がやられるっていうのを作ってくださいってお願いして吉川君。すると、監督がふざけるなって吉川に怒るんですよ。絵コンテ描き終わっていて。何を持ってきたんだって。部下が怒られたんだから大義名分があります。親分として怒鳴り込める。「25分のCMだぞ」って言ったらめちゃくちゃ怒られました。プロデューサーが間に入って「まあまあ、メーカーさん言ってることだから」って。テレビアニメは25分のCMって感覚でやってました。スポンサーのおもちゃ屋さんはその作品で商売するわけです。だから制作費を出してる。おもちゃ屋さんが入れろって言ったら面白くこじつけて、入れて、アニメにして、子供を喜ばせなくちゃ。結果として、ヒミコの手裏剣、バカ売れでした。企画者として当たり前のことをしています。作品面白い、子供喜ぶ、商品売れる、スポンサー喜ぶ。代理店も喜ぶ。サンライズに商品化権の収入がある。注文主の山浦社長がニコニコして「またお願いね、広井君」って言われました。

――今だと結構そういうものの作り方ってあるけど、当時そんなこと絶対考えませんよね、みんな。

広井：そうですね。そうだ、断ったのは、野球のピッチャーのボールをピッと投げてくれる。

――ピッチングマシーン。

広井：ピッチングマシーン。あれがいっぱい余ってると。広井なんとか入れろと。これは入れられる自信がない。面白いアイデア出ませんって。断りました。ワタル入れられなかった。見た瞬間にもうこれ無理と思った。１日考えてお断りした。

――広井さんがなんとかしてくれたら。

広井：なんとか考えました。野球怪人のヤン・キイスンって敵がいて。ワタルが戦うことになってピッチングマシーンを使う回。こんな話が出来ればね。でも、この話が来たときは、金型は全部出来ていて、新しい敵を入れる余地はありません。そんなことで、タカラ本社にしょっちゅう出入りしてて、あるとき、開発部で花が音楽に乗って動いてたんです。面白いだろって。おー、これ面白いこれ、本当だ、動くよって。ストーリー作ってよって。いいっすよって。

――それ、いいって言うんですね。いいって言うんだ。

広井：見たこともないから面白がって、ストーリー作って、ニューヨークの道端に捨てられた、こういう花がいて、それがジャズに浮かれて、どんなように踊りだすとか、メキシコのサボテンたちは、なんか恋の歌を歌ってるとかっていうのを絵本仕立てにした。

――あっ、広井さんが作ったんだ。

広井：絵本かなって思って。うちの辻野（：芳輝。のちに寅次郎と名乗る）に書かせて、僕がストーリーを書いて、簡単な絵本に仕立てて持って行きました。面白いって担当の方がバイヤーの説明会にこれ撒こうって言って、本格的に製本していっぱい作って、バイヤー説明会で撒いたんです。フラワーロック発売の前です。

――そうなんだ。確かにあれあった方が素敵ですよね。

広井：あのころタカラが「情遊玩具」って方針を立てました。ワタルのオモチャ箱に書いた神部文字や説明書裏の新聞が人気になって、ストーリーで遊んでもらう商品っていうのがキャッチアップされたんです。単にキャラクターというオモチャでなく、複雑に絡み合ったストーリーを読んでもらうことで、イマジネーションがふくらむんだって。上層部が仕掛けをいろいろ考えたてました。末端で、僕はいろいろ面白いことをやらせてもらいました。

――ジャスコ（：かつてイオングループが展開していた総合スーパーの店舗ブランド名）の催事企画もやってたんですか？

広井：そうなんですよ。あれはね、ジャスコの部長と知り合っちゃったんですよ。ご飯屋さんで、スタッフとオモチャ企画の話をしてたら、隣で「ちょっといいですか？」「はい」「ジャスコのこういうものですけど、おもちゃをやってるんですか」と名刺をくれて、「おもちゃの催事をやりたいと思っているので、一度本社にいらっしゃってくれませんか」。で、翌日にジャスコの本社に行ったら、その部長さんが居て、おまけ展みたいなことをやって、子供たちをいっぱいジャスコに来店させたいんですって言われました。ああそうですか。なんか物語があればいいんじゃないですか。「それはどうゆことですか？」ここで突然思いて、『ジャスコ王子の冒険』ですって口から出てしまった。それ面白いじゃない、持って来てよって部長に言われて、1か月で企画作りました。ジャスコ王子を中心にして、ヒーロー組はジャスコ系列店のパロディー、悪の連中が、いろんな商品に呪いをかけて、ジャスコの売り場のネギとか、そういうのが。全部化け物になって、それを回避して元に戻していくっていうストーリーを考えた。ジャスコ王子のグループは、ジャスコのグループ全部ですね、エビ屋さんがあったら、レッドロブスターだっけ、ジャスコグループの名前を全部入れてキャラクターを作って、それをカード化して、裏にキャラのストーリーが書かれている。それが3枚セットで袋に入ってる。土曜日は敵方の袋を置いて、日曜日は味方と、土日来れば敵味方、戦いのカードが揃う。で、それをジャスコの売り場に隠す。子供はどうやってそれを見つけるんだって。いや、あの売り場のお姉さんたちに「ジャスコ王子の冒険」って言ったら「はいどうぞ」ってもらえる。子供と売り場のコミュニケーションですって説明したら、部長さんが面白がってくれて、いいじゃんって。実施したら、売り場中子供が走り回って大変なことに。ジャスコの中が子供だらけで。で、なんとかしてこいって言われて、各地回って、カード置き場に目印を作ってもらったり。勉強になりました。どんないいアイデアを思いついても、現場に行くとその通りにならないです。

――これ3年も続いたんですね。

広井：厄介だったのはマップを作ろうって話。ジャスコの部長が「盛り上がってるので、新しい仕掛けを考えてよ」って言ってきました。「マップとストーリーを全国のジャスコチラシに連載はどうです」って、思いつきで言っちゃった。「採用、すぐやって」。毎週金曜日の特売のチラシがありまして、新聞に折り込みで入ってるヤツ。そのチラシの隅にコーナーをもらって、ストーリーとマップを連載して、切っていくと、大きなマップになるように作りました。プランはよかったんですが、各地でチラシのフォーマットが違うっていうのがあとから判るんです。調べてもらったら、サイズ違いで、20何種類版下を作らなくちゃいけない。引き受けた仕事ですからね。それに印刷して全国発送までうちでやることに。バイト雇って、大赤字。でも面白かった。子どもたちが喜んでいるをジャスコの部長が教えてくれて。チラシを切ってストーリーを読んでる子や、でっかく貼ってマップを作っている子たちとか、本当に楽しんでくれて、苦労した甲斐があったなって。積み上げですから、『ネクロスの要塞』から『魔神英雄伝ワタル』と繋がっていて、『ジャスコ王子の冒険』で、キャラクター作りから商品作り、発送や催事や宣伝チラシと全部に関われました。すごく勉強になった思い出深い企画です。

――ほぼ何屋さんか分からない状態だった、この段階で。

広井：そうだね。

――今やっても面白そうですね。

――全然面白いでしょうね。

広井：あのころ冗談で、屋台作って電通の前に「企画受け負い人」の旗立てようかって。おまけ企画書とか催事企画書が袋に入って並んでる。どれ買う？って言って、電通の前に置いとけば、困った時におまけの企画ちょっとこれちょうだいって、当たり外れなのよって言って、ひも引いて、ひと引き10万円くらいどうよって。引くんじゃないのとか、そんなことをギャグで言ってました。

――ちょっと話が戻るんですけど、『ワタル』ってゲームっぽい要素というか、広井さんのゲームの素養とか知識とか、あるいはワタルを作ってる時点で、ゲームの人とちょっと関わりがあったのかなと思って。

広井：ワタルを作ってる時は、全然ゲームの人と関わりなくて、『信長の野望』（：1983年3月に株式会社光栄マイコンシステム（現・コーエーテクモゲームス））の影響でしょうね。シブサワ・コウさん（：コーエーの代表襟川陽一のプロデューサー名義）を尊敬してました。そのあと大きな企業になって行く課程も見てて、今でも尊敬していますね。信長の野望の眼目はキャラクターに数字をつけたことです。キャラクターが数字だということをはっきりと分からせてくれたんですよ。たとえば、新卒面接で、知能指数とか理解度とか忠誠度のパラメータが頭の上に見えれば、人事は簡単です。ただ、現実に数値化をしてみても、その数値がいい加減ならダメでしょうね。ゲームのようには数値化出来ない。あのゲームは画期的だったです。キャラクターをストーリーじゃなく数値化で可視化する。レッドカンパニーでは信長の野望ごっこが流行ました。僕が信長になって、座布団の上に座ってて、料理や飲み物が並べられて、「殿、いかが？」「うん、じゃあ徳川を攻める」「それはまだ早いですぞ」とか副社長が言って、操作を社員の雑兵役がやるっていう。で奴隷役がいて、そいつらは僕の世話をしたりとか、ジュース買いに行ったりとかする。で、幹部連中が僕のところで、「殿？」って。「そろそろ軍備を整えて」「あ、分かった分かった。お前に任せる、それやれ」って。長く続きました。夜になると、「さあ信長ごっこ」って。
漢字バージョンになったので、98（：Microsoft Windows 98。マイクロソフトが1998年に発売されたパーソナルコンピュータ用のOS）に変えたんです、FM7を。ついにFM7を離して、98に変えて、漢字バージョンでやってっていうのを、本当『信長の野望』ばっかやってましたよね。今でも好きですね、信長の野望はね。で、その後『シムシティ』（：アメリカのマクシスが開発したリアルタイム都市経営シミュレーションゲームのシリーズ。第1作は1989年に発売）をやるのに、マックを買ってきて。

――そうでしたよね。

広井：そうですね。シムシティのためにマック買ったんですよ。僕のゲーム史です。ゲームでどう考えているかというと、向こう側にゲームマスターがいてサイコロを転がしている。その中を遊ぶ。もう一つ思ったことは、ゲームはプラモデルなんじゃないかってことです。僕がゲームを作る時って、プラモデルのパーツを作っている感覚です。この村からこの村へ行く場合も人それぞれ。漫画も映画も舞台も出来ない。物語のパーツを組み合わせているだけ。こうゆうルートで行ってほしいという希望はありますけど、それをどうつなげるかはプレーヤーしだい。それは、買ったお客様がお作りになる。だからゲームって未完成品なんですよ。未完成品なものをお渡ししている。そういうものだと思っています。そこから発展して、未完成のエンタメがあってもいいんじゃないかと考えました。映画もアニメも未完成の部品で構成された作品。その発展形として、最近横尾さん（：忠則。1936年生まれの美術家、グラフィックデザイナー、版画家、作家）とやっているのがフリンジアート。周辺っていう意味です。完成されているはずの真ん中を作らない。たとえば展覧会で絵は展示してなくて、グッズは売ってる。制作過程のビデオが流れている。それをフリンジアートってネーミングしました。いま横尾さんと作っているのは、1973年に京都であった演劇の架空な思い出です。1973年にあったという、僕が作った空想ですよ。その空想のシナリオを書きました。劇場も大体こういう劇場っていうラフを書きました。主演がこういう女優で、こういう舞台でした。ヨーロッパの演劇集団で、これが日本に来て、たった1週間しかやらなかった幻の舞台です。そのポスターを1973年に横尾さんが描いたってことで、お願いしたら、君の言ってることは判らん、気が狂ってるのかって言われました。そのあと、判らないから面白いなって、何度か話合いをしてポスター制作をして頂いています。これからグッズ制作も始めようと思っています。当時の残骸の。当時の幻のビデオも作ろうかと思ってるんですよ。8mmで撮ったっていうのも作ろうと思ってて、それで公演チラシを今ちょうど書いてると。でもその公演を見た人が誰もいないんですよ。1973年の横尾さんの幻のポスターってすごいでしょう。見たのかって話になるじゃないですか。これはフェイクだけれど、アートってフェイクだと思う。フェイクやパロディから真実や空想の広がりに繋がるのがアートじゃないのかな。見た方々に面白がってもらいたい。共同幻想みたいなものかしら。そういう作品を、大人が遊んで真剣に作る。そこから、キャラクターが立ち上がってきたら面白いですね。もともと、「古事記」を面白いと思ったときから、フェイクとしての神話や歴史を作ってみたいと考えていました。この国の歴史をパロディーしながら作ったのが、『天外魔境』（：1989年にハドソンから発売された、PCエンジン CD-ROM用のコンピューターRPGから始まったゲームシリーズ）です。

――『天外魔境』もタカラから紹介されて、あのときは大里（：幸夫。1948年生まれ。ハドソン常務取締役）さんからも

広井：『天外魔境』って、ワタルの放映のときにスポンサーが二枠足りないって言って、最終的にタカラからこのまま二枠なければ、あと2ヶ月後にこれは没にしますって言われて、惜しいけどって言ったら、アサツーの常務（：関谷猪三男）に呼ばれて、お部屋に行ったら、髭の大里さんがいて、なんじゃろう、このうさんくさい人って、実はハドソン、東京の取締役本部長で。アニメのスポンサーになろうと思ってる。一つは『侍トルーパー』（：『鎧伝サムライトルーパー』。1988年4月から1989年3月にかけてテレビ朝日系列で放送された、サンライズ制作のテレビアニメ）、もう一つはこれ（：『ワタル』）。うちは（ハドソンは）、どっちでもいい。で、『ネクロスの要塞』作ったんだよね、君って。はい。ハドソンでゲーム作って。条件はそれ。

――人買いですね。

広井：そしたら、アサツーの常務が「広井行かせます」。俺、アサツーの社員じゃねえし。ちょっと待てよ、常務。なんや、この軽い話。いや重い話や、どう考えたって。これね、言えない話ですけど。もう時効ということで、40年経ったから言ってるけど。

――売られていった。

広井：そう、売られていった。「いってらっしゃい。あとはもう、アサツーが責任を持ちますから安心して」って。乱暴な時代だったけど、これがいいご縁になるんです。すべての経費がアサツー持ちで、新しい経験や勉強が出来ました。札幌ではハドソン幹部がずらりといらして、カニをガブガブ食べさせてもらいました。そのあと、ラーメン食いに行く、そのあとお姉ちゃんいるところでどんちゃん騒ぎ、朝の2時ぐらいにホテルに戻されて、翌日9時ぐらいに迎えに来るっていうようなことを毎晩。俺は一泊のつもりでしたが、下着を買ってもらい1週間軟禁状態。ゲームとは、1ビットとは。

――そこから教えられたんですか。

広井：馬場さんだったかな、当時。教えられて。途中で4日目ぐらいに大里さんが来て、何やってんのって言って、いや、こうこうこうって説明してましたが、大里さんが、「いいんだよそんなのこの人に教えなくて」「はい」。って解放されました。大里さんが言った「いいんだよ」のあの一言で、いまだにゲームのプログラムは、よく分かってないです。Macとかいじってる割には、うちの若手呼んできて、インストールしてって言います。大里さんは発想者がゲームをわからないほうがいいとお考えになっていたようです。ただ面白いと思ったことを言って、それを具体化するのが技術者なんだと。あの当時、そんなこと考えている人はいなかったと思います。でも、最初のころろは、「ここで石につまずいてころぶ」とか言っても、「それはなんの意味があるんだ」と、プログラマーに怒られました。石につまずいて、オットトトッとか、氷の上で滑ってオットトトッとか、面白いと思ってました。だんだん、ハドソンの技術者たちも面白がってくれて、いろんなアイデアを考えて、面白いことを実現させてくれました。面白いことをプログラムるのは面倒くさいことなんですね。でも、無視して、言いつづけました。

――本当に、歴史に残るゲームだったんですよ。初めて音声を、初めてアニメーションをしたゲームじゃないですか。本当に素晴らしいゲームなんでしょうね、あれはね。苦労が多かったから（：シリーズ第1作『天外魔境 ZIRIA』はCD-ROMを使った世界初のRPGとして発売）。

広井：そうですね。16色でしたから、あれが一番大変でしたね。デザイナーが色を塗って、それでスキャンすると、偽色が出ちゃうんですよ。結局線描（：せんびょう）をやって、線で取り込んで、中に色を。それしか最初の方法はなかった。色をつけないとか、色見本だけつけるっていうのがあって、それを取り込んでって。取り込みもまだ自動で取り込めなかったので、アニメタップを置いて、ずれちゃうから。それを全部自動化しようとハドソンの技術者たちが戦いました。こういうエラーが出ちゃうんだねって言って、トライアンドエラーです。やってみて技術者みんなで試行錯誤しながら、自動化させて行きました。

――当時、ハドソンさんすごい優秀だったんですね。

広井：優秀でした。口を動かしたいとか、あいうえおの母音で口がどう動くとか、そういうのも一生懸命トライしてくれました。

――ゲーム作ってる人、みんなだいたいゲーム作りたいと分かってるから、無理を言わなかった。広井さんは、足跡の個性が特徴があって、いろんな無理を言って。

広井：大里さんが「知らなくていいって」と言って僕を投入したのは壮大な実験だったのではないでしょうかね。現場はすごく大変なことなのにね、簡単に僕が言って、それに応えるというシステムが出来ていきました。

――すごい、だから驚くようなこといっぱいやってますね。いっぱいやってます、いっぱいやってます。

広井：動画を音声データに入れたり、言っちゃいけないけども。他はやれないから。ハドソンだからできる。

――そうか、仕様を決めたから。

広井：圧縮技術もどんどん考え出して、いろんなことをやって、「天外魔境」いいものでしょうとスタッフみんなが努力してました。宣伝部も頑張ってました。当時、紙面でアニメーションが動くとか、声優さんの声が出るとか、音楽が生音ですとか、雑誌では伝えにくいんですよね。それで、どうしようかなと思って、山口百恵（：1959年生まれの元歌手、女優、作詞家）が引退していたので、オープニングで山口百恵さんならウケるね、紙面ですごいウケるねなんて話してました。新聞でも山口百恵、復帰、『天外魔境』、これウケるでしょ。って言ったんですよ。実現しませんでしたが。それで、声優さんをキャスティングするときに、有名なキャラクターをやってる方にしようということになりました。代表作を持っている声優さんで。例えば『ドラえもん』ですとか『ジャングル大帝』ですとか、みんなが知っている声優さんを並べようということになった。雑誌の広告や記事で、声優さんの横にアニメのキャラクターが並べました。天外のキャラクターがいて、声優さんがいて、その横に代表作のアニメのキャラクターがいました。「ああ、このキャラクターの声か」って一目瞭然でしょ。最終兵器は坂本龍一さん（：作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー。1952～2023）、口説こう。で、「音楽・坂本龍一」。これはいいよね。びっくりしますもんね。坂本龍一さんに会いに行って、話に行ったらば、「ゲームやってたことない」なって。「やりましょうよ」って言ったら。「そう、面白そうだね」ってニコニコと。よく分かってる。

――そんな簡単じゃなかったんですか？

広井：簡単でした。でもそのあとアカデミー賞取っちゃったんで（：1987年。映画『ラストエンペラー』の音楽で）。契約は難航したみたいです。次に「天外2」をやる時に、驚くのは誰だろって会議になって。「久石譲さんでしょう？」言いました。じゃあ会いに行こうって、久石譲さん（：1950年生まれの作曲家、編曲家、指揮者、ピアニスト）に。「やって下さい」「いいけど、中の音源全部やらせて」「いいですね」って感じで決まりました。「カブキ伝」では田中公平さんにお願いしてボスキャラ全員が歌うゲームを作りました。「天外3」は、憧れていた加藤和彦さんに会ったのがきっかけです。『サクラ』（：大戦。1996年9月27日にセガ・エンタープライゼスよりセガサターン用ソフトとして発売されたドラマチックアドベンチャーゲーム。後にアニメや舞台などのメディアミックス作品として発展）作ってるでしょ。聞いてるよ、歌舞伎業界から。会いたかったんだよって言われて。あれ？って言ったら同じジャケット着てた、加藤さんが「君とは気が合いそうだな」って。「じゃ、ゲーム音楽やって下さいよ」「いいよ」ってね。そっから本当に毎週デートしてました。加藤さんがうちのマンションの下に車で来て。アストンマーティン（：イギリスの乗用車ブランド）。ぺぺぺぺーって。窓開けて、はい、行きますって。夜、やべえ関係だな、これみたいなのやって。本当に毎週夜どこか遊びに行ってて。面白かった。本当に面白かった。それ2年ぐらい続いたと思う。『天外』作ってる間にそうやってやってたから。すごく仲良くさせてもらった。お亡くなりになる、2ヶ月前も一緒に会ってご飯食べてた。ミュージカル作ろうよって言われて。いいですねって答えました。あれね、亡くならなきゃ作ってたんだよな、絶対ね。

広井：素敵な方との出会いを経てここまでやってきました。要所要所で常に誰かと出会えるんですよ。不思議です。高校生の時に映画の上映会をやったんです。映画研究会で文化祭の映画上映を3日間やることになって、予算が下りたんですよ。それで松竹に行って、山田洋次監督の『寅さん』、それから浦山桐郎監督（：映画監督。1930～1985）の『私が棄てた女』（：1969年の日本映画）の2本立てにして、超満員。それから25年たって憧れの山田洋次監督と出会えています。かれこれ30年近いつづく付き合いになるとはね。

――その時から縁があったんだ。

広井：高校のとき「寅さん」見て監督に憧れました。いつか会いたいって思いました。山田さんと会えたのは、『サクラ』がヒットしたあとです。「ひとり暮らしなんだから家においで」って誘われて、お正月に山田さんのところでお肉食べて映画のお話を聞いてという夢のようなことがね。すごい可愛がってもらいます。この間は、イベントが柴又であるから、「広井くんおいでよ」って電話があって。何んで呼ばれたんだろと行ってみたら思ったら、浅丘ルリ子（：1940年生まれの女優）さんがいる。「ルリ子さん好きだったよね」「はい」って。浅丘さんとお話しをしました。「あなたは？何の人？」と言われたので、なんでもないんですよ。たまたま通りかかりで、山田さんの知り合いですって言ったら、あ、そう、もう面白いのねあなた、とか言われてさ。写真撮りましょうよって、二人で写真撮ったりして。駐車場まで遠いらしいの、ついてきてよって、はいはいって手を持ちながら、駐車場でお見送りして、最後にバイバイとか言われて、もう嬉しかったな。浅丘ルリ子さんとあの時間が、30分くらいだけど、めちゃめちゃ嬉しかった。

――山田さんの映画の題字も書いてるんですか？

広井：そうです（：2023年の映画『こんにちは、母さん』）。たまたま。山田さんが僕の書を気に入ってくれて。山田さんの銅像にも僕、書いてるんです。最後は、たぶん、墓入る前に俺に書けっていうでしょ。「お墓に書いてくれよ」「はい」なんてことを想像してます。ずっと山田監督のそばにいられるでしょ。面白いな。

――書道展やられてる。本当にね、なんだろう。不思議なぐらい可愛がられていますね。

広井：ああ、そうそう。山田さんのお嬢さんが、「パパのことをお願いね」って、だいたい明けましておめでとう、今年もよろしく、パパのことをお願いって流れで。あなたがやれよって思うんだけど、でも嬉しいです。「俺は昭和29年生まれ。昭和29年って言やぁ、ゴジラが誕生した年で、山田洋次が松竹に入った年さ。だがよく聞けよ、松竹に入る前、満州帰りで東京大学に入って、やんちゃな時期が山田洋次にありまして、ちょっとこう色街で遊んで、恋仲になった女がいまして、後から分かるんだけど、その女が内緒で子供を産んだと思ってなみ。その子が言問橋の下に捨てられ、不憫に思ったうちのおふくろがが拾って照久と名前をつけた。俺のことだよ」。っていうのを真面目な顔で言うと、松竹でもみんな信じるんですよ。なるほどって。今さら親子の対面でもあるまいよって。だからさ、どっか行った時に財布を俺に渡して、ほらよって「コーラ買ってきな」って見たことあるでしょ。今さら親父だって名乗るわけにはいかないんだよ、監督もさ。俺も困るよな。って言うと、ははーっそうんなとことがって。まあ、冗談ですけど。結構、しばらくの間、それが松竹の中で本当のように、隠し子らしいみたいな、だからあんなに可愛がってるんだとか、面白いでしょ。たまに試写を見たあと、監督から呼び出しかかるのかるんです。山田さんの映画ですよ。山田さんは監督ルームにいて、終わった後、呼び出しです。イヤだなって思いながら行くと「どうだった？」と言われる。今見たばっかの山田監督の映画を山田さん本人にどうだった聞かれるのは拷問です。またあることは、「撮影現場で監督のご機嫌悪から、いますぐ来て」ってプロデューサーから電話があったりね。撮影所に行くと、「ああ、来たのかって」って監督がご機嫌になって、一緒にランチを食べます。それだけのことだけど、僕は幸せです。

――面白い関係ですね。

広井：本当に面白い関係です。でも調子に乗って騒いでると、「うるさい。ほんと、君はバカなんだな」と、監督は呆れてます。僕としては、いつまでもバカなのがいいと思うんですけど。

――ちょっと話をさせてもらえない？

広井：はい。

――ずっとハドソンで『天外』をやってたじゃないですか。でも、それ（：『サクラ大戦』を指す？）はセガと組むことになるでしょう？

広井：はい。

――あれなんかも結構あれですよね。普通はなかなかやりにくいところではあるんですか？

広井：やりにくいです。ハドソンっ子でしたからね。あの、皆さんが知らないようなバックアップ資金がありました。例えば『ボンバーマン』（：ハドソンのゲームシリーズ）の手伝いとか、チラシ、広告のデザインとか、いろんな仕事が回してもらって、年間でこのくらいの予算を出そうとハドソンが考えてくれてました。僕が、雑誌に出て「広井王子」として顔をさらすことも大里さんの戦略だったと思います。

――そこは大事にしてもらってますね。

広井：はい、大事にしてもらってました。あるとき、企画会議に女の子の戦闘育成ものを提案しました。艦隊戦のようなものでした。「サクラ」の形ではないですけど、面白く出来そうな予感があったんです。『ときメモ』（：『ときめきメモリアル』。1994年5月27日に、コナミからPCエンジンSUPER CD-ROM2向けに発売されたゲーム）が流行ってたもんで。そっち系で軽い戦闘を入れたらいいんじゃないかと、ハドソンに提案したら、女の子系はやらないって言われて、『ユナ』（：『銀河お嬢様伝説ユナ』。発売は1992年）があるからいいって。あれもうちだったので。で、ボツったんですね。そのあとすぐ、入交さん（：入交昭一郎。サクラ大戦の製作総指揮・プロデューサー代表。）からご連絡があって、最初は断りたかったんですけど、会えないって。忙しくて。で、来週からサイパンに2週間行っちゃうから、ちょっと無理ですって言ったら、サイパンに行くよって追いかけてきたんですよ。そこでいろんな話をして、元ホンダの副社長だったのも分かり、（アイルトン・）セナ（：ブラジルのレーシングドライバー。1960～1994）の話とか、日本の産業の、自動車の、そこの副社長ですよね。ある意味、エンタメとは程遠い。そこの雲の上のような人が、僕に頭を下げてるんですよ。それがね、なんかね、キュンと来て、参ったな。こんなポンコツで、ずっとポンコツって言われましたもんね。日本を代表するようなエリートの方がお願いしてくれてる。申し訳なくて、ハドソンとの関係がこじれないんだったらやらせていただきます。それは俺が何とかする。入交さんが何とかした方法は知りません。でも何とかして、セガにもらい受けられることになります。それで「サクラ大戦」。入交さんの要望は一つです。20年続くキャラクターを作ってほしい。

――キャラクター？

広井：ゲームとは言わなかった。「20年続くキャラクターを作ってほしい」と。ああ、そうなんだ、分かりました。ハドソンでボツになったアイデアを再構成しました。女子ものとは決めていましたが、はじめに考えていたセクシーキュンみたいなことは封印しようと。それでは20年続かない。もっと深いところ、底辺にある感情や物語性をしっかり作ろうと思いました。時代背景も大事です。悲しみのある時代は物語が出来やすいので、戦後すぐはどうだろうと資料を読み始めました。この国を振り返ると、戦後でまるっきり変わっちゃってるので、戦後の闇市から新しいものが生まれたんじゃないか。そのごみ溜のようなところに花が咲くみたいなイメージが出来ました。黒澤監督の『生きる』やガルシア・マルケスの『百年の孤独』（：コロンビア出身の作家ガブリエル・ガルシア＝マルケスの長編小説）を参考にして、日本戦後を描くのは面白そうだなと。それと戦後史の謎は、まさに日本の孤独じゃないかなって思えて。戦後、マッカーサーが厚木に降りたって、日本の戦後はジャズになったと思うんです。おふくろも言ってました「ジャズが聞こえてきて、ホッとした」って。叔母が戦後ＳＫＤの一期生だったこともヒントになりました。わが家の戦後史をゲーム的にアレンジ出来るかなって。プロット書いて行き詰まる。ちょっと暗い。それから、大正に時代をずらしました。で、嘘を作るので点をつけて（：大正を太正と表記）。それで『サクラ大戦』が生まれます。それで、『はいからさんが通る』（：大和和紀による日本の漫画。また、これを原作として製作されたアニメおよび映画、舞台の演目、テレビドラマ）と、『サンダーバード』（：1965年から1966年にイギリスで放送されていた人形劇による特撮テレビ番組）と『パトレイバー』（：『機動警察パトレイバー』。ヘッドギア原作のメディアミックス作品）を入れればいいか、という三題噺みたいな作り方。後で話しますけども、キャラクター作りで一番大事なのは編集作業です。編集が分かっていなくて、クリエイティブをゼロイチですなんてよく言っているけども、ありえないから。どれだけ歴史とか過去に起こったものをよく理解するか、その中を再編集して新しいものを生み出すというのが僕の考えるクリエイティブです。特に21世紀。AIがやっていることは編集作業です。AIがやっていることは人間がやっていたことです。それをものすごいスピードでやってくれる。何度も修正するとスタッフは文句言いますからね、AIは文句言いません。でもAIに指示を出しているのは人間です。ここだけは変われないんですよ。まだモヤモヤしている状態のときはAIが便利です。試作の下書き作ってラフデザインをお願いしていた多くのスタッフがいらなくなりました。AIが提案してきたものの中でベストチョイスをする目だけがあればいい。それって再編集ですよ。「目利き」のプロデューサーや作家がいればいい時代になります。
それは千利休（：戦国時代から安土桃山時代にかけての茶人、商人。1522～1591）もそうだと思います。再編集です。陶器の再編集をしたんです、彼は。そういうことを今後もやっていける人間をどう育てるか。再編集できるっていう。だからキャラクターIPで、特に漫画が優れてるっていうのは編集者がいるからです。キャラクターに縁の無い会社が、オリジナルIPやりますって言われてもね。やれるものならやってみろって思います。目利きがいないと無理です。
たとえば、一番最初に異世界ものやったのは『ダンバイン』（：『聖戦士ダンバイン』。1983年2月から1984年1月まで、テレビ朝日系列で放映された日本サンライズ制作のロボットアニメ）でしょうね。その後、それを異世界ものだと認識して、これは来るぞって言って真似したのが、『ワタル』なんです。僕は『ダンバイン』を見て作りました。再編集したんです。富野さん（：由悠季。アニメーション監督、演出家、脚本家、漫画原作者、作詞家、小説家）は天才ですから無意識で作ったと思います。でもそのあとに続く者は、最初に作った天才をリスペクトする義務があります。その次にやった『グランゾート』は、異世界転生のさらにアレンジで、ピーターパンのネバーランドを意識しました。いまでも異世界転生もの多いですね。

――もうね、素人もいっぱい書いてますよ。

広井：異世界転生と似ているタイムスリップもので感心したのは『JIN-仁-』（：村上もとかの漫画『JIN-仁-』を原作としたテレビドラマ。TBS系列で放送）でしたね。あれはうまかった。日本の医療の歴史を上手に改ざんしていました。

――そういう進歩でしたね。

広井：知ってる歴史なんだけど、異世界っぽく見えてくる。ほんとは龍馬の実像なんて誰も知らないのだけど、知ってるような錯覚を起こしてキュンとくる。うまいなと思いましたね。そういう作品にたまに出会えて、その時はすごく嬉しいですね。今は『BLUE GIANT』（：石塚真一、NUMBER8による漫画）ですかね。絵の中から音楽が聞こえてきたのは初めてですね。漫画の中からジャズが聞こえてくるみたいで、ジャズの異世界ファンタジーじゃないかって思いました。だからアニメを見た時にちょっと僕はがっかりしましたね。漫画の方がいい。音楽が聞こえなかった時の方が、僕にはジャズだった気がします。

――『サクラ大戦』がね、はい。めちゃくちゃ当たったじゃないですか。

広井：そうですね。

――日本ゲーム大賞第1回の大賞作品が『サクラ』でしたね。音楽がものすごく良かったし、今でもその、好きなアニメ音楽って『サクラ大戦』に似ている。

広井：音楽から作ったんですよね。

――そうなんですか。

広井：制作現場に「走れ～」って音楽が流れているんです。制作準備期間が長くなりそうで、まず音楽から作っちゃえって感じでね。

――作っている最中に出てきてたんですか、あれ。いや、あれはいいですよね。

広井：世界観ができて、藤島さん（：藤島康介。）のキャラクターが来た。そのあと、プログラム設計や仕様を書くスタッフが集まって制作開始。この制作期間って、何ヶ月もあるから、その間に、音楽を頼んじゃった方がいいじゃん。で、その都度その都度予算を取ったわけじゃなくて、あのときは、まずざっくりと予算があった。で、これ音楽をもう頼んじゃうよ。で、（：田中）公平さんにこんな世界観で、「青い山脈の戦隊モノバージョン」でってお願いしました。

――すごい発注の仕方。

広井：いつもそういう作り方。そしたら「走れ～」と。

――こういうのでよく作れましたね。

広井：数行の歌詞を書いて、公平さんお願いします。じゃあここでせりふを入れちゃおうって書くと、後から公平さんが修正してくれる。

――あれかっこいいですよ。

広井：公平さんは天才ですから。こんな感じって音楽と、2～3行「走れ光速の帝国華撃団ラララ」とかって書いておけば作っちゃうんです。公平さんが、ここ4文字で、ここ7文字でって楽譜に印をつけておいてくれます。僕、楽譜読めないので。いつも指を降りなが文字数を数えてます。子供みたいにね。カラオケ行ってみんなに歌わせて数えてるんですよ。すごい歌詞だ。「北へ帰る人の群れは」あれ？ずっと3だ。3つの音符が連なっている。3文字って難しい、「星の」とか、「夢の」とか、「心」とか、「愛を」とか、「あなた」とか、決まってるんですよ。3、3、3、3って続くと、パニクります。ところが、あの方は6で言葉にした。「北へ帰る」。これが天才的ですよ。阿久悠さん（：放送作家、詩人、作詞家、小説家。1937～2007）。日本語って音律が独特です。たとえば、七五調って言うでしょ。七五は、はまりやすい。日本語に。これ、日本語の言葉のリズムみたいです。偶数形にすると、割と洋楽っぽく聞こえる。
いまだに指で数えてます。アナログ人間なでしょうね。AIも道具として面白いですけどね。まず、感性を豊かにしておくのにアナログのほうがいいように思います。季節の風を感じたり、今日は誰かに会いたい日だなって。会議もZoomだけっていうのは、つまらないな。僕は原作企画担当だから予算を組み立てるプロデュサーの重責はわかないけど、ある程度は一緒に背負っていくためにも、対面じゃないと一緒にやれません。信用して仕事するんだから。「こういう企画なんだどうかな？」「こんなキャラクターどうです？」「面白い、書いてきて」。って、まず口約束です。契約書も交わしてない。予算が下りてから契約なので。通ったら「ありがとう」って切られる可能性があったわけじゃないですか。だから信用出来る相手かどうかが重要です。予算決まるまでどんだけ書いてもノーギャラですからね。だから基本的に、広井さん会ってくれますかって言われても、忙しいですとお断りします。信用している方の紹介とかなら会います。例えば、浜村さんがこういう企画があって、こういう子がいて、一緒にいる、やらないと言われたら、お会いしましょうと言って会って、お話を聞きます。

――広井さん、やっぱりそういう、『サクラ』の時は、（？？？イリさんがいて、そのオザキさんがいたから、イモザワさん。そうです。誰かが）

広井：そこの信用度をですね、この人ならば一緒にやれるという。

――『サクラ』の2.5次元で、2.5次元って当時言葉なかったですけどね。あれは本当に、2.5次元っていうのは初めてできたものだと思うんですけど。

広井：2.5次元とは、ネルケさん（：株式会社ネルケプランニング）がつけた名前ですから、2次元キャラクターに0,5加えて、現実に登場させる発想が発明です。僕はただただ、上等な舞台を作ろうと思っただけです。

――あの舞台も続きましたよね。

広井：そうですね。あれは歌謡ショウって言って、1幕に歌がついて、2幕に演劇がつくみたいな、そういうのを歌謡ショウと言って、美空ひばりさん（：歌手・女優・実業家。1937～1989）も、みなさんおやりになっていて、それを舞台のゲームの中の世界を1幕でやって、2幕をゲームの中の演劇の部分を取り出してやるっていう形にしたんですよね。それを歌謡ショウと言ってやって、1回目はイベントみたいなことでやって、そしたらイリさんが「これじゃ終われないよな」って。そういうふうに、「ですよね」って言って、本格的にやっていこうとして、3作目あたりからですかね、声優陣も本気になっちゃって。

――声優陣が途中から本気になる。ただのイベントじゃなく、ちゃんと練習してるなっていう。

広井：稽古時間が欲しいとか、それは向こうから、声優さんたちのオーダーですね。だから1回目の時なんか、声優事務所から「稽古代いくらですか」って言われて、「そんなもんあるわけねえだろ」って。そんな感覚、時間売りですから、声優さんは。そういうのも全部、声優事務所のマネージャーさんたちの協力も得ながら。だから当時のサクラの、1996年、1997年ぐらいのマネージャー陣とはいまでも仲良しです。数名は家族みたいいです。

――僕、全部見たんですけど、シュウドリ（？）があって、変面もやらせましたよね。かなりむちゃくちゃな、難易度の高いことを彼女たち本気でやってましたよね。

広井：4回目でチケットの売り上げが下がりまして、5年目が最後。5年も続けりゃいいよねって、『海神別荘』やりました。泉鏡花をミュージカル仕立てにするという冒険をしましたね。公式に。これがラストの歌謡ショウって言ったら、チケットが飛ぶように売れました。ダフ屋が20万円で売ってました。僕のチケットを、「売ってこい」って言ったら「広井さん、ナンバリング入ってますから売れませんよ」って。いまは、転売禁止が当たり前になってますけど。あの当時はね。関係者からも「幾らでも買うからって」って言われましたが、「申し訳ありません、もう立ち見もいっぱいで入れられない」ってお断りしました。
それで、イリさんが「やめられんないよな」、「待って、前回の会議で俺は聞いたぞ、やめるって」。「いや、やろうよ」「なんだそれ。言っちゃってるし、ラストって」。びっくりしちゃっいました。会社に戻って幹部に言ったら、「本当ですか？」って。「イリさんが言ってんだったら、ちょっと考えよう、どうしようか」って考えたのが「スーパー歌謡ショウ」。歌謡ショウ終わりました。ラストって言いました。次はスーパー歌謡ショウですって。みんな前向きに行こうよ、みたいなね。「終わりってのはなんだったんだよ」「スーパー歌謡ショウだから次は。歌謡ショウは終わったの」。お客様も「バカじゃない」のって感覚でついてきてくれました。そのバカじゃいのって感覚に応えるべく、「これがスーパーなんだぞ！」て見せようと苦労しました。いろいろ考えて、ピーターパンのチームのところに行って、「宙乗り貸してくれ」「広井さん高いよ」。高くても何でもいいから宙乗りやらせてくれって言って、ピーターパンチームに来てもらって宙乗りやって、あれ、回っちゃうから訓練しなきゃいけないって。アイリスは訓練に行ってもらって、2、3回もやってね。

――声優さんなのにね、ちゃんとできてましたね。

広井：客席飛ぶって難しかったんです。そういうのとか、あと屋台崩しとか、セットを奈落からガッと上げるとか、そんな大掛かりなのをやって。だから、予算が倍ぐらいなっちゃって大赤字で。セガのプロデューサーたちは大変だったと思います。でもゲームが売れていましたから、宣伝費という意味でも黙認されたようです。テレビのCMだと、入場料入ってこないですからね。宣伝なのに収益も一応あるんですから。新しいやり方だったと思いますけどね。高校時代の「水曜日休み論法」から繋がっています。言葉によって変わる。たしか、黒澤監督も『七人の侍』の現場で同じようなことやってたと思います。イベントという宣伝費。何だったらば、ゲーム買ってくれたお客さん、タダでもいい。言ってみれば、おまけです、歌謡ショウが。ほら、おまけ論法が生きてきた。これを見事に、秋元さん（：康。音楽プロデューサー・作詞家・放送作家・作家・脚本家・映画監督・実業家）が握手券という形で昇華させました。CD買ったら、会いに行ける券。天才中の天才です。
冷蔵庫って、冷えればいいんですけど、野菜室とかパーシャルとか付加価値はおまけ的です。もしかしたら、豪華声優陣というのもおまけ的なのかも。普通にうまい声優さんをキャスティングすればいいんだけど、アイドル的とか、人気があるとかで選ぶのは、おまけ的だなって思うんです。

広井：組織ですか？28歳の時のノートに書いてあるんだけど、頂点の人間を中心にしたピラミッド型、3人ぐらいの派閥による合議制、議長を中心に小さな会社が連なる連邦制、そんなことを考えてました。それで結論として、僕と愉快な仲間たちって書いてある。これ愉快な仲間たちじゃなきゃいけない組織。何かを作る時に全部が愉快な仲間たちで、みんなが義兄弟みたいなって、毎回アイディア出して、それ違うよ、こうやろうよって言った時に、人格否定に聞こえないんですよ、兄弟だから。また、お兄ちゃんわがまま言ってしょうがねえなとか、ぐらいで済むじゃないですか。そのくらいの関係は作っておかないと、僕の思う組織って面白くならないと思ったんです。義兄弟みたいな関係をどう作るかが課題でしたね。ただそれが大きくなりすぎると派閥ができて、奥さんもらうと拍車がかかる。寝物語で、横で寝るときに同期の誰々ちゃんが部長だったよ、何してんのよとかっていうこの話がいけないんですよ。義兄弟じゃなくなってちゃう。だから女の人が怖い。世の中は女の人が動かしている。本当に。女の人の一言で男ってアホだからってすぐ変わる。だから基本的には恋愛しないって決めたんです。恋愛って一番やっかいなのが、自制心や理性が無くなることです。お酒も同じです。そもそも飲めないですけど。自分を自分でコントロール出来ないことは全部イヤ。
だから恋愛はしない。ただ友達を作らないって感覚はいまでもよく自分がわかりません。たぶん、裏切られるのがイヤだとか面倒くさいとか、そんな感情なのかな。できる限り。義兄弟、そこまで。それ以上立ち入るな。僕に立ち入るんじゃない。一切プライベートを見せたくない。それで自分の作った繭の中に入って精神を落ち着つける。その繭みたいな場所が、映画館の暗がりだったりとか、あの状況劇場（：劇作家の唐十郎が1963年に結成した劇団）の桟敷席だったりとか、どこか古びた純喫茶の片隅だったり。すごく幸せを感じる。そう繭を自宅にも作って椅子に座ると、全部の本がここにあって、それで包まれてるんですよ、本とDVDと、自分の好きなものに全部包まれて、そういうふうに物を置いてあるんですよ。儀式のように、さあ仕事って言ったら万年筆はここじゃなきゃいけない。コーラがここにあって、全部位置が決まって、そこに全部セットしてさぁ行こうっていう、そういう自分のすごく居心地のいい空間。ソファーが後ろにあって、寝転がりながら本を読んだりうたた寝したり。仕事に行っても終われば早く家に帰りたい。友達とワイワイしたり、旅行に行くなんてこともない。友達は本やDVDの中にいる。同じ本やDVDを何度の読んだり観たり。ある意味で、発達障害のマンマで70まで生きてきちゃったかな。さっきもトイレに行って迷いました。僕、右、左わかんないですよ、いまだに治らない。タクシーの運転手さんに、そこ右っていうのが、ちゃんと言えないんですよ。いつも、間違っちゃうんですよ。あ、そこ右いや、左だ、みたいな。運転手さん、ごめんなさいね、ごめんなさい。もうね、本当に、だから、箸持つ方が右、いまだにですよ。箸持つ方が右、っていう。口の中で唱えますから。

――そういうところを抜ける感じになっちゃうんですね。

広井：だから、ポンコツって言ったらその通りなんですよ。ポンコツなんですよ。そういうところが、一般常識といわれてることが欠落してる部分があって、そこを責められると苛立ちますね。たまに常識的なことを言われると、すごく苛立ってきて。ずいぶん暴れたのはタイムカード導入の時です。総務から、労働基準局だったかな？そこから言われて、導入しましたって。お前の給料は誰が払ってるの？そこからもらえよ。俺が払ってる。俺がいらないって言ってるのにか。広井さん、捕まるんですよ？捕まってみようじゃないの。面白い。捕まってみようじゃないの。一回も手錠かかったことないから、かけてもらいたいよ。面白い。英雄になるんだよって言ったら、スタッフ全員に止められました。タイムカードは何かの罰則だろって思ってました。要は、会社に来ないヤツ、遅刻するヤツをあぶり出す道具じゃんって思いました。会社に来て、泊まり込みで仕事してる奴がいて、みんな好きで仕事してんだから、遅刻だろうが、会社に来なかろうが、要は仕事出来てりゃいいんだって。それがエンタメだぞって言ってました。あのころ、広井王子取り扱い注意なんてことをスタッフが言ってた覚えがあります。

――学校の先生はどうだったんでしょうね。この子は違うと思ったんでしょうね。

広井：めんどくさいヤツだったでしょうね。いまでも会議で、一人だけ小学5年生みたいなことを言ってるっていうのは、めんどくさいと思われてるでしょうね。ただ、面白がってくれる方のいるので、ここまでやってこられました。

――それでクオリティも上がってますけどね、それで。せめぎあいですね。

広井：いいプロデューサーはみなさん広井王子の使い方がうまいです。ちゃんと予算を絞ったり、ダメなところはちゃんと言いますね。二人だけなって「ここはね」と噛んで含めるように説明してくれます。何回もやられた、呼び出されて、本当に真顔になって、イリさん、怖い顔になって。もうその時はやっぱりさすがにイリさんも、なんかオーラ出してくる。怖いオーラを。

――怖いですもんね。

広井：怖い！

――気を操るからね、あの人。

広井：本当に怖い。それで「あ、これもう本当ダメなんだ。ここまでやっちゃダメなんだ。はい！」（って）いい子になる。納得するといい子に変身します。「ここまでいいかな、あ、これダメだ、ダメだ」あんな感じですよね。もうそれをずいぶん（やった）。

――『サクラ大戦』がすごく売れて、すごい年だけど、イリさんが引かれる、急にもう作られた時に引かれましたもんね。

広井：僕を気に入ってくれた責任者がいなくなると急に興味がなくなるんです。

――あれだけのビッグコンテンツだったんですもんね。

広井：だから、クリエイターじゃないんですよ。職人なんですよ。注文主がいなくなった。「サクラ」の注文主はイリさんです。イリさんが褒めてくれて、喜んでくれて、満面の笑みで「よくやった」って言ってくれて、ご飯食べさせてくれた。ああ良かった、注文に応えられたことが嬉しかった。でも突然、その注文主がいなくなって、僕にとっては、わけの分かんない人が出てきて、やれって言われたって。ふざけんなみたいな話になるわけじゃない。それは同じものを作ってたとしても、やっぱり魂が込められないのよ。注文主と一心同体くらいの感覚にならないとで出来ないんです。話が飛びますが、その職人感覚を作るのに「広井王子」を作りました。ずっと「廣井照久」で書いていて、精神的にうまく行かない。そこで、架空の人間「広井王子」をキャラクターとして自分の中に作りました。その子は注文主絶対主義なんです。注文主の箱の中に自分を入れてクリエイティブをするんです。

――あ、それ僕、聞いたことなかった。王子の話は。

広井：で、広井王子になったら、ヒットしちゃった。ヒットしたら小説書けって注文主から言われ、それも広井王子だから出来た。『ワタル』の小説も『グランゾート』も。たてつづけに『天外』も広井王子だから大里さんの注文通りにやれた。で、メディアに広井王子で出ちゃったわけ。そうすると、一生懸命考えたのは、廣井照久って繭の中にいたい。表に出てきたくない。で、もともと人と目と合わせてしゃべれない。だから、しょうがなく広井王子をサングラスにした。これは別にカッコつけじゃなくて、僕は人と目を合わせられない、怖くて。だからずっと目線は下がっている。今でもだから、喫茶店行って誰かと話して、本当に素通しのメガネでラフで行っちゃったりすると、広井王子じゃないから。廣井照久のまま行くと、ほとんど下を向いて話してますからね。そのくらい人と話せないんですよね、ちゃんと。それが廣井照久。メディアに出るときに、これまずいと思って、広井王子の人格を作りました。広井王子のキャラクターシートを作ったんです。広井王子はこうだっていう（設定を）。書いた通りに演じてきたわけです。ファッションもスタイルも言葉遣いも態度も。

――へぇー、そうなんですか。

広井：やってみたら楽でした、本人じゃないから。でも、長い時間続かないんです。だから早くこいつ（：広井王子という仮面）を取りたい。やり始めたころはすごく面白かった。仮面劇のように広井王子を彩ったと思います。だから、どこへいっても「椅子！」なって威張って見せてね。自分でちゃんと出すから、普段は。普通に奥さんに椅子をすすめてるし、そんなことしないですよ。でも、それをすることで、すごく広井王子が目立ってきたし、キャラ付けとして成功したと思います。あの当時のことですからね、いまは出来ません。それで『サクラ大戦』の時に、クソ忙しくなった。会社の運営やりながら、サクラだけで、ゲームがあって、ドラマCDがあって、アニメがあって、歌があって、小説があって、グッズがあって、演劇があって、全チェックしてました。そのほかにラジオのレギュラーや漫画原作やって。各社から企画書が来て目を通す。よく死ななかったなって思うくらい働くました。仕事に夢中でした。藤島（：康介）さんのお描きになったイラストには全部ナンバリングすることを思いついたりね。そのナンバリングに、もうコンピューターありましたからコンピューターに入れて、1回目が講談社仕様、表紙とか。で、3回使ったら1年間寝かせる（：？）。それあの当時やってたんですよ、全部。

――それ考えてらっしゃった？

広井：そうです。特に同じ時期に同じ絵が、講談社もファミ通も何も売ってたら、面白くないよ、変えろって。いや、もう変えられない。新規足りないんです。で、うちがお金出すんです。

――そうだったの？

広井：雑誌社の掲載料では新規書き下ろしが頼めないので。それならうちが出して、これをCDで使うとか、グッズに使うとか。あと考えればいい。要は、藤島さんの新規書き下ろしが必要だってことが優先。お客さんが喜ぶことが大事でしょ。

――はあ、それは大変だね。それは普通、別の人がいろいろ考えてる。

広井：あの当時そんなこと考えられるスタッフがいなかったんです。愉快な仲間集めちゃった。大卒いないんだもん。暴走族とかそういう奴らだから。義兄弟として契りは交わしてるけど、あまり頭脳は期待出来ない。で、その代わり、表で待ってろって言うと、1日待ってるんだよ。雪が降ろうとなんだろうと、1日待ってられるすごいスタッフたちでした。

――レッドカンパニーの方、みんな挨拶の声が大きいんだよ。ありがとうございますとか、すごいちゃんとできるんですよね。

広井：そういう集団を作りました。愉快な仲間たちです。仕事ができるとかなんて（いうことは）言ったら（だめで）、愉快な仲間（であることが大事）。仕事は俺がするんだから。俺が楽しければ、毎日仕事ができるんだから。その楽しい雰囲気をみんなが、スタッフが作ってくれてる。それが、レッドカンパニー。だから、レッドに帰って、嫌なことは一切ない。夜中の2時に「うなぎ買ってきて」（って言ったら）、みんな行くからね、叩き起こしに。できないことはないと思ってるから、レッドって、本当に。豆腐も。もうだから夜中に、なんか、おいしいお豆腐が、朝起きた時に食べたいよね（って言ったら）。本当に4時半に行って並んでるからね。「広井さん、できたてのざる豆腐で」「いいねー」とか「塩でいこうねー」とか、そんなこと毎日やってんだから、毎日。頭おかしいって。金曜日に車出して、「広井さん、うどん食いに行きましょう」って、讃岐（：香川県）まで行ったからね。「バカかお前！」とか「おろせ俺を！」とか「俺は明日仕事ある！」「行きましょうよ！」「月曜日に帰って来られますよ！」とか「バカ野郎！」とか。そんなことは毎日くりひろげられて、面白くて可笑しくて、会社にいるのが楽しい、愉快な仲間カンパニーが完成したんですよ。僕の繭みたいな会社です。

――楽しかったですね。

広井：毎日事件が起こって、毎日そんなことでワーワーワーワー言って。そういうのを聞きつけて、声優さんとかが来るようになって、國府田マリ子さん（：1969年生まれの声優）とか、横山智佐さんとか、高木渉さんとか、千葉繁さんとがたまにワーって来るようになって。スタッフが「今日は先上がります。お先に」って帰り支度していて、声優さんが「こんにちは」って来た瞬間に、「まだ仕事残ってたな」と戻ってくるの。「バカ野郎！お前、帰るって言ったろ！」。かわいい声優さんや、有名声優さんがいれば、嬉しいんだなって気づきました。そういうことがあって、あるとき、受付をオーディションしようってなったとき、水着にしようかって言ったら、みんなに止められて「広井さん、そりゃまずいって。そういう会社じゃないって」「何がそういう会社じゃないだよ。かわいい子が水着で受付にいたらみんな来たくなんない？」「なりますね」「だろ。水着が制服ですよ。本人がいいって言えばいいわけでしょ？ギャラ倍あげるよ。受付ギャラ。普通は20万円なら40万円ぐらいあげますよ。でね、グアムとかサイパンとかご招待しますよ。その時に写真集作りましょう。で、お得意さんにその小冊子を配ろうじゃない」みたいな話を、当時して覚えがあります。

――本当に出来ますからね、レッドは。

広井：ボツも多いんです。すぐダメだって。やってみて言えばいいのに。経理のおばさんとかそういうのはダメって言うんです。かわいい子に集まっちゃうからですかね？組織は大きくなると面白くなくなる。

――そういう面白い話を、レッドっていっぱい作ろうとしてましたね。

広井：そうそう。その後でした水着受付がボツになった。リアルドールってあるのよ。知ってる？エッチな、球体関節で動く。いろんなポーズとるわけ。で、受付に「お触り可」って書いとこう。みんな来たがる。一回は触ってみたいでしょ、リアルドール。触れるんだから、レッドの受付にいたら面白いと思うよ。「ねえ、どうよ？」。それも会議をやってダメ。「それやってみて決めようぜ」って粘ったんですけどね。「高い」って言われてね。新入社員の月給より高いけど年俸より安いのよ。「あいつに給料払ってるより、リアルドールのほうが文句も言わないしいいじゃん」って言ったら全員反対でボツ。その次考えたのが、副社長を犬にしようってアイデア。会議に参加させる。「副社長いかがですか？」みたいな。いやいや、みんな来たがるって。ペットショップじゃなくて、ペットカフェブームがあって、行ってみたらまだ大型犬はいないのよ。ムクムクの大型犬に（触り）たいじゃん、こうやって。で、うちの副社長は触れるんだから。

――そこも触れる。

広井：そう。「副社長に会いたい」って行列になるって。そんな会社ないでしょう、副社長に会いたい（って言う会社は）。社長ではない。副社長に会いたい。それはいい会社だわ。会社の中も和むよ。会議に犬が出てくる。「副社長、この案件は？」「ワン」「では１番のプランで」なんてバカでいいでしょ。なんか決定事案あって、犬がこっち手出したらこれで決めようぐらいなもんでいいよって。あとは俺が作るからって、どっちにしたって面白くすりゃいいって思ってました。っていうぐらいの会社だった。だからとにかくみんな面白可笑しく暮らそう。毎日なんか事件があったり面白いこと考えたりしてましたよね。いろんな人が出入りしてたし、それはそれは本当に面白い。で、三社（：三社祭）の時は休みになっちゃうし。元々営業できないんですよ。鷲神社（おおとりじんじゃ）のところにあったレッドって、お祭りの時はゴミ置き場なんです。借りるとき「ここは浅草の中でゴミ置き場です。そこに玄関があるんです。出入りはできませんけど」「そうなんだ」「よろしいですか」「いいですよ。その時休みますから」って勢いで借りたら、本当にゴミ置き場になりました。で、（不動産屋に）「これゴミ、嫌だったらどうなんですか」って（聞いたら）「ああ、そうですね、大変なことになるでしょうね」って言われて、大変なこと嫌だから、その期間はレッドお休み。誰も出社できず。面白いね。

広井：もともと愉快な仲間じゃない奴が来ちゃったので、ハドソンを…言っていいか、これ残していいのかなと。

――ダメな部分はカットします。

広井：ああ、引き抜きですね。当時ね。引き抜きって表沙汰にできないんですよ。チームごと引き抜く。それをかくまう場所があるんですよ。

――え？

広井：本当に当時そう。かくまうんですよ。それで、ハドソンの担当者がうちの宴会に来て、そいつを見つけて、あ、広井さんのとこで雇ってる。へー。で、レッドのチームに仕事頼みますねって、体裁を取るわけ。あのチームはレッドにいたのかって。

――まるまるはねぇ。メーカーとしてはちょっと。

広井：何チームか預かりました。

――へえ、そうなんですか。一人二人ではなく？

広井：チームごとです。うちが出したアクションゲームって全部そういうんです。それで管理費だけもらって、あとはそれぞれの給料です。で、それがやめて、また次が来たり、そのうち、レッドに残る子もいて、会社が40人ぐらいにふくらんだ

――そうなんだ。

広井：そのころに、僕の愉快な仲間じゃないスタッフが増えました。

――うーん、なるほど。じゃあ、広井王子とゆかいな仲間たちじゃなかったのね。

広井：それが増えていって、分裂し始め、つまらなくなりました。それと、あとは、広井王子が『サクラ』で忙しい時に、戻んなくなっちゃったんですよ。廣井照久が。それが、きつかったんですよ。忙しすぎて、さっき言ったように、あんだけの量をやっていると、睡眠時間が大抵1日、2、3時間で、起きたら仕事、広井王子になってなきゃいけない。寝る瞬間だけ、廣井照久で、寝て、また（起きたら広井王子）、っていうのを、10年近く繰り返してたら戻らない。うちにいて、プライベート、1人でいるのに、広井王子やってるんですよ。これ、強烈で、本当に精神がおかしくなりそうでした。で、こんなのじゃない、こんなのじゃない、って言っても、広井王子が精神暴走を始めて、プラダ行って全部買うとか、そんなことになってましたね。そんなお金ないのに。そのころ、会社の経営状態も悪くなりまして、これヤバいなと思って、それで会社辞める、解放してほしい、サクラをまず辞めるって言って、幹部に相談しました。「広井さん気まぐれだから戻ってきるよ」みたいな感じで社長とサクラの総合プロデューサーを辞めさせてもらいました。ぼくの権利は、会社のものとしてあげました。

――あげちゃった。

広井：そうです。ほぼほぼ、作詞と小説は個人のものだから持って行きました。あとは全部あげました。レッドが潰れちゃうので。そもそも、経営も悪くなってました。僕はいい経営者ではないです。ただ面白く会社やってみようと始めたことですから。辞めて、ずっと休んでました。

――突然、物を作らなくなりました。

広井：ほとんど遊んでました。本を読んで。ごはん食べに行くときだけ外出して。あとは、何にもしない。人間関係も嫌になっちゃって。これで広井王子になることはもうないだろうなと思ってました。そうしたら、ある日、突然うちの経理から（連絡があって）。破産です。あまり貯金なかったですから、2年間で食い尽くしました。レッドの時の借金があるので、自己破産ですねって言われて。自己破産ってやったことないので、やってみようか。面白いじゃないですか。やってみたらこういうことだったってわかるんですよ。自己破産ってこんなふうに不便なことが起きるっていうことがわかるじゃないですか。まあ、東京には知り合いいっぱいいますから、親戚も含めて。食うには困らないだろうなって楽観してました。若いころのデタラメな人生をもう一度やってみようとかね。それで書類の整理をしていた年末に、ある人から「台湾に行かないか」という話があった。台湾って当時の感覚として、都落ちの感覚がありました。

――都落ち。

広井：日本でやれなくなったから台湾に行くってのイヤでしょ。「行きませんって」返事したら、何度も連絡があって。「とにかく上海ガニだけでも食べに来て」。上海ガニ最高じゃん！本場の食ってみたい！と思って。それで台湾のジミー・ライ（：黎智英。1947年生まれの香港の実業家）の邸宅に行きました。でかいでかい。専用の料理人いてさ。上海ガニ、見たことないくらいでっかい。なんだこれ！っていう。毛ガニかお前は！っていうくらい、上海ガニが出る、フカヒレは出る、燕の巣は出るって満漢全席。食っても食っても出てくる。もう、わけわかんない。お腹いっぱいだしね。食え食え食え食え出てくるわけですよ。もういらないって小声で言ったら、隣で、子会社の社長が、ジミーにいらないと言っちゃいけない。あなたの接待で用意したんだから、最後まで食べろって怖い顔で言うの。嘘だろ。ちょっとタバコ吸いに行ってきますと言って、外に出されて、子会社の社長も一緒に庭ではねて（笑）。とにかく食べなきゃいけないんだ。ジミーは怖いんだよって。泣き笑いで跳ねてさ。戻ったらまた俺の所に上海ガニが置いてあって。嘘だろ。これ何個目。地獄の上海ガニ攻め。食事がやっと終わったとき、絶妙なタイミングで、ジミーに抱きしめられて「君は面白い、ぜひ仕事したい」。「はいは〜い」って軽く応えて帰国しました。でもまったく仕事する気はなかったです。中国語もわからないし、なんの仕事かも言ってくれなかったし。そのあと１日置きに、代理人から催促のメールが来ました。ジミーが仕事したいって言ってるのになんだ君はみたいな。最後は、いくらでもいいから希望の金額を言え、白紙の小切手やるから書けみたいな、そんなことを言われると余計、無気味でね。何か間違ったら俺沈むなっていうぐらいの話だなこれはって思いました。なら無理難題言えば断ってくるかなって思って、たぶん断るだろう条件を出しました。運転手と専用車つけろとか、ホテルはスイートとか、それをザーって書いて、途方もない金額を提示しました。そしたらジミーが「OK」。簡単。OK。即答。そのOKって感じが嘘っぽくて。そんなこと日本じゃあり得ないから。じゃあ、1月の15日までに、半金、着金して下さいって送りました。そしたら契約書サインして送る。今度は向こうが信用する番。着金してくれたら、俺は逃げない。で、そこまで信用してくれたら、俺は契約書サインする。来ないわけ。15日（に）。ね。ほら、来ないだろ。あ、為替でね、16日になっちゃうね。16日来ました、ガバって。もうサインするしかない。ね、サインして送って、で、4月から台湾着任。日本との違いに、ただただ驚きました。

――すごい人生ですよね。

広井：で、ジミーの片腕になる。5年間（：2010～2015）です。2年契がさらに2年延長され、次に2年間延長するって言われたときに１年にしてもらいました。そのころジミーがいろいろあって、違う社長が来たんですが、その人と合わなかったので。最後のとき、ジミーのとこ行って、もう辞めたいって言ったら、ジミーが泣いてさ、「どうにかなんないのか」って言うから、ちょっと日本で仕事したいですって言ったら、抱きしめる。友達だよって言われて。で、ジミーと別れて、そのあとジミーが逮捕されちゃうんです。

――さっき、キャラクターの作るメソッドをね、これから今でも模索してる。大﨑さん（：洋。吉本興業会長）から頼まれて、ミモザーヌ（：「少女歌劇団ミモザーヌ」。吉本興業がプロデュースする日本のレヴュー劇団。広井氏は総合演出を務める）に。広井メソッドっていうのを作ったんじゃないですか。あれもやっぱり人との出会いから始まってますよね。

広井：そうですね。少女歌劇団も、根本はキャラクター作りですね。一人一人の個性をキャラクターだって考えてました。サクラのときと同じように。ただそれが生身の人間だったっていうだけですよ。

――最初何しようとしてるのか分からなかったですよ。本当にお遊戯みたいな子たちがいっぱいいて、みんな歌も中途半端だった子が、みるみる上手になっていって、最後に、ここで引退するのもったいないってことまで言ったじゃないですか。あれは最後まで見させたら、こっちの感情移入が入って、あそこまで考えてやってたんだってすごいですよね。

広井：そうですね。全然できないものを見せていく。その成長過程をずっと見守っていったら、すごく自分の親戚みたいに思えるようになるっていうキャラクターのやり方。

――歌劇団ですね。

広井：デジタルのキャラクターもやってますよね。発売してからのことをキャラクターIPって言ってますけど、発売前が大事で、今はもうそういうメディアがいっぱいあるので、出来上がってないものをどんどん見せていく。それを応援していくみたいなこともあると思うんですよね。いまはベータ版でやってもらったりね。育ててもらうってことかな。ただオリジナルキャラクターを作るのは大変です。アニメ会社もゲーム会社もね。苦労する。いまは、出版社の一人勝ち状態じゃないかな。編集者がいるから出来る。千三（せんみつ）って言うじゃないですか。当たるのは千に三つ。安価に出来るから、1000に挑戦できる。それがすごい。日本の漫画が世界のスタンダードのかも。

――そうですよね。何億もかかるけど、漫画は本当に（：コストがかからない？）。

広井：そうなんですよ。編集者と2人で、それを1000チーム作ればいいんだから、できるんですって。

――小説なんかもっと楽ですね。

広井：もっと楽。キャラクターを作るのに、最初に固定費かけちゃダメ。オフィスを5万。そこにみんな集まって、あとはデジタルでやればいいんだから。会議して。それで、1人分の給料を10万にしてください。プラス、成功報酬にしてください。それならば、チームを作れる。キャラクターIPをビジネスという側面で考えれば、こういうやり方もあります。僕は契約しない限りお金が入ってこないという仕事のやり方でしたから。たとえば漫画原作も1年間打ち合わせしてもお金が入ってこないですよね。本誌に掲載されたら原稿料が支払らわれる。当たり前のことに、サラリーマンとは違います。面白いからやってる人間は固定給もタイムカードも似合わない。とにかく面白ければいい。それから先はなるようになるって。楽しいじゃない。

――楽しいって言い切っちゃうんですね。

広井：そう思わないとやってられません。博打みたいに。

――博打と一緒ですか。

広井：誰にでも勧めるってわけじゃないけど。大当たりもありますからね。僕みたいに楽しく生きてるって事例もあるってことで。この仕事が終わりそうな時に次の仕事が入る。お話いただいた時にちょっと待っていただいて、終わりそうな時に入れてもらう。これが3本入ると僕いっぱいなんですよ。で、うまくこれが終わっていって、次がまた入ってっていうのを繰り返してるんですけど、何年かに1回、うまく次が入らない。スケジュールは真っ白で、お休み、ちょっと休憩かなって。すると、心の中は焦る。お金がなくなる。で、僕の大体稼ぎって、ずっとですけど、2年が限界なんですよ、現金。2年間遊んだらもうアウト。だからその2年の間に、また次が入らないと、さてどうなりますことやら。まあ、年に2,3回は温泉に行って、ちょっと贅沢してなんて生活を維持するのは、それなりに大変ですけど。東京っ子ですから、親戚もいますし、どうにかなります。そのうち、80歳の広井王子にキャラクター作らせてみとうってプロデューサーがいるかもでしょ。たとえば、１６才くらいの天才プロデューサーと組んでキャラクターを一緒に考える。どんな世界がいいか、新しいかネタは探してね。実に面白い。どんなことを頼まれても対応出来るようにネタだけは集めています。コツコツと、毎日ひとネタっていうのをずっとやってますからね。今はパソコンの中に（ある）。それが、趣味かも。寝る前の日記書くように、今日思ったひとネタ考えます。AIもいいいけど、クリエイティブの一番面白い部分、悩んで試行錯誤する部分を、持ってかれるのは面白くないですね。AIが作って、それをAIが評論して、AI同士が論点が違うと喧嘩したりして、いつのまにか、本も漫画も映画もAIが作り、AIが見て評論し、要約したもんのを人間が見てる世界なんてイヤです。でも思うんです、政治や会社をAIに任せれば、もっと公平な社会になるかもって。それぞれの地域の文化をもっと大切にしてくれるかもしれない。差別や欲望の感覚がないと思うんだAIには。日本のことを言えば、もともと職人社会でして、キャラクターを作ることに特化していけたらいいんじゃないかな。アメリカは市場が大きいから成功したって言うけど、日本だって小さいなりにやってきて、いいキャラクターがいっぱいあります。漫画とアニメはとくにグローバルスタンダードを作りつつある。いつか日本版の『アベンジャーズ』（：マーベル・コミックのスーパーヒーローチームをベースにした、2012年のアメリカのスーパーヒーロー映画）が出来るかも。出版社がタッグを組んで、人気キャラクターが総動員。国家プロジェクトでね。
そうだ、『千と千尋』（：『千と千尋の神隠し』。2001年7月20日に公開されたスタジオジブリ制作のアニメーション映画。原作・脚本・監督は宮崎駿。舞台版は2024年にロンドン公演を実施）の舞台がすごい。ロンドン公演を、たぶん日本の予算で仕切った初めてじゃないかな。これまでは版権売ってただけ。東宝がキャストの6ヶ月分生活費全部出してがんばったんです。これは歴史的快挙だと思う。

――報道されないんですよね、あんまり。

広井：そうですよ。これはマスコミの責任です。ブロードウエイの『シカゴ』（：ジョン・カンダー作曲、フレッド・エッブ作詞、フレッド・エッブおよびボブ・フォッシー脚本によるアメリカのミュージカル）が来日すると大きく扱ってね。日本人のチームがロンドン公演ですよ、取材に行って大報道してもいいのにね。歴史が動いた瞬間なのにな。

――大したものですよね。

広井：それは東宝が世界戦略を打ったっていうことです。今後、日本の演劇が世界に出て行くでしょうね。そこにはキャラクターIPが重要な要素になると断言します。あの歌謡ショウから。長かったなぁ、やっと舞台がもキャラクターが重要だって時代が来ました。これから、歌舞伎がすごいことになるでしょいうね。文楽もお能も続く。本物ですからね。古典はキャラクターって考えが希薄でしたが、オリジナルキャラクターの宝庫です。新しいプロデューサーが登場すれば、日本独自の文化として再編集すると思います。漫画もアニメもゲームもすべてキャラクターがしっかりしてますから、歌舞伎との相性がいいと思んです。
今、『刀剣乱舞』（：PC版ブラウザゲーム『刀剣乱舞』を原案としたメディアミックス作品。ミュージカル、殺陣を中心とした舞台作品、歌舞伎作品などがある）も、歌舞伎やってるじゃないですか。（ファンが内容を）知ってるからですね。刀剣乱舞ファンは行くわけですよ。それで全国区になっていってます。そして100年後には古典です。『ハリー・ポッター』（：J・K・ローリングによるイギリスの小説シリーズおよび映画、ドラマ、舞台作品）は勉強になります。すばらしいキャラクターIPに育ってますよね。小説、映画、舞台、すべてが世界に通用します。こういうお手本を分解して再編集するような日本のプロデューサーが登場する気がします。もしかしたら、舞台そのものがオマケでもいいというのもアリじゃないか。舞台をおまけにするために中心に何が必要なのか。そんなことも含めて、さっきのフリンジアートっていうものを考えています。本体をもう作らないとかね。

――作らないでそれを混血にしちゃうと。

広井：そうですよ。

――何か歌舞伎あるんですよね。
広井：阿古屋よかった、玉三郎さんの指先や表情。それから、團十郎さん（：十三代目 市川 團十郎 白猿。1977年生まれの歌舞伎役者）がすごいですよ。何をやっても存在感が圧倒されます。

――ついにそこまで行きましたね。

広井：さっき言った、スタートが『ワタル』ですから、もうあの時に歌舞伎のネタ仕込んでて、シバラク先生とか、そうやって歌舞伎のネタをやって、『天外』で思いっきり歌舞伎やって、で、サクラの時に、歌舞伎ではないけど、女歌舞伎みたいなことをすごく意識しながら、ドラマCDとかでは女歌舞伎そのものにチャレンジしました。それを舞台でやった時に、5周年の「海神別荘」で歌舞伎スタイルで女歌舞伎を作って。その後、澤瀉屋さんから助っ人が来てくれて、面白がってみんなで作っていったなんてことがあったりね。その頃から山田さんも含めて松竹と付き合いがあって、ずいぶん前から「いつか広井さんの歌舞伎にいらっしゃれば」なんて話がありました。去年準備ができましたって言われて。「何の？」「演出お願いします」って正式に言われました。（：広井氏は2025年3月より上演された「JAPAN THEATER『SEIMEI』」で演出を担当）。團十郎さんもいいんじゃないと言っているので、ぜひ演出をと。

――團十郎ですから。

広井：宗家ですから。すごく嬉しいです。たぶん、團十郎さんがやんちゃで、それにぶつけるのはやんちゃな広井しかいないと思ったのかもしれないです。ぶつけてみてどんなことが起こるのかっていうのを楽しみにしているんだと思いますけれども、すごくワクワクしながらドキドキしています。アウェーに行くことが多いですが、初めてのときは、みんなさんに頭下げて教わりながら、丁寧に一つ一つ覚えていこうと思って仕事をします。もしかしたら、5年後には歌舞伎が書けるかもしれない。そこまで勉強だと思っています。

――素晴らしい。シナリオから全部、キャラクターを作るということですね。

広井：はい。歌舞伎の中で新しいキャラクターを。それでちゃんと歌舞伎のスタッフが動けて、邦楽で、きちんとした歌舞伎として、全く新しいものを作ってみたい。

――80になられた広井さんが、そうやって新作の歌舞伎を作られると、素晴らしいですね。

広井：はい。楽しいですね。で、それは、ゲームを買ってくれたら、歌舞伎がタダ。

――AKB（：AKB48。女性アイドルグループ）を作ったのは広井さんだから。

広井：いやいや、秋元さんです。秋元さんのアイデアを盗んじゃって、歌舞伎のゲームにチケットて会いに来てなんてね。ゲームファンが歌舞伎座にコスプレで大集合なんて光景を見たいですね。

――面白い。

広井：日本の古典がなくなっていっちゃうから、若い人が観ないと。年寄りがどんどん観ないくなってますから、若い人が騒いでくれると、本当に嬉しいしです。歌舞伎は、わかりやすい芝居なです。ただ古典なので言葉がわかりにくい。それをもっとわかりやく作ろうと、「刀剣乱舞」や「ルパン三世」でチャレンジしてるんだと思います。歌舞伎の中に入ってみて、何が出来て何が出来いのか判ると思います。その勉強が楽しみです。来週から打ち合わせ始まるんですよね。

――デザインから始まって、玩具におまけ、ゲームに、舞台に行って、映画も作られたし、歌舞伎、ミュージカルとか、ホントあらゆるところであらゆるジャンルやってますけど、みんなこう、そういったやり方を教わることで必ず歴史に残るものを作ったじゃないですか。

広井：それはもう、出会いが良かったし、本当にスタッフに恵まれている。自分ではいい出会いの天才なんじゃないかと思ってます。スタッフがみんなチヤホヤしてくれて、何でも教えてれる。（みんなが）「こうした方がいいよ」とか「こういう方法とこういう方法があるよ」とか（言ってくれる）。

――神父さんが言った、神様が愛してくれるっていうことが、本当に備わってるのかもしれないね。

広井：そうですね。面白いことを見つけて生きてきたので、ストレスがないんです。ストレスってよくわかんないです。ただ、プレッシャーはありますよ。予算20億ですって言われれば、プレッシャーはかかります。でもそれって、20億か、見たことないし、そんなことに怯えるよりも、僕が読んできた本の方がすごいし、僕が見てきた映画の方がすごいし、20億で面白いことやろって考えるようにしてます。そうやって跳ねのけています。いっぱい勉強したと自分でも思っているから、さあ20億かかってこいって気持ちです。20億すごいですよ、どっか田舎に戦後の東京をそっくりセットで作れちゃう。

――そりゃそうだ。

広井：爆破もあるし、クレーンも行くから、みたいな。都電も通して昭和30年代の銀座4丁目作ってこいって言ったら10億いりますよ、これ簡単に。すぐ使えますからね、ほんとに。20億ぐらいか、100億があったってもいいな。昔はね、大金持ちの御曹司とか男爵とか、贅沢を知ってるクリエーターがたくさんいたんです。戦後はダメ、貧乏人がクリエイターになろうとしたから。発想が貧相でいけません。

――暴言やな、それ。ちょっと（笑）。

広井：暴言でしたすみません。大学でたまに講義してます。クリエイター志望とか、いろんな役者になりたいとかいう若い人に、まず聞くのはお家に行って、貯金が1億円あるか聞いてみてって。売れなかった時に君を生かすものその親のお金ですってね。親の金をあてに出来ないというなら、会社勤めとか、起業するとかして親孝行するといい。クリエーターになんかなるなって思います。売れなくて、こんなはずじゃなかったと絶対思う。その死死累々の山なんだ。貧乏人は来ちゃいけないと忠告します。ちゃんと働いて、年金もらいなさい。覚悟がないのに川を渡りなさんな。後悔するからね。お客さんでいたほうがいい。とくに芸能はね。こっちの世界に来るのは、どうしようもない衝動だから。僕みたいに発達障害みたいな、常識が理解出来ない人間には、こっちの世界に助け舟がある。

――インタビューの最後には、「広井さんみたいになりたい、この方みたいになりたいためにはどうすればいいですか？何か、一言メッセージをもらえますか？」って聞くんだけど。それが真実かもしれませんね。広井さんは、ある意味、広井さんの生き方としてそういうふうに生きてきたから、そうなったけども、なろうと思って、なれるもんじゃないですね。

広井：というか、なろうと思っちゃいけない。もっと素晴らしい人がいっぱいいます。僕みたいになったら不幸だと思う。僕だからよかった。他の人にもおすすめしないし。苦労するし、地獄見ることになるし、そんなうまくいかない。僕は人との出会いがよかったから、たまたまうまくいった。でも手首を切る準備はしてました。死は確実だから。でもね、神様に愛されるから、きっとうまく行くとも思ってました。ただ、どうしてもダメになったときの死は覚悟してます。でもね、意気地なしだから、痛いの嫌だなと思って、医者と結婚したんですよ。

――歯医者やん（笑）

広井：薬物全部扱います。医者ですから。

――なるほど、歯医者さんでも。

広井：ピュッと注射してもらって。

――ええ話やのに、最後落としますね。

広井：ピュッと笑って死ねるように。

――どうですか？僕が出る幕はない。聞き尽くした。ありがとうございます。

広井：いえいえ、どうもありがとうございます。

――広井さんの生きざまというのを本当にきれいに最後にまとめていただいたと思います。ありがとうございます。

広井：どうもありがとうございました。

――長い間ありがとうございました。

広井王子

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