――　インタビュアーは、井上伸一郎と藤本由香里先生です。インタビューイーは里中満智子先生です。収録日は2024年1月29日。場所は東銀座の歌舞伎座タワーです。オーラル・ヒストリーです。よろしくお願いします。

里中　お願いします。

――　本日はよろしくお願いします。それでは里中先生は少女マンガ界の第一人者として、長くこの業界をリードしてくださっていたんですが。本日、先生がデビューする前の段階から現在まで、年代順にうかがっていきたいと思っております。まず、少女時代にどのようなマンガをメインに読んでいらっしゃったのかということから、お話をうかがえますでしょうか？

里中　どのようなマンガというと、だいたい少女マンガだろうと思われそうですが。実は、万遍なく読んでいましたね。小学校1年生にあがる年に、ちょうど『なかよし』が創刊されたのかな。それで、昔は月刊誌を1冊買ってもらうということが、わりとポピュラーだったんですよ。小学生にもなったし、何か1冊毎月買ってあげるから、何がいいかって本屋に連れて行かれて、ちょうど『なかよし』が目に入って、めくるとね、とてもかわいいし、きれいな絵、カラーの絵が目に入って来て。それが『とんから谷物語』という手塚治虫先生の作品だったんですけれども。読みたくなって、「この本買って」と言って、『なかよし』を買ってもらったんですよ。それが4月号だったんですよね。だから、創刊（：1954年12月）されて3カ月ぐらい経っていた。
読んだら、8ページしかないわけですよ、月刊誌の連載マンガって。この『とんから谷物語』というのが、あとで思うと環境マンガみたいで。とんから谷という谷に生きている生き物たちと、そこにダムができるというお話で。戦後のごたごたの中のストーリーなんですね。だから主人公が空襲で家を焼け出されて、田舎に疎開してという、いまの人から見ると、何の時代だって言われそうですが。まだリアルに、そういう雰囲気が残っていた時代だったんですね。昭和26年です。
とても楽しく読めて、なおかつ、なんか惹かれるものがあったんでしょうね。もっと読みたいんですが、1カ月待たなきゃいけないんですよ。だけど、ふと気がついたら、本屋さんへ行くと、手塚治虫という名前が書いてあるのが何冊かあって、少年誌とか少女誌があって。読みたいんだけれども、とてもそんな全部買ってもらえないということで、貸本屋に行くようになりました。
貸本屋に行くと、雑誌は1日、1晩10円で。単行本は1晩5円。大阪にはマンガの単行本、要するに貸本屋向けの単行本専門の出版社がありまして。そういうところが出しているマンガ単行本というのが結構あったんですね。日の丸文庫とかね、そういうのです。いわゆる劇画の人たちがそこで描いてらした。少女ものもあったんですよね。だから、そういうのを見て、お小遣い握りしめて貸本屋に行って、少年誌も借りて、少女誌も、当時月刊誌ばっかりですけれども。私の記憶では、月刊でいま言った『なかよし』、あと『りぼん』が出たか、出なかったころかな。あと、ちょっとおねえさんっぽいので、『少女』、『少女クラブ』、『少女ブック』というのがありました。秋田書店が『ひとみ』というのを出すのは、もうちょっとあとだったと思うんです。
あと少年誌が、光文社が『少年』で、講談社が『少年クラブ』と『ぼくら』で、集英社が『少年ブック』でしたね。あと『少年画報』、少年画報社ですね。あと、『痛快ブック』というのは、どこが出していたのかな（：芳文社刊）。あと、『おもしろブック』（集英社刊）というのもありました。
手塚治虫と、その名前がついているその人のマンガって、少女雑誌だけじゃなくて、少年誌にもいっぱい載っていて。やっぱり全部読みたいわけですよ。だから、かなり早くから、取りつかれたように読んでいましたね。

――　結構マニア的に読んでらっしゃったんですかね。

里中　いえ、なんかね、当たり前のように子どもたちが貸本屋に行く時代でしたから。いろんなものがあって、そんな中でちょうど時代が変わっていったころかな、いま振り返るとね。劇画が生まれて、そこでやっぱり個性的な作者もいっぱいいらして。私が小学校の3年生とか4年生ごろになりますと、もう5年生になったら確実にもう、さいとう・たかを先生とか、影丸譲也先生とか、あと楳図かずお先生。あと時代劇専門の貸本の、『魔像』とかあって、それには平田弘史先生とかあって。貸本屋のおじさんに、女の子がそういうの普通読まないんだよって言われながら、おもしろいもので読んでいたんですよね。だから、いろんなのを見て、自分としては少年マンガ、少女マンガ、あまり区別せずに読んでいましたね。

――　いまの令和の人には、ちょっとわからないと思うんですけど。新刊の本屋さんもあり、貸本屋もありという時代だったと思うんですけど。だいたい比率的には、1対1ぐらいですか？　どのぐらいの、貸本屋のほうが多かったとか、そういうのって。

里中　各町内に1軒は貸本屋があったと思います、徒歩圏内。要するに、小学校とか中学校が一つのエリアの中にありますよね。だいたい、それぐらいの目安で、新刊の本屋さんもあります、貸本屋もあります、あと銭湯があります、銭湯は二つぐらいあったかな。あと映画館が意外と多かったですね。私、徒歩圏内で5軒ぐらいありましたもん。

――　ああ、そうですか。

里中　はい。各映画会社の系列で、配給が決まっていたんですよ。

――　5社協定がありましたからね。

里中　東宝映画しかやらない映画館、東映映画しかやらない映画館、外国映画しかやらない映画館とか、いろいろ分かれていて。徒歩圏内に5軒ぐらいありました。だから、そういう時代でしたね。

――　当時の貸本屋さんの客層といいますか、それはどういう年代の方、あるいは男女比とか、そのあたりをお聞かせ願いますでしょうか。

里中　私の記憶では、男女比は男の人のほうがちょっと多かったかなという感じですね。あと、私が通っていた貸本屋さんは、お風呂の番台みたいに、真ん中に貸本屋のおじさんがいて。こっちが子どもコーナー、こっちが大人コーナーって分かれていて。子どもコーナーには、子ども向けのマンガ雑誌と、あと単行本ですね。単行本は結構、長い期間に渡って置かれていて。バックナンバーを見たいとなったら、何冊か続けて借りることもできるという。東京系の出版社のマンガ単行本もありましたし。それには、1人1冊でできている本もあれば、1人というのはマンガ家1人で1冊というのもあれば。何人かのマンガ家さんが、ちょうど月刊誌のように、中には続き物もあったりして、毎月のように発行されるというのもありましたね。
大人向きのほうには、大人向けの雑誌、ありますよね、月刊誌の小説誌みたいなのもあれば、婦人雑誌みたいなのもあったり、いろんなタイプがあったでしょう。あと小説本ですね。そういうのが大人向きにはありました。あと表にですね、私が通っていたところだけじゃなく、ほかの地域でもそうだったような気がするんですが。もう十分貸し終わって、あと捨てるしかないという本を、すごく安く売っているんですよ。

――　たとえば月刊誌のバックナンバー的な。

里中　そうですね。それとか別冊付録のマンガとかね、そういうのを1冊5円とかで売ったりしているんですね。気に入ったのは、ちょっとそれを狙っていて、おじさんに頼んで、これ私買いたいから置いといてねみたいにやって、それで手に入れたのも結構ありますね。

――　なるほど。

里中　だから、男の人のほうが、ちょっと多いかなと思ったのは、その大人コーナーが、わりと男性のほうが多かったような気がします。子ども向けのコーナーは、男女比はあまり関係ない。だいたい小学校3年生ぐらいから、中学校1、2年生ぐらいまで一生懸命子ども向けのコーナーに来ていたような気がします。
ただ、いわゆる劇画ですよね。さいとう先生でいうと『台風五郎』というのが、そのころの大ヒット作だったんですけれども。それはやっぱり、ちょっと中学生ぐらいの男の子も結構借りていましたね。

――　大人のほうの読者さんは、何歳ぐらいなんでしょうか？　たとえば50歳とかの人もいるのか。それとも、20代ぐらいの若者が多いのか、そのあたりはいかがですか？

里中　私が子どもすぎて、ある程度の大人の人って、みんなおじさんに見えちゃうんですよ。だから、ちょっと年齢はわからないんですが、若い人ばっかりじゃなかったような気がします。私から見て中年っぽい人、父親世代か、そのちょっと上ぐらいの人もいらしていたような。意外とお年寄りもいらしてましたね。小説の単行本って、やっぱり昔から結構単価的には高いものだったんでしょうね。だから、そういうのを読みたいんだけれども、貸本ですまそうかという、そういう方たちがやっぱり結構いらしていたみたいで、意外と賑わっていましたよ。

――　たとえば、放課後に行くと必ず出会う子どもたちというか、昔のイメージでいうと駄菓子屋さんがそんな感じだと思うんですけど。それに近いような感じなんですかね、子どもの社交場みたいな。

里中　社交場ということでもないですね。やっぱり全員が来るわけではないので。お目当てのものを借りたら、早く帰って読みたいもんですから、そんなにぐずぐず長居はしないんです。ただ、発売されたばっかりの月刊誌というのは、やっぱり争奪戦になりますから、発売日すぐに借りたいんだけれども、なかなか、もう誰かに借りていかれちゃってないと。そうすると、次の日の夕方すぎに行くと、もう返って来ているかなとか、それでそわそわしながら待っていたりして。そういうのはありましたけれども。だから1カ月経つと、だいたいみんな読みたい子は読んじゃうので、結構楽にゲットできるんですが、やっぱり早く読みたいですもんね。

――　先生のご著書を読みますと、とくに手塚治虫先生の『鉄腕アトム』ですとか、ちばてつや先生の作品をデビュー前に読まれていたと書かれているんですけれども。とくに、そのお2人、もちろんほかの先生方もいらっしゃると思うんですけど、惹かれた理由というのは、何かございますか？

里中　いや、もう本当にほかの先生もいっぱいいらして。全部書き切れないのでね、代表的な手塚先生とか、ちば先生とか、強いインパクトを受けたものとしてお話しますが。本当にいっぱいいらして。子どもながら、作者によって、パッと画面を見ただけで、これはあの先生ってわかるわけですよ。そういうのが個性だということ、そんな深く考えなかったですけれども。やっぱり好きな画と、そうじゃないのとあるんですが。私はどちらかというと、やっぱり物語のほうに惹かれるほうなので。その物語をわかりやすく伝えてくれる画というので。でも、見ているとやっぱり素敵な画と、あまり好きじゃない画もあるんですよね。やっぱり素敵な画が描けるっていいなと思いながら、なかなか自分は描けないんですけれども。
だから、少女ものも少年ものも、一緒くたに読んで来た。しかも、両方描いてらっしゃるマンガ家の方が結構いらしたという。いま思えば、永島慎二さんなんかも、どうしてって言われそうですが、バレエマンガを描いてらしたのね。まだ持っているんですよ、私。

――　ああ、そうですか。

里中　その『少女クラブ』の別冊付録を。ですから、石ノ森先生のデビュー時とか、水野英子先生のデビュー時から読んでいますから。石ノ森先生は、『漫画少年』のほうのは、私はちょっとわからなくて、『少女クラブ』のほうなんですが。『少女クラブ』からやっぱり、素晴らしい先生いっぱい出てらっしゃって。やっぱり、ちょっと大きくなるとね、『なかよし』じゃなくて、月に1冊しか買えませんので、『少女クラブ』のほうに移っちゃいましたけれども。
だから、その手塚先生というのは、ありとあらゆる世界をお描きで。なおかつ、すべてがちょっと考えさせられる、子どもながらに。だから、メジャーだから『鉄腕アトム』をいつも例に挙げているんですけれども。子どもって、たしかにあたりがたい言葉とか、当たり前のことを学校で教わると、そりゃそうだと思うんですよ。人を見掛けで差別しないようにしましょうとか、お友だちと仲良くしましょう、お年寄りを大切にしましょうって、当たり前のことなんですよね。当たり前のことなんだけど、それを当たり前のように言われても、なかなか実感としてはついていけない。
お友だちと仲良くしましょうって言われても、クラスメイトだからね、みんな仲良くできるとは限らないですよね。あと、お年寄りを大事にしようって言っても、どうしても、子どもなんかあっちへ行けよ、みたいなお年寄りもいますよね。だからどうしてね、あの人を大事にしなきゃいけないのかと反発しちゃったりということは、いっぱいあるんですが。
手塚作品を見ていて、子どもながらにじんわりきたのが、人にはいろんな立場があって、その人でないとわからないと。だから、見て判断して、あの人こんな人だと思っても、なんでこんな行動をとるかというのは、理由があるんだということが描かれていると、その感じの悪いお年寄りも、何かあるのかもしれないって想像するわけですよ。
当時、一番想像しやすかったのが、子どもを見ると蹴散らしているようなお年寄りというのは、実は私たちと同じぐらいの子どもがいたんだけれど、空襲で死んじゃったとかね。子どもとか親戚とか親とかが、戦死しちゃったとかという話は、ちょっとざらにある時代でしたので。そういうこともあって、同じ年ごろの子を見ると辛いのかもしれないとか、勝手に想像するわけです。それ、全然合っているかどうか、まったく根拠はないんですけれども。
ただ、想像するだけで、ちょっとね、理解できるわけではないんですけれども、自分が、こうありたいみたいな、いろんなことに近づけるような気がして。だから、想像してみることのきっかけですか、それにはやっぱり、お話、ドラマの力って大きいなと思いましたね。

――　なるほど。それは、先生がおいくつぐらいのときに、そういうふうに考えたんでしょうか？

里中　小学校でいうと3年生とかぐらいですね。4年生ごろかな、ちょうど私にとっては大切な『鉄腕アトム』が、悪書追放運動に引っ掛かって、本当に悔しくてね。子どもだから、どう抵抗していいかわからないんですけれども。大人たちに、読んでから言ってくれと言っても、読んでもくれないわけですよ。だから、『鉄腕アトム』といえば、いまの世代の人にも一番わかりやすいと思うんですが。どうして悪書追放運動に引っ掛かるかって、すごいナンセンスなんですけどね。大人の言い分によると、大人というか教育委員会に言わせると、ロボット同士が戦って壊れるのは残酷であると。子どもに残酷なことを覚えさせて、真似したらどうするだという。子どもってそんなバカじゃないですよ。そんな真似するなんてね。
あと非科学的すぎると。ロボットが喜怒哀楽の心を持つなんて、いくら近未来の話といえど、あり得ないと。子どもがね、間違った科学知識を持ったらどうするんだというわけですよ。でも、科学なんてね、本当にこうしたらどうなるだろうとか、想像力から生まれてくるものですよね。鳥が空を飛ぶのを見てね、なんで飛べるんだろうと。それが科学の出発点ですよね。病気で苦しんで死んでいく、どうしたら助けられるんだろうという。だからね、荒唐無稽であっても何でも、こういうことができたら素敵だなという、そこから科学の心って芽生えるんだと思うんですけれども。それを全否定されたわけですね。
それと、マンガというのは、そもそもくだらないと言われたんです。画が多くて字が少ないと。簡単に読めちゃうと。簡単に読めるものを読んでいると、子どもの脳が発達しないって、ものすごいことを言うんですよ。最近の研究ではやっぱり、感情が伴うと、脳も刺激を受けるということがわかってきましたが。昔はね、ちょっと難しいものを見たほうが脳が鍛えられるってね、本当にまことしやかに言っていたんですよ。だからね、簡単に読めるマンガというのはね、子どもにとってよろしくない、取り上げちゃうって言って取り上げて、燃やされたりする。もう必死ですよね、こっちはね。なんとか抵抗したいんですけど、ちょっと理屈こねたってね、抵抗できないだけれども。どう言えばわかってもらえるかというのは、必死で考えましたね。結局、説得できないんですが。
ただ、危機感を感じまして。このまんまじゃマンガは滅ぼされてしまうと。私、活字も大好きだったんですよ。もう本当に、1日中どっちかとくっついている感じで、マンガとか活字とか。活字だとね、大人たちみんなね、見逃してくれるんですよね。「本読んで偉いね」ぐらい言うんですよ、中身じゃないんです。だからね、悔しくって、滅ぼされちゃうんじゃないか、マンガはと。なんとか守りたいんだけど、どうしたらいいかわからないんだけど、とりあえず味方になるというのが、方法はわからなくても、味方でいることが、数あったほうがいいから、なんでも。そのころからですね、だから小学校4年生ごろからですね、マンガを描こうと積極的になったのは。

――　それはもう、ご自分がマンガ家になって、マンガ文化を守っていこうという。10歳ぐらいでそういう意識が芽生えて。

里中　できればマンガ家になりたかったですね。なれるという保証はないし、だけど自分がマンガ描けるものなのかどうなのかということは、やってみないとわからないから。ノートに鉛筆で、雑誌みたいなふりをして、いろいろ描きましたね。あとで聞くと、結構みんなそういうことをやっているみたいで。やっぱり1人でつくる雑誌、これね、楽しいんですよ。連載マンガはいろんなものが描けて、なおかつ、1回目ばっかり描くわけですよ。2回目も、まあ次の号描くんですけども。だいたい最後まで描かない。そこまで根気がないんですよ。
最初は、こんなの描きたいなだけで、スタートはできるんですね。ところが、続けるのがいかに大変かというのを、その小学校5年生ぐらいで、もう身に染みました。だからプロの人ってすごいな、こうやって最後まで描くんだと。最後まで描けなきゃ、私はマンガ描けないんだ、なんとか最後まで描こうと、そう思いましたね。

――　お1人でつくられていた雑誌というか、マンガ誌というか。それ、たとえば、どんなタイプのマンガをいくつ、たとえばギャグものとか、恋愛ものとかあると思うんですけど。どんな構成だったんでしょうか？

里中　いろいろですね。雑誌を真似して描くもんですから、巻頭は絵物語なんですよ。当時の雑誌では、巻頭に、少女雑誌でいうとモデルとして童謡歌手の方たちがね、モデルになって、写真とか、あるいは似顔絵とかで、少女小説のようなものがあるんですね。その次がマンガだったんですよね。マンガの最初に来るのは、わりと王道の、一応つくっているのは少女雑誌のつもりですから、わりと王道の少女マンガで。でも小学生ですから、友情ものなんですが。その次は、今度ちょっとね、冒険して忍者ものとかね。貸本向けの、男の子向けの時代劇専門のマンガ単行本に、やっぱり時代劇で結構忍者ものあったんですよ。リアルな忍者もの。だから、その中から白土三平先生なんかは、そのあと雑誌で忍者ものをお描きになったんですが。結構ね、マンガ単行本にはそれがあったんですね。すごくわくわくしちゃって、本当に、忍者ってこういうことなんだと。
みんなやったと思うんですが、草を植えて、毎日飛んでって、だんだん高く跳べるという。あれやっぱり、本気でみんなわくわくしますよね。だからね、そういうのをすごく身近に感じていましたから、結構忍者ものとかね、描いていて。やっぱりそうなると少年がメインなんですよね。
あと、手塚先生のSFも大好きだったので、やっぱりSFっぽいの、ロボットとか宇宙旅行ものとか、宇宙人が出てくるとか。子どもが考えることですから、宇宙人と意思の疎通をどうやって図るかという。だから、手塚先生だけじゃなくて、藤子（：不二雄）先生のお2人も、結構少女雑誌でもSF描いてらっしゃいましたし。松本零士先生もSFファンタジー描いてらっしゃいましたし。石ノ森先生とかはね、とくにそういうのを描いてらしたので。
赤塚先生（：赤塚不二夫）も、純然たる少女マンガもお描きになっていたので。だから、いろいろあって雑誌だと思っていたので、できる限りバラエティに富んだのを描きたいわけですよね。

――　先生の作風はデビューなさってから、いろんなタイプの作品を描かれたと思うんですけど。そのころからすでに、いろんなタイプの作品を描かれるという基礎が培われたかもしれないですね。

里中　ちょっと気が散りやすいタイプなのかもわからないですけれども。あれもこれも、あれもこれもってね。そんなことよりも、1本を最後まで描くというのが、もう本当に大変だなと、本当につくづく思いましたね。だから、1号目というと、すごくわくわくしながら描いているんですよ。2号目も、まあ描くんですね。3号目あたりになると、ちらちらと、ちょっとこれじゃないの描きたいなとかというと、自分で勝手にべつの雑誌をつくるんですよ。こっちはね、ちょっとほったらかしになっちゃって。だからね、楽しいですね、趣味でやっているのは本当に楽しいですけど。

――　1人出版社みたいな感じ。

里中　はい、そうですね。

――　少女雑誌だったのは、なぜなんでしょうか？　つまり、少年向けのものも、かなりお読みになっているわけですよね。あと、絵柄ってあると思うので、とくに、この方の絵柄を真似したとか、こういう画が描きたいって思われた作家さんとか、いらっしゃればおうかがいできれば。
里中　少女雑誌の中では、水野英子先生。絵柄もそうですし、テーマもね、恋愛もので、ほかの要素というよりも、むしろやっぱり恋愛が前面に出てきて、デビュー作だったりそんなんじゃないんですけれども。活劇風なのも、たくさん描いてらっしゃるんですけど。とにかく画面がね、躍動感に満ちて、子どもだからそんな言葉知らなかったんですけれども。構図がやっぱり手塚先生と同じで、すごく多彩だったんですよ。動きも素敵だし、なんといっても、とても素敵なヒロインが活躍するので、こんな画を描きたいなと。
その男の子のほうはですね、とくに、もうちょっと6年生、中学生になってからかな。ちば先生のお描きになる男の子を描きたいなと。だから自分が見様見真似で描いた、わりと最初のころの作品って、水野先生の真似を一生懸命したがって描いた女の子と、ちば先生の真似をしたがって描いた男の子との、淡い初恋ものとかね、本当になんだかね……。でも、うまく真似できたらわくわくするんですけれども。でも私、似顔絵すら下手なので。よくね、読者が投稿してくる似顔絵コーナーってあったんですよ。一生懸命描いて出すんですよね。だけど、あまり採用されたことなくて、もう本当にね、うまく描けなくて。
見ていると、そういうところだけでも、もう名前が記憶に残る人として、青池保子さんとか。神奈幸子さんは、加藤幸子っておっしゃっていたので、加藤幸子という人とか。あと谷口ひとみさんといってね、1作だけでお亡くなりになったんですけれども。そういう人の名前とか出て。この人いつも上手いなと思っていたんですよね。

――　いまで言う、常連投稿者ですか。

里中　そうです、そうです、はい。だからね、似顔絵ですら下手なのに、憧れて描きたいというのって、何を思い上がっているんだという感じなんですけど。描くのは楽しかったです。だけど、そろそろ自分で、自分の本性というのがわかってきて、いろんな話を描いてみたいって、そっちのほうがやっぱり強かったですね。

――　それを気づくきっかけが、ご自分でつくった雑誌だったんですかね。

里中　はい。もう節操なくね、いろいろとね。ただ、ギャグは描けなかったです。ギャグは難しいです。だから私が小さいころ、ギャグというとね、山根赤鬼、青鬼先生。赤鬼先生の『よたろうくん』とかね、うんとおもしろかったんですけれども。赤塚先生はギャグに移行なさるのは、ちょっとあとなんですけれども。まあ、ギャグって本当に難しいな、いまだにギャグを描いている方、本当に尊敬しかないです。

――　ありがとうございます。そういえば、ちば先生のことは、女性だと……。ちばてつやがペンネームで、本当は女性だと思われていたということだったんですけど。

里中　そうですね。とくにね、私が小学校5年か6年のころかな、『ユカをよぶ海』ってあって、それが『少女クラブ』でお描きになって。『ママのバイオリン』があって、そのあとなんですけれどもね。『ママのバイオリン』のころから、ちょっと怪しいなとは思っていたんですが。『ユカをよぶ海』になって、主人公が活発な女の子という設定なんですが。男の子に負けてないんですよね。絶対人前で泣かない。私ね、昔のタイプの少女マンガにある、何かあるとすぐ泣いて、涙が武器になっちゃっているんですね。涙がクライマックスになっちゃっていて。それが気持ち悪くて、気持ち悪くて、現実の女の子ってそんなことないし。泣いてすむなんて冗談じゃないし。泣いてりゃ同情されるかというと、鬱陶しいだけなんですよね。泣いていたら始まらないのに、どうして泣くかと。
あとね、「こういうのって不幸でしょ？」みたいに見せるパターンが多かったんです。その筆頭が「母がいない」。母がいないこと、イコール不幸って、もう絶対的な前提になっちゃっているわけですよ。お母さんとね、早くに死に別れるというのは、いろんな意味で不運だったかもしれないけど、不幸かどうかは、また全然別問題なんですよね。
あと女の子は、健気におとなしくしていれば、王子様が救ってくれる。冗談じゃないですよね。王子様ね、だいたい一つの国にね、片手で数えるぐらいしかいないでしょ。国中の女の子はいっぱいいるわけでしょう。なんで助けに来てくれるんですかって。だいたい王子様に助けられて、どうなるっていうのって言いたかったんですよ。王子様だからって、何がいいのかわからない。たまたま王様の息子というだけでしょう。
あと大抵ね、ヒロインって美しいってなっているんですよ。まあ、それはいいんですけど。派手な顔立ちのほうが描きやすいですからね、マンガにとっても、やっぱり美しいほうがそりゃ描きやすいんですけれども。白馬の王子様というのをね、女の子が本気で待っているかというと、絶対そうじゃないだろうと思っていたのに、そういうのが多かった。
ところが、ちば先生のお描きになるヒロインは、いきいきしていて、男の子に負けてないし。やられてめそめそ泣くような子じゃないわけですよね。ものすごくスカッとして。『ユカをよぶ海』って、本当に素晴らしい作品なんですけれど、そのヒロインが「待っていました！」というヒロインだったんですよね。

――　先生の中でですね。

里中　はい。だから、こんなに女の子の立場とか、気持ちに寄り添って自然に描けるなんて、絶対作者は女に違いないと。ちばてつやという名前がまたね、ちょっとカッコ良すぎて、絶対ペンネームだろうと思い込んでいたんですよ。だから、そこでハッとして、そうかと。マンガ家って男か女かわからないんだから、ペンネームを使えば、ちょっとそのころモヤモヤしていたね、女の子のくせにとか、女はこうあるべきみたいな、ちょっとまだ戦前を引きずっているようなね、これが嫌だったもんですから。甘やかされるのもやっぱり気持ち悪いですよね。
ペンネーム使えばね、男性か女性かわからないんだから、いいなと思ってすごく憧れたんですよ。それからしばらく、ちばてつやは女だと思い込んでいたから。なんかね、このザラザラの写真が出たときに、おかしいなと。どう見ても女に見えないんですよ。ただ、ものすごく粒子の粗い写真しか、昔は出ませんでしたから。おかしいな、こんなんじゃわからないと思って。そしたら中学生になって、ちば先生が結婚なさいましたって、おかしい。
お相手はアシスタントをなさっていた、アシスタントって言ったかな、当時。助手って言っていたかもしれない。ふりがな振ってないから、サチコさんだと思っていたんだけど、ユキコさんなんですけど。おかしい。でも、そのころになるとちょっとね、知恵もついているから、そちら方面の方でも、世を忍ぶ仮の姿というか、子どもがほしいという方がいらっしゃいますから。だから、すみません、その間に、どうも男らしいなと思って、私の中で納得するために、女性の心を持った男性だと思い込んだんです、言い聞かせたんです、自分にね。ああ、そうなんだって言って。
本にも書きましたけど、美輪明宏さんがね、丸山明宏といって、すごく美しい少年で、シャンソンを歌ってデビューなさって。もうため息が出るほどね、きれいだったんですよね、お人形さんみたいで。お人形さんみたいという言い方も、すごい古いですけど。内藤ルネさんがお描きになる画みたいな。それがあったもんですから、そうか、ちばてつやって、これなんだって。
そのあと結婚なさいましたというときには、また性懲りもなく、おかしい、おかしい、女性の心を持っているはずなのに、どうして結婚するんだと思って。そうか、子どもがほしいのかもしれないとかね。勝手につくっちゃうんですね。

――　でも、そこのストーリー構成力はすごいですね。

里中　いえいえ、妄想です、妄想。それくらい、ちば先生のお描きになる少女マンガは画期的だったんですよ。だから、『（週刊）少年マガジン』で連載が始まると読んだとき、すごく嫌でした。あの感覚が男の子に、がさつな男の子にわかるわけはないと。『少年マガジン』で連載して、がさつな男の子がつまらないと否定したら、ちば先生が傷ついてしまうから、もう連載してほしくないと、ものすごくひやひやしたんですよ。『ちかいの魔球』の第1回目、本屋さんへ行ってただ見で、『少年マガジン』を取って、そっと見て。
開けたら、主人公二宮光という人物に睫毛があったんです。いかんと思って、男の子、少年マンガに睫毛はいかん。アトムはかわいいからあってもいいんですけれども。生身のハイティーンが睫毛があるといけない、男の子たちはこういうのだけでもう女みたいと言って投げだすんだからと、勝手にまた妄想が働いて。いけない、いけないと思って。でも、我慢できずに3～4回目あたりから読んでみたんですよね。そしたらおもしろくて。その内に人気も出てきて、よかったと思いました。

――　でも、いまの話をうかがうだけで、ちば先生に対する愛の深さを、本当に親戚じゃないけど、そういう恋人のような思い込みで。

里中　はい。おこがましいのですが。でも、本当にほかの先生もそうなんですよ。石ノ森先生だって『少女クラブ』で描いてらして。すごくたくさんお描きになれる方だというのは、違うペンネームで描いてらして、同じ『少女クラブ』にも。南てい子とか、いずみあすかという名前も関わってらして。画を見ればわかるんですよ。石ノ森先生だと。ちょっと変えよう、ちょっと変わったタッチにしようとなさっているんですけれども、これは絶対石ノ森先生だとわかるわけですよ。たくさん描いて、少年誌でもお描きになって。どう見ても人気が出ないんですよ。
こっちは勝手に石ノ森作品の初期の『少女クラブ』でお描きになったファンタジーSFっぽいもの、『くらやみの天使』（：Uマイア名義）だったかな。クラスメイトと話しても、話が合わないんですよ。『幽霊少女』、四次元の話ね。クラスメイトとその『幽霊少女』の話をしても、話が合わない。そこで快感を感じたんですよ。これがわかるのは私だけだって。マニアの快感なんですよね。みんなにはわからないんだって。そうなんだ、そういう世界なんだということの快感がありました。
だから、本当に身勝手なんですが、人気が出なくて当たり前。私しかわからないんだもんみたいに思っているのが気持ちよかったんですよね。だから、いろいろお描きになって、特に素晴らしかったのが、毎年2回出る『少女クラブ』の増刊号。分厚いんです。巻末にSFファンタジーをお描きになっていて、これがすごい力作ばかりなんですよ。これはもう絶対、一部の人にしかわからないんだということで。時々、人情ものとかお描きになるんですけれども。とにかく、一般受けしないすごいカッコいい見せ方でくすぐってくれる、そういう特別な存在だったんですね。
だから、何を描いても人気があまり出ないから、打ち切られてしまったのかな。『少女クラブ』で連載なさっていた『三つの珠』とかね、もう見たかったんですが、しばらくお休みしますと言ってそれっきり載らない。子どもだから、しばらくお休みしますというと待つじゃないですか。でも、全然それっきり載らなくて、別の作品が始まってしまったりする。
ずっとこのへんにわだかまっていて、石ノ森先生とお近づきになって、いろいろ言えるようになって、ようやく「『三つの珠』どうするんですか？」と言って、しつこく、しつこく、先生『三つの珠』、『三つの珠』と言ったら、あまりうるさいから「もう自分では描けないから、続きを勝手に好きに描いていいから」と。「何を言うんですか、先生の描く『三つの珠』を私は待っているんです」と言ったら、それまでのをまとめて渡してくださって、「続き好きに描いて」と。「先生、お願いだからそんなこと言わないで」と、それっきりになってしまいましたけれども。
ただね、本当にファンって勝手だなと思ったのは、『サイボーグ009』とかで、あれ、受けちゃった、『仮面ライダー』すごい受けちゃったとなると、「なんだ」と思ってしまうんですよ。

――　要するに、自分の大事にしていた先生が、みんなのものになってしまうと。

里中　なんかね、こんなんじゃないんだと。ずっと、もうちょっとわかりづらい、くすぐるようなものを描き続けて、それで永遠に打ち切りの繰り返しでいてほしかったなという、もう勝手ですよね。そしたら、あるとき先生が「『009』とか『仮面ライダー』でメジャーになってしまって、本来のファンはみんながっかりして怒っちゃったんだよ」と言うから、「私、怒っていません」と。そうじゃなくてねと、どう言っていいかわからなくて、本当に不思議なものですね。
ただね、ホッとしたこともたしかなんですよ。だから、メジャーになってしまったという思いと、でもホッとしたのは、あんなにいろいろお描きになっていて、素晴らしい作品、このまま忘れられたらどうしようと思っている作品があったんです。先生がメジャーになられたことによって、過去のちょっとマニアをくすぐってくれた作品群も、きっと残るだろうと思うと、それはやっぱり嬉しいし。それと、こんなにたくさんお描きになって、いろいろ実験的なこともなさって、本当にチャレンジでずっとやってこられたわけですよ。だから『ファンタジーワールドジュン』につながるような実験的なものを『少女クラブ』でもお描きになっていたし。それが報われないで、マンガ家人生として気づかれないまま終わってしまうというのは、すごく悔しい面もありましたので。だから、メジャーになられて、苦労が報われたと。こういうことかもしれないと思ったりもしたんですが。だから本当にコアなファンって勝手ですよね。

――　でも本当に、いまうかがうとファンの鑑のような方だなと思いました。その気持ち、非常によくわかります。

里中　勝手ですよね、本当に。

――　いまうかがっていると、少女マンガはすごく泣くのが多いのは嫌だったと言いながら。でも、つくる雑誌は少女雑誌なわけですよね。それは、ちば先生に少年マンガ誌に行ってほしくないというのもそうですけど。やっぱり少女マンガに期待するものがあったんでしょうか？　あるいは、こういうのではなくて、もっと、いまの女の子たち、あるいは里中先生が読みたいと思うような少女雑誌を私がつくるんだみたいな、そういう思いがあられたんですか？

里中　そうですね。やっぱり不満があればあるほど、自分でできることは何とかしたいと思うので。私だったら、こういうのは描かないというのはすごく大きかったです。それと、もう一つ理由がありまして。カッコいい男の子があまり描けないんですよ。女の子は見様見真似でなんとか描けると。キャラクター何人かに分けても描けるけど、男の子は、どう頑張っても3～4人しか描けないなというのと。あとね、少年マンガを描くならば、絶対外せないメカとかあるでしょう。それを描くのが面倒くさかったんですよね。そのあたりが好みの問題かもしれない。お花を描くのは面倒くさくないかというと、やっぱり面倒くさかったんですけどね。だから、本当におっしゃるように、自分だったらこういうヒロインは描かないという反動はすごくありましたね。あとは、何とか形にするために、描ける画でしか描けないというのがあって。だから例えば、動物もので、もし仮に、すごくいいなと思うアイデアを自分が浮かんだとしても、なかなか実際には描けないし、描かないと思うんですよ。誰か動物が上手い人に、描いてと言って、原作なんて言って渡したりとか、そういうことをしたがると思うんです。ようやく私が描けるのは、せいぜい女の子だったんですよね。
いまとあまり変わらないですよ、画の実力は。もともと本当にそんなに器用じゃないから、辛うじて描けるのは女の子だったんですよね。だからそこで精一杯だったんですかね。いつまで経っても、本当に情けないんですけどね。

――　そろそろちょっと、実際デビューに向けてのお話に移りたいと思うんですけれども。本当の意味で、デビューしようと思われたのは、その前に出版社に作品を送ったりなさったと思うんですけど。やっぱり、公募が当時、第1回講談社新人漫画賞ということで、いろんな雑誌が新人を募集する機会があったと。そういう記事が出たときは、当時16歳で受賞なさっているんですが。ご自分でその記事を見つけて、描こうと思われたときの、どっちかというと喜びがあったのか、それとも、いよいよ来たかみたいな感じだったんでしょうか？

里中　いえ、中学校の1年生の終わりぐらいからかな。要するに、将来のことを考えると、親もうるさいし、先生もうるさいし、自分でマンガ家になりたいなということを意思表示しても、当然ながら反対されますよね。マンガ家になりたいということを言わざるを得ないと思ったのは、中学校の後半になると進路指導の時間に、将来の道を決めろと言われて。私本当に堅物なので、将来のことを真剣に考えたうえで、どこに進学したいか決めなきゃいけないんだと思い込んで、ものすごい真剣に考えたんですよ。
そうすると、自分が情熱を感じるというか、やりたいと思って、なおかつ、やることで何かの役に立つ。マンガが差別されているというのがすごく悔しかったので。味方が1人でも多いほうがいい、自分がプロになれるかどうかわからないけれども、その世界で人口が1人でも多いほうが、なんかいいんじゃないかと思って、中学1年生ごろから投稿を始めました。
やり方はよくわからなくても、見様見真似で描いて。さすがに手塚先生とか石ノ森先生の『マンガ家入門』とか、『マンガの描き方（手塚治虫のマンガの教科書 マンガの描き方とその技法）』、それを読んで、こういうふうに描くんだなと。要するに、ノートに鉛筆じゃダメで。白い紙に、表だけに、墨汁か黒インクで描くと。それがわかったので、一生懸命描いて、最初はなかなかペンで上手く描けませんでしたけれども。
中学1年の終わりごろから投稿を始めました。それも、どこに投稿していいかわからないので、雑誌の編集部宛てに送ったんですね。『少女クラブ』、『りぼん』この二つがメインでした。あとほかにも送ったんですよ。子どもは勝手に思春期って思い込みが強くて、雑誌毎に傾向があると。競争の激しいところはダメかもしれないけれども。あとね、同じような人が揃っていると、それに近いものとかのほうがいいかな、それとも正反対がいいのかなと、自分では試行錯誤したつもりだったんですよ。それで出しました。
そしたら返事が返って来て、返信用切手を入れておくと、ちゃんと原稿も返してくれるんですよ。嬉しくて、今度あっちに出してみようと、違うことを言ってくれるかもしれないと。また新しく描くと、別の編集部。だから『少女クラブ』に出して、それと『少女フレンド』というのができたから、『少女クラブ』が『少女フレンド』になったので、そこにも出した。『りぼん』にも出しました。
本当に節操がないんですけれども、どこから来るお返事もだいたい同じだったんですよ。あなたはこういうところがいいと、でも、こういうところがまだまだだから、とにかく頑張って、またできたら送ってくださいとか、編集長名とか担当者名で来るわけですよね。すごくそれが嬉しくて、誰かに見てもらえたということがすごく嬉しいんです。
その励ましのお手紙とか、具体的なアドバイスが書いてあるとすごく嬉しくて。次はどこに出そうと思いながら、思い切ってファンレターも出してみたくて、水野先生にファンレターを出して。私はマンガ家になりたくて、いろいろ描いていますが、学校の先生にも親にも反対されて、本当にとても辛いんですけれども。私の画でマンガ家になれるものでしょうかと書いて送ったんですよ。そしたらお返事が来て、これだけじゃわからないから、マンガ作品ができたら送ってください、見てあげるからと。すごく嬉しくて、今度は水野先生に送ろうと思って描いていたんですよ。
そしたら、そのころ講談社が4誌合同で新人マンガを募集しますと。水野先生に送ろうと思っていたのを、こっちへ出してみようと思って。当時珍しかったんですけれども、『少年マガジン』と『少女フレンド』、『なかよし』と『ぼくら』の合同で。どこに出してもいいけれども、入選作が出たら1作だけ、4誌の中で1作だけ、デビュー作として掲載しますと。ただし、入選作の該当なしという場合もありますと。好きな4誌どこでもいいから出してくれと。出した雑誌にデビュー作として載せますということで。
賞金が10万円だったんですよ。当時、高校生になっていたんですが。スチュワーデスのお給料が、みんなで憧れて、そんなにもらえるのと言ったのが1万7000円だったんですね。その時代に10万円というと、よくわからないお金だけれども、そんなことよりも、とにかく描いてそっちへ出そうと。ちょっとやっぱり緊張して仕上げて出したんですよ。
出したら締め切りまでまだちょっとだけあった。もう1個描いちゃえと思って、そこからです、開き直って、友だちにも話して、学校のクラブの部室に持って行って、消しゴムかけてもらって。「みんな何してるの、あんた、これ何？」って言って、「ひえーっ」とかって言うわけで。「入選したらおごるからね」って言って、消しゴムかけてもらいました。
結局、それが入選だったんですが。編集部から連絡が来て、あの時代ですね、最終選考に残っていますので、今後のお話をしたいので、家にお電話があれば電話番号を教えてくださいと言って。電話かけてくださいと言うから、かけたんです。それぐらい各家庭にまだ電話もない時代だったんですね。国中あげて、日本でようやくオリンピックが開けると言って、すごい盛り上がっていた時代で、ようやく戦後が終わったという、そんな気になっていた時代ですから。
編集者がいらして、「最終選考これだけの人が残ったんですけれども、結果的にあなたが入選と決まりました」と言われて、嘘だと思いました。最終選考を見たら、青池保子という名前があるわけですよ。絶対この人のほうが画が上手いし、なんで私なんですかって、本当に不思議だったんですよね。「どうして？」と言ったら編集長が、ほかの編集者もみんな青池さんのほうがいいと言ったらしいんです。
その前に、講談社は、どうせ少年マンガで来るだろうと思っていて、少女マンガなんてろくなの来ないから、しょうがないから仲間に入れてやるかみたいな感じで盛り上げようと、らしいんですよ。だから少年マンガ1本で絞っていたら、蓋を開けてみたら、そうでもないということで。

――　では結構、少女マンガの応募作もそれなりに多かった。

里中　多かったです。ものすごい数でしたね。

――　ああ、そうですか。

里中　すぐ私、数字忘れちゃうので。家へ帰ったらメモしてあるんですけど。ああ、あの本に書いてあります。

――　そうなんでしたっけ。

里中　こないだのシンポジウムで、ちゃんとあげてくれたから、そうだったんだなと思って。あとでわかったんですが、それから10年ぐらい経って、もちろん3～4年経ってからのこともあるんですが。私はまだ高校生というか、15のときに描いた作品だったんですね。発表のときは16歳になっていたので、16歳でデビューなんですけれども。結構気にしている人もいたみたいで、そのときに応募した人というのも、何人かあとで知り合いました、プロのマンガ家となって。
それと、あとで結構多くの人から言われたんですけれども。16歳のおねえさんが入選ですって出て、女の子でもこれを職業として考えていいんだと気がついたという人もいれば。少女マンガは本当に好きじゃなかったけれども、表情で語れるんだなと気がついたから、自分も描こうと思ったとか、すごくありがたいお言葉をいただいたりとか。
なんかいろんな人が、それがきっかけになったと言ってくれて。本当に、もし私がマンガ界に何が一番貢献したかというと、これだなと思うぐらい、結構いろんな人から言われて。もちろん、よく言おうと思って言ってくださるんでしょうけれども、それは嬉しかったですね。

――　いろんな方に勇気を与えたという感じなんですかね。

里中　その気になってくれれば、本当は才能があっても自分でも気がつかない人がいっぱいいると思うんですよ。だけど、その気になってくれて、それで描く気になってくれたら広がるわけですから、よかったなと思って。だから私は本当に向こう見ずというか、親からも先生からもずっと言われて、もう息詰まるほどの毎日でしたから、何とか突破口を見つけたくて。編集部から才能があるとひとこと来ると、なんとか一息つけて。
でも、あの時代、マンガ家になりたいと言って賛成してもらえる子は、ほとんどいなかったんじゃないかなと思います。

――　先生やっぱり、非常に学業のほうでも優秀でいらっしゃったし。

里中　それはね、小学校とか中学校の前半だけです。もうマンガ家になろうと思った時点で、親が卒倒するぐらい、勉強ほったらかしになりましたから。受験勉強とは関係ないとうそぶいちゃって。特に数学は何のためにと。もしプロのマンガ家になったら、原稿料の計算だけできていればいいから、単純なものよと言って、本当に人生失敗したなと思って。数学ってすごいですよね。それが全然わからなくて。そうやって足蹴りにしちゃって、本当にもうお恥ずかしいったらないです。だから成績は、小学校とか中学校を知っている人は、中学校のラストぐらいを見ると、どうしたんだと、正気じゃなくなったのかと。先生方はこぞって「おまえには期待していたのに」とか言うわけですよ、勝手に期待しているだけで。
なんかやっぱり当時、真っ当な道というと、いわゆる世間が「ほう」と言ってくれるようなそっちだったもんですから。親もそのつもりでいたみたいですから、急になんか変なことを言い出して、親戚に言えないとかね、みんなそうなんですけどね。でも、子どもにとって社会って、学校と近所と家しかないですから。そこでやっぱり反対されたり、早く目を覚ませと言われると焦るんですよね。だから、すごい切羽詰まった気持ちで、描いては投稿していましたね。
だから入選とわかった途端に、ものすごくホッとして。親も勝手で手の平を返すってあのことだなと。えーと言って、うちの娘は才能があったんですかと言って。それなら頑張れと、もうその日から。今度、それがプレッシャーになって。なんでもっと上手く描けないんだと、急にわかったふうなことを言うんですよ。嫌ですね、本当にね。

――　家の中に編集者がいるみたいな。

里中　そうです。編集の人のほうが、もっと優しかったです。

――　里中先生は、思い切りがいいというか、マンガ家になろうと決めたら、良かった成績もほっぽり出すというの、私はすごい決意だと思うんですね。小さいころから、いまはまだバカにされているけど、マンガはすごい大産業に発展するんだという確信があったというふうにもおっしゃっていて。ちょっとそこのところについて、もう少しおうかがいできればと思います。

里中　はい。マンガは子どもにとって害だとか、くだらないとか、そういうことばかり言うわけですよ。だいたい昼間学校が、みんな帰りなさいと言うまでは、学校の図書室にこもって、片っ端から本を読んで。読めるだけ読んで、帰りがけに2冊借りて帰るという。
そんな中でやっぱり、いろんな過去の歴史とか読んでいたりすると、まず女たちは何をしていたんだというのがすごく気になる。それはあったんですね。そういうのを物語として知る機会。男が頑張ったり、ヒーローものとかいっぱいあるわけですよ、映画でもね。
だけど、女がどうしていたんだと。単なるおとなしい犠牲者だけではないだろうというのを、物語という形でもっと読みたかったというのもありました。マンガがものすごくバカにされて、当然学校の図書室にマンガなんてないんですけれども。映画の歴史も、映画もすごく好きになったもんですから、見ていたら、映画の最初って何なんだと。ただ、写真が動く、そんな感じで。そうか、その時点で映画が誕生して60年ぐらいだったんですよ、私が中学生のときに。
映画は60年経って、最初はタバコ工場の昼休みと、機関車がこっちへやってくる、あれぐらいしかない。それでみんなワーと言っていたわけでしょう。だけど、60年経って、映画が何を語るかといったら、瞬間芸から哲学まで語っているわけですよ。マンガもこうなるんだと、いずれこうなるんだと夢を見たわけです。マンガもやがて、少年なんとか少女なんとかじゃなくて。まあ、少年なんとか少女なんとかというのは、日本の子ども雑誌の歴史で、少年もの、少女ものとジャンル分けされていて。その中でマンガが生まれてきたので、少年マンガとか少女マンガとかというふうに分かれて発展してきたんですが。いま、もうぐちゃぐちゃで。これが大変心地よい状態なんですけれども。
とにかく、いずれマンガも映画と同じように、映画は監督は誰だ、脚本は誰だということが重視されて、作品として見られますよね。だからマンガもいずれ、少年の何とかとか、少女の何とかじゃなくて、この作者のこの作品として語られるだろうと。ただ、それには年月がかかると。映画は60年かかった。マンガは、子ども相手だから、もっとかかるだろう。現に映画は大人が最初びっくりして、大人が観に行って、大人がびっくりして、大人がまた観に行ってという。大人が関わっていると、産業として早く育ちやすいけれども。子どもが親しんでいて、大人はやめなさい、捨てましょうと言っていると、映画よりはもっとかかるだろうと。そこで何の根拠もなく、200年と見たんですよ。

――　スタートが子どもだからと。

里中　そうなんです。200年かかると私は生きていない。生きていないけど、それまでに諦めちゃったら、200年先もなくなると。やがて来るであろう、そのマンガが作品ごとに語られる、作者ごとに語られる時代を来ると信じて生きていきたいと思ったんですね。大袈裟な夢ほど燃えます。そうやって燃えちゃったら最後、あとは自分のエネルギー次第ですよね。
だから、思い切りがいいというか、やっぱり道二つは選べないので、どちらかを選ぶしかないんですよ。こちらを選んだときに、一生懸命自分に、こうこう、こういう理由だから選んだんだと言い聞かせないと、めげちゃうんですね。何でもそうですけれども。
助かったのは、物心ついたときから、親を頼りにしなかったというのがあって。うちの母親が親なんか頼ったってダメだよと、冷たく言い放つタイプで。夫婦だけで仲良くしていればいいというね。おかげで助かりましたけどね、全部自分で考えて、自分で頑張らないと。それと口に出したら、言ったからには、やらないといけないというので。ただ、本当に妄想はしていました。
だから、私がそのころ憧れたマンガ家の先生方の作風って、みんな違うわけです。みんな違っていて、みんないいって、金子みすゞみたいですけど、本当にそうなんですよ。それがオリジナリティなんですよね。流行り廃りはあるかもしれませんけれども、どうか皆さん描き続けていただきたいと。
マンガ家の自画像とか見ると、すごい貧しそうでね。本当に貧しそうなんですよ。だいたいが、部屋が裸電球でクモの巣が張っていて。ラーメン丼が重ねてあってって、お腹すいたような画が描いてある。信じちゃったんですね。だから、こんなに感動させてもらって、しかも、世間からは子どもの教育に良くないと責められて。じゃあ、そのうえ、お金にもならないんだとなると、清く貧しく美しくという、すごい素晴らしいじゃないですか。すごい憧れちゃって、私も、もし仮にマンガ家になれたとしても、将来待っているのは、もし本当にプロになれたとしてもね、だって何本も連載を持っていた石ノ森先生だって、お腹すいた様子の画しか描いてないんですもの。皆さん、継ぎのあたったセーターを着てって、そういう画ばかりだったんですよ。
だから本当にお金にならないんだと思って。そういう生活、もしプロになれても、こういう生活が待っているとしたら、プロになれたらいいんですけど、なれてもと思ったら、若いうちに、何をしたいかということで、高校を選んだ気がしますね、男女共学で。自由に話ができるという。交通費がかからない。だから、いろんなのが全部、何か一つ決意すると、芋づる式にいろんなこと、関連したこと、決心しなきゃいけないことがいっぱい出てくるんですよね。
ですからね、よくね、妹、いまでも笑い話ですけれど。私が勉強しているふりしてマンガを描いて、親にバレちゃまずいと。妹はね、何をしていても親からかわいがられていて。別に勉強しなくても、成績は良かったんですけど、妹も。妹は廊下でマンガを読んでいても怒られないんですよ。だから廊下の向こうのほうでマンガを読んでいて。お母さんが来たよという合図で、鼻歌を歌ってくれるんです。聞こえてくると、私は原稿を隠して勉強しているふりをすると。妹の条件は、もしプロになれたら、ちばてつやのサインをもらってと。

――　ちゃんと取引が成立していたんですね。

里中　取引があるんです。だからね、思い切りというより、本当に切羽詰まって、道って一つしか選べませんもの。だから、しがみつくには何を捨てるか。あれもこれもというとね、どっちつかずになっちゃうし。ただ、いま思うとね、学校へ行ってちゃんと大学に行って勉強するのも、きっとものすごくおもしろかったと思うんですよ。だけど、私は好きな分野が偏っていて。みんなそうですけれども、できれば、考古学とか歴史とか、そういうのをやりたかったので。いいやって言って、結局、高校は中退しちゃうんですけれども。それは校則違反だったもんでね、中退しちゃうんですけれども。東京へ出て、いいや、大学は聴講生で行こうって言って。聴講生だったら、好きな学部の聴講生になれるといって、いいなと思っていたんですが。問い合わせたら、入学資格のない人は聴講生にもなれませんって言われて。えーって言って、大検取らなきゃって言って。そんな時間ないしとか、やっぱり勉強しなきゃいけないし、数学嫌でしたし。

――　里中先生は、『週刊少女フレンド』のほうにデビュー作をお送りになられたんですね。『少女クラブ』から『週刊少女フレンド』になって、初めての週刊誌だったと思うのですが。まず、『週刊少女フレンド』になった、週刊誌が出始めたときの印象からうかがっていいですか？

里中　その前に、『少年サンデー』と『少年マガジン』があるので。毎週出て、付録もついてない、マンガ主体にだんだんなってきたので。何回も読めるから、それまでは1カ月待たなきゃいけなかったのが、毎週読めるのですごく嬉しかったんです。『少年サンデー』で、手塚作品とか。私、少女マンガ、少年マンガじゃなくて、世の中には完璧少年マンガとかあるわけですね。『少年サンデー』で『スポーツマン金太郎』というのがあって、あれは完全に男の子の世界なんですね。そうなんだろうなと思って見ていました。
手塚先生のは、少女マンガと共通する匂いがあって。少女雑誌も、こうやって週刊誌になったら、しょっちゅう見られるから嬉しいなとは思っていたんです。『少女クラブ』がなくなって、『少女フレンド』になりますというときに、『少女フレンド』いかにものダサい名前とは思ったんですが、ちば先生が連載なさるというので、それはよかったなと思って。
『少女クラブ』の時代の、なんでもアリだったあの雰囲気ってすごく好きでしたね。その匂いを『少女フレンド』も持っていたし。まだ『マーガレット』は出てなかったんですね。自分だったら『なかよし』よりは『少女フレンド』だろうということで、ごく自然に『少女フレンド』に応募しましたね。ただ自分がプロになったときに、週刊誌が舞台というのは全然考えてなくて。連載するとしたら週刊誌。でも描いている人がいっぱいいるから、そんな大変なことなんだろうなとは思ってなかったですね。人がやれることなら、できるからやっているんだろうということで。
週刊誌で連載をして、月刊誌でも連載をして、何本か持つと、いろいろやってとか、妄想だけはすごいので。いつデビューしても困らないように、ストーリーを考えたノートは、びっしりストーリーが53編ありました。結局、ほとんど使ってないですね。週刊誌というものがあるんだという前提は、もうできていましたね。

――　最初『マガジン』の人が獲るんじゃないかと、講談社では言われていたけれども、蓋を開けてみたら、里中先生だったというのは。『週刊少女フレンド』に描ける作家がほしいという、切実な願いも講談社のほうであったんじゃないかと思わないでもないのですが。そういうことは言われたことはありますか？

里中　それは言われたことはないです。ただ、噂としては、あとになって都市伝説みたいに、『少女フレンド』が描き手がほしくてやったらしい。それだったら『少女フレンド』だけでやりますよ。表彰式というか、講談社の応接室で表彰されただけなんですけれども。そのとき、まだ言っていましたね、編集の人とか局長さんとかが、「少年雑誌から出ると思っていたんですよ」って言って、「意外ですが、それで涙を飲んだ人もいっぱいいるんだから頑張ってくださいね」みたいな。プレッシャーかかると嬉しいですよね。期待されるほうが嬉しいから。ただ、そうなんだ、少年マンガから出ると思っていたんだとか思ってびっくりしました。まして、「年齢的にもこんな若い人がとは思わなかった」って言われて。そんなふうに言われて、見たことかって言われないように頑張らなきゃなとは思いましたね。
編集長に言われたのは、ストーリーを組み立てる力があると思ったというのと、画はまだまだ上手じゃないけれども、表情の描き分けができていたから、これは伸びると思ったから、描けば描くほど画は練習になるから描きなさいって言われて。もうどんどんいっぱい描こうと思いました。おかしいな、描けば描くほど上手くなるはずが、なんでいつまで経っても上手くならないのかというのは、これはもう才能でしょうがないなと思いましたが。
あとから、『少女フレンド』が描き手がいなくなってとか、そんなことないですよ、結構描いてらしたし。中には、ちば先生がもう『少女フレンド』で描かないので、何とか補充しなければって、そんなちば先生の補充になんかなれるわけないし。ちば先生そのあともずっと何年間も、『少女フレンド』で描いてらっしゃいましたから。おもしろい話のほうが広がりやすいから。人の話ってあてにならないですね。

――　なるほど。最初は新人の場合には、だいたい読み切りから描いていくというようなことだと思うのですが。デビューしてからの打ち合わせとか、次回作というようなのは、どういうふうに始まったんでしょうか？

里中　まず読み切りいろいろやっていきましょうと。連載すぐは無理、まだ私高校生ですし。読み切りの何本かストーリーの打ち合わせをしました。それをネームにして送ってって言われて。大阪から航空便で送るんです。コピー機もない時代ですから、同じのを二つ描いて、ネーム描いて、一つを航空便で送って。向こうに着いたら電話がかかってきて、電話でずっとやり取りしながら直していくんですが、ボツばかり。
ようやくOKが出て、ペン入れして送ってって言って。今度、ペン入れしたら、画が硬いからって言ってボツで。なかなかそんなすぐには。向こうとしては、すぐ載せたかったので、1本、2本は、もうごちゃごちゃになっちゃって。
ようやく連載が入るんですが、連載も編集部のほうから、ストーリーはこうしろああしろ、設定はこうしろとかいっぱい入って来て。最初の設定はつくったり、こういうのを描きたいって言っても、それじゃ弱いからこうしてああしてって。なかなか思うようにならないなと。デビューしてすぐわかるのは、次がないと、その先もないということですね。何とか、いずれ自分が描きたいものを描くどころの騒ぎじゃなくて。次の仕事をゲットするためには、この仕事を成功させなければいけない。
成功って何かというと、そんな大それたことじゃなくて、ある程度の支持を得ることです。読者からある程度、よかったです、また見たいですという手紙が、ちょっとでも来れば、編集部がもう1回描かせてくれるかなという、そんなものですね。若い人たちにもよく言うんですが、夢はもっと先のほうを見てほしい。でも、みんなが陥るのは、目の前で、この仕事が、いま描いたのが本に載るかどうか、そのことで精一杯になっちゃうわけです。
そうすると、不本意ながら編集の言うとおりに描いたら、これでいいんだろうと思い込んじゃう。ところが編集も神様じゃないから、これまでのいろんな傾向とかそういうので、こっちのほうが安定路線じゃないかなと思ってアドバイスはしてくれるけれども。編集が、本当にそれだけオリジナリティがあるんだったら、彼らもオリジナルで何か創作しているはずなんです。一生懸命アドバイスはしてくれるんです。それを悪気にとっちゃいけないんですが、どうしても安定しないと、気弱になっちゃって、編集にああ言われたからこうしないとって思うのは、すごくわかるんです。わかったうえで、でも、本当に自分は何を描きたいかだけは忘れないようにって、大事にそれを温めといてほしいし。それがないと、モチベーション保てないです。
読者が支持してくれるかなと思って、ちょっとそっちに走りがち。これだったらウケるだろうとか、これだったらいまどき世の中イケるんじゃないかって、変な姑息な計算しちゃうんです。本当に計算通りに100％できたら、これは成功作ができるはずですが、そんな簡単なものじゃないんです。そんな計算だって根拠は何かというと、読者の感性に頼るところが多いものですから、それは難しいんです。だから最後、どうしてもこれが描きたいんだというエネルギーとか、自分がこれを信じているという信念がないと、なんかわからんけれども、ひき込まれるなというものはできないなと思いますね。
だから、最初は何年間も、そうしてグルグル、グルグルです。いまでもそうですが、昔からひどいことを言ってくる読者はいるわけです。匿名で名乗らなければ何でも言えるわけですから、言って来るんです。編集の方は編集部着付で来るんですが。何でも勉強になるだろうからって、右から左で全部寄越してくるわけですね。そうすると、自分でも思っていた下手な部分とか、そういうのでいっぱい来るわけで。デビュー当時結構来ましたね。
16歳というだけで、本の柱に天才少女とかって書くわけです。あとは、週刊誌とかテレビとかで、天才少女現るとかやるわけです。全然天才じゃないのに。そうすると、何が天才だ、おまえなんかとか書いてくるわけです。するとズシーンときちゃうわけですね。だけど、見て、自分も描く気になりましたとか来ると、それはそれですごく嬉しい。褒めるお手紙が100あっても、貶すの一つで同じぐらいズシーンときちゃって、もう何もかもやめたくなっちゃうんですが。
でも、自分も頑張ろうという気になりましたという人がいると、何とかそれで頑張ろうって。いまネット、いろいろ言われるでしょう。みんな気にしないでねって言って。匿名でしか言えない人に人生振り回されたって悔しいからって、ちゃんと言ってくれる人のことだけ聞いていればいいんだからって言うんですが。実際言われると弱いです、みんな辛いですね。いまはかえって、どの分野の人でもそうですが、そうやって自分を保つのに、ものすごいエネルギーがいると思う。本当に大変ですね。
そのころに手紙を出したら返事もらったんですよって秋本治さんに言われて、こっちは全然覚えてないんですが。あとになっていろいろ言ってくださる方、結構いらっしゃるので。そういうのも嬉しいですが。若い人たちには、いろいろあるけれども、そういう人たちだって見たから言ってくるのであって。見たのだなと。そう思って、とにかく何とかやり過ごせと思いますね。
ただ、本当は描きたいものがあったのに、描かないまま終わっちゃうというのは悔しいでしょう。描きたいものがあって、ハッキリあってイメージできていて、そこに向かって行くんだというのだけは忘れないでいてほしいな。だから何か1作でも、少しは誰かに通じたというのが残せたらいいですもんね。

――　編集者の方にいろいろ言われて。でも、自分が描きたいものはあるけれど、むこうはプロだしというので、そこをどう選ぶかって、すごく大変だと思うんですが。当時の編集者のアドバイスで、役に立ったって思うことと。あと逆に、これはちょっと違うんじゃないかと、あとから思うということを、教えていただけますか？

里中　印象的だったのは、当時自分がマイナスイメージとして捉えていた、こんなヒロインだけは描きたくないという。そういうのを言われたときは、来たかと思いましたね。要するに、ここらへんで泣いたほうが読者が感情移入してくれるんだよ。読者はなんとかこの子が幸せになってほしい、かわいそうにと思うからこそ読んでくれるんだよっておっしゃるんです、泣かせなさいと。
1人で立ち上がって、強い主人公じゃなくて、ここらへんでちょっと泣かせたほうがって。泣かせられない？とかって言うと、ああ、とか思いながら、はい、考えますとか言って。嫌だなと思いながら、せめて涙を武器にしてないような泣かせ方にしようとか、そういうことは思いましたね。
具体的なことを言ってくださるといいんですけれども、抽象的な言い方されるとわからないことが多くて。もっと思い切っていいんじゃないって、何をとかね、わかんない。ただ、なんか励まそうとして言ってくださっているのはたしかなんです。たしかなんですが、男の人が考える、こういう女の子がかわいいとか、かわいそうだったら同情してくれるとかというのは、もともと違うなと思っていたので。そういうことを言われると、恐る恐る、でも、それじゃちょっとジメジメしちゃうしとか言いながら、でも、ここで、嫌です、そんなの描きたくありませんとかって言っちゃうと、仕事来なくなっちゃうかもしれないし。すごくずるいんですがね、はい、はい、じゃあ、やり直して来ますと言って、あまりそっちに寄せないようにして、やり直ししたりして。
とにかく編集者って、最初の読者でしょう。その人がいいって言ってくれないと、そのむこうにいる読者に届かないから。何とか、担当編集者が、いいなって言ってくれたら、勇気を出して原稿にとりかかれるんですがね。いい編集者って、嘘でもいいから、煽ててほしいねって、よくみんなで同業者で言っていたんです。いい編集者って、どういう編集者だと思うっていうと、自信を持たせてくれる人って言って。そうだよねって言って。
でも、彼らは使命感から、何かアドバイスをしなくちゃと思いすぎるんですね。よく大人が子どもに、将来こうしなさいとか、あなたはこの道へ行きなさいって、こういうアドバイスをするのが親の役目だと思って、かえって子どもを息苦しくさせている。そういうことはあるんですが、悪気じゃないんですね。そこがかえって厄介なのかもしれないですが。
具体的にすごい印象に残っているのは、吹き出しの形はだらしなくならないほうがいいよというのは、なるほどと、たしかに思いました。言われないと、ずるずるっとした吹き出しを描いていたんです。そうかもしれないって、ほかの人の吹き出しを気をつけて見るようにして。より画の邪魔にならない、一番問題のない吹き出しでいくようにって。具体的にはそれ、すごく覚えていますね。

――　『週刊少女フレンド』で最初から連載。連載は『フレンド』で始められるわけですね？

里中　はい、そうですね。
――　いきなり週刊連載、新人でいきなり週刊連載って、結構ハードルが高いような気がして。たとえば月刊誌でちょっと連載させてみてとか、そういうことはなかったんですかね？

里中　とにかく目の前の仕事で精一杯ですね。私は『少女フレンド』の窓口で応募して、そこでデビューということになったから、とりあえずおつき合いする編集部は『少女フレンド』なんです。そこで言われて、ただ、週刊誌連載というのも、さっき言ったように、すでに刷り込まれていたので、学校へ行きながら週刊誌連載といっても、これはプロなんだからやらなくちゃと思って、そんなに大変だと思わなかったです。
大変なのは、自分の思い通りのものが通せないこと。そのほうが大変でしたね。体力はありましたから。でも、やっぱりそのころから、学校で授業中に結構居眠りしていました。ただ、親に何しているのって言われなくてすむというのは天国でしたね。堂々と描けるというのは。

――　当時は、女性に週刊誌連載なんて無理だって、結構言われてたという話を聞くんですけれども。そういうふうに言われたことはなかった。

里中　ないです。『少女フレンド』でほかにも、すでに先輩として細川智栄子先生とか、細野みち子先生とか、北島洋子先生とかお描きになっていたし。水野先生も『マーガレット』で連載をなさっていたし、皆さん当たり前のように。私の同じ年ぐらいの人が、みんな大学を出たりとか、高校を出たりとかでデビューして。だいたい3年か4年あとにデビューする人が多かったんですが、べつに週刊誌でデビューして、そのまま週刊誌連載というのは、わりと当たり前のように思っていましたから。いつのころからか、週刊誌連載1本で精一杯という声を、あちこちから聞くようになって。なんで、いつの間にこうなったのかなと思って。女の体力じゃ無理だとか、そんなことないです。持久力は女のほうがあるしね。そういうのも、私自身は聞いたことはないし。みんな先輩方も、それはべつに思ってなかったですね。

――　なるほど。むしろあとから言われたんですね、いまのお話だと。

里中　じゃないですかね。いかにもの話ってありますね。私が編集部に出入りするようになって、初めて一緒にご飯食べに行ったのは花村えい子先生と、谷ゆき子先生ですが。お2人とも週刊誌連載ですし。あと、わたなべまさこ先生とか。みんな週刊誌連載なさっていましたから。なんとも思ってなかったですね。

――　『少女フレンド』の当時の執筆者、作家の方の年代とか、男女比率とかって、どういう感じだったんですか？　それはたぶん、里中先生あたりから、どんどん変わっていく感じが、私の中にあるので。

里中　そうですね、私がデビューしたころというか、そのころ『少女フレンド』でも結構男性のマンガ家の方、描いていらして。私が覚えているのは、ちば先生はもちろんですけれども。あと、東浦美津夫先生とか、益子かつみ先生ですね。あと、中島利行先生とか、つのだじろう先生、お描きになっていて。『少女クラブ』で描いていらした先生が、やっぱり多いかなという気がしますね。だから女性と男性と半々、ちょっとだけ男性のほうが多いかなという感じもしますけれども。でも、女性で北島洋子先生とか、谷ゆき子先生とかいらして。
私が上京したころは、楳図かずおさんですね。もっとたくさんいらしたんだけれども。男女比ってあまり気にしてなかったですが、だんだん女性が増えてきたって。私の印象としても、『少女クラブ』で描いてらした女性としては、水野先生と、あとわたなべ先生とか、牧美也子先生は集英社とか、そっちのほうで描いていらしたし、あと光文社とかね、描いてらしたんですが。水野先生と水谷武子先生とか、むれあきこ先生と、上田トシコ先生。
男性では、武内つなよし先生、手塚先生と、あと藤子先生お2人は、『少女』では描いていらっしゃいました。松本零士先生は松本あきらといって、『少女クラブ』でも、『少女』でも描いていらっしゃいましたね。だから、そういう匂いがずっとあって。石ノ森先生ですね。あのへん結構いらしたんですが、『少女クラブ』の別冊付録で、うしろで描いていらしたの。『少女フレンド』になって、私がデビューして、私が描いたころ一緒に載っていた人で男性陣は絶対的にちば先生がいらして。女性陣は、細川智栄子先生と、細野みち子先生と、北島洋子先生と、谷ゆき子先生は『少女フレンド』で描いていらしたと。男の方、もうちょっと描いていらした。
女性も結構もう描いてらしたんですね。でも、それはその前の月刊誌の時代から、結構描いてらしたんです。月刊誌でとても素敵なのを描いてらした水谷武子先生とか、むれあきこ先生とか、そのあたりが週刊誌になって、ちょっとあまりお描きにならなくなったかな。男性は鈴原研一郎さん、あれは『マーガレット』だね。意外と結構いらっしゃって、マンガの本数がだんだん増えてきたというのがあります。
私は、出てきたころは、そうだ、益子かつみ先生が描いていた。『少女フレンド』は。だから、ちょうど人口が多い世代というのもあって、みんな高校を卒業したり、大学出たころに、将来の道ということで、もちろんそれまでに投稿したりとかで、だんだん手応えを感じてはくると思うんですが。それで同年代の人が、3～4年経ったら、ものすごく増えているなという感じでしたね。
最初はすごい子ども扱いされて。編集部も、本当に子ども扱いというか、なので、それをいいことに、そのへんでいつもチラチラ見たりして、先輩方がいらっしゃると、ドキドキしながら見ていたりしましたが。あとネームの打ち合わせとかも編集部でやっていましたからね。

――　やっぱり60年代の終わりぐらい、里中先生がデビューされてから数年経つと、戦後世代のマンガ家さんたちが、どーっと増えてきて。だいぶ雑誌のカラーが変わってくると思うんですよね。そのあたりの変化というのは、どういうふうにお感じになられていましたか？

里中　ただね、同世代の人が上京してきたり、編集部に出入りするようになって、ものすごくホッとしたのは、いろんなことを話せるわけです。まず、ガス抜きをする、お互いに。思ったもの、こんなのを描きたいんだけれども、編集部はわかってくれないとか言うだけで、ちょっと落ち着くものなんですね。それで、お互いに、お互いの作品をよく見てて、あれがカッコよかっただのね、あれがこうだのって。そんなの描きたいんだったら、でも、いまはやっぱり我慢しなきゃいけないかもね、理解できないしね。でも、あっちの編集部だったらイケるかもよとかって、みんなでよその芝生が青くって。それで横のつながりで、ほかの雑誌に描いている人と知り合うと、すごい情報交換するんです。
そういうので、時代が変わってきたというよりも、世代的に、すごい人口比が多くて。一大勢力になっていっちゃう。きっと、どの分野でもそうだと思うんです。いろんな分野で人口が増えていく世代が、現役として入って来ると、そこで何か変わってくるって。前の時代のものを壊すのが正義だみたいなね、なんか共通認識みたいなのがありましたでしょう。ちょうど全共闘世代で、こっち一生懸命仕事しているから、親のすねかじって大学に行ってね、そんなの自分で稼いで行けよとか。それでこそ自立だぜとか思いながら、横目で見ていましたが。
いずれ描きたいものがあるというのは、これは世代を超えて、皆さんあると思うんです。先輩方もきっとおありになったというね。さっきの石ノ森先生じゃないですが、本当はこれが描きたいというのと、プロとしてのせめぎ合いでの妥協なんだけれど、客観的に見るとそのほうが素敵な場合もあるわけですね。だから、人の意見は、とりあえず、一旦は聞いたほうがいいと、感想はね。ただ、それを鵜呑みにするんじゃなくてということですが。
いっぱい出てきて、みんなそうです、どの世代もそうですが。先輩が描いたものと違うものを描こうとするんです。これが日本のオリジナリティのすごさで。どの文化でもそうですが、伝統は重んじながら、絶対に破っていこうとするんですね。それで日本の文化芸術は発展してきたと思うんです。
私ビックリしたのが、中国の人に言わせると、書の世界ってあるでしょう。日本の書道が羨ましいと。ものすごく自由に書いていると。自分の字はこれだって書いていると。私たちは、いまだに、いかにして王義之に近づけるかって。王羲之に近ければ近いほどよしとされるって言うんです。伝統で、絵もそうでね。牡丹の花がここに1輪あると、もう1輪ここにある。これこそが黄金比だみたいなので、それに沿って描くことを求められるって。日本では書道といってね、本当に自分の道を究めていて。若い書道家がどんどん新しい字を、書体を生み出して、自由に書いている。絵か字かわからないって。素敵だって言って。
でも、これを中国でやってもプロとしても認められませんって言って。王羲之をいまだに持ち出すかと思って、ビックリしちゃって。とにかく、王羲之から外れてはいけない。でも、ほかの分野もそういうのってあったりするんですよね。日本ってどんな分野でも、素晴らしいものがあると、だけどそれを乗り越えるために、どこか隙間を見つけて、自分なりのオリジナリティを発揮しようということに、みんな一生懸命になる。みんながそれをやるからどんどん新しい世界が生まれてくるんだと思うんですよね。
だからマンガもそうだと思う。その数が力とは言いませんが、誰かがやっているのって刺激になるんです。おおっ、すごいなって言って。自分も思い切ってやってみようっていうね。そういう刺激になりますから、数が多ければ多いほど、いろんな花が咲くので。いっぱいもっとマンガ界に入ってきてほしいんです。みんなして競い合って、すごいのを見せてほしいと。ああ、素敵だ、私なんて200年なんて思ったんだろうと。こんな短い期間で、こうなったじゃないかと。そうやって満足しながら、死んで行けたらと思うんですが。
そのころになったらというか、もう近いかもしれないですが。続きが読みたいから、まだ生きていたいとか思ったりするかもしれない。だから近年も、やっぱりいくつかの作品で、いまこれが生まれてきたかって思う作品ってあります。やっぱり、『ゴールデンカムイ』もそうですしね。すごい志の高い作品だと思うんですが。アイヌ民族の文化を描くというだけで、出版社が止めた時代がありました。それはやっぱり、わかってもいないものが描くなと。責められるわけです、ものすごく責められるわけです。だから、描けない。
これは赤塚先生がおっしゃっていて。赤塚先生はアイヌの方とすごく親しくしていらして。しょっちゅうそういうことをお話になっていて。アイヌの壮大な叙事詩のような物語をね、俺は考えたんだと。だけど、俺の画じゃダメだからね、画を描いてくれないかって言われて。じゃあ、先生そのもとのを見せてって言って。ただ、大丈夫ですかって。そのころね、描きたくてもアイヌは触らないでって、出版社に言われて。いろいろあったんです、抗議活動とかね。中途半端なことを書かないでくれとか、文化を理解しないで書かないでくれとか、いっぱいあったので。みんなちょっと腰が引けちゃった時期があって。
ただ、赤塚先生はそうやって深くおつき合いなさっていたうえで生まれてきたので、描いていいって言っているからって、おっしゃっていて。ちょっとね、できたら見せてって言っていたら、具合が悪くなられちゃって、倒れられちゃったので。だから、おこがましい、諸先輩のあれですが、先輩、後輩、同輩関わらず、自分ができなかったらこの人にやってほしいとか、ちょっといろいろあるわけです。だけど、そういうふうに見ていて『ゴールデンカムイ』が出てきたときに、本当に大変だったと思うけれども。よくぞ描いたなというのと、なんとイキイキした作品かって、おもしろいしね。ちょっとだんだん『ジャンプ』に偏るといけないんですが、『鬼滅の刃』もものすごい好きで。いいの出てくるなって。あと『チ。-地球の運動について-』。このテーマでマンガになるなんてって。ちょっとそれに近いのはあったんですが、正面からあの屁理屈のこねくり回し、これが快感として読めるというのはすごいと思って。ああ、いい時代だなと、本当に思いますね。まだの方は、ぜひ。

――　そうですね。60年代の終わりぐらいに、やはり新しい世代が入ってきたって。そのときに、ここで潮目が変わったなって思われるような作品とか、作家とかってありますか？

里中　何かしら？　なんか夢中で、おもしろい、おもしろいと思ったり。来週どうなるんだろうと、人の作品はいっぱい読んでいましたね。どっと塊できた感じがします。やっぱり理屈じゃなくて、引き込まれるというのがすごく増えてきて、これは世代的なものなのか、それとも、あの人があれを描くんだったら、自分もこれを描きたいとかということがあるのか。それはわからないんですが、刺激というのはお互いに受け合うものですから、みんながみんなして、何かしらの、なんか奏でていたと思うんですね。どの時代もそうだと思うんです。
だから、知らないうちにという感じですかね。すごいなんて言ってられない、自分も描かなくちゃいけないんだけれども。よそがこれを載せているんだから、私もこれ描いても大丈夫じゃないかなとかね。そういうので、お互いに利用し合うというか、そういうのはありましたが。

――　みんなが撃破していった結果、新しい道が見えてきたという感じですか？

里中　増えてきましたね。テーマの選択肢が増えてきて、200年かかると思ったのが、そんなにかからずになれたというのは、やっぱり数というのは、数いりゃいいってもんじゃないんですが。ここでポイントが、さっき言った伝統はあっても、それと違うものを自分が表現したいというの。それは、すでにいる先輩たちだけではなく、同輩でも、ああ、すごいなと。でも同じのを描いていちゃいけないなというので、自分なりのものを見つけていくというのは、すごく熱心にみんなやって。いまもやっていると思うんですけれども。
ただね、残念なのは、紙の本が勢いがなくなると、どうしようかと思ったのが、若い人たちの、どっち転ぶかわからない作品を、ダメ元で冒険して載せようということができなくなっちゃうと。なんかお行儀のいいのばっかりになっちゃうかなと思って、心配だったんですが。いまウェブ上で、いろいろ冒険している人も増えてきたので。ああ、これはよかったなと思います。
どの時代もどんどん変わっていく。だけど、発展していくというか、広がっていく文化というのは、どんどん広がっていく。映画が、一時ね、ハリウッド流のつくり方のあればっかりになっちゃうんじゃないかとか、すごく心配だったんですが。それは日本が、日本の映画関係者がどんなものを輸入して、何を配給するかによって決まってきていたので。なんかやっぱり、成功体験のあるものに乗っかるとかね、そういうのになっちゃうと、映画もつまんなくなっちゃうなと、ちょっと心配していたら、Netflixとか、やっぱりそういうので、ちょっと独自の大胆なものって、製作者の意識がものすごく強く表れるものが出てきて、やっぱりいいなと。
きっとマンガも、今後もウェブ上でどう発信していくかというか、個人が発信できる時代ですから、いろんなものが出てくる。ただ、ここで心配なのは、若くて著作権についてとか、使用権について何も知らない人が、最初のひどい契約に縛られて、息苦しくなるのが心配なんです。だから、明らかに一方的な契約だなというのは破棄できるように、それはみんなして力にならないと突破できないことですから。若い人たちに単独でそれをやれって言っても無理ですから。年取ったもの、長い間この世界で生きてるものって、やっぱりそれをやらないといけないと思うんです。
ただ、やっぱりなかなかしんどいことです。紙の本だけでも、過去にいろんなことがありました。たまたま私は、その著作権の勉強も一生懸命して、文化庁の著作権の委員会とかにも入っていたから、出版社が持ち出してくるいろんな著作権の、いろんなこと、新しい法律の解釈が変わったりとか、いろんなことでちょっと正面切って、戦うって言ったら大袈裟ですが、やったこともあります。
それで、ちょっと苦しい思いをしたこともいっぱいあります。なんかヤバいなと、私も仕事の場なくすぞとかね。やっぱり、それぐらいのことはありましたが。わかっている仲間が頑張れよと言ってくれたと。やっぱり著作権に関して、やっぱりヤバいなというときに、後押ししてくれたのは、さいとう先生（：さいとうたかを）ですね。やっぱりご自身がああいう集団体制でつくっているということで、あと、既存の出版社と、気を遣いながらいろいろずっとやってこられたということで、著作権に関しては、やっぱりすごく敏感でいらっしゃるので。ただね、一緒に行くぞとは言ってくれなかった。「なんかあったら呼べや」って。

――　なるほど。でも、契約のことというのも、すごく大事だと思うんですけれど。当時、やっぱり女性作家と男性作家で、原稿料の格差があったっておっしゃる先生もいらっしゃるんですね。そのへんはいかがでしょうか？

里中　はい。知らないのをいいことにね、いろいろ編集部は言ってくれていてあれですが。原稿料もそうですし、原稿料のことで、自分から原稿料上げてくれって言ったことないんですが。いつのころからか、出版社が、講談社もいろいろ売れて、少女雑誌も売れてくると、原稿料上げるって言ってくれるわけです。あまり上がってもなと、かえってしんどいんじゃないかと思って、いいですって言うと、一応少女マンガの原稿料はどうしても上がらないと。私が上げないと、あとの人が上げられないよって言われて。はぁと思って、それなら上げてくださいって受けたことはあります。
そのあとしばらくして聞いたら、大してみんな上がってないから、なんだったんだって言って。ああ言われたから、私、うんって言ったんですが。なんか、上がってないみたいなんですけどって言ったら、なかなかやっぱりねって言って。うちはね『少年マガジン』だったら上げやすいんだけどねとかね、なんか言われて。それと印税。出版社、マンガを連載していた出版社が単行本を出すというのは、ちょっと遅れたんですね。私たち少女マンガでいうと、朝日ソノラマとか、若木書房とか、そういうところが初期の連載のを、単行本にさせてくれって言って。講談社は全然する気なかったから、少年マンガもなってなかったですし。
でも、だんだん、単行本にするようになってきた。そのころに、朝日ソノラマも若木書房も単行本印税は6％ぐらいだったんですが。講談社も6％だったんです。少年誌へ行くと、なんかもっと高いらしいと。聞いてみたら、単行本つくるのも初期投資が必要だから、初版何万部までは6％だよと。何万部になったら8％にして、何万部になったら10％あげるからね、売れるように頑張りなさいというわけです。
ああ、そうなんだと思って、かなり長い間、本当に結構長い間、何を描いているころだったかな、『アリエスの乙女たち』。

――　だいぶあとですね。

里中　だいぶあとでしょう？

――　はい。

里中　そのころでも、そう思い込んでいたんです。そのころに、今度『少年マガジン』でも描くようになって。最初は水島先生との合作だったので、それはまあ、べつとして。1人で『少年マガジン』に連載するようになって、単行本になりました。最初から10％の印税契約できたんです。『少年マガジン』編集部に聞きました。「最初6％じゃないんですか？」って言ったら、「何の話ですか？」って言われて。

――　「何の話ですか？」。

里中　そう。

――　じゃあ、さっきの印税刻みは、少女マンガだけの話だったっていうこと。

里中　だけだったらしいです。それで、私はずっと信じていたから、何年も。だから、『少年マガジン』編集部に、だからこういう理由で『少女フレンド』とか『なかよし』からは言われていますって言ったら大笑いされて。そんなって言って、最初初版からもう、ずっと10％ですよって言って。えーって言って。

――　それ何年ぐらいですか？

里中　あまり悔しかったからね、何となく覚えているんですが、1975年ぐらいになっていたかな。だから、いろいろわかったつもりでいても、本当になんか素直なもんです。それ、『少女フレンド』に言いました、『なかよし』にも言いました。『少年マガジン』からこんなことを言われて、同じ講談社なのにって言ったらね、あとで担当者から聞いたんです、大騒ぎでしたよって。だからね、『少年マガジン』なんかに描かせるなって言ったんだっていって、誰かが怒鳴っていましたよって言って。
そしたらね、編集長たちがやって来ました。わかりましたと、10％にしますと、あなただけ。気持ち悪いでしょう。だから、嫌ですって言って。『少年マガジン』の言っていることが、これが常識だとしたら、こちらも常識通りにやってほしいし。ただし、私だけ上げるというのは絶対に嫌ですって、それならお断りしますと。上げるんだったら、みんな一緒に上げてくださいって言いました。そしたらね、仲間から、なんか急に印税が上がったんだけどって言って。そんなことねあまり言いふらすことじゃないしと思っていたんですが。なんか急に上がったよんって。今度は約束守ってくれたんだなと。
――　ということは、75年以降というか、70年代後半ぐらいから、少女マンガの単行本の印税も10％に、だいたいなっていったという。

里中　そうですね。ただ原稿料はね、なかなかですが。ただ原稿料は、各編集部というか、出版社によっていろいろ考え方がありますので、よそとだいたい均すわけですね。AさんならAさんは、どこで描いても同じ値段って。そうすると、会社の規定で原稿料は上限これだけっていうところがあるんです、システム上。そうすると、研究費とか何とか、わからん名目をつけて、合計でそれになるように調整するとか、そういうこともやったりしているところもありましたね。
ただ、いずれにせよ、ある時期から、原稿料というのは製作費で全部消えていっちゃうので、印税がね、収入の主な源という感じになりましたが。いまは、発行部数が少なかったり、いろいろするので、なかなかそれも大変ですが。

――　じゃあ、当時ですけど、かなり他社の先生方とも情報交換されていたということですけど。そうすると、パーセンテージは講談社のそのときから、小学館とか集英社も変わったんですか？　それとも、それまではわからなかった。条件の差みたいなのを……。

里中　わからなかったんですよね、条件の差は。原稿料についても、なかなかやっぱりみんな言いにくいこともあって、うっかり言って、この人と私とすごい差があった場合に、なんか気を悪くしないだろうかとかってあるもんで、なかなか言いづらいものはありますね。だけども、さっき言ったように、原稿料というのはあまり問題じゃなくなってきた時代。単行本がどれだけ売れるかが、いろんなことを決めるようになってくると、だいたいが、どうやら10％で普通らしいと。だんだんみんな、そうなってきたので、10％で落ち着いたんですが。
この10％というのも、いつ誰が決めたのか、よくわからないんです。だってね、昔、夏目漱石が印税早く払ってくれって出版社に催促を出したのを見ると、20％なんですね。手紙があって、早く支払ってくれって言って、ものすごい神経質にね、何部売れてどうこうで、だから20％というか2割で印税が計算してあって。はははぁ、2割だったんだって言って。

――　初めて知りました。

――　でも、たしかに、いままでずっと10％が当たり前だと思っていたので。そうですね、時代によって印税率がそんな劇的に違うとは、すみません、ぼんやりしていて気がつきませんでした。どうもありがとうございます。初期の少女マンガ界における男女格差みたいなのも、少しうかがったんですが。どうですか、あと何か追加があれば。

里中　追加というか、これは編集者が悪いとかじゃないんですが。最初デビューしたときに言われたのは、「頑張ります、一生続けたいって言ってたってね、女の人はね、結婚したらね、ちょっとやめちゃうんだよね」って言って。「いや、私はそんなことありません」って言っても、「いや、みんな最初はそう言うの。言うんだけどね、子どもができたりするとね、大変だしね」って言って。「でも、わたなべまさこ先生なんかお子様いらして、牧美也子先生もいらして、それで頑張ってらっしゃいますから」って。「だから、一部よっぽど頑張る人は頑張るけどね、普通はね、やめちゃうんだよね、だから、こっちがいくら力入れてね、売りたいなと思ってもね、なんか辞めちゃうんだよね」とかって散々言われてね。本当に辞めませんって言ってね。先のことはわからないですからね。だけど、何度か悲しい思いをしたみたいですね、その編集者は。

――　編集者のほうも、育てようと思ったら辞められちゃったという。

里中　辞めちゃって、せっかく期待していたのに辞めちゃってとかっていうことが、何度かあったみたいで。だけど、ちょうど私たちの世代って、変な話ですが、なんか結婚できないと思って育ってきたので。年上の男性がものすごい少ないんです。だからね、これはもうダメだな、半分は一生1人で生きていかないとなって、クラスメイトとそういう話はしていました。
大人になって、みんなと会うと、結構みんな同じ年とか年下と結婚していたから、その手があったのにねって思いましたが。まあ、そういうこともあって、何をして生きるか、端的にいうと食べていくかっていうのは、まず第一で。だから自立しなきゃいけない、自活しなきゃいけない。でも、どうせだったら、自分がやりがいのある仕事。女だからできないでしょうって、女の人には期待してないよって言われ慣れていますから。子どものときから、男の子のほうが、女の子より成績が良くなくちゃいけないみたいなね、かわいそうですよね、男の子もね。
だから、女の子のほうが成績がいいと、べつに女の子はそれで威張るわけじゃないんですけれど。男の子の悔しがり方というのは、プライドの問題なのかなって。大人たちも言いますしね、男の子なんだから頑張らなきゃとか。あと、男は泣いちゃいけないとか、男は言い訳しちゃいけないとか、そんなこと言ったってね、いろいろあるでしょう。だからね、いろんな意味で、男だから、女だからっていうのって、まだ、ありましたね。

――　そこで、ちょっとまた作風の話にさせていただくんですけど。まさに、里中先生はそういう価値観、旧来の価値観というのを覆す恋愛観を持ったマンガを、どんどん描かれたと思うんです。やっぱり自分の中に明確な、いまおっしゃったような、これはいままでのとは違う恋愛の価値観を出そうと思って描かれて。

里中　そこは、すごいハッキリしていました。読者が読んでくれる、読者というのは、私より年齢的に後輩の女の子たち、これが主になるとすると。女の子って本当は強いんだと。頼らなくてもやっていけることいっぱいあるということに、自分で気づかないともったいないというのはありました。
それと、男のせいにしていたら、何も始まらないと。とくに恋愛、恋愛ものって、男女が主で、たまにそうじゃないのもありますが。基本的に男女だとすると、うまくいかないと男性のせいにしたりとか。男性に「幸せにしてね」とかね、何この気持ちの悪いセリフですよね、本当に。そういうのじゃないだろうと。恋愛というのは対等の立場で、お互いに支え合うという。必然性があって、お互いに支え合うものだから、そんな頼り切って幸せにしてもらうなんて言われたって、男も困っちゃうんですよね。
なんか、うまくいかないと男性のせいにしてね、「ひどいわ」とかって言って。そんな暇あるんだったら、頑張って1人で生きろという感じです。女の子は一番大事なのは、自分は本当は強いんだって気づくことで、自分の人生は自分で決断しないとつまんないよということです。だから、恋愛で、そういう恋愛ものを描きたかったんです。子どもにもわかるように描きたかったので、最初は少しずつ潜り込ませながらなんですが。つい大上段に構えちゃって、すごい重苦しくダサくなっちゃうんですよね。
人気出ないと編集部も、なんかちょっと重いからね、コメディ描いてよ、学園コメディ。ううっ、学園コメディと思うんですが。仕事ないと困るから、はいって言って描いて。じゃあ、学園コメディのふりをして、それなりに自分で決めていってる女の子を描いたんですが。コメディのつもりで描いていて、なんか、それですごいウケちゃったりするわけですね。すると困ったなと、学園ラブコメディの作家だと思われたくないというのがあって、嫌だわ、こんなのウケちゃってとか。でも、次の仕事をゲットするには好都合だわと思っていましたが。
何年か経って読み返すと、なんでこんなふうに描けるんだろうと、自分でブツブツ言いながら、おもしろいんです。コメディのつもりで描いて、ちょうどいいのかもしれないというぐらい、重苦しくてダサいのを本当に描いていましたが。ただ、何のために描くのかって、こんな大上段に構えるのがね、そもそもダサいんですが。とにかく読者、世界のどこかで誰か1人でも、自分の作品を読んで、生きていてよかったって思ってほしいし。何かで、生きる刺激になってほしいし、人生捨てたもんじゃないということをね、本当にそれで感じてくれたらね、嬉しいなと思って描いてきましたね。

――　里中先生がデビューされたときって、まだ、少女マンガは恋愛主流じゃなくて、家族もののほうが多かった時代じゃないかと思うんですね。そうすると、最初から恋愛を描きたいというのがあったんでしょうか？　そこで担当編集者と、編集者は恋愛なんて、家族もののほうがウケるよとか、最初のころそういう葛藤はなかったんでしょうか？

里中　いや、初恋ものだったら大丈夫でしたね。

――　初恋なら大丈夫。

里中　ええ、初恋なら大丈夫で。そろそろね、世の中おませになってきて、もう中学生にもなったら、初恋だのどうのという世代ですから。家族ものもありましたし、友情ものもありました。いわゆるサスペンスものみたいなのもありましたが。初恋ものというのは、それなりにありましたね。初恋ってハッキリ言わなくても、『少女クラブ』であったら水野先生のはそうですしね。だから、そういうのに憧れている子は多かったと思います。
だから、手塚先生だって『少女クラブ』でお描きになっていた『火の鳥』だって、あれは基本恋愛もので。ただ、何回か生まれ変わる途中でね、きょうだいに生まれ変わって。読者として、困ったな、きょうだいだったら、恋人同士にならないのかな、このパートはとか思って読んでいましたが。そんなもんで、結構『少女クラブ』には、初恋ものみたいなのもありましたから。でも、家族ものは多かったですね。やっぱり母と娘の関係とか、あとお友だち、それは結構ありましたね。

――　でもやっぱり恋愛を描きたいと、里中先生は思われた。

里中　描きたかったです、はい。ちょうど中学校2年生のときに、ちょうど初恋、私も人並みにね、初恋というか、ああと思うと。この思いって、ものすごいエネルギーがあるんです。それまでに味わったことのない、とにかくその人が自分の世界の中心にいちゃうんですね。本当は自分が中心で見なきゃいけないのに、もう理性も何もなくなっちゃうんですね。なのに、好きって言えないんです。もうね、もどかしい年ごろですよね。
それで、自分の気持ちを何か代弁してくれるものと思って『万葉集』を読んでいるうちにはまっちゃったんですが。とにかく、自分にとって初恋ってすごくやっぱり大きかったんです。根が大袈裟で融通が利かないので、恋なんて一生に一度と思い込んで生きてきたわけですね。それまでに好きになる人は一生に一度。この人好きになっちゃったから、なんとかこの人との将来をね、考えなくちゃいけないし。しかし、好きとも言ってないのに、どうしたらいいのかわからないんですが、妄想ばっかりが膨らんで。
そういうときに、やっぱりね、自分の行動の基準ってやっぱりそれにすごく影響されるなと思って、その人と会えるんだったら、それまで始業ギリギリに行っていた学校にも早く行くようになったりするから。それは私にとってはものすごく大きなことなんですね。だからね、とんでもないことだなと。
その恋する感情によってね、本性って見えるわけです。ものすごく見えます、自分で。だから、なんかちょっとでもほかの子がね、その人いいなって言っていたら、なんかね、べつにやきもち焼いたってしょうがないのに、なんか落ち着かないというか、嫌だなと思いながら、本性ってやっぱりこういう恋愛において、一番出てくるのかなと思って。でも、まだそんなね、ドロドロものは描く気もないし。まだ初恋の感情が、これがどういうものなのか、相手を大切に思いたいってどういうことなのかぐらいで止まっていますが、そこだけでも、グルグル、グルグル回っているわけです。
だけど、絶対に振り向いてくれたらハッピーエンドではないと。そこから始まるわけですから、そこからどうつき合っていくかというので、やっぱり大事なのは自分がどんな人間であって、相手とどのように接していけるかということが、そこが重要ですから。振り向いてくれたわ、わぁ嬉しい、好きです、私もって、これでハッピーエンドって絶対に描きたくなかったんです。だから、ましてや一目惚れなんて、冗談じゃないですね。

――　すみません、ありがとうございます。先生の作品だとですね、『あした輝く』とか、『あすなろ坂』とか。やっぱり女性のモノローグというか、思いだけじゃなくて、男性側の主人公たちのモノローグも結構いっぱいあって。それでお互いの、女性のほうの決意と、男性のほうの決意がもう、わりと交互にどんどん出て、どんどんエスカレートしていくという感じが、よく見れて。ほかの作家の方、あまり私そういうの不勉強かもしれませんが、読んだことが少ないと思うんですけど。わりと先生の場合、男性の視点というか、男性の愛の決意みたいな言葉が多いと思うんですけど。これはやっぱり、女性がこう思っていたら、相手の男性はきっとこう思うだろうとか、そういう感情のやり取りみたいなものを。しかも、相手に言うんじゃなくて、わりと自分の心の中でずっと言っている感じがするんですけど。それはわりと意識して構成なさっているんでしょうか？

里中　ていうかね、男の人にとっても恋愛って本当はすごく大きい意味があると思うんです。ところが、なんか古い時代の価値観で、カッコ悪いから、男たるもの恋に現を抜かすもんじゃないみたいなふりがね、まだまだまかり通っていた時代ですから。ちょっと正直に、素直になって、俺は彼女のために命を懸けるんだって言っちゃうことってね、カッコいいんだよっていうふうに思ってもらいたかったんです。
だから、真剣に誰か女性を、1人の女性を好きになるということが、結局その男性の人生にとって、ものすごく大きな意味があるって。もしかして、読んでくれるかもしれない男の子の読者にとってですね、響くものがあれば嬉しいなと思いました。うまくいったかどうかわからないですが、私は男子校の文化祭で『アリエスの乙女たち』を取り上げるとかっていって、高校生が来たときはすごく嬉しかったです。男の子たちよ、頼むからね、恋愛は大事だよって、胸張って言ってくれと。あとね、結構おじさん方から、『あした輝く』はよかったって言われるのが嬉しかったですね。

――　いま、『アリエス』の話が出ましたけど。『アリエスの乙女たち』で、最初、笑美子と路実が、どっちかというと笑美子のほうが一方的に、路実に憧れて。当時はLGBTという言葉もなかったんですけど。当時、レズビアンって書いてありました。ああいうのもわりと意識的に描かれた感じなんですかね？

里中　あれはべつにあって普通だと思っていましたし。BLはちょっと私にはわからない世界もあるんですが。ホモとかゲイは、よくわかっていて。だいたいちば先生のことを、これだと思って憧れていたぐらいですから。べつにどうって思ってなくて。あと、いろんな小説とかで馴染んでいたし。日本の文化の中では、わりとそこらへん寛容だったんですよね、昔からね。
ところが、キリスト教系社会の中では、なかなか大変みたいで。これは大変だろうなとは思っていたんですが。べつにあって不思議じゃないし、だから女性同士というのも、当然中学生とかのころね、女の子から告白されたこともあって。でも、ごめん、私はちょっとそっちじゃないからという感じであったりしたので。まあ、昔からあるしって。とくに変わったこととは思わなかったんですが。それは、ちょっと表に出しちゃっても味わいとしてはね、おもしろいかなと思いました。

――　それはおもしろいと思いました。

里中　だから結局、自然に描いていて。あと、レディースコミックって言われる前に、女性週刊誌にマンガが載るようになったころに描いたので、ヒロインじゃないんですけど、ヒロインに憧れる女性が好きな少女がいて。正直にぶつかりたいわけですよ。その心理を描いたら、読者の女性同士のご夫婦から編集部に連絡が来て、あの作者は絶対にお仲間だと。会わせてほしいって言って来て。言っていますけど、どうしますかって言うから、会うのはいいけど、べつに私はお仲間じゃないんだけれども。そのかわり、べつにそれが特別なことだとも思ってないからって言って、お幸せにという感じだったんですが。結構本人たちは息苦しい思いをしているんですよね。
世の中もっとね、そりゃあって当たり前じゃん。なきゃ、大昔から、そういう話ってないでしょうって。大昔からありますからね、世の東西を問わずね。だから、あって当たり前だしと思って。だから、意図的にじゃないですけれども、『なかよし』で『ミスターレディ』というのを描いたときに、明るく楽しく描こうと。ああいうのを描いていると楽しいから、だいぶ経って大人もので、『4階のミズ桜子』というのでね、登場人物がやたらね、普通のがいたり、ホモがいたり、ゲイがいたりね、男装趣味みたいなのがいたり、女装趣味がいたりって入り乱れて。最後は、人としてお友だちみたいな感じで信頼し合って、一緒になろうと言いながら、男のほうはずっと男性が好きだったわけですよ。だけど、同志のような気持ちで、べつにできなくはないかという感じで。コメディだから描けるんです。
これね、あまり深刻に描いちゃうと、傷つく人もいるかもしれない。まだね、表現に気をつけなきゃいけないところはあるんですけど。普通にね、当たり前みたいに描けたらいいなと思います。だからね、最初はビックリしたりとかね、いろいろ。BLは、描く人が出てきたときはビックリしました。画面として、これアリかなと。ここはアップにしなくていいんじゃないかなとかね、思っちゃったことがあって。不躾にも、竹宮さんに、『風と木の詩』の1回目を見たときに、ビックリしたって言って。よく、あれ、本当にって言って。
だけど、そのときに、担当がね、小学館のヤマモトさんでしょう。ヤマモトさんって、みんなの憧れの的で。あの人は好きに描かせてくれるらしいって言ってね、みんなして、そういうふうに思っていて。ヤマモトさんとね、いつかねとは言っていたんですけれども。
ただ、画面があまりにもショッキングだと、そっちばっかりに目が行っちゃうという心配もあって。本質から目を、意図的にじゃないですけれども、そらして何か言おうという人も出てくるから。そういうのはやっぱり、ちょっと心配でしたけどね。

――　なるほど。ちょっと、あと『アリエス』絡みでうかがいたかったのは、私はずっとテレビドラマのほうも全部見ていて。やっぱり内容的に、さっき言ったLGBTQ的なところは、ちょっとオミットされたドラマになっていたかなとは思っているんですが。わりと男女だけになっているかなという、印象的にそうなっただけなのか。そのへんは、先生とご相談はとくになかったんですか？

里中　私ね、実写化とかアニメ化についても、べつの人がつくると絶対違ったものになるから、最初から一切何も申しませんって。もう別物だと思っているから、好きにやってくださいって言っちゃっているんです。だから、それはそれ。私が描いたものは私のものだけれども、多くの人が関わると当然いろいろ出てきますよね。そのときに、ちょっと気にすると全部気になっちゃうので、もう一切何も申しませんって言っているんです。ただ、これは作品にもよるし、人にもよると思うんですよ。
いま、いろいろね、問題になっていますけれども。最初に、ここは変えないでほしいとか、ここはこの通りにしてほしい、変えるときは必ず相談してほしいという取り決めがあったのなら、それはそうすべきだし。私、過去何本かあっても、一切言いませんって言い切っちゃっているから、もう何も言わないで、ただべつのものとして見ていますけれども。本当にこれ、人によります。ただ、約束事があるんだったら、やっぱりそれは守っていただきたいなと。
作者はいろんな思いで書いていますし、作品によっても違うと思うんですよね。だから、ひとくちには言えないです。原作つきの場合、こうすべきだとか言えないですけど。後悔しないように、自分の意思はハッキリ示しておいたほうがいい。それが守られなかった場合は物申していいと思いますし。やっぱり尊重してはいただきたいですけれども、二次創作に関わる方も、それなりの思いがあったりして。だから、そちらの思いも尊重しなければいけないし。これはだから、ひとくちでは言えないです。
私はときどき、ごくたまにですが、基本的に原作のついているものはやらないんですが。たまに、原作のあるのをやるんですね。そんなにはやらないです。原作者がお好きにどうぞって言ってくれなきゃ、怖くてできないです。とっくにお亡くなりになっている原作者がいる場合、ハッキリ原作があるのは『赤と黒』とか描いたんですけれども。どう読んでも、私は作者の意図が本当のところどうなのかわからない部分もあるんですよね、当時の社会情勢からして、言い訳として、描かなきゃいけなかったこともいっぱいあるんだと思うんですけれども。
だから、何も言われないだろうから、私なりの解釈では描いたんですけれども。いいのかなと、もし生きていたら、ここ嫌だよって言うかもしれないなって、どこかで気を遣いながら描くんですね。だから、そういうのがあるから、原作ものというか、あまりやらない。ていうか、原作を描いているほうが楽しいです。

――　当時のアシスタントさんの状況ってどうだったんでしょうか？　里中先生、ずいぶんあとまで、ものすごい仕事量なのに1人で描かれていたようにも思え。アシスタントさんって、少女マンガ界ではまだ、一般的ではなかったんでしょうか？

里中　そうですね。ほとんど聞かなかったですね。だから、同じ雑誌に描いていて、ちばてつや先生はアシスタントさんいらっしゃるというのは、『少年マガジン』と『少女フレンド』と2本描いてらっしゃったので、だいたい男の方はわかるんです。あと、益子かつみ先生ね、本当に大ベテランなんですが、かわいがっていただいて、お仕事場にもお邪魔したことがあって、お弟子さんという形でお1人いらっしゃいました。
ただ女性の場合は、私が知る限り、ベテランでいらっしゃる、同じ本に描いてらっしゃる細川智栄子先生も、妹さんがお手伝いなさっていましたけれども。あと、ほかは皆さん、ほとんど1人で描いてらしたんですね。だから私も、そんなもんだと思っていますから。デビューしてすぐごあいさつに行った水野英子先生、『マーガレット』で『白いトロイカ』を描いてらして、アシスタントとして西谷祥子先生が入ってらして、わぁーと思いましたけれども。とにかく、週刊誌連載1本ぐらいだったら、1人でやっちゃうという時代でした、当たり前のように。

――　すごいですね。

里中　いや、そのあとね、スクリーントーン使ったりとかするようになって、人手がどんどん要るようになってきたかなという感じですけれども。昔はとにかく1人でやっていて。だから私自身も、上京しても、週刊誌連載やっていても、ずっと1人でやっていて。週刊誌連載にプラス月刊誌が入っても、何とかやっていたんですよ。
だけど、月刊誌2本ぐらいになっちゃうと、もうダメで。初めてアシスタントの人に来てもらったのも、定期で来てもらうわけじゃなくて、いまだけピンチだからどうしようって言ったら、編集の人が、じゃあ原稿を持ち込んできている子でね、できそうな子がいるからって言って、3日間か4日間来てもらって。だから19歳のときですかね。それが牧野和子さんだったんですよ。
全然私より上手いし、だから1回そうやって手伝いに来てもらって、とても上品な方で。画が上手いし、本当におとなしくて。牧野圭一さんの妹さんだったんですけれども。まさか不良のマンガを描くとは思わなかった。不良のマンガって言い方おかしいですけど、『ハイティーン・ブギ』ね。だから、牧野さんに手伝ってもらって、助かった、ありがとうって。それから定期連載が週刊誌、月刊誌2本、完全に連載になって。その他、読み切りとかも入るようになってきたら、これはもうダメだわと思って、牧野さんに「誰か知らない？」って言ったら、お友だちでマンガ家志望の子がいるからって言って、定期で、ちゃんと専属でアシスタントに来てもらったのが、もう20歳すぎてからですね。
ほかの人も、じゃあ専属でアシスタントがいるかというと、みんな不定期に来てもらう。だから、あの人のところも行く、この人のところも行くというアシスタントさんがいたりして。そうすると、紹介し合ったりするわけですよね。
私はどんどん仕事が増えちゃったから、定着していただかないと、もうちょっと予定が立たないので、それで22～3歳から4人ぐらい入れるようになりまして、それは完全に定期というよりも雇用ですね、アシスタントとして。その人たちにどんどんデビューしてもらわないと、なんかこっちが、何も与えてないみたいでね、嫌だから、どんどんデビューしてって言って。
入ったら、だいたい1年か1年半でデビューするというのが、普通で。何人目かまではそういったんですよ。だから、それは出版社関係なく、だから結構集英社に行った人もいます。ちゃんと描いている人も結構いたんですけれども。ある時期から、いつのころからかしら、アシスタントの人たちが、アシスタントでずっといるほうが、生活も安定するしとか言っちゃったり。
あとね、結構うち、みんなどんどん結婚していったんですよ。結婚しても仕事をしたりとか、子どもができても仕事をしたりという人もいたんですけれども。子育てに専念するとかで辞めちゃう人もいたり。ただ本当にある時期から、デビューもしないわ、結婚もしないわって言って、楽しく長年、すごく気心知れて一緒にいるから、このまんま、ともに人生を送ってというのに突入しちゃっていますけどね。マネージャーも何十年いるんだか。
だけど、周りを見ていると、女性の場合やっぱり、そうやって置いている人って意外と少なくて。締め切りのときだけ来てというので、腕のいい人は早めに押さえないと、とかいろいろあって。それはそれで大変だなとは思いますけれども。いろんなところに行くと、なんかちょっと羨ましいなという気もして。私も行ってみたいけれども、私とてもアシスタントできない、物差しで線を引くのが苦手っていうね。本当にね、できないですけれども。
だから、いろいろですね。概ね、男性方は結構、ここ専属という感じでアシスタントを置いている方が多いですけれど。女性はかなりになっても、仕事のあるときだけ来てねという人が結構多いかもしれないですね。

――　　なるほど。最初はもう本当に1人が基本で、融通し合うようになるというのがいつごろなんですか？

里中　いつごろなんですかね。だから、みんなが……、みんながって、このなんて漠然とした言い方。同じ雑誌に描いていると、だいたい締め切りは一緒でしょう。忙しい時期って一緒なんですよ。そうすると、忙しい時期だけ来てもらいたいって言っても、アシスタントをする人にとっては、じゃあ、すぐデビューできればいいんですれど。生活の安定もってなってくると、締切日が違う人のところに紹介するということが、今後もアシスタントを続けてくれるということになるからかな。事情は人いろいろですけれども。いつごろなんでしょうね、気がついたらそうなってたという感じですけれども。
そうやって毎週、あるいは毎月確保するのが、これがね、一大エネルギーがいるのよというのを、いろいろ聞くようになったのは、自分が25歳すぎてからですね。算数すると、ちょっと待ってくださいね。

――　73年とかですかね。

里中　ぐらいからかな？　そのあと、75年、6年ぐらいになってくると、もう、だんだんそれで当たり前みたいになっちゃったのかな。自分が30ぐらいだと……、70年代の終わりぐらいですかね。予定を立てて、何日から何日間来てって言って。そこで下書きがあがってないと、あとがつかえるわけですよ。だから、それはそれで大変だなと。ただ、ちゃんと専属で来てもらうには、それなりに経済的な基盤も必要ですから、なかなか大変ですよね。

――　なるほど。でも、かなりアシスタント状況も、女性作家というか、少女マンガ家のシステムは、男性の場合とだいぶ違うということがわかりました。

里中　でも、本当に人によっていろいろです。だから、定期でずっとやってらっしゃる人もいて。そういうところに行っていて、そこの先生が、もう仕事をあまりしないからって言って、こっちへ来た人もいたりとか、いろいろですから。ただ、結構みんな横のつながりはあるなという感じですね。

――　続いて、ちょっとレディースコミックの創刊あたりについて、おうかがいしたいんですけれども。なんか、一度私は少女マンガを卒業した大人の読者が読む雑誌が必要だというのを、里中先生がおっしゃってというのを、聞いたことがあるんですけれども。それがきっかけで創刊されたかどうかはともかくとして、そういうことをおっしゃった、あるいは、思っていらしたということはあるんでしょうか？

里中　ていうか、現実が、たとえば少女雑誌に描いていて、大昔は小学生向けでしたよね。それがだんだん中学生も読むようになって、そのうちハイティーン向けの雑誌『セブンティーン』とかいろいろ出てくるようになりましたよね。ちょっと『マーガレット』とか『少女フレンド』には大人っぽいかなというのが、ちょっと『セブンティーン』とかね、そういうのが出てきて。結構、ほかの、それまでマンガ雑誌出してなかったところ、主婦と生活社とかなんかも、『ティーンルック』でしたっけ、出すようになったりとか。
ただ、『りぼん』で結構過激な恋愛もの、一条（：ゆかり）さんなんかは描いていて。『りぼん』は小学生向けじゃないのかと思って焦ったことがあるんですけれども。ただ、女の子って人生において、ものすごく段階を踏むんですね。これ、よく言うんですけど、男の子の人生って小学3年生ぐらいで、だいたいね、ストップしているんですよ。これ、いい意味で。
なんで、そう思ったかというと、私、仕事たくさんしちゃって、まだレディースコミック誌ができる前ですけれども。読者が育っていくと、それでも読みたいということで、女性週刊誌に描くようになって。女性週刊誌といっても、女性しか読まないんじゃ嫌だからって、青年誌で『ビッグコミック』とかも描くようになって、もうヘトヘトになっていたときに。小学生向けで『なかよし』、中学生向けで『少女フレンド』、高校生向けで『別冊少女フレンド』とか、あと『mimi』って出てきて。大人の人向けに『ヤングレディ』で描いていて。大人の男性向けに『ビッグコミック』で描いて、ヘトヘトで。もう2日おきぐらいに2時間ぐらい、ちょっとだけ仮眠するんですね。
でもね、本は読んでいたから、いつ読んでいたんだろう？　まあ、いいんですけれども。寝るというときに、布団で寝ると寝すぎちゃうから、だいたい床でね、新聞紙かぶって、そしたらからだ痛いってすぐ目が覚めるし。5分だけとかというんですけど、寝る前にせめて数ページでもって、ずるずるって、そこらへんにある本、たまたま『少年マガジン』だったんです。ちば先生はいいな、『少年マガジン』1誌描いていたら、30代まで読んでくれるんだもんとか思って、ハッと急に気になって、雑誌の巻末に、今週号で「どのマンガのどの場面が一番おもしろかったですか？」ってアンケートがあるんです。それに答えると、なかなかいろいろね、賞品がある。
気になって、気になって、『少年マガジン』編集部に、「あのアンケートなんですけれども、年代別の傾向ってありますか？」って聞いたら、傾向ありませんって。「小学生でも大学生でも大人でも、みんなが喜ぶ場面ってだいたい一緒です」って言うのね。だから1位を獲るのは年代とか関係ない。どの年代も1位を獲る。「どんなシーンなんですか？」って言ったら、「戦いに勝ったシーンです」って言うのね。ああ、男の子はいいな、シンプルでと。
女の子は年代ごとにね、いろんな夢があって、現実にそれを手に入れるためのノウハウとか、すごく気にするんですよ。小学校のときは親子関係、お母さんとの関係、友情だったり、初恋だったり。そのあとは初恋が実ったというかね、これからどうするかって。大人になったらね、結婚とか不倫とかね、何とかいろいろね、離婚できるかどうかとか、いろんなことが出てくる。
男の子はそうか、戦いに勝つシーンが一番嬉しいんだ、3年生も30代も。なんて素敵なんだろうって、男の人ってシンプルでね。だから男はロマンティストだって言われるのねと。女は現実的で、だから人類が女ばっかりだったら、ものすごく味気ないかもしれない。男の人はやっぱりね、計算抜きのロマンティストでいていただかないと。
思ったのが、女の子にとって、女性にとって、年代別に雑誌があるのは、もうしょうがないんだと。作品も、ものすごく年代別にあってもいいんだと。中性的な作品もありますけれども、それはそれとして、舞台として、発表の場として、そんなにいろいろ年代ごとにあるというのは、これはもう女性の生理的なものなんだろうと思って。そうなると、女性週刊誌には描いていますが、マンガが中心じゃないわけですよ。
だって女性週刊誌でマンガも入れてって頼みに来たときに、編集長がわざわざね、「うちね、マンガなんか入れたくないんですよ」って言って、「マンガなしでも、うちはやっていけるんですよ。だけどね、マンガ入れろってね、局長がうるさいから入れるんですよ」って言うから、「まあ、すみませんね」って言って、いまにみてろ、そっちから手をついてね、頼むようにしてやるとか内心は思ってね。「すみませんね、じゃあ試しに、ぜひ」とか言って描いたら人気出ちゃうわけですよね。
そろそろいいかなと思ったら、また頼みに来て。「すみませんでした、マンガないとダメみたいで」って、「はーい」って言って、また描いて。そんなこんなやっているうちに、男性で青年誌があるんだから、女性のだってあったっていいじゃないかと。ニーズは絶対あるはずだと。ただジャンルとしてね、レディースコミックって名前がつくとは思ってなくて。しかも、イコール、ちょっとエロティックになるとは思ってなかったんですけれども。当然ね、エロティックなのあったっていいんですよ。男性誌にだってあるんだから。女性はそういうものと無縁だって思っちゃうのも、これもね、なんだか不公平だし。それはそれでテーマとしてあってもいいんですけど。なんかやたらレディコミっていうとね、なんかエロティックなほうにばっかりね、スポットライトが当たっちゃった時期もありますけれども。
でも、作者が本当に描きたくて描いているならいいんですけれども。エロティックじゃないと載せられないよって言われて描いているケースがあるとしたら、それはちょっと嫌だなと思っていましたね。そうするとレディース誌というのは廃れちゃうだろうと。エロ路線ばっかり行っていちゃね、やっぱりそれだけ読みたい人がいるという前提っておかしいから。だから女性向けの、いわゆる男性の青年誌みたいなものがあってもいいのになと思っていましたが、これといって出ないまま、いつの間にか少女誌の一部がそんな感じになったり。
かといって、青年誌ほどのバラエティはなくてとかってなる。そのうち見ていると、読者も青年誌を読んでいるし、女性読者も。描き手のほうも当たり前のように、もう青年誌で描いているから、これで昔、200年後にはこうなるだろうと思った、作者によって、作品によって読まれるという、そういう時代がいよいよ来ているかなと思いますね。
だからレディースコミックはね、いくら売れるからといって、ちょっとエロを強調しすぎた面がちょっと残念ですね。エロもあっていいんですよ、だけどね、それならそれで、そういう性格の雑誌ですよ、うちはっていうのと。そうじゃない、大人の女性向けのとかが、ちゃんと両立できればよかったんですけれどね。なんか一気にね、レディコミ、イコール、エロになっちゃったから。

――　そうですね。でも、レディコミ、イコール、エロになったときには、すでにもう大手のレディース誌では、エロはあまり載せなくなっていて。それこそ「少女マンガも大人になる」というキャッチコピーのヤングレディース誌とかが出てきて。それこそ、男性のほうで『ヤングマガジン』とかがあとから、『ビッグコミック』とかとの間を埋めるので出てくるようなことが起こったと思うんですけれど。
でも、やっぱり恋愛が、やっぱり性も含めて描けるようになったというのは大きかったんじゃないかと思うんですね。なのでレディースコミックができたことで、里中先生がお描きになる恋愛というのも、やっぱり変わってきましたでしょうか？

里中　ていうか、少女誌で描けなかったようなものが描けるなというのがあって。私はだから、『ヤングレディ』描いていたけど、『ヤングレディ』が女性週刊誌としては、これ潰しちゃうということで『BE・LOVE』に移って。『BE・LOVE』が創刊されて、これはまあ普通の、いろんなテーマありのレディース向けだったんですけれども。少女誌でやっぱり不倫とか離婚とかというと、ちょっとねって。ハイティーンのでも、ちょっと早いかなという。だけど、結婚してそのあと、いろいろあるというような世界って、やっぱりレディースのほうが描きやすいかなと思いました。
ただ、大人の世界、職業を持っている大人の世界を描くということで、やっぱり『少女フレンド』とか『mimi』とは違う『BE・LOVE』で最初やったのが、スチュワーデスもの、というと、ジャンル分けすると変なんですが。そのあと『愛人たち』とかね、不倫も結構。それはそれで、その年代にとってすごく重要な問題ですから。ただ、性的なこともね、やっぱり無視はできないので、やっぱりそっちの雰囲気がわりと強いようなものも描いたりもしましたけれども。まあ、いろいろあっていいんじゃないかなと思うんですけれどね。
いま、もうね、ちょっとときどきわからなくなって、これ少女雑誌だっけ、レディースだっけって、わからなくなっちゃって。だから青年誌のほうが読みやすいというのはありますね、いまね。

――　なるほど。なんていうんでしょう、『愛人たち』とかも、結構愛読していたんですけれども。たとえば『あすなろ坂』とか、『あした輝く』とかというと、真っ直ぐした恋愛が、それこそ少女誌だけに描けるじゃないですか。でも、不倫とか離婚とか、そういうちょっと大人の複雑な問題みたいなことを描くと、たとえば里中先生が、私はこう考える、こう選んで生きていくというのを伝えるというのだと、逆にちょっとやりにくいところがありそうな気もするんですけれども。そういう不倫とか離婚とか、そこらへんの問題を扱うときに、心掛けていらしたこと。少女マンガに描くときとべつに、心掛けていらしたことってありますか？

里中　べつには、あまりないですね。基本一緒で、自分で選んだ道ということで、覚悟して生きていく、相手のせいにしないということは一緒なんですよね。ただ、愛情表現が大人と思春期とでは、やっぱりちょっと違うので。大人になっても、ものすごい老人はたまにしか描いたことがないので、……なんですけれども。実は老人の愛と性というのもアリなので。やっぱりコメディだと、すごく描きやすいので、青年誌でね『鶴亀ワルツ』というので、いい年して、年老いて、もうお迎えが近いってなってから再婚する2人が、なかなかやっぱりその年なりの悩みというのは、相手に打ち明けづらいというようなこととかもあるんじゃないかなというのはありましたけど。
あと、男の人のプライドとかね、最後までプライドで、最後戦うものが何もなくなると、どっちが長生きするかで、勝った負けたになっちゃうみたいなね。だからね、ある意味コメディってすごくね、描きやすいですね、楽しく描けますね。ただ、いろいろと、どんなジャンルでもそうなんですけど、その作者の癖ってあると思うんですよ。だから、言われたように主人公が自分で決断しないで、流されるだけの人生ってどうなんだろうって興味はあるんですけれども。そうしようと思っても、つくっているうちに自分で決断しちゃったりするんですよね。
だから、よく言われたのが、いっぱい描いてきたけれども、いつもヒロインが決断して歩いていくから、男がね、情けなくなっちゃうと。いい男だなというのが、本当に出てこないって言われて、本当にそうだなって。いつも女がね、サッサと歩いて行っちゃって。だから、ものすごいたくさん作品は描いたんですけど、この人ならいいなって思える男の人って、片手でも余っちゃうな。

――　5人って、なんかどこか書かれていましたよね。

里中　なんかね、『あした輝く』の夫、『あすなろ坂』に出てくる初恋の相手と結婚する夫。『天上の虹』に出てくる高市皇子って、これ実在の人物なのでね、実際どんな方だかわからないんですけれども。本当に遺された詩とお仕事の内容で想像するしかないんですけれども、この人は好きですね。あと1人がうろうろするんですよ。これもいいかなって言って。
本当に自分が惚れるような男を描いてみたいもんだなと思うんですけれども。「そんなのほっといて、1人で生きていくわ」のほうが、性に合っているんですかね、やっぱりね。その人の、本当にその人らしさというのはね、いろんなところにちょこちょこと出るんですよ。ほかの人のを見ていてもね。だから、結局作品ってその人だなと思うから、怖いような、おもしろいような。でも、目の焦点が合わないと、次何も描けないから。

――　続きまして、ちょっと古典を題材にした作品について、ちょっとうかがいたいんですが。本当に小さいころから『万葉集』がお好きだというお話はうかがったんですけれども。長じて、わりと歴史を題材にした作品をお描きになって。『天上の虹』もそうですけれども。だんだんそういうふうな、シフトしていったというか、たとえば持統天皇を描きたいと思ったきっかけですとか。あるいは、そろそろこういうのを描けるんじゃないかと思うきっかけがあったとか。そういうタイミングというのはあったんでしょうかね？

里中　思春期のころから、わりと歴史は興味があって。最初言ったように、女はこのとき何をしていたんだろうかって。なんでもね、男が悪いって決めつけちゃって、戦争するのは男だと、男に任せておいたらろくなことにならないって言うんですけど。どの時代も、どの国も、半数は女性なんですよ。じゃあ、女性は何をしていたんだと。女性には権利なかったって言われるけれども、その権利はやっぱり勝ち取ろうとはしなかったのかと。ただ政治と軍事って考えると、そもそも人類がなんで軍事力を持ったかというと、おそらく縄張り争い、土地争い、水争い。そこで農業に手をつけてから、やっぱり人口が増えてくると、栄養状態が良くなると人口が増えますよね。そうすると縄張りで、縄張りの中でも水争い。
そうすると、やっぱり自分たちを守るために、相手と戦わなきゃいけなくなる。そのときに何が必要かというと、男の筋肉ですよ。戦うのはやっぱり筋肉ですから。狩りをしに行くのも男だし。でも農耕だと、そんな筋肉は必要ないんですけれども。やっぱり争いで、我らを守るために戦わなきゃいけない。だから、そういう軍事に結びつくような男の筋肉の力が、男性が前面に立つという仕組みをつくってきたと思うんですね。
大昔は、軍事イコール政治だったもんですから、男性がずっと歴史の中で主導権を握ってきたのは、結局、持っている筋肉の力の名残りで。だから現代の戦争って、筋肉じゃないでしょう。だから、本来でしたら、男も女も関係ないんですけれども、男の子はどうしたって敵に勝つシーンが大好きだって言うぐらいだから、それは長年、もう遺伝子に組み込まれた闘争本能、それがないと仲間を守れなかったからかもしれないと。そういうふうに考えると、女も本来もっと違う生き方もできたはずだし、これからはできるはずだと思って読んで、そういうことを気づかせてくれる、そういう時代とかすごい好きなんです。
あと、画にするから、自分が描いていて気持ちのいい衣装の時代ってあるんですよ。ものすごくこれ大事で。私、からだにまとわりつく、風になびくような服装のほうが描いていて気持ちがいいので。カチッとした鎧に固められているよりも、ふにゃふにゃしたのが好きで。なんだかんだっていうと、海外、外国で好きな時代は古代エジプトとか、古代ギリシャとか、そっちになっちゃうわけですね。
日本で好きな時代はっていうと、やっぱり『万葉集』から入ったもんですから、飛鳥奈良時代と、あと、ちょっとしたことでどう変わったかわからない幕末とかね、そういうの好きなんですよね。だから、そうやって本を読んでいて、中学生のころからですね、マンガ家になりたいなと思ったとき、いつか『万葉集』に関わるストーリーを描きたいなと。それと、いろいろ物語を読んでいて、物語の原点って各民族の神話、伝説、ここに価値観とか出るから、何が美しいか、何が素晴らしいか、何が強いということかというのは、神話、伝説に、ものすごく表れるんですよね。
だから、『ギリシャ神話』とか『古事記』とか、『旧約聖書』とか、やっぱりそういうのってすごい興味ありました。いつか描きたいなと。だけど、ずっと、まだまだ勉強不足だしとか、そのうち、そのうちと思っていたんですよ。でも、そのうち、そのうちと思っていると、30近くなってから病気するようになって。病気するたびに、これはまずいって言って仕事を減らして、睡眠時間を確保するようにして。だんだん、ヤバいなと。そのうちって言っていると、本当に時間がなくなるかもしれないと思って、そろそろちゃんと描こうかなって。それまでも、チラッ、チラッと描いていたんですけれども。

――　ギリシャものとかね、描いてらっしゃいましたよね。

里中　はい、描いていましたけれども。でもやっぱり、短いものだったりね、読み切りだったりするので、本格的に描きたいなと。だから、とりあえず描きたいと思ったのは『万葉集』ですが、ちょっとボチボチ描いて、少女雑誌だしな、少女雑誌ちょっと試しに描いてみてと思ったんですけれど。誰に主人公にしようかなというときに、やっぱりどうしてもね、まだ誰も主人公に描いてない人って惹かれるんですよ。その人が不当に扱われていると思うと、やっぱり余計にね、そう思っちゃって、持統天皇を主人公に描きたいなと思ったんですが。最初の3回ぐらいは、完全に少女マンガのつもりで描いていたんですよ。
ところが、来るお手紙の様子が変わってきまして。調べている方がね、いろいろと、お年を召した方、50代、60代とかという方からお手紙がくるようになって。ああ、こりゃいかん、もういいや開き直って、ちょっと真剣に……それまで真剣じゃないみたいですけど、ちょっと少女マンガということを、あまり気にしないで描いちゃおうかなと思って、途中から方向転換したんですけれども。
あとは、『ギリシャ神話』をね、やっぱりどうしても描きたいと思ったのは、欧米化だとか国際化だとか言ってね、一番バカバカしいのは英語が話せたら国際人というね、あの一番バカバカしい解釈があるでしょう。それもあるんですけれども、西洋人の基本的な美意識とか、そういうのって根本『ギリシャ神話』というか、あのころのお話にあると思うんですよね。だから、それを知らないと国際社会では、おつき合いしにくいんじゃないかなって。
理不尽な話がいっぱいなんですけれども、それを最初、中学生のころ読んだときに、私、『ギリシャ神話』という本で読んだもんですから、『ギリシャ神話』というのがあると思っていたんです。いざ描こうと思って、あんな困ったことはない。『ギリシャ神話』ってしょうがないから、みんなまとめてあるけれど。元は何かというと、昔のお芝居の脚本と詩ですね。それを寄せ集めて、時系列に組み立てられないんですよ。だって、ある物語では、とっくにヘラクレス死んでいるのに、こっちの物語では活躍していると。まだ人間として活躍していると、ぐっちゃぐちゃ。だから、えらいことをしてしまったと思って、『ギリシャ神話』を描けばいいと思ったんだが、まず全部バラバラになっているのを、自分なりの時系列に組み立てるというの。でも、おもしろかったですけどね、それをやって。
結局、どの民族も、わけわかんないから、最初はカオスなんですよ。もう、このあたりの共通点はおもしろいですね。わからないことは、もう、そうしてしまえというね。そうしないと前へ進めないからという人類の癖があるんでしょうけれども。そうすると今度『古事記』ね。ちっちゃいころ馴染んで、私の思春期のころの感想。『古事記』はどうしてこんな排泄物の描写が多いんだろうかと思って、それがね、何かしらって言って。私たちの民族って、こんなに排泄物を気にするのかって。いちいち出てくるんですよ。もしかしたら農耕と関わっているのかもしれないですけどね。だけど、やっぱり一応知っといたほうがいいというのと、本当に理不尽な話が多いんですよ。
でも、こういう理不尽もまかり通るのだと言って諦めて、先祖たちは生きてきたのか。でも、やがて報いがくると思ったのかというか。仏教的感謝がまだないですから。どうもまかり通る、仕方ないのだ、これが世の中だ、……のほうに近いような気がするんです。
『ギリシャ神話』は悲惨な人生で、苦労して、やっとのことで生き延びてきたのに、どんな英雄でも最後、ものすごくね、ひどい死に方をしているんですよ。なんと希望のない、根暗な人たちだと思いましたけれども。まあ、そういうのでいろいろと若いときから、あれもちょっと描きたい、これも描きたいというのは結構あったんですけれども。描いておかないと、もう先がないと。いまも描いておかないと、もうないよ、時間がと思っているんですが。目の焦点が合ったら描きます。
だから古典って言っても、『ギリシャ神話』は時系列がない話ですから。ただ自分がワクワクしたものは、みんなにも伝えたいなというのがありますのでね。だから、まだあと、いくつかあるんですよ。

――　あっ、ネタが、描きたいものが。

里中　若いときからね。思春期に描きたいなと思ったものが。ただ、何もネタがないわっていってね、それで行くのも寂しいですから。こうやって、いっぱいあるうちがいいのかなと思いますけれども。

――　たとえば『天上の虹』みたいな、もちろん史実はいくつもあるけれども。あまりストーリー的に、皆さんが良く知らないというか。先生の創作の立ち入る隙間がいっぱいあるというか。そういうときの、つくるときのポイントというのは、何かコツみたいなものってありますでしょうか？

里中　一応ね、人の人生ってそれなりに辻褄が合っている、その人らしさってあると思うんですよ。だから一生懸命探るのは、遺された詩から、その人らしさを探る。その人は何を一番大切に思っていたか。もちろん代作というのもありますよね、身分の高い方は広報官みたいな人がね、詩をつくって、たとえば斉明天皇に対して額田王みたいにね。斉明天皇作ってなっているけれども、実は額田王がつくったみたいな、それ、あると思うんです。
ただ、本人が、私こういうことを言いたいのということに沿ってつくるわけですよ、言葉を巧みに使える人が。だから、言いたいことはそこに誰々が詠んだ詩といわれている、その人の言いたいことからそう外れてないはずです。じゃあ何を気にして、何にこだわっていたのかなというのは、詩から読み取れるという、作品が遺っているというのはすごくありがたいですね。
だから持統天皇は、世間ですごく悪く言われて、本当にどうしようもない教育ママで、父の七光り、夫の七光りで権力の座に就いた人でね、どうしようもないとか言われていたんですが。遺された詩を詠むと、構成力がしっかりしていて、非常に理性的な人だと思うんですよ。だから、この言われ方は違うんじゃないかなというあたりで、ちょっとでも人の見方、どなたも皆さん一生懸命生きていたはずなんですよ。だから、そういうのがね、ちょっと見方が変わると嬉しいなと。
あと、『万葉集』とかね、嫌厭する人も多いですけれども。日本人が日本語として声に出して読めば、その世界がある程度理解できる、100％とは言わないまでも。これってものすごいですよ。こんな国ないですよ、ありがたい。あと、天皇もホームレスの人も政治犯も、みんな同じ条件といいますか、詩が良ければ『万葉集』に取り入れるということで、すごい民主主義的で。日本人のいい意味でのいい加減さがあって。それがね、1000年以上も残ってきたって素晴らしいですよね。私なんとかね、『万葉集』を世界遺産にって言ってね、思うんですよ。本当に素晴らしい。民主主義という言葉がね、そんな世界の基準となる前から、もう本当に男性、女性、関係なく、男の人がね、恋に泣く詩もあれば。女が勇気を出せという詩もあるし。
しかも、言ったように身分に関係なく詩のテーマ別に並べられているだけで。こんな発想ってすごいですよ。世界にもっとね、胸張って誇ってもいいと思うんですよね。だって、古代ギリシャの民主主義って言ったって、投票権のある人って正式市民の成人男子だけですよ。だからね、もちろん投票できるというシステムは素晴らしいんですけれども。女性も男性もね、隔たりがないというのは『万葉集』のほうが、勝った負けたじゃないけど、勝ったなと思いますね。だからもっとね、もっと本当に、大々的に日本人が誇りに思っていいなと思っています。
だからね、大伴家持の人生を描くって言って約束して、はや何年。だんだん具合が悪くなって、もう本当にどうしようもないんですよ。だから目の焦点が合わなくても、いま、こんな画しか描けませんで、描いちゃっても笑ってもらえればいいかなと思いながら、どこかで決心しなきゃなと思いますけれども。

――　それは楽しみにしております。

里中　いや、もう本当にね、何とか……。でも、体力とかね、そういうのって本当に、体力があるときは、ありがたみがわからないもんですね。人一倍の体力を自慢していましたからね。だから、手も速く動くし、本当にバカみたいにいっぱい描いて。いろんな話を描きたかったので、ペンネームで原作までつくっていたぐらいで。いろんな話をね、私、ストーリー考えるほうが大好きなんですよ。だからね……。あんなに描いても、もっと描けばよかったっていって、この体力なくなってから後悔しているんですから。

――　それではちょっとすみません、最後のパートに行かせていただきたいんですが。創作以外の活動でね、マンガ業界全体を先生、ずっと見渡していてやってらっしゃると思うんですけど。ちょうど私と藤本先生が、反対していた東京都青少年の健全な育成に関する条例改正、われわれ表現規制の問題と言っていたんですが。それについても、里中先生もわりとそういう……。もちろんマンガを愛する気持ちから反対なさっていたと思うんですけれども。やっぱり基本的な動機というか、そういうのはやっぱり、最初におっしゃっていたマンガを愛する気持ちが元になっているということ感じで。

里中　作者が覚悟して描いたものは、ちゃんと見てほしいし。それと、表現規制というと、どうしても、じゃあ何かどこかで線引きするわけでしょう。そうすると目に見えるもので線引きするわけですよ。目に見えるものって言っても、必要で描いているものと、ただ描いているものと。誰が判断するのかというと、これはテーマが素晴らしいからいいのだとかというと、そこでも一種の差別が生まれると思うんです。表現力とか、表現のタイプによって分けられるといけないと。だから作者が覚悟して、これで問いたいと描いたものはあっていいじゃないかと。
なんであっていいかというと、大人の文化と子どもの文化は、ちゃんと両立していいと思っているんです。日本はね、ちょっとそこが曖昧すぎるんですよ。テレビ番組もそうですし、なんでもすごく曖昧です、エロ表現も暴力表現も。そのへんをね、大人が判断すると、そこでやっぱり線引きが入っちゃうんですけれど。大人ならいいですよという枠の中でだったら、世に問うために何をしてもいいと思うんですよね、犯罪でなければ。
よくね、言われるのが、二次元のエロ表現、それによって、こういうことをしてもいいんだということで、現実の被害者が出るって言って。そんなこと言っている暇に、現実の被害者を助けろと思うんですね。そっちのほうが大事なんですよ。一番嫌なのは、こういうことでやりたくもないのに、政治家に陳情に行くでしょう。法案通るかどうか、東京都だけじゃなくて、国でもそうですよ。嫌だなと思いながら、よろしくお願いします、ご理解くださいと。表現の自由というのは、これを侵してはいけないもので、これがないと拡大解釈されて、どこでどう縛りがかかるかわからない。そうすると、いつか来た道になっちゃうからって言って。そうですねって、よくわかりますとか言うわけ。言うのに、いざ蓋を開けると、そっち側に賛成していたり、推進派になっていたり、知らない。……とか、ある。
だけど、だからって投げ出しちゃいけないと思うんですよ。若い人たちは、やっぱり勇気がなかったり、言っちゃったら何か自分の立場が悪くなるんじゃないかって、いろんなことを恐れるのはね、それは当然なんですよ。あした作品が打ち切られるかもわからないって。それでも本当は誇りを持ってほしいんだけれども。やっぱり長い間、この世界で生きてきたものは、それなりに盾にならなきゃいけないと。読んで、自分が見て、ゲーッと思うのもありますよ、正直言って。ここまで描かなくてもとか思うんですけれども、そういう判断を自分がしちゃいけない。これは読者がするもので。
だって、少年誌に出ている、ちょっぴりエロティックなものって、エロを描けばウケると思って描くんだっていうと大間違いで。中身がおもしろくないと、子どもたちも読まないですよ。それはね、最初は男の子だから、うわーっとか思って嬉しいかもしれないけれども。それだけでは絶対ついてこない。だから、意味のある思春期の少年の性の目覚めを描いている人でも、PTAとか世の中から糾弾されたら、描く勇気がなくなっちゃって、もう描くのやめますってなっちゃったりするんですよね。そういうのがすごく残念なので、こういう問題は常に、やっぱりある程度の、どうなったって大丈夫という人たちが組んで、壁にならなきゃなと思っています。だって表現の自由ってね、本当にこれ一度手放したら、もう本当に大変ですよ。

――　どうもありがとうございます。アジアのマンガ家との交流なども、積極的にやってらっしゃいますけど。動機づけというか、マンガを愛する気持ちが根底にあるとは思うんですが。

里中　そうです。きっかけは、韓国でこの規制があって、日本の文化、歌とかマンガとか小説とか、全部が全部輸入できない。そうすると海賊版がすごく横行していた時代がありまして。1990年ごろかな。それで韓国のマンガ家たちから、来てくれって誘われて。要するに、海賊版が多すぎると、ほとんど日本のマンガだと。これは恥ずかしいことだから、海賊版を撲滅してほしいと国にお願いするんだけど、僕たちがお願いしても、韓国のマンガ家が自分たちの作品よりも、日本の海賊版のほうが売れるから、それで言っているんだろうぐらいしか言われないから。日本のマンガ家が来て、文化大臣にひとこと申し入れてほしいと。これは外圧じゃないと解決できないって言われて、わかった、行くよって言って。
しかし、落ち着いて考えたら、私ごときだけが行ったって効果がないだろう。ここはやっぱり超ビッグネームを連れて行けばいいんだって言って、ちば先生を誘って、先生を必要としている人がいますって言って。なんか、ずるいですね、泣きついて。1日でいいからつき合ってくれないって言って、韓国へ行ってくれるって言って。だから、一緒に1日ですよ、1泊で、強行で行きました。むこうがセッティングしてくれて、文化大臣と会って、こういう海賊版が、まかり通るのも、正規の輸入があまりされないからで、総量規制ずっとあるんですけれども。
ぜひ、門戸を開いてくださいって言ったら、文化大臣に言われたのが、そうおっしゃる立場もわかると。たしかに、そうでしょうと。しかし、ご理解いただきたいのは、統治時代のお年寄りがまだ生きていますと。中には、日本語を聞いただけで震える人もいると、怖いと言って震える人もいると。だから、闇雲に開放できませんって言って。ああ、とか思っちゃって。それを言われたら、申し訳ありませんでしたとしか言えないんですけれども。
とにかく開放するときは、マンガだけでなく、マンガも小説も歌も映画も、全部一緒ですって言いながら、いまだに総量規制がかかっているから。そのあとマンガ家たちと懇談して、国中のマンガ家が集まったと言っていましたけれども。ヨーロッパと比べて、あれっと思ったのが、女性のマンガ家が多かったんですよ。ヨーロッパ、欧米へ行くと、女性のマンガ家はほとんどいなくて、日本は半々、なんでだってよく言われて、いやぁとか思っていたんですけれども。あれは男性の仕事だと、ユーモアは男性にしか理解できない高尚なものであると言われて、そうですかって言って。
でも韓国へ行くと半々いたわけですよ。それはやっぱり、日本のマンガを見て、みんな育って、少女マンガも見ているし、女の人も描いているということで。だけど、小さいころは、とにかく全部海賊版は書き変えてありますから、書き文字も。あと着物もチマチョゴリに書き変えてありますから。単行本1冊分を、1週間ぐらいで書き直すらしいです、修正を。それが修行だと言って、マンガ家の卵が、やっていて。ずいぶん勉強になりましたと言っていましたけれども。
だけど、小さいころ感動したマンガが、日本のものだって、海賊版だって知ったとき、どう思いましたかって言ったら、すごいショックを受けたって言うんですよ。そりゃそうだろうなと思ったら、そのショックじゃなくて、小さいころから日本人は鬼で、この世の人間ではないと、本当に鬼だと。だからそういうことばっかり教わってきたと。だから自分が感動して、僕もこんなのを描きたいと思ったマンガが、日本の海賊版だってわかったときに、ものすごいショックを受けたと。僕は鬼の描いたものに感動したのかと。鬼が考えたことに、心を揺さぶられたのかと。もしかして、僕の中に鬼の感性があるのかと思って、ものすごいショックだったって、そう言われると、すごいショックなんですよ。
ところが、1週間ぐらい悩んで、はたと気がついたと。日本人が描いたと思うからショックなんだけれども、同胞が描いたと思えば納得がいくと。だから在日韓国人が描いたんだろうと、そうだと思うようにしたと。でも、それからしばらく考えて、また、はたと気がついたと。全員が在日のわけないと、どう考えても。そうしてようやく気がつきましたと。僕は日本人ってこうだって聞いていたけども、直接つき合ったこともないし、日本に行ったこともないと。だから、もし日本人がこれを描いたのが本当に日本人だとしたら、日本人は鬼ではなくて人間なんだと。自分が知らなかっただけじゃないかと、確かめようと思いましたと。どうやって確かめようと思ったかというと、日本へ旅行に行きましたって言うの。いきなりそっちへ来るわけ。
それまで日本にうかつに旅行に行って、韓国人だとわかったら、誰も口利いてくれないとか、お店へ行っても料理出してくれないとか、石をぶつけられるとか、いろんなことを聞いていたらしいんですよ。行って、韓国人だとわかって、どうだったって言ったら、みんなすごく親切にしてくれて、すごく楽しくすごして、やみつきになって、しょっちゅう行っているって言うから、よかったねって言って。だけど、そのときに、マンガがきっかけでそういうふうに思ってくれたということが、すごく嬉しくて。マンガに関わっていてよかったなと。
やっぱり、同じ物語を共有する、同じ感動を分けるって、すごく大きいんですよ。だから、それまで、言葉で日本はこう思っているとか、それは誤解だとか、いくら言っても、なんかうまく伝わってないんじゃないかなと思うこともいっぱいあったんですけれども。何か感動を共有すると、人は一つになれるんだなというので、そこで盛り上がって一緒に何かやろうよということになって、「アジアMANGAサミット」というのをやろうと。
最初、日韓だけでやろうって言って、よし、やろうって言っていたんですけれども。そのうち、せっかくやるんだから、周りも誘おうよって言って、香港とか台湾は、すぐつながりがあるのでいいんですけど。中国が、あまりつながりがなかったので、かすかに海賊版、香港経由の海賊版がようやく、それを見始めたころだったのかな。だけども、描いている子たちはいたんですね。だから、1996年に1回目の「MANGAサミット」をやって。それ以後、私はお金の工面で、ずっとヒーヒー言っていますけど。
いろんな方からアドバイスをいただいて、国際交流基金とか、いろいろと、なんとか援助をと思うんですけれども。全額援助でもないし、使った分のを精査されて、結局赤字からはなかなか逃げられないので。私もいっぱい仕事をして、お金に余裕があるといいんですけど、うっかりしていると、いつまでも焦点合わないと困っちゃうから、何とかしないとと思いますけれども。
でも、それでいろいろとつながりができて、みんなもう長いつき合いになりますし。若い人たちも参加したりもありますけれども。世の中こうやって、ウェブマンガの時代になったりして、そういう情報とか、今後の対策とか、そういうのを一緒に共有していける。マンガってべつに、どこの国の人が何を描いたって、読者にとって国籍も何も関係ないですからね。だから、そういうので今後も、日本は細々と、あちらは大々的にやっていただければいいかなと思いますけど。

――　ありがとうございます。最後に、今後のマンガ界というか、後進の育成も、いま大学とかでやっていると思うんですけど。今後のマンガ界の後輩たち、後進たちに、何かメッセージがございましたら。

里中　そうですね。何か表現したいというのは素晴らしいことで。その表現手段が何であれ、何か自分の思っていることを形にしたいというのは、どんな分野でもいいと思うんですよ。だから、いまはたまたま、マンガを描いている子が、シナリオにして、アニメをつくりたいとか言ってもいいし。それも、いろいろなんです。あとね、ぜひともと思うのが、若いころ、マンガ家をめざして頑張ったんだけど、なれないから諦めましたという親世代の方が結構いらっしゃるんです。
だけど、いくつになったって描けるので、ぜひ描いてくださいと。こういう夢、創作って年齢によって、何か垣根があるわけじゃないですから。本人の感性の問題ですから、ぜひ、どうぞ描いてほしいと。あと、ほかの仕事にお就きになっている方でも、マンガって本当にその気になったら誰でも描けますから、描いていただきたいと。だから最近、他業種で、ほかの仕事をやって入って来た方でも、普通は目立たないんですが、最近目立つ仕事の方、タレントさんとか、そういう方がマンガをお描きになってというと、これ、すごくいいことだなと思って。矢部さん（：矢部太郎）なんか、本当にお笑いやってらっしゃるより、マンガ家としてのほうが全然素敵だなと思って、本当に。

――　いま本当にウェブで、どなたでも発信できる世の中ですからね。

里中　はい、素晴らしいことですよ。だから、編集部があって雑誌があるというのは悪いことじゃないんですよ。悪いことじゃないんですけれど、どうしてもその雑誌に合わせたカラーとかって、どうしても出ちゃうんですね。それに合わせなきゃいけないと。あと編集者も、本当に悪気はないんですけれども、このほうがいいだろうと思ってアドバイスしてくれるって。でも、それで本当にいいかどうか、これ、誰にもわからない。思い切って自分でありのままで勝負できるウェブ上での発信というのは、怖いかもしれないけれども、でも失敗を重ねてこその成功ですから。怖がらずにどんどん発信して、自分の世界を形にしてほしいなと思うんです。
世界のどこかで、本当に大袈裟ですけど、誰かがあなたの作品を見て、ホッとしたり、勇気が出たり、やっぱり生きていこうとか思ったら、どこかで思ってくれていたら最高じゃないですか。だから、長い間描いてきて、私も結局、ダサい重苦しいで、ずっと来ましたけれども。本当にもう全然カッコよくなれなくて、本当に来ちゃったんですけど。ときどき、いまファンレターって言ってもお手紙じゃなくて、ホームページに来たりするんですけれど。ときどき、昔、うん十年前、死のうと思ったんだけれども、あのマンガの、あの場面を思い出して、もう1回だけ頑張ろうと思って、それでよかったですと。いま私は元気で幸せに生きていますとかって来ると、すごい嬉しいですね。よかったなと思って。だから、そういう力になれなかった人も、この世にいっぱいいらっしゃると思うんですけれども。でも、若い人たちに、見えなくても、そういうことを夢見て描いてほしいなと思います。

――　ありがとうございます。

里中　ありがとうございます。

――　すみません、長時間ありがとうございました。

里中満智子

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