――インタビュアーの井上伸一郎です。

――はい、氷川竜介です。

――本日は2024年1月19日です。これから、原恵一氏のオーラル・ヒストリーをドワンゴ東銀座オフィスにて行います。では、よろしくお願いいたします。

原：お願いします。

――では、スタートしたいと思います。月並みな質問でもありますけれども、原さんがアニメの世界を目指されたきっかけについて、子どもの時代からお話しいただいてもいいですし、タイミングはどこでもいいですが、お聞かせいただけますでしょうか。

原：アニメとか漫画は好きだったんです。子どもはみんな好きですけど。普通、子どもは中学生ぐらいになると漫画とかアニメから卒業していく人が多くて、僕も当然中学生になったら漫画とかアニメはあまり見ちゃいけないものだと思っていたタイプなんです。それでも見たいものはいくつか見たり、漫画を読んだりというのは、周りの同じ年ごろの子よりは多少は見ていました。とはいえ、そんなに夢中になって見ていたわけじゃなくて、どこかやましい気持ちで見ていましたね。本当はもう見ちゃいけない歳だろうと思いながら。
高校卒業して、その後どうしようかというときに、美術系の大学にでも行けるとうれしいなと思ったんです。絵を描くのはすごく好きだったので。でも、絵の勉強もちゃんとしてなかったし、勉強もろくにしてなかったので、その系の大学にはどこにも行けないなというのがわかったんですね。
そんなときに、町の本屋さんで専門学校のガイドブックみたいなのを立ち読みして、パラパラめくっていたら、その中に「アニメーション」という言葉が出ていたんです。「アニメーション」を教える専門学校があることを知って、突然「ここに行ってみたいな」と思ったんですね。ずっとアニメ界に入りたいと思っていたわけじゃないんですけど、逃避の手段として、そのときに見た「アニメーション」という言葉が自分にしっくりきて、親に相談して、そこに行くことになったんです。
行ってみたら、ちょうど僕の世代はいわゆるアニメファン、当時「オタク」と呼ばれ始めた人たちが現れ始めた時代だったんですね。同級生がみんなアニメにものすごく詳しくて、絵を描いてもすごく上手い人が多かったりして、全然ついていけないなと思ったんですね。アニメの監督の名前とか有名なアニメーターの名前とかもみんなよく知っていて、こういう人たちがいるんだと思って、そんな中で2年間勉強したんです。
今は違うかもしれないですけど、当時の専門学校のアニメーション科では、先生がいったいどういうキャリアをアニメーションで積んできた人なんだろうという、謎の先生が多くて、全然役に立つ勉強を教えてもらっていないような気がしていたんです。それよりもむしろ、基本の絵のデッサンとかデザインとか、そういうほうの先生の授業のほうがおもしろかったりしたんですね。
僕みたいに違和感を感じる生徒はほかにもたくさんいたみたいで、その子たちはもう学校に行っている間にどこかのスタジオに潜り込んでいって、仕事を手伝ったりして、「今度雇ってもらえることになったから、学校やめる」ってやめていっちゃう人たちがいたんです。そういう行動力は僕はなかったので、2年間なんとかいて卒業をして。
どこかのスタジオに就職しようと思ったときに、就職課に行ったら名前も聞いたことないようなスタジオで、給料もめちゃくちゃ安くて「こんなとこちょっと行きたくないな」と思って。とはいえ田舎に帰る気はなかったんです。親はもう学校行ったら気が済むだろうと思っていたみたいで、「田舎に帰って就職しろ」と言われたんですけど、僕は絶対田舎に帰りたくなかったんです。
それでアルバイトをしながら、どうしたらアニメ界に入れるんだろうかと思っていたら、やはり行動しないとダメだと思って東京ムービー（新社）、今トムス（：トムス・エンタテインメント）という名前に変わりましたけど、そこが月1か週1でスタジオの見学ツアーをやっていたんです。それに参加して、僕はそこで東京ムービーに入れてもらおうと、なんらかのきっかけをつくろうと思って行ったんですね。見学が目的じゃなくて。
当時「ルパン三世」の第2シーズンかなにかをやっているスタッフルームに行ったときに、監督さんを紹介されたんです。御厨恭輔さんという人です。僕は「もうこの人に頼もう」と思って、ほかのツアーの人たちが「次はこっちの部屋です」と行っちゃっているのに、僕はそこに残って「東京ムービーに入りたいんです」と「どうしたらいいでしょう」とお願いして、居残りして。今から思えば、よく相手してくれたと思います。
そうしたら、絵コンテ作業が終わったアフレコ台本を渡されたんです。僕は演出を目指していたんです、そのときに。「じゃあ、これあげるから、絵コンテ描いてきなよ。描いたら見てあげるから」と言われて「やった！」と思って。そこから必死に絵コンテを描いて、絵コンテの授業はあったんですけれど、ストーリーものの絵コンテを描くのは初めてだったので、試行錯誤しながら、「これしかない」とチャンスだと思って、なんとか描き上げました。
当時は（自分の家に）電話がなかったんですね。それは珍しいことじゃなかったんです。当時、電話を引くのに結構なお金が必要だったんです。だから、友達の中でも電話持っている人というのは「すごいね」と言われるようなものだったんです。
だから、僕は公衆電話に行って東京ムービーに「御厨さんお願いします」と。だいたい「今いません」と言われ、毎日のように時間を変えて公衆電話に行って。やっと何度目かで通じて「何日の何時」という約束をして、絵コンテを持って行きました。すると、御厨さんが最初に言ったことは「本当に描いてくるとは思わなかった」でした。ろくに見もしなかった、そんな見られる内容でもなかったと思うんですけど。でもそれが御厨さんには印象に残ったのかもしれなくて、「いや、僕はフリーなんだよね」という話で「えっ？」と思って。
東京ムービーの中で働いている人はみんな東京ムービーの社員じゃないのかと、監督だったら結構偉いんじゃないのかと勝手に思っていたんです。そうか、フリーのスタッフなんだと思って。「だから、僕に君をここに入れる権利は、力はない」と言われて、「だけど、ムービーは無理かもしれないけど、チャンスがあったら連絡するよ」と言われて、非常にがっかりして帰ってきた記憶があるんです。「ああ、そうか、ダメだったんだ」と思って。
またバイトの日々を続けていたら、ある日御厨恭輔さんから往復ハガキが届いたんです。ハガキがつながった返信用のハガキが一緒にくっついていて、その気遣いもうれしかったんですけど。御厨さんの手紙には、実は先日アニメの世界で前に知っている人とばったり会ったと。その人は今CMや、企業PR映画をつくる会社をつくっていて、若い人を探しているという話が書いてありました。アニメじゃないけれど、君さえよければ紹介するよという話でした。それで「ぜひお願いします」と返信を出して、その会社に面接に行って、入ることになりました。
その会社に1年半ぐらい勤めたんですかね。CMというのも非常に魅力的な世界ではあったんです。アニメよりもむしろ実写の映画とか、実写の映像のほうに興味があったので、そちらのほうにむしろひかれていました。当時、CMは商品を見せるというよりも、企業イメージみたいなものを海外ロケでかっこよく描くようなものがかなり多かったんです。だから、僕の中では「CMといったら、そういうところにも行けるかもしれない」みたいなのがあって行ったんですけど、入った会社は小さい会社だったので、企業のPRとか即席ラーメンのCMとか。内容よりもやはり嫌だなと思ったのは、結局CMはクライアントが一番偉いので、クリエイティブよりクライアントの一声で内容が決まってしまうということでした。だから、だんだん嫌になったんです。
そうしたらその会社の社長が、仕事もだいぶ雑になっていたと思うんですが、たぶんそれを見て気がついたんですね。ある日呼ばれて「君最近やる気ないんじゃないの」と怒られて、これはクビかなと思ったんですけど。すると「君はやっぱりアニメがやりたいんじゃないの」と言われたんです。「君がよければ、僕が知っているアニメ会社に紹介してあげる」とその人が言ってくれたんです。正直、うれしいというよりも、やる気のない仕事をしているとわかるんだという、戦力外通告をされたようなものだったんです。だからそのアニメ会社に紹介してくれるというのはありがたく受けたんですけれど、「僕はもうこの会社にはいらない人間なんだ」というちょっとした挫折もありました。そのアニメ会社というのは「シンエイ動画」だったんです。その社長さんとシンエイの専務さんが、昔、東京ムービーかなにかで一緒に仕事をしていた人だったので、それでシンエイ動画に入ることになりました。
藤子・F・不二雄先生とか僕は大好きだったので、「ドラえもん」を作っている会社だなと。だけどシンエイ動画の作っている当時の「ドラえもん」を僕はあまり好きじゃなかったんです。なんか愛がないなと思って、雑だなと。やはり入ってみたら、「ドラえもん」に愛情を持って作っているような雰囲気が全くなくて。新人歓迎会のときに先輩に「おまえなんでシンエイに入ったんだよ」と言われて、「『ドラえもん』が好きなんです」と答えたら、先輩たちが鼻で笑って、みんなに「おい、こいつ『ドラえもん』が好きなんだってよ」と「えー、マジか」みたいな反応でした。
そういう時代だったんです。アニメファンたるもの藤子ものなんてやっちゃいけないみたいな、もっと尖ったものを作る世界、アニメ会社に行くべきだと。だから同じような年ごろの業界人なんかだって、シンエイ動画って言うと「へえ」とだいたいバカにされるんです。「へえ、おじいさんが作っているのかと思ったよ」と「若いのもいるんだね」みたいな。でもね、僕は「見ていろよ、おまえら」と思っていましたけどね。

――一回ちょっと話を、すごいおもしろい話でありがとうございます。先ほど御厨さんのところに絵コンテをお描きになったとありましたけれども、専門学校時代デッサンが楽しかったという話がありましたが、アニメーターじゃなくて演出のほうに行こうと思ったその分岐点は、御厨さんにお会いしたときですか、それともちょっと前から演出のほうがいいなと思っていらっしゃったんですか。

原：絵を描く授業で、ほかの学生の絵を見ると実力差が歴然とわかるんですよ。「俺、もう絶対この人にかなわないな」とか。田舎では「絵がうまいね」と言われていたんですけど、あそこに行くと日本中からうまい人が集まってきているんだなと思って。世の中にはこんなうまい子がいっぱいいるんだと、だからアニメーターで勝負しても絶対かなわないなと思ったんですよ。
それで僕は映画がすごい好きだったんで、主に洋画ですけど、東京の専門学校に通うようになって、当時東京中にたくさんあった名画座という、昔の洋画を安く見られる映画館が結構あったんですよね。学校に行くついでにそういうところに行ったり、土日もわざわざ名画座に行くために東京に行って、はしごして見たりとか、本当に映画三昧の日々でした。それぐらいしかやることがなかったというのもあるんですよね、彼女もいなかったし。貧しい青春だなと思いながら、もう映画を見るしかなかったんですね。
でも今にして思うと、あの時期に本当にたくさん見た、というかだいたい見直したという感じなんですよね。新作も見たんですけど、子どものころからのテレビの洋画劇場を、うちの親が洋画が好きだったので、もう毎日見ていたんです。そういう映画をあらためて見直して「ああ、やっぱりおもしろいなあ」と。だんだん「映画をおもしろくしているのは監督なんだ」というのがわかってきて、どんどんその映画の世界にのめりこんでいったんですよね。

――シンエイ動画に入られてから、やっぱり「ドラえもん」というか藤子・F・不二雄先生がもともと好きでいらっしゃったんですね。

原：そうです。僕は本当に藤子先生で言うと「オバQ」（：オバケのQ太郎）がもう大好きでしたよね。「オバQ」・「パーマン」、「ドラえもん」もリアルタイムでたぶん連載が始まったころから見ていました。「エスパー魔美」も漫画を買って読んでいたし、大人向けのSFを描くようになって、それで「この人はやっぱり本当にすごい人だ」と思ったんですよ。
だから、F先生はF先生で、たぶん今の評価とは違う評価だったと思います。当時は本当に子ども向けのものを描く漫画家で、大人の漫画ファンは藤子ものなんて見ないと、バカにしていたと思うんですよ、結構。藤子先生もたぶんそういうジレンマがあったんじゃないですかね。大人向けも描こうと思ったりしたのかもしれないんですけど。
だから、僕なんかはその藤子先生の評価の変遷を本当に目撃してきているんです。亡くなってからですよね、亡くなってからみんなが「実は藤子先生好きだった」とか。読んでいた子どもたちが大人になってきたというのもあるんですけれど。今は大人で「藤子・F・不二雄先生が好き」と言っても誰もバカにしないと思うんですけど、昔はそうじゃなかったですよ。だから本当にその評価を先生が聞けずに亡くなってしまったというのは、僕はすごく悔しいなと思っていますよ。
だから、映画なんかも関わっていましたけど、僕は「ドラえもん」の映画の演出助手とか、あと同時上映の「エスパー魔美」の中編（「エスパー魔美 星空のダンシングドール」1988年、監督・原恵一。「ドラえもん のび太のパラレル西遊記」と同時上映）とか「ドラミちゃん」の中編（「ドラミちゃん アララ・少年山賊団!」1991年、監督・原恵一。「ドラえもん のび太のドラビアンナイト」と同時上映）とかもやっていたんですけど、出来上がったものを映画館に見に行ったりもするんです。本当に子どもばかりだったんです、親子とか。大人が一人で「ドラえもん」の映画を見に来ていると、変な目で見られた、ジロジロと。そういう世界でしたね。今はたぶん堂々とみんな大人同士で見に行けるようになったとは思うんですけど。そういう藤子先生の評価の変遷みたいなものを、ちゃんと残しておきたい気がしますね、本当に。

――「ドラえもん」の映画で言うと、最初から藤子・F・不二雄先生が90分以上にしてくれというオーダーがあったと聞いていますけれども。

原：そうだったんだ。

――はい、やっぱりテレビの延長じゃなくて、ちゃんとした映画として作ってほしいという願いがあったみたいですね。

原：「大長編ドラえもん」というタイトルですね。

――そうです。先生が描き下ろしをして、それを映画化するというのが2作目から定着するんですね。

原：僕は芝山（：芝山努）さんが監督をやるようになってから「魔界大冒険」（：映画「ドラえもん のび太の魔界大冒険」、1984年）で初めて演出助手についたんです。そのときに、芝山さんの絵コンテを初めて見て衝撃を受けたんです、おもしろいと思ったんです、この人の絵コンテがすごいおもしろい。先がもうどんどん見たくなるという。映像が見える感じでした。
その後僕も絵コンテを描くように、テレビシリーズで1本任されるようになったので絵コンテも描くようになったんですけど、ずっと芝山さんの絵コンテの真似をしていましたね。だから、勝手なんですけど、「僕の絵コンテの師匠は芝山努さんです」と。これはもう芝山さんにも言いましたけどね、何年か前に亜細亜堂の人たちと芝山さんが久しぶりに会うというのに僕も呼んでもらえて行った。

――そのおもしろさというのはどういったところに感じられたんですか。

原：「緩急」というか「間」とか、「間」って書いてあるんですよ、芝山さんの絵コンテ。「間何秒」とかって。なんだろうと思って。そうか、やっぱり緩急がないと物語はおもしろくならないんだなというのはわかってきたんですね。ワーッとやってシーンというのがあると、ただただずっとワーッとやっているよりは、その緩急が生まれて、より物語を見ている人が没入していくというか。
だから、それが絵コンテを読みながらわかったんですよ。

――そのへんはやっぱりテレビと映画の違いというのも結構大きいんですね。

原：そうですね、やっぱり芝山さんは映画のために呼ばれた監督だったんで、「ドラえもん」の。映画的な演出というものをちゃんと意識してやっていたんじゃないかと思うんですよね。

――じゃあ、そのへんで原さんがずっと培ってきた映画的な興味と合致したみたいなところが。

原：そうですね。だからそれまでに、ほかの人たちの絵コンテもたくさん見ていましたけど、芝山さんの絵コンテは「明らかに違う」という印象でした。時間がちゃんと、物語が流れているというのが読めて、少しずつ打ち合わせをやっていくんですけど、芝山さんって当時すごい売れっ子だったんですね。テレビシリーズの監督も何本もやっていて、亜細亜堂の社長でもあるし、毎日あちこちいろんなスタジオに行かなきゃいけないという。それをやりながら、「ドラえもん」の監督を引き受けたというのは、「海底鬼岩城」（：映画「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」1983年）という「ドラえもん」の作品を芝山さんが初めて監督したときに、それを見たF先生が「次もこの人にやってもらいたい」と。そこから芝山時代が始まるんですよ。

芝山さんはほかの仕事もありつつなので、ほぼ絵コンテと作打ちぐらいしか立ち会えない、あとは仕上げの編集とかアフレコとかダビングぐらいで。その間の絵のチェックとか、そういうのは僕ともう一人の演出の助手に任されたんですよね。今考えると本当すごいなと思ったのが、何月何日に劇場の「ドラえもん」の作打ちですというのが決まると、芝山さんはその日の朝早くシンエイ動画に入るんです。そしていきなり絵コンテを描き始めるんです。鼻歌なんか歌いながらのんきな感じで。打ち合わせがだいたい午後だったりするんですけど、その日の打ち合わせ分をその時間に終わらせて、制作がバーッとコピーして、まだあたたかい絵コンテを持って、そこに美術・仕上げの人たちがみんな集められて、僕らもいて、ペリッと打ち合わせを始めるという、すごいことをやっていたんですよ。

――当時は、公開日からどのくらい前にスタートしたんですか、制作は。

原：どうだったかな。最初はだから（藤子・F・不二雄）先生がまず連載を（コロコロコミックで）始めるんですよ。連載が始まったら、それをもとに脚本とかを書かずに、その原作から絵コンテを描き起こしたんですよね、芝山さん。だからF先生がアイデアで悩んだりとか、締め切りに遅れるようになってくると、ちゃんとした原稿のコピーがだんだん下書きになり、最終的には原稿用紙のプロットになって、最後はだいたいそれをもとに芝山さんが絵コンテを描く。だから、芝山さんがやっていたころの「ドラえもん」って、最後のほうはF先生の原稿と芝山さんの絵コンテで世界観がちょっと変わっていたりするんですよね。

――はい、ありがとうございます。同時に先ほども話が出ましたが、「ドラミちゃん」の中編を演出なさって。「ドラミちゃん」は完璧だから「ドラえもん」はちょっと抜けているところがあるけど、「ドラミちゃん」のほうはやりにくかったという。

原：そうですね。

――それは具体的にどんな体験がありましたか。

原：ドラミちゃんというのはドラえもんを助ける存在であって、ドラミちゃんが主人公になっても、あまりにもいい子すぎちゃって、物語がちょっと広がらないんですよね。弱点と言えばゴキブリが苦手ぐらいで、性格的に完璧なロボットなんです、ドラミちゃんって。そこが非常にやりにくかった気がしますね。

――では、とても苦労されてやられたということで。そういう流れで少し飛びますけど、「エスパー魔美」をついにやることになられると思うんですけど、もともと原作がお好きだったということもあり、話が来たときは「これは来たぞ」みたいな感じはあったんじゃないですか。

原：思いましたね、本当に。中編といえど「映画だ！」って、結構ワクワクしましたよ。観客のことをたぶん考えずに作っちゃった気がするんですね、「エスパー魔美」は。自分の考えるいい映画にしようみたいな。だけど、「ドラえもん」を見にくる観客って子どもじゃないですか。それと一緒に「エスパー魔美」をその子どもたちが見ると、あまりにもギャグも少ないし、恋愛とかも絡んでちょっと大人っぽい話だったりして。映画館に見に行って、愕然としたんですよ、子どもがもう騒ぐ騒ぐ。もう見てくれない。なかには、本当に近くの席から男の子が立って「つまんないから僕外出てる」って、出て行ったやつがいて「あーそうか、こういう子たちが見るものだったんだな」って「しまった」って思ったんですけど。
でもまあ後悔はしていませんよ。人づてですけど、Ｆ先生はだいぶ気に入ってくれたという話を聞いたんで。

――話が前後しますが、劇場の前に「エスパー魔美」はテレビのチーフディレクターに就任されてますよね。そのテレビを始めるとき、すでにパイロット版として芝山努さんが演出されたバージョンがあったそうですが……。

原：ええ、その話を聞いたときに「俺絶対手伝いたい」と思って、立候補した「演出助手やらせてください」って。シンエイのチーフプロデューサーに「これがもし決まったら、絶対参加したいです」って言っといたんです。
そしたら、あとになってそのチーフプロデューサーが「原君、ちょっと話がある」って「原君に『エスパー魔美』のチーフディレクターやってもらいたい」って言われたんですよ。「やったー」と思って。「俺なんてラッキーなんだ」と思ったんですよね。でもそこからが本当に、戦いの日々になったんですけど。もう僕も若かったし、みんな「ドラえもん」じゃないんだよって意識がみんなあったんですよね、「エスパー魔美」って。藤子先生の中でももうちょっと世代の上の子を描く作品だし、ストーリーもすごくよくできている。みんながみんな「エスパー魔美像」みたいな、アニメーションの「エスパー魔美」はこうしたいみたいなのがあって。
僕自身はとにかく地味にしようと思ったんですよ、この「エスパー魔美」というものを。変な小細工はしないぞ。だから、実写のドラマをちょっと意識をするような、ちょっと年齢の高い少年少女が見てくれるようなものを目指していたんですけど。でも周りは、その地味さがなんか不満で「なんでもっと華やかにできないんだ、原君」って、もうオンエアが始まる前にもううんざりしていた記憶があって、「エスパー魔美」に関しては、もうやってらんねえやと思って。

――会社の上層部とかそういう方々。

原：あとはテレビ局。もうやめちゃおうかなと思った、本気で。でもなんとか我慢して。

――でも逆にそのころはそういう評価だったかもしれないですけど、それを見て育った方々が今大人になっていくと評価がまた違うんじゃないですか。

原：そうなんですよね。だから、長くやっていると結構ずいぶん遅れてご褒美が届くことがあって、うれしいですけどね。

――今回の取材で特に原さんにうかがいたいことは、世の中が期待するプログラムピクチャー的なものって映画祭のときもちょっと聞いたんですけど、みんながこうだと思っているものという中から、わりと飛び出してくる作家性というか、本当はこうなんじゃないかというようなことを原さんの仕事歴が体現しているみたいな感じがするんですが。

原：僕はやっぱり実写映画から影響を受けているんで、アニメーションっていうよりも。やっぱりその要素を自分の作っているアニメーションに反映させたかったっていうのが大きかったんですかね。

――結局アニメだと絵で描いちゃって、非現実ということを簡単に描けちゃうから、そこになんか我慢がならないとかそういうことなんですか。

原：そういうことでもないのかな…。なんかやっぱり表現として、感情の表現とか感情のあやとかを表現するのは、アニメーションはやっぱり弱いなと思っていたんですよ、ずっと。それを何とか自分はやろうと思って。目指すものというのがまず、アニメの巨匠監督じゃなかったんですよね。やっぱり実写の映画監督を尊敬したり、実写の脚本家を尊敬したりして。ジレンマはありましたよね。だったらそっち行けばいいんじゃないのって、アニメじゃなくて。そこはでも、俺はそのやり方で何か他の人と違うアニメーションが作れるんじゃないかって思っていた部分があるような気がしますよね。
――その尊敬されている監督と脚本家の名前を挙げてほしいですね。

原：脚本家で言うと本当に、山田太一さんですよね、最近亡くなっちゃいましたけど。山田太一さんには本当に、感謝してもしきれないぐらい、素晴らしい作品をたくさん見せてもらって。たぶんその山田さんとか、あと同世代の倉本聰さんとかが競って傑作のドラマを作っていたから、僕らも、というか僕もその人たちの背中を見上げて、仕事ができたんじゃないかって気がするんですよね。この人たちを、追っかけようっていう。
だから、当時のアニメーションであんまり影響を受けた作品ってないんですよね。むしろ映画のほうが多くて、最初はやっぱりアメリカ映画が多かったんですけど、本当にスピルバーグとかルーカスとかコッポラとか、リドリー・スコットとかね、あのへんの人たちがどんどんすごい作品を作っていった時代だったんで、その人たちのほうに夢中になっていました。
遅れて日本の昔の監督とか見るようになって、その中で出会ったのが木下惠介監督で、「あ、この人こんなにおもしろい映画を作る監督だったんだ」ということをよく、あとから知って。したら実は松竹をやめる何年か前ぐらいから、山田太一さんが木下組の助監督をやっていたという話をあとから知って、それで木下監督が松竹やめてテレビドラマのほうに行くようになって、山田さんが誘われて、山田さんも脚本を書くようになったと。「木下惠介」という冠がついたドラマ枠があったんですよね。

――「木下恵介アワー」ですよね。

原：アワーとか、劇場とかね。僕小学生のころとか見ていたんです、親と。実はそれ山田太一さんが脚本書いていたりとか。あとからなんかで読んだら「木下惠介」という冠がついているぐらいの番組だから、木下さんが山田太一さんに好きに書けと、俺が責任を持つからって。初稿が決定稿、直しなしって。木下さんがいいって言うからそれで。そうやってそういう環境の中で山田太一さんは次々と傑作を作っていったんですよね。そのうちにもう「山田太一脚本」って冠が出る、すごい脚本家になっていったわけですよ。

――「エスパー魔美」でいろいろ手ごたえがあったと思うんですけど、そのあたりを総括していただければ。

原：2年7カ月ぐらい続いたんですよ。結構長く続いたシリーズになったこともあって。「エスパー魔美」が始まる前にもうやめようと思ったぐらい、嫌な思いをしていたという話を先ほどしたんですけど。
一つ自分の中に計画があって、一人で外国旅行したいと思っていたんですよ。本当は「魔美」をやめて、会社を辞めてどこかに行こうと思ったりしていたんですけど、結局最後までやり通して。「魔美」も無事終わったから行こうと思って、会社に「やめたいんですけど」と言ったんです。「なんでだ？」「一人で外国旅行したいんで」と言ったら、「何をバカなこと言っているんだ」と。家族からも言われましたけどね。でも自分としては、人生でそういう無謀なことをするべきだと思っていたんです。
チーフプロデューサーは「わかった、休職扱いにしてやるよ」と言ってくれたんです。でも私は戻る気はなかったんですよね、そのときは。保険みたいなものでそう言ってくれるならと思って。それで一人で、いわゆるバックパッカーで東南アジア方面を7～8カ月ぐらいブラブラして。帰ってきてどうしようかと思ったら、シンエイに拾ってもらおうかと。敗北感を感じながら「恥ずかしながら帰ってまいりました」という感じで、また入った。
自分としては大きい人生のチャレンジをしてきたので、そこから先の人生が変わってほしいと勝手に思っているわけです。ところが「じゃあ、『チンプイ』の何話の絵コンテをやって」と言われて絵コンテ用紙を見たときに、もう本当に嫌になった気持ちがありますね。また同じことをやるのかと思って。そこからは、ほかにやることもないしやりたいことはやったし、また演出に戻ろうかと仕事を続けたんです。

――バックパッカーというのは、もともとの動機、なぜそうだったんですか。例えば、同世代は沢木耕太郎さんの『深夜特急』とか影響を受けたという人は多いんですけど。

原：私の先輩で亜細亜堂の人が、「フクちゃん」というテレビシリーズ（原作・横山隆一、1982～1984年）で、山田みちしろさんという方が作画監督でシンエイに毎日入っていたんです。その人が結構インドとかネパールとかスリランカとか変わったところに旅行に行くのが好きな人で、山登りとかも好きな人で。「原君、今度スリランカ一緒に行こうぜ」と言われて。「いや、すごくいいんだよ、スリランカ」と。初めて海外旅行に行ったのは25歳のときにスリランカに行って、乗り合いバスの旅をしたんです。
公共の交通機関があまり発達していない国なので、ワゴン車でみんな「どこそこ行き」と言って、ターミナルでそれに乗り込んで、ギューギュー詰めになって移動するという。そういう旅が私は物凄く刺激的だったんです。観光地めぐりというよりも、混んだバスに乗っているだけだったような感じですが、面白かったんですよね。
そこからその人に「バリ島行こうぜ」と誘われて、まだメジャーではなかった頃のバリ島に行ったりして。バリ島の風俗とかに物凄い衝撃を受けたりしました。何度かそういう旅行をしたんですけど、結局会社員だと1週間ぐらいしか行けないんですよね。それが私はすごく不満だったので、いつか「旅」と呼べるような期間で自分の力で移動する旅をしようと思っていたんです。実際やってみたら、なかなか大変でしたけどね。

――お金を盗まれたりもした。

原：そうそう。

――どうやって帰ってきたんでしたっけ。

原：実家に連絡して、お金を日本系の銀行に振り込んでもらったりしたんです。悪い奴がいるんだなと思って。日本人はそういうのに本当に油断してしまうから。いろんな経験ができましたね。
あと言葉ですね。「あれ？みんな英語を話しているぞ」と思って。旅行者が。私は全然話せないまま行ったので、ホテルのチェックインから道を聞くにしても、いちいち大変だったんです。「なんだ、みんな英語が話せるんだ」と思って驚いた記憶があります。安宿に泊まるんですけど、そこでも言語と言えばみんな英語で、ゲストと宿主は普通に話している。客同士も英語でみんな会話して、少しずつ仲良くなったりする。私はいつも一人ぼっちでしょぼんとして、たまたま日本人がいたらその日本人同士でつるんで、隅っこのほうで日本語で話したりしていました。

――そこで新たな世界を見た感じだったんですか。

原：そうですね。

――ありがとうございます。それでは、「クレヨンしんちゃん」に関わるあたりの話をうかがっていきたいんですけど、きっかけはどういう感じだったんですか。

原：きっかけは、「エスパー魔美」のあと、シンエイを抜けたあとに「チンプイ」というF先生の作品、本郷みつるさんが監督をやって、そのオンエア中（1989～1991年）に私がその旅から帰ってきて参加したんです。「チンプイ」が終わって「じゃあ、次の作品」ということで「21エモン」（1991～1992年）が始まったんですが、私なりにずいぶん新しい試みをしようと意気込んで作ったんです。
でも、藤子作品としては一番短命のシリーズものになってしまいました。1年も経たなかった。数字が悪くて、4～5％だったかな、最後は。終わることになって「次は」という話になったときに、たぶん「藤子ものじゃないもので」という話があったんでしょうね。企画自体には現場の私たちはまったく関わっていなかったんです。シンエイ動画は上の人が勝手に決めるものだと思っていたので。
そんな中で「クレヨンしんちゃん」という漫画があって、次はこれをやることになる。まだ単行本になっていなくてコピーをもらったんです。結構なエロ漫画だったんですよ。「これどうするんだ」と思って。監督は本郷さんがやることが決まっていたんです。でもシンエイの当時の社長は「これは半年もたせてくれれば、そのあとは君の好きなものをやらせてあげる」と言ったらしいんです。本郷さん直接ではなく、プロデューサー経由でそんな話を聞いて「じゃあ、半年やるか」と。結局エロの要素は入れられないし、本当に家族の日常のちょっとしたエピソードで作るということに。
本郷さんが考えたのは、なるべく楽に作るということでした。「凝った演出はしないでくれ」と私たちに言ってきたんです。凝ったアングルとか、そういうのも作らない、原作もそうなんですけど平面的な。だから、絵コンテを描いて、ついちょっと凝った演出とか凝ったアングルとか作ると、本郷さんに「原さん、これはやらないでくれ」と言われて。極端な話は「面白いことしないでくれ」と言われたような気がしたんです。「楽に作ろう」と。本郷さんなりにそれは消耗しない作品づくりをしようという気持ちだったとは思うんですけど。
そしたらオンエアが始まったら、視聴率がみるみる上がっていったんです。毎週1～2％ぐらい上がった。もう驚いて、社会現象になっていった。日常的に子どもがしんちゃんの真似をしているのを目撃するようになったし、テレビでもずいぶん話題になって、怒る大人も現れて「けしからん」とか。「ああ、社会現象だ」と。他局の番組でお笑い芸人が「『しんちゃん』の裏に何持っていったってかなわないからな」とジョークで言っていたり、それぐらいの存在になったかと。
おそらく最高視聴率は29ぐらいまでいったんです。今ではあり得ないんですけど、30には行かなかったですね。それぐらいグングングングンと「しんちゃん」が人気を獲得していって。でも、私たちは必死に面白いものを作ろうと思っていたわけではない。凝らなくていいというものを作っていったほうが、みんなが喜んだという。そういうお客さんの反応がね、ちょっと複雑でした。
もちろん、矢島晶子（現・うえちあき）という声優の、あの声、あの演技が良かったというのは絶対あると思うんですけど。家族が共感して見てくれたというのが大きいのかもしれない。しんちゃんみたいな子どもってやっぱりどこにでもいるというか、しんちゃんはちょっと極端だけど、親を困らせる子ども、親が答えられないことを聞いてくる子どもとか、それに親が戸惑う。しんちゃん自体はあまり動かないんだけど、みさえ（：野原みさえ）とかひろし（：野原ひろし）が周りで大騒ぎするという。それって小さい子どもがいる家庭では、誰でも経験しているようなことだったと思うんですよね。だから「ああ、あるある、一緒だ」みたいな。

――矢島晶子さんにあのしゃべり方を演出したのは、結局本郷さんなんですかね。それとも音響担当。

原：たぶん矢島さんが自分で用意してきたんだと思うんです。あとで聞いたんですが、矢島さんには弟さんがいて、弟の真似をしたとか言っていましたね。

――それにしてもなかなか考えつかないようなしゃべり方というか。

原：うん。

――ちゃんとモデルがいたわけですね。

原：うん。だから、しんちゃんのしゃべり方も長い年月の間にだいぶ変わりましたからね。昔はもっと本当にゆっくりボソボソと話すだけだったんですけど、今はだいぶ元気に話しまくっている。それで視聴率が良くなったということで、映画化という話になって。

――でも一番遠いような気がしますね、映画にするのと。

原：うん、だから「嘘だろ」って思ったんです、「しんちゃん」を映画にするって。それで脚本家とか本郷さんとか、私もだけど「どうする」「どういう映画にするか」という会議をしたりしましたよね。そんな中で「アクション仮面」というしんちゃんが好きなヒーロー、それを出して、そのアクション仮面の物語にしんちゃんを絡めるという、それで作れるんじゃないかという感じになりましたよね。やれやれと、これでしのげたと思ったら、映画（：「クレヨンしんちゃん アクション仮面ＶＳハイグレ魔王」1993年）がヒットしたんで「じゃあ、次もあります」と。

――20億超えて。

原：そうそう、「嘘だろ」ってなって、「また作るの、『しんちゃん』の映画」って。最初は夏だったんですよ、「ハイグレ魔王」は。2本目からはゴールデンウィークになるって、あまりにも制作期間がないから、これもう脚本作ったら間に合わないって話になって、本郷さんとか私とか、あと湯浅さん（：湯浅政明）かな、そういう人たちでもうアイデアを、とにかくアイデアをみんなで考えようって。湯浅さんも絵を描いたりとか。本郷さんがそれらをもとにプロットを書いて、プロットから直で私と本郷さんが手分けして絵コンテを描くスタイルになったんですね。それがだから4本目まで続くんですね、プロット・絵コンテ・脚本なしという。私と本郷さんで絵コンテを手分けして描くという。

――そうやらないとやっぱり作画期間が取れないってことですか。

原：だから、それでも取れなかった、だいたい。ゴールデンウィークに公開なんですけど、作打ちが年内に一回できればいいぐらいだった。正月休みはもういつも、絵コンテを家に持って帰って、なるべく描いて、正月に持って来ようって思うんですけど、ろくに描けずに年明けはもういつも憂鬱な気持ちで来て。でもそこからもう本当に「描け、描け、描けー！」みたいな感じで、フーフー言いながら絵コンテもう毎日描いていたような記憶があるんですよ。だいたい2月ぐらいまで絵コンテ描いていたんですよね。そこから、桜の時期にもう音響作業やっていたから、ダビングなんてもうほとんど絵がない状態で。
できることをなるべくやりましょうっていう作り方。完璧はもう無理という、リテイクは多少はしょうがないと。このぐらいのリテイクは気にならない。だからもうどうしても直さないといけないものだけ直そう。もう時間切れまで「直す、直す、直す」という「はい、時間切れ、終了」という感じでしたね。

――時間的な節約のためかもしれないけど、本郷さんはわりとクライマックスのシーンから絵コンテを描く方ですね。

原：うん、そうそうそう、あれはすごくいいアイデアだったと思いますよ。やっぱり本郷さんはたくさんアニメを見る人だったんで、だいたいのアニメ映画って最後がショボくなる、頭から描いていって結局最後間に合わなくなって、なんか絵も粗くなるし、スケールも落ちるというパターンが多い。だから、クライマックスを先に描いたほうがいい。時間をかけて、うまいアニメーターに描いてもらおうと。
確かにそれは理にかなっているなとは思ったんですけど、でもすごくやりにくかったですよ。

――うまくつながらないんじゃないですか。

原：だって、経験してないことを経験したようなふりして、途中から描くようになるわけですよ。だから、本郷さんともシーンごとに結構「ここからここは俺、ここからここは本郷さん」みたいな感じでやるんだけど。絵コンテ描きながら、ちょっと矛盾とかが出ないように相談しながらやったりしていたのは覚えていますね。

――だいたいのストーリーはじゃあ、もともとあってって感じなんですね。

原：本郷さんがそれを2本目から4本目まではやっていて。最初は臼井（：臼井儀人）さんが原作書いていたんですよね。1本目の「アクション仮面ＶＳハイグレ魔王」は臼井さんの原作があったと思うんですけど。2本目ぐらいからは、もうだからそのプロット先行で、でも臼井さんへの確認作業というのはやっていたんですよね。臼井さんは春日部に住んでいたんで、我々が大宮あたりまで行って大宮で会って「今度はこういう感じにしたいです」って、プロデューサーたちと、私も行ったりして、いろいろアイデアをもらったりしたんですけど。
4本目の「ヘンダーランド」（：映画「クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険」、1996年）のあたりに、臼井さんが「僕もういいですわ」って言い始めたんです。「観客になります」と「絵コンテとか送っても、僕見ないんですよ」って「完成品見る楽しみがなくなるから」って。「だからもう任せるというスタンスにします」って言い始めて。だから、すごいやりやすかったですね、私は、本郷さんもだろうけど、本当に好き勝手なものが作れましたよ、「しんちゃん」は。

――やっぱり何年かやってらっしゃって、臼井さんとの間に信頼関係ができたから、そういう。

原：もちろんそれはあると思うんですよね、だから出来上がったものを臼井さんはたぶん気に入ってくれていたとは思うんで。

――その関係ができたところで、原さんにバトンタッチみたいな感じなんですね。

原：そうですね。本郷さんがファンタジー色の強い映画を作っていたので、私はもうちょっとリアリティというか、現実的な話にしようかなと思って、テイストを変えていったんですけどね。でも「しんちゃん」映画の興行収益って実は1本目からずっと下がっていたんですよ。「もう終わるね」「もう次ないかもね」っていつも毎年言われていたんですよね。
それで8作目かな（：実際は7作目）、「温泉わくわく大決戦」（：映画「クレヨンしんちゃん 爆発！温泉わくわく大決戦」1999年）のときに、とうとう1桁になったんですよ、収益が。「ああ、もう『しんちゃん』終わったね」みたいな。好き勝手やっていたからしょうがないよなと思って。

――丹波哲郎も出したし。丹波哲郎出ているんですよね。

原：うん。だから、私はあんまり未練はなかったんですよね。もうやりたいことやりつくしたんだから。だけど、もう1本作ろうって話が出てきて、製作費を少し下げる、公開期間も1カ月から3週間にするって。それでもうワントライしようって話になったんですね。じゃあ、もう本当に最後だから、一応私としては子どもにめいっぱいサービスをしようと思って作ったのが「嵐を呼ぶジャングル」（：映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」2000年）という話だったんですけど。したらそれで興行収益が上がったんですね。そしたら、「じゃあ、もう1本作ろう」って話になるわけですよ。「おいおい、そりゃないよ」と思って。「もうやることないよ、ネタないよ」って「ネタ切れ、ネタ切れ」ってもう困ちゃって。

――それまでわりと、映画のジャンルのパロディーもの。

原：そうなんですよね。だからパロディーをやっていたんですよ、ずっとスパイ映画とか怪獣映画とか。

――怪獣とか。最後はターザン映画。

原：うん。

――あれなんか「地獄の黙示録」かなと思って見ていましたけど、私。

原：予告編がね。

――ちょっと話があれですけど、パラダイスキング（：「嵐を呼ぶジャングル」の悪役）って原さんがバックパッカーやっていた経験とかって反映されているんですか、全然それ関係ないですか。

原：関係ないけど、なんかどっかであるかもしれないですね。日本が嫌になっちゃって海外に飛び出していく人というのはいるわけで、そういう経験があったからなんか結びついたかもしれないですね。

――あれ結構はちゃめちゃでおもしろいキャラクターで。

原：それで「じゃあ、もう1本あるよ」って、本当にもう困ったんですよね。そのときに、その少し前にわりと「しんちゃん」の演出とかをやっている、年齢の近い演出たちと雑談をしていたら、万博（：1970年のEXPO'70・大阪万国博覧会）の話になってめちゃくちゃ盛り上がったんですよ。みんな同じような経験していて、「行ったけど見られない」、「ろくに見られなかった」とか。もうあとからあとから、その万博のエピソードが出てきて、それまで私そんなに万博に未練とかあったわけじゃないんだけど「すげえな、万博パワーは」って思って。
それで、テレビで1本プロット書いたんですよ、春日部になんか懐かしいものを見せる施設ができるって。そこにひろしたち、みさえ、しんのすけとか行くんだけど、しんのすけよりひろしとかみさえのほうが夢中になって「懐かしいー」って盛り上がるというのを、シリーズの1本として作ったんですね。それはね、今見ようと思っても見られないんです、実は。歌の権利の関係とか、実際のだから懐かしい曲とか使っていて、ピンク・レディーの「UFO」とか西城秀樹の「YMCA」（：「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」）とか、たぶんお金がかかるからソフト化されないんだろうと。
それを書いたんだけど、自分の中のその懐かしいエネルギーがもう、まったくそれで収まらなかったんですよ。「なんだ、このパワーは、マグマは」と思って「じゃあ、映画にしよう」と思って、それとかその万博ネタ、懐かしい時代のネタということで1本作ろうって思ったんです。自分としても「こんなんで本当に映画になるのかな」って気持ちはあったんですよね。本当にひとりよがりな動機だと思ったし、自分の懐かしい時代というような。プロット読んだ若いスタッフなんかは「なんでこんなもん作るんすか、僕らわけわかんないっすよ」とかね、平気で言われたりとかして「うるせえ、バカ野郎」とか言い返したりしてた。
やり始めたんですけど、やっぱりすごいすぐに行き詰まってもう「しまった」と思ったんですよ。やっぱり懐かしいだけじゃ映画にならないと思って。それでもなんとか書いていって、最後に悪の組織のケンとチャコという二人と野原一家の対決ということになるんですけど、そこでなんかもう手が止まっちゃったんですよね。今までの「しんちゃん」だったら、悪いやつとしんちゃんの戦いはどっかおバカなふざけた要素がある戦いになる。最初はそう思っていたんです、私もね、プロットでは。
でも「いや、待てよ」と思って、「それをやる手もあるけれど、この映画はそれでいいのか」って思ったんです。僕の中でケンとチャコという悪役がいつものバカな悪役じゃいけないような気がしたんですよね。すごく悩んだんですけれど、バカな戦いは一切しない。ただ野原一家は階段を駆け上がる、しんちゃん走る。それを見た20世紀博の住人たちがしんちゃんに感情移入して、懐かしい匂いが消えちゃってケンとチャコは負けを悟ってタワーから飛び降りようとするという、「しんちゃん」映画とは思えない展開を思いついちゃったんですよ。「死」というものを「しんちゃん」の映画に入れるという。
思いついたとき、「あ、これ、すごくいい」と思ったんです、自分でね、映画としていいぞ。だけど「しんちゃん」としてはダメだよなと思って。しばらく悩んだんですけど、もういいやと思って。「もうおまえ『しんちゃん』クビ」って言われるな、きっとって思って。だけど、いいと思う映画にしようと思って、もうそっちで、絵コンテを完成させた。清々しかったですね、本当に。世界が違って見えたな、本当に「やったぞー！」って思って。夜中のスタジオで一人で「やってやったぜ」って。興奮してた。
ダビング終わり、「おおいい、これはいいぞ」と思って。担当プロデューサーは同い年のやつだっただけど、その茂木（：茂木仁史）も「いや、いいよな、これ」って言ってくれた。だけど偉い人はどうだろう、初号でチーフプロデューサーとか偉い人たちが見たあとに、御前会議みたいなのがあるわけですね、いつも、現像所の大会議室で。なかなか誰も何も言わないんですよ、困っている、「困ってる困ってる、この人たち」と思って。

――内心ではそのときは、どんな感じだったんですか。

原：僕は、当然だよなと思ったんですよ、当然だよと。「しんちゃん」としては０点だって思ったから、僕は。したらチーフプロデューサーが「できちゃったもんはしょうがないからなあ」って。そこがね、シンエイ動画の良さだったんですよ、そのころの。途中で邪魔が入らないんですよ。

――とにかく作られるというか、最後までは。

原：みんな関心がないのかな、知らんけど。試写会とかの反応とか、テレビ局のプロデューサーが担当プロデューサーに見終わったあとに「こんな不愉快な映画初めて見たよ」って言ってきたって、俺に教えてくれたりして。だけど、初号とかでも意外とスタッフがみんな喜んでいた。試写会とか見に行っても、子どもが全然退屈してないなと思ったんですよ。近くの席でお父さんが子どもに興奮して「あの車がトヨタ２０００ＧＴっていうんだよ」って「かっこいいなあ」とか言って、そんな会話があって。興行的にもだから上がったんですよね、結構大人が喜んで。子どもも決して退屈はしてないという。
その反応を知って、僕は気がついたんです。「しんちゃん」の映画に決まりはないんだ、「しんちゃん」の映画じゃなくて、映画に決まりはない。僕は「しんちゃん」の映画というのはこういうものだという思い込みがたぶんあって、作り手というのはみんなそういうものがあるとは思うんですけれど、この映画はどうすべきかというような発想というのは、実はあんまりおもしろいものを作る発想でじゃないんじゃないかと。みんなが安心をする、「この映画はこうすれば安心だよね」みたいな、みんなそういう作り方しているんじゃないかなと思ったんですね。たぶん僕もそう思っていたんですよ。「しんちゃん」の映画というのは、なんか映画のパロディーかなんか使ってバカな戦いして笑わせて、下品なことやってりゃいいんだよと思ったんだけど、その「オトナ帝国」（映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ！オトナ帝国の逆襲」2001年）を作ったときに、俺は初めてパロディーじゃない自分の映画ができたって思ったんですね。お客さんはたぶんそれを受け入れてくれないだろうと思ったんだけど、数字でもちゃんと上がったし、受け入れてくれたと。だから、自分が間違っていたってことに気がついたんですよ。「こう作るべきだ」で映画は作らないほうがいいって。もっと自由なんだって、これじゃ子どもに受けないよとかって発想とか、「しんちゃん」で死を描くなんてないよとかね、そんなことはないんだなってお客さんに教えてもらったんです。
だから、僕の作品のリストの中で言うと、やっぱり「オトナ帝国」以前と「オトナ帝国」以後でやっぱり意識が変わりましたね、映画作りの。

――あと評価もね、映画としての評価が、いわゆる観客動員以外の評価ですよね、いわゆる評論家的な評価というか、見ている人の映画としての姿勢を含めての評価がもうすごい上がったというか、獲得したじゃないですか。そのときにどんなお気持ちになったんですか。

原：うれしかったですよ。ずっとキッズムービー作っているって思っていたんで、たまには大人の「しんちゃん」映画ファンみたいなのもいたけど、「オトナ帝国」でそれがまたさらに、大人の映画好きへの市民権を得たというか、「しんちゃん」の映画がね。だから、今は「しんちゃん」の映画劇場に見に行ったりしないんですけど、なんか「しんちゃん」の映画は親子で見に行くみたいなのが当たり前って雰囲気にもなっているような気もするし、「ドラえもん」もそうですけどね。やっぱりどっか感動の要素が入ってきたりとかっていうのは、自分がその「オトナ帝国」を作ったことが最初だったかもしれないなとは思ったりしますよね。

――浜野（：浜野保樹）先生に評価されていたのはそのあたりからですか。

原：「オトナ帝国」ですかね。

――それで文化庁から評価されるぐらいのステージになったってことですよね。

原：そうそうそう、それはだから「戦国大合戦」（：映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」2002年）ですけどね。「オトナ帝国」はまったく無視されましたね、賞関係から。

――浜野先生から生前うかがったところだと、「オトナ帝国」メディア芸術祭（：文化庁メディア芸術祭）にすごいプッシュしたんですけど、ＰＴＡからクレームがついた作品だっていうんで、残念ながら入賞できなかったんで、カンカンになったっていう話は生前うかがいましたね。翌年になったら、もう審査員、席について始める前に「じゃあ、今年は戦国ありということで」って、１８０度こう変わったっていうふうにうかがっています。だから「オトナ帝国」は評価されたんだけど、転換点のとこだったので、賞を取りそこなった。

原：そうそうそう、だからたぶん「しんちゃん」に賞はあげらんねえよなってたぶんみんな思ったんだと思うんですね。

――どの審査員もそう思ったんじゃないですかね。

――だけどその１年の間でね、価値観が変換したんですね。

――ちょうど世紀末だったりしたんで、価値観の転換点にあの映画があるような結構気もしているんですね。

原：そうそう、「オトナ帝国」って２００１年の公開なんですよ。だから、僕なりに万博、EXPO'70を扱うっていうのは、理由はあるなとは思ったのは確かなんですよね。EXPO'70っていうのは21世紀はこうなるっていうのを見せる万博だったんで。

――ありがとうございます。それでは、その流れで「戦国大合戦」の話もうかがいたいなと。「オトナ帝国」で評価を受けられて、じゃあ、次は、もともと企画的に「青空侍」というのを考えられていたのと、じゃあ、これを「しんちゃん」の世界に入れようっていう発想でしょうかね。

原：いえ、違いますね。

――そういうことじゃないんですか。

原：僕の書いたプロットのタイトルを「青空侍」にしていたんですけど。「オトナ帝国」がヒットしたんで、次はっていう話になったときに、もう結構自由度は感じたんですよ、僕は。「ああ、ヒットするっていうのはやっぱり大事なんだな」と。僕の心残りとして「雲黒斎の野望」（：映画「クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望」1995年）っていう３本目の「しんちゃん」の映画で時代劇を、戦国時代を描いたんですけど、もっとやりたいと思ったんです、当時ね。じゃあ、もう本当に本格的な戦国ものにしようと思ってプロット書いて、又兵衛というしんちゃんと仲良くなる侍が最後死ぬっていうプロットを書いたんですね。
したら、シンエイの偉い人、テレビ局の偉い人、代理店の人がみんな「殺すなよー。殺さなくてもいいだろう」って、みんな文句言ってきて。だけどもう諦めないんです、向こうも。「殺さなくても、死んだと思ったら生き残ったっていいじゃないか」って。僕は「嫌だ」って。
「じゃあ、臼井さんに決めてもらおう」って話になったんです。偉いさんたちと僕と臼井さんで会って「こういうプロットを考えたんです」と、読んでもらって。臼井さんが「このままでお願いします」と言ってくれて、「よし！」って。それでも言ってきましたけどね、「でもー、殺さなくてもいいんじゃない？原ちゃん」みたいな。

――とはいえ、無理矢理そこで企画を変えられなかったってことは、ある意味シンエイ動画の懐の深さがあったってことなんですかね。

原：サラリーマンとしてはそれは当然の反応だとは思うんですね、今にして思えば。つまんないこと言っていると思うけど、「しんちゃん」で大事な登場人物が死ぬ、本当に死ぬってものすごい冒険じゃないですか。だから「やっぱそれはマズい」って「それを許可しちゃマズいだろう」って反論は当たり前とは思いましたよ、僕もね。でも僕はもうやっぱりもう「オトナ帝国」で一線超えたんだから、もう戻らないって思ったんです、もう戻らないぞって。

――実際作品も、すごい高い評価を受けて、2作連続で原監督の地位を確立した感じですね。

原：だけどね、試写会で見たシンエイの社長が担当プロデューサーに怒っていたっていう。「『しんちゃん』で子ども泣かせてどうするんだよ」って。それを東宝の気に入ってくれた人たちが「いや、社長いい映画です、いい映画です」って慰めにいっていたとか。

――でも子どもを泣かせた結果、実写映画化（：「BALLAD 名もなき恋のうた」2009年）されるということにもつながるんですね。

原：そうですよね。

――山崎貴監督で。それはやっぱり予定外っていうか、そういうことなんですかね。

原：そうですね、びっくりしましたよね、あれは。山崎さんはやっぱり戦国ものを作りたいと思っていたらしいんだけど、どんなアイデアよりもこの「戦国」をリメイクしたほうがいいんじゃないかって思ったんだって。会いましたけどね、山崎さんとプロデューサーと、「こういうキャストでやりたいんだ」みたいな。
――それ言ってみれば原さんのオリジナル作品的に認められたってことでもあるんじゃないですか。原作ものとはいいながら。

原：でもやっぱりしんちゃんっていう存在がいるといないで、大きく違うわけですよね。「しんちゃん」シリーズだったら、お客さんは今回はしんちゃん、どんなことするんだろうって期待するじゃないですか。みんな知っているから、しんちゃんファミリーのことは。だから、プログラムピクチャーの良さっていうのは、登場人物のことをお客さんが知って見に来ているっていう、それがすごく余計な説明をする必要もないっていう良さはあるんですよね。

――それとある種お客さんが油断しているとこにつけ込めるっていう。

原：そうですね。だから、僕らはいつから作品づくりにこんなに憶病になってしまったんだろうって思うようになったんですよ。僕らが子どものころの子ども向けの作品って、主人公が最後に死ぬっていう展開がすごく多かったじゃないですか。それで育ってきているわけで、なんでそういうものがなくなっていったのかなって思うと、やっぱりどっかで自主規制だのなんだの、子どもにはなんかショックを与えないようにとか、つまんない理由だなと思いましたね。

――「戦国大合戦」がありまして、また話を戻っても構いませんので、お話しください。「戦国大合戦」も評価を得まして、そのあと10作品「クレヨンしんちゃん」劇場に関わったということで、そろそろ「しんちゃん」から卒業しようという流れになって、フリーになる形になったと思うんですが、そのあたりの流れをもう一度整理してお聞かせいただけますでしょうか。

原：たぶんもう「エスパー魔美」（：1987～1989）のころからだと思うんですけど、自分の中で1本作りたい作品があったんです。それが「河童のクゥと夏休み」（：映画、2007年）というタイトルで実現することになるんですけれど。
その「エスパー魔美」のころって、日本のアニメ界からオリジナルアニメが消えた時期があるんです。漫画原作しかアニメがなかったわけです。それに僕はちょっと危機感を感じて、人気漫画ありきでしかアニメが作れないのは嫌だなと思って。じゃあ、日本の児童文学はどうなんだろうと思って、あまり詳しくはなかったんですが、児童文学の専門店などにアフレコのついでに行って、適当に買ってきて読んだりしたんです。でもつまらなかったんです。面白いものがなくて、説教くさかったり、テーマが古かったりという感じでした。
だけどその中で『かっぱ大さわぎ』という木暮正夫さんの書いた、化石化した河童が現代に蘇る、しかも子どもの河童がという話にすごく興味を感じて、この物語を自分の中で育てて、今までやりたくてもできなかったことを入れ込んだ映画を作りたいと思いました。ずっと自分の夢の企画として育てていたんです。東南アジアでバックパッカーをしたというのも、実はちょっとそのためでもあったんです。まったく違う世界に一人ぼっちで河童がいるという状態ってどういう感じなんだろうとか、それも知りたかったりして。
なかなか実現の道は開けなかったんですけど、シンエイ動画という会社は「ドラえもん」と「しんちゃん」の2本柱で結構な興収を毎年あげていたので、わりと体力はあったんです。だから、僕らが何か少し勝手なことをやっても、わりと許されていたというか。
それが「オトナ帝国」を作って、「戦国大合戦」を作ったあたりから、社外の人たちから「原監督は、ほかに作りたいものはないんですか」というような話をよく言われるようになってきて、そのたびに「いや、この河童の」と。そのときにはプロットは書いていたのかな。プロデューサーがその営業に回ったりしていたんですけど、どうも反応はいまいちでした。
よく覚えているのは、プロデューサーがある出版社にこの企画を持って読んでもらったら、向こうの人が「この企画は金の匂いがしないんだよね」と言ったと。「そうかあ」と思って。だけど「なんとなく作っちゃおうぜ」という感じになってきて、「しんちゃん」の映画が終わったタイミングで少しずつそのストーリーを書いたりしていたんですけど、結局1年の半分くらいはその映画づくりに忙殺されて。半年で映画を作るというのはあまりにも無茶な話なんですけど。完成すると、ホッとしてあっという間に何ヶ月か経ち、そのうち、じゃあ次はどうするって話が始まっちゃう。
結局「しんちゃん」をやりながらでは無理だという話になって、もう専念しようということになりました。それで「戦国」で「しんちゃん」から離れて、もう絵コンテを描いちゃおうという話で、絵コンテを描き始めてしまったんです、「河童のクゥと夏休み」を。その間にもどんどん営業などをしていったんですけど、なかなか本当に手を挙げてくれる人たちも少なくて、作画も入れて既成事実にしちゃおうという感じで。でも冷たかったんです、周りはみんな、「あいつら勝手に何かやっているぜ」という感じで。
でもそのうちちゃんと座組ができて、映画もできたんですけど。絵コンテができているんですけど、自分でも驚いたんですが、3時間以上あったんです。これはさすがにマズいなと思って、絵コンテを切って切って、作画も作業は始まっているのに。編集なども含めて何とか2時間半くらいにしたのかな。それでもやはり製作委員会的には長すぎるという話で、もう「切れ切れ、切れ切れ」で「嫌だ、嫌だ」と言って、もう本当にノイローゼになるくらいつらかったですね。せっかく夢のような企画で作品ができるのに、なんで切らないといけないんだと。
最終的にもう「とにかくもう一回切れ、それでお互い妥協しよう」と言われて「もうどうしようもないからこのままじゃ」と。それで5分くらい切ったのかな。それで何とか、誰も幸せじゃなかったですね。それでも2時間超えているじゃんと思われていて。でも俺は「もう5分もまたなんで切るんだ」と思うし。それでも何とか無事公開が始まって。
したら、やはり客が来なくて「ああ、こういうことなんだ」と思って。それまでのシンエイの映画というのはもうヒットが前提である作品ばかりやってきたので、こういう単発ものの映画をヒットさせるというのはどんなに大変なことなのかということを、全然知らなかったんです。でもおかげさまで評価はすごく良かったので、それがせめてもの慰めではあったんですけど。

――その『河童』を使ってやりたかったことをもう少し説明していただけますか。ずっとやりたかったこと。

原：アニメでできないことをやりたかったんです。普通のアニメでは。醜い部分とか残酷な部分とか人間の優しい部分とか、ドラマをもっときちんと描きたかったんですよね。

――残酷だと一番最初にお父さんが斬り殺されちゃうとこから始まりますよね。

原：だからあれはもう決意表明みたいなもので、これから見てもらう映画はこういうお話なんですという。

――あとは映画全体の中では、マスコミがいいように河童を追っかけ回して、わりと現代の悪意みたいのが描かれているんですよね。

原：無自覚な悪意というかね、普通の人間が持っている、悪いことしているつもりはないけど、結果的に悪になっているよねという。あといけないとわかっていても口に出せないとか、世間を敵に回してしまった家族がどうやって河童を守るかとかね。そういう本当にリアルに河童がいたら人は何をするべきか、守るのか、排除するのかとか、そんなようなことをきちんと描ければいい映画にできるんじゃないかなという。あとはやっぱり、子どものいじめの問題とかも入れたかったんですよね。
だから原作にはだいぶないような表現も入れさせてもらったんですけど、木暮さんは完成を見る前に亡くなっちゃったんです。実際に会って話をしたときに最初に「この作品をもとに映画を作りたい、内容を変えたいです、自分のアイデアを入れたい」と言ったら、木暮さんにしてもだいぶ昔に書いた作品なので「ああ、いいよ」って「どうぞ、どうぞ」って言ってくれたんですね。

――あと原監督がたぶんこのへんを出したいと思われた、ちょっと想像ですが、少年少女のエピソードがわりと多いんじゃないかと思うんですけれども。そのへんはやっぱり自分の内容というか、若干の恋愛要素というか、そういうのも入れたかった、書きたかったんですか。

原：そうですね、小学5年生の男の子と女の子の精神的な年齢の違いというか、女の子のほうが大人だったりするじゃないですか。男はどっか不器用で、だけどちょっと女の子にときめくということを知り始めるころ、みたいなのをなんか描きたいなあと思って。

――でも今までプログラムピクチャー的な、シンエイ動画さんでやっていて、原作あるといえどオリジナルになったときに、さっき興収の話も出ましたけど、やっぱりちょっと全然違うなって思われたのはなんかほかにもありますでしょうか。

原：ん？何が違う？

――いや、今まで「しんちゃん」をやっていたのと「クゥ」をやったときに、「しんちゃん」というキャラクターをやったのと、今度は完全オリジナルじゃないですか。やっぱり作り方が全然違うなあと感じたとかって。

原：ああそれはね、最初に思ったことは「俺この人たちのことまだ何も知らないや」と思ったんですよ、河童の登場人物。だから「しんちゃん」をやるつもりでやったら、「しんちゃん」だったら誰が何するか、何言うかってもうある程度入っているわけですよ、頭の中に。だけど、河童の絵コンテを描き始めたときに「えっ、この河童どういう子なの、この少年どういう子なの」って、まずそこから考えないといけないんだって思ったんですよ。

――それ考えないと動かせないっていうね。

原：そうそう、動かないんですよ。

――じゃ結構絵コンテも時間かかった。

原：うん、時間かかりましたね、本当に。氷川さんにでも調べてもらいたいけど、個人が描いた1本の映画の絵コンテで世界最長じゃないかと思っているんですけど。

――だと思います。2時間40分ぐらいが限界じゃないですかね。それもたぶん分担しているので。

原：一人で3時間以上だったんですね。

――間違いないと。

原：だから、シンエイ動画の社員だったんで、まだ「河童」を作るまで。あとで思ったんだけど、シンエイ動画の社員だから作れたんだなと思いましたね。たぶんフリーランスになっていたら、もうできなかったと思います。会社員だったんで会社のもうかったお金をちょろまかして、勝手に長編を作っていたっていう、それができたのは社員だったからって。

――「河童」のほうはすごいいろんな賞を取られましたよね。毎日（：毎日映画コンクールアニメーション映画賞）も取ったんじゃないですか。

原：うん、そうです。

――メディ芸（文化庁メディア芸術祭アニメーション部門）と。

原：メディア芸術祭。

――そういうあれがもし生きているんですかね、行かれたときのご感想。

原：やっぱりアニメーションなのに映画として評価されるっていうようなことができるんだなっていうのは思いましたね。

――手ごたえがあったみたいな。

原：うん。

――それはある意味先ほどの、こういうふうにしないといい映画にならないっていう信念が報われた感じ。

原：うん、そうですね、そうかもしれないですね。だから、登場人物たちが全員どっかにいるような人たちにしたいって、ずっと思いながらやっていた気がしますね。
――あと映画で完結しているっていう、一つこれまでと違うことあるんじゃないですか。そのへんの手ごたえっていうのはどうですか。必ず1本の映画、単発のものだと始まりがあって終わりがあって、成長とか変化があるじゃないですか。

原：ハッピーエンドは考えなかったんですよ。結局河童と人間は一緒に暮らせないっていう結論を出したんですね、僕はね。だけど、河童が生きられる場所はまだ日本には残っているんだよっていう終わり方にしたんですけど。だから、見終わったときにみんなが、この映画のその後を考えてくれる映画になってほしいなと思っていたんですね。クゥはこれからどうなるんだろうとか、上原家のみんながどうなるんだろう。
特に最近の映画に多いのかもしれないんですけど、はっきり結論を出すとか、きれいに終わらせるとか、矛盾を残さないとか、そういう映画の作り方僕はあんまり好きじゃないんですよね。やっぱり気になる部分、何か欠けた部分みたいなのは映画にはあったほうが、より印象に残ると思っていて。自分が好きな映画なんかもやっぱそういう映画が多いわけですよ。最近の映画はみんな、ものすごくわかりやすい作りになってきている気がするし、なんでもかんでもセリフで説明するとか。そうじゃなくて、何人かで見て見終わったあとに「あそこってどう思った」「こう思った」「いや、違うよ」とか、そういう映画が僕はいい映画だと思うんですよ。解釈が違って、もう熱くなってけんかを始めるとか「おまえ全然わかってねえ」「だってああいうシーンがあったろ」とかね。だから、僕の映画を見て、そういう論争をしてくれる人がいるのはすごくうれしいんですよね。

――確かに全部説明しちゃうと、そこで忘れちゃう、消えてなくなっちゃう。

原：それ、そうなんですよ、残らないっていうかね。

――消費されておしまいですね。

原：そう、消費されて終わりっていうのは嫌なんですね。最初に見たときわかんなかったことが、二度目三度目でわかったりすることもあるし。だから、余白とか欠けている部分がある作品のほうが、僕は映画としての寿命は長い気がしていますけどね。

――それと観客は必ず年を取るので、5年経って10年経ってまた見返して、全然違うのが見えてくるみたいなね。

原：うん。

――そういうのも含まれているんじゃないですかね、原さんの作品には、また年取って見ると。

原：うん、だったらうれしいですけどね、本当に。

――「しんちゃん」や「河童」なんかは本当に自分が親になったときまた違って見えるとか。

原：うん。

――ありがとうございます。それでは、その次の作品が森絵都さんの作品が。

――「カラフル」（：映画、2010年）、はい。

――これを描かれた理由っていうか、どういう経緯でこちらを作られたんでしょうか。

原：これはですね、「河童のクゥ」を作っているとき、まだシンエイの社員のときに、本郷みつるさんから電話があったんですよ、会社に。久しぶりに。「サンライズの内田（：内田健二）さんっていう人が原さんに会いたがっているんだけど、連絡してもいいか」って聞かれたんで「ああ、いいっすよ」って。したらすぐに内田さん本人から電話があって「ちょっと話があるんだけど」って。確かね、「今日大丈夫？」って言われた気がするんです。夕方、同じ線（：西武新宿線）だから田無と上井草、内田さんはその沿線の先に住んでいる人だったんで「田無行くから」って、田無のファミレスで会って。
会いに行く途中に「なんか俺もついにサンライズの人から話が来るようになったんだ」とか思って、ちょっといい気になっていて。「だけど、どうせなんかロボットもののキャラとか設定とか見せられるんだろうなあ」って、「僕こういうのに興味ないですってたぶん言って断るんだろうな」。だけど、話があるなら悪くないぞと思って。完全に調子に乗って向かっていった。

――シミュレーションしていたんですね。

原：うん。それで行ったら、もう内田さんが「はじめまして、内田です」って。もう即ですよ、「カラフル」の原作、「これを君に映画にしてもらいたいんだよね」って。ハードカバーの原作を出した。

――単刀直入。

原：すごいなこの人と思って。まさかと思って、「小説？」と思ったんですよ。そこから、内田さんにはもうやられっぱなしだったんです。この人にはかなわないと思って。「いや、読んだことないです」って言って、「じゃあ、読んで感想聞かせてくれる」みたいな話になりました。
だけど、こっちの事情を言いました。実は今まだ作れるかどうかわからなかった時期だったと思うんですよね、「河童のクゥ」はね。ちょっと作り始めていたけど、完成まで行けるかどうかわからない。そういうのを今やっているんで、もし作れるんだったらそれを先に作りたいんですと。そのあとでいいんだったら、これをやりますって言ったんです。「ああ、いいよ」って、すぐに「待つよ」って言ってくれました。とにかく迷いが無い。
でも「僕はシンエイの社員なんですよ」って言ったら「えっ、そうなんだ」って。サンライズの演出って全部フリーだった、社員でも演出になるとみんなフリーになるんですってね。だからフリーだと思っていたらしくて。「ああ、そうなんだ」って「俺は別にシンエイと一緒に作ってもいいんだけどね」って、またとんでもないことを言う。
だけど俺は、絶対それは無理だと思ったんです、サンライズとシンエイが一緒に作るなんて。シンエイが乗るわけないって。俺は「河童」ができたらやめるつもりだったんで、出来上がったらやめるんで、フリーとしてやりますと。「河童のクゥ」が途中で頓挫したら、そこでやめてこれをやります。で、まずは読んで、読んだら結構きわどい内容で、SF要素もそんなない作品だった。内田さん自身はその森さんという作家をずっと好きで、読み続けてきたらしくてね。自分の企画としていつか作りたいと思っていたらしくて、「しんちゃん」の「オトナ帝国」かなんかを見て「この人に監督やってもらったら、いいんじゃないか」って思ったと。
そこからだから「河童のクゥ」が完成するまで結構、本当に2〜3年ぐらいあったと思うんですよ。時々でも会って、「河童」のプロデューサーとも会わせて、よく田無で内田さんが帰る途中で途中下車して、田無の飲み屋で楽しく飲むっていう、ただの飲み仲間になっていったわけですよ。
で、「河童のクゥ」が無事に完成して、したら内田さんが「終わったね、じゃあ、『カラフル』やろうか」って。「そうだったあ」と思って、「飲み仲間じゃなかったんだ」と思って。茂木（：茂木仁史）ってプロデューサーがやっぱりシンエイやめるつもりだったんで、テレ朝の子会社になるって話がちょっと聞こえてきたんで、それは嫌だなと思ったんです。テレ朝ありきじゃないと作れないっていうのは、だからそれでやめようと思って。茂木もそれも嫌だと思っていたらしくて。
じゃあ、茂木にプロデューサーやってもらって、内田さんが言うには「じゃあ、茂木君が会社つくれよ」って「そこで作ればいいから」って言ってくれて、茂木の会社で作ることになったんですね、アセンションっていう。内田さんは本当に内容にはまったく口を出さなかったですね。ちょっとシンエイには絶対いないなっていうタイプの人でした。途中で社長（：2008年にサンライズの社長に就任）になったんですね。だから「もう社長案件だから、なくならないな」と思って。
でももう「河童」で結構消耗していたんで、なかなかペースが上がらなかったんですよね、「カラフル」作る。結構時間がかかったんですけど。

――どのへんから始めたんですか、原作はあるけれども、脚本とかロケハンとかいろいろやることがあると思うんですけど、どういう順番。

原：脚本をまず書いて、それと同時にキャラクター開発をしようっていう話で。「キャラクター開発？」って、知らないんですよ。シンエイ動画ってもう原作があるものしかやってないから、オリジナルのキャラクターってないんですよ。だから「何それ」と思って。

――「河童」はどうしたんですか。

原：「河童」は作監（作画監督）の人にキャラデザも頼んでいた。

――作監を前提にその人にお任せみたいな。キャラはキャラで（別途）開発するってことがなかったわけですね。

原：うん、なかった。この作品はどういうキャラであるべきかっていう考えはまったくなかったんで。だから、そういう言葉があるんだと思って。内田さんが言ったのは「山形君がいいなあと思う」って山形厚史さんっていう。「だけど、山形君今ほかの仕事で入れないらしいから」って。じゃあ、その間にアニメーター出身で監督をやっている、ちょっと名前ど忘れしちゃったけど（：佐藤卓哉）、キャラクターコンセプトみたいなポジションで、その人にその絵のイメージを描いてもらって、ある程度山形さんが入るまでに固めておこうみたいなことをやっていたんですね。途中から山形さんが入って、キャラクターデザインをいろいろなパターンを描いて、直してもらったりとかして完成して。
だけど、作監ができないっていうことだったんで、じゃあ、このシンエイのキャラとはまったく違う、わりとリアルなキャラクターの作監を誰に頼もうかと思ったときに、佐藤雅弘さんっていう、「しんちゃん」の映画とかでたまにアクションシーンとかを頼んだ、すごいうまいアニメーターがいて、彼ならできるんじゃないかなと思って聞いたら「やる」って言って、彼に頼んだんですね。
すごいアクションシーンとかあるわけじゃなくて、本当に日常描写を丁寧に描くっていう、それを意図的にやったんですけれど。アニメらしくないアニメを目指すみたいな、食卓でご飯を食べるとか。でもアニメーターたちがみんな食事のシーンを描いているっていうのを後ろから見ていて「マズいんじゃねえか、これ、映画なのに」とか「なんでみんな飯食ってんだよ」と思って、自分でやったくせに不安になったりしていましたよ。

――一番冒頭の家族で食卓のシーンが始まるじゃないですか、あのへんから。あれでいわゆる映像的叙述トリックというかですね、あれがあとでわかって「なるほど、さすが原さんだ」と私は思いましたけど。あのへんはもう、原作やっぱり難しいじゃないですか。ああいう食卓のシーンから入ろうっていうのはどのへん、最初からもう決めていたんですか。

原：うん、そうですね。変にこの原作をアニメらしいアイデアを入れて改変する必要はないんじゃないかなと思ったんですよね。どこまでもこの小説を実写映画化するようなつもりでアニメ化しようって考えでやっていました。

――その食事をうまそうに描いたり、この映画の場合は食事がなんかいびつなんじゃないかみたいなことまで描かせるんで、相当大変。

原：大変ですね、本当に。

――よく取材で聞くわけですね、そういう日常描写の、特に食事。食卓まで歩いてくるとかがまず大変。

原：そうそう、椅子を引いてとかね。

――誰でもやっていることだから、ちょっとでも間違えると。

原：そうなんですよ。当たり前にできて当たり前だけど、ちょっと変だとみんなが知っていることだから目立つし、箸の持ち方にしてもね。だから、ものすごくストレスがかかるカットなんですよね、食事って。

――しかもうまくいっていると誰も気がつかないみたいな感じですよね。
原：そうそう。だから、あえてそういうのをやろうって思っちゃったんですよね。

――すごい狙いだと思いましたよ。

――映画始まってすぐわかりましたけど、これは大変なことをしていると。

――日常系で言うと、二子玉川周辺の景色、本当にリアルな景色が結構出てきて、きっとやっぱり地に足のついた風景を今回目指されているのかなと思いましたけど。やっぱり結構ロケハンも力入れていたんですか。

原：うん、やっぱり現実の場所にキャラクターを置いて動かしたほうが、僕はやりやすいんですよ。だから、二子玉川って場所はわりと変化ある場所なんで、すごく絵になる場所だなあと思っていたんですよね。ちょうど二子玉川の再開発をしてる時期だったんで、駅周辺が工事をずっとしてて、その工事している状態をアニメの中に定着させるのもおもしろいんじゃないかなと思って。工事中って現実だと工事が終わったら消えちゃうわけじゃないですか。その工事中の景色が作品の中には残っているっていうのもなんかいいんじゃないかなと思って。

――作品のテーマ性ともすごいなんかマッチしているような気がしました。

原：うん。だけど、二子玉にその時に建てたタワマンがあるんですけど、ちょうどそれもつくっていた時期だったんですよね、ロケハンとかした時期に。だけど「カラフル」ができる前にタワマンのほうが完成しちゃっていて、建築業者ってすげえなと思って。（：「二子玉川ライズ・タワー&レジデンス」は2010年7月竣工）

――アニメより建築のほうが早かった。

原：アニメより早いんだと思って。

――またちょっとショッキングな描写として、女の子がラブホテルから出入りするというところもあの辺の風景の中に溶け込んでいましたけど、ああいう描写も、少年少女が見ると結構ドキッとするような描写かなと思ったんですけど、あれは結構意識されて。

原：うん、意識しました。ただ、たぶん森さんがあの原作を書いたとき（原作小説は1998年発表）には、ものすごく特別な（付記）（：非現実的な）描写だったんじゃないかと思うんですよ。でも、時間がどんどん経っていくにつれ、そういうことがどんどん増えてきてリアルになってきたなと思っていて。「カラフル」を作ったときより今のほうがフィクションを超えた状態になっているじゃないですか。新宿のトー横キッズの話とかもそうだし。だから、ああいう問題をアニメで描くというのは、ためらわずにやるべきだなと僕は思うんですけどね。
心配はやっぱりされましたよね。アニメ化される前に、一回ＮＨＫ（：ＮＨＫエンタープライズ）で実写映画化（：2000年、中原俊監督、ムービーテレビジョン配給）されているらしいんですよ。でもそのときには、そういう描写とかお母さんの不倫とかは、ＮＨＫだからかもしれないけど、なしになったらしくて。内田さんにも「そういう作品が前にあったんだけど、原君見なくていいよ」って言われて「ああ、じゃあ、見ません」って。
東宝の配給だったんですけど、東宝の人がひろか（：桑原ひろか）という女の子の援助交際描写がね、このままだともしかしたらPG12になっちゃうんじゃないかって。脚本段階で映倫に見てもらったらどうかという話になったんですよね。映倫に見せたところ「この脚本どおりにやったらPG12です」って言われたんですね。「ああ、どうしようかなあ」と思って。プロデューサーは「これはこの原作は中学校の図書室に置いてある本なんですよ」と言ったら、「文学と映画は違うものです」って言われて。
そのマズい部分というのは、ひろかが真（：小林真）君に、真君がひろかとホテルに行く際「真君なら２万でいい」って言うんです。具体的な金額を言っているのがマズい。お金で体を売っているという中学生の描写、これはマズいと。「うーん、どうしようかなあ」と思って。「そうだ、２万って言わなきゃいいんだ」と。「真君なら２でいい」って。それで初号のときに映倫の人が見に来て、プロデューサーが見終わった後聞いたら「まあ、いいでしょう」という話になった。でも表現としては俺、このほうがドキッとすると思ったんですよ。

――そうですね。

――確かに小説と映画の違い。

原：俺、なんて悪知恵が働くんだろうと思って。

――しかも映倫の人の言ったとおり、小説と映像は違いますというのをね、ちゃんとそのとおりに。

――「カラフル」という映画の中にいたるところにそういう、映像的工夫があって私はすごい好きな映画なんです。

原：声優さんも良かったと思うんですよね、僕ね、「カラフル」は。あのときにわりと本格的に声優さんじゃないタレントとか女優さんを使ったんですけど。麻生久美子さんとか宮﨑あおいさんとかね。ひろかをやった南明奈がすごく良かったし、バラエティに出ている今時のタレントだと思ったら、意外と芝居ごころがあるなあと思って。

――ありがとうございます。次は「百日紅」。

――「百日紅」順番から、はい。

――これはどういう経緯で。

原：これはですね、「カラフル」のあとに「また次もサンライズで」という話があったんですよ。「じゃあ、何を作ろうか」という話のときに、なかなか話がうまく進まなくて、オリジナルのプロットとかもサンライズのスタジオの空いたデスクを借りて書いたりしてたんですけど、なかなかうまくいかなくて。最終的にサンライズ側が「この原作でやってくれ」という提案があったんですね。それ原作は俺は「できない、無理だ」って言って、嫌だと。「じゃあ、どうする、仕事ないよ」と思って。
それまであんまり営業みたいなことしてなかったんですけれど、そこでそのときに初めて「自分で動かないとダメだなあ」と思って、プロダクションI.Gの石川（：石川光久）さんは結構昔からの縁があるんで「石川さん、ちょっと会えないですか」といったら、石川さんがすぐに「じゃあ、会おうよ」って。
そのときに「なんか一緒に仕事できないですかね」って話で「例えばですけど」ってそこで俺、杉浦（：杉浦日向子）さんの『合葬』という彰義隊を描いた漫画を見せたんですよ。「例えばだけど、こんなのができたらいいと思うんだけどなあ」って。したら、石川さんが「あれ、杉浦さん、別の作品企画動かしたよ」って話をして「なに！？」と思って。杉浦さんの作品を映像化するというのも俺の夢の一つだったんで、誰もそんなこと考えるやついないだろうと思って油断していたんですよ。したらいたんだあと思って。
したらすぐ、その担当のプロデューサーに電話して、したら「百日紅」だって。「じゃあ、ちょっとうちのプロデューサーと会わない」って話になったんですね。I.Gに行って、「百日紅」も大好きだったから俺は全然できりゃあいいと思ったんで、ただ映画向きじゃないと思っていたんですよね。短編連作の話だったし、連続ものでもなかったから。
でもなんとかなるだろうと思って、会いに行ったらなんか女の子がいて、なんだろうこの女の子は、制作かなと思ったら、その子がプロデューサーの松下（：松下慶子）さんという女性だったんですけど。石川さんも来て、もうやめちゃったんだけど、そのときにその松下さんの二番手みたいなことをやっている女の子がもう一人いたんです。石川さんが「俺ね、今こいつらの奴隷なんだよ」って、エネルギッシュな感じの松下さん。そういうなんか、やる気のある子をちゃんと自由に働かせているんだな、石川さんはと思って。
石川さんがそのときに「原さんやっぱりね、『合葬』より『百日紅』のほうがまだ一般受けがすると思うんだよね」って話をして。「製作費２億、尺は１時間半以内、それでよかったらうちはやるよ」「いいですよ」「じゃあ、やろう」って決まったんですよね。

――即決、即決ですか。

原：うん。さすが、オーナー社長の会社は違うなあ。「持ち帰らせてもらう」なんて言わないんだと思って。石川さんは石川さんで一度俺とやりたいと思ってくれていたみたいで、実はその前にも別の企画とかを提案されたりしたことはあったんですよね。それはちょっと断っちゃったりしたんだけど。
それで作れることになって、「百日紅」の原作をどうしたら１時間半の長編にできるかって考えたときに、やっぱり主人公はお栄、北斎の娘（：画号「葛飾応為」）で、その親父の北斎や周りのやつらとの日常を四季の中で描いて、原作に登場するお栄の妹の生まれつき目が見えないお猶という女の子との交流、そしてお猶の死ということで１本の映画としてできると思ってプロット書いたんですね。
それで「じゃあ、これでＯＫ」って話になって、作り始めたんですけど、杉浦さんがもう亡くなっていた（：2005年没）んで、わからないことが多すぎたんですよね。もう聞きたくても聞けないし、調べてもわかんないしみたいな。絵コンテを描いている途中で、ちょっともう、うつになっちゃったんです、僕ね。仕事行けなくなっちゃって、結構何カ月ももう本当になんか、もうこの作品無理と思ったんですよ、本当に。クビにしてもらうしかないやと思って。（付記）（：仕事どころか何をするのも無理で家に引きこもっていた。）
だけど、I.Gの石川さんも松下さんも、石川さんが聞いたらしいんですけどね、松下さんに「松下、どう」って、したら「待ちます」って松下さんは言ってくれたらしくて。本当何カ月間か、なんにも絵コンテは進まないけど、でも絵の作業は進めてもらって。ようやく復帰して、絵コンテも最後まで完成できて。
なかなか本当に好きな原作をアニメ化するのって、つらいんですよ。しかも原作者がもう亡くなっている。だから、その街並みとかを描いたとしても、原作にも書かれているけど、この建物は何屋さんですかということがたぶん、杉浦さんだったらもう全部言えるんだろうけどね。「これは何々です、これは何々」我々はもうさっぱりわからない。もういちいちそこでつっかえて、もうどんどんどんどんなんか絵コンテが描けなくなっちゃったんですよね。「なんで杉浦さん死んじゃったんだよー」って思って。
でもなんか無事、製作費が収まったかはちょっと僕聞いてないんですけど、尺に関しては本当に１時間半以内で完成させたんで、そこはちゃんと約束を守ったぞとは思うんですけど、石川さんはあとで「どうせ伸びると思ったんだけどね」って言ったけど。

――漫画原作と、だいぶ見た目は違うじゃないですか。

原：そうですね。

――そのへんはどんな感じで。

原：そこはやっぱり、杉浦さんの絵の魅力っていうのもあるんですけど、それを知らない今のお客さんに関心を持ってもらうには、お栄という主人公の特徴、アニメのキャラとしての魅力を持たせたいという思いで。

――演じられた杏さんもかなりマッチングが良かったって感じですね。

原：杏さんは僕の中で最初に浮かんだキャスティングだったんですよね。きっかけは山田太一さんのドラマ（「キルトの家」2012年）に杏さんが出てたの見て「この子うまいや」と思って。プライベートでも歴史が好きだとかよく言っていたんで、ちょっと普通の女の子と違うぞと思って。「杉浦さんの漫画も好きだ」って言っていたから「もう絶対この子、いいだろう」と思って。アフレコのときに、スタジオに入る前にプロデューサーが向こうから来て「監督、杏さん着物で来ていますよ」って言われて、最初にマズいと思ったんですよ。着物なんかで来られちゃ音がするだろうと思って「えー」って「何考えてんだよ」と思っていたら、すごい音のしない着物をちゃんと着てきていたんで、ああ、よかったなと思って。
でも、その理由が納得はできたんですね。やっぱり時代劇なんで、着物を着て出す声がなんか違うんじゃないかって思ってって言ったので、なるほどなるほど。宮﨑あおいさんとかもそんなこと言っていたんですよね、「カラフル」のときとか。演じる子に、実写だったらメイクとか衣装とかになるけど、アニメはその声をあてているところは映らないわけで、でもちょっとした、演じるキャラクターに寄せる工夫をするって言っていた。「カラフル」のときでいえば、唱子（：佐野唱子）っていう女の子はメガネをかけている女の子だったんで、メガネをかけて来た。そうやって役に入るんだなと思って。「かがみの孤城」のときにもなんか言っていたな、演じる人にちょっと寄せた格好をしたりするって。

――次は実写なんですが、木下惠介監督がもともとお好きっていうことで、このきっかけはどういうきっかけだったんでしょうか。

原：これはね、木下監督の生誕１００年っていう時期があって、何年だったかちょっと覚えてないんですけど（：2012～13年。木下惠介は1912年生誕）。松竹の人が、僕が木下惠介が好きだって結構あちこちで言っていたのを聞いたのか、松竹としても木下監督は松竹の代表的な監督なんで、もう一度みんなに見てもらいたいという。例えばトークイベントみたいなのに出ればいいのかなと思って「いいですよ」って話をしたんですけど。
そのうち「作品も作りたいんです」って話になったんですね、木下監督の映画を作りたい。それの脚本を書いてくれないかという話があって。お題は決まっていたんですよ、実際に木下監督が太平洋戦争の末期に病気のお母さんを山奥に疎開させるという、その話で１本の映画を作るという。それを聞いたときに、ちょっと美談で嫌だなと思ったんですよね、母思いの息子の美談じゃないかと思って。
だけど、シナリオハンティングとか行ったんですよ、浜松の山の中、実際に木下監督がリヤカーでお母さんを運んだ急な山道とか。そしたら、これただの美談じゃないぞって、こんなところ、リヤカーで運んで山越えしたのかと思って。がぜんイメージも膨らんできて。当時まだ木下監督のご兄弟が生きていたんですよね、弟の作曲家の忠司さんとかも生きていて、１０２歳まで生きたけど。浜松に妹さんがまだ存命だったりして、いろいろその当時の実際に関わった人たちの話をあちこちで聞いたりして、脚本を作って。
したら、脚本がおもいのほかうまく書けたなと思ったんですよね。監督は誰がやるんだろうって思ったときに、いや、これは自分でやんないとダメだと思ったんですよ。それで、プロデューサーに言ったんです「監督もやりたい」って。「えっ、監督、これ実写ですよ」って言われて「いや、わかっています」って「やりたいんです」って、やることになって。まあ、大変でしたね、やっぱり勝手が違って。

――一番大変だったのはどういうとこなんですか。

原：早起き。

――そこですか。

原：うん、５時起きとかで、もう本当に始発で新宿とか渋谷の待ち合わせの場所に行って。だいたい通いのロケだったんで、夜また戻ってきて、翌日また５時集合、５時半集合みたいな。アニメの現場ってわりとのんびりしているけど、実写の現場って容赦ないぐらい、もうギューギューに詰め込むんですよ。

――撮影期間は何日ぐらいだったんですか。

原：撮影期間はね、３週間。新作が70分ぐらいの作品なんで、あとは木下作品の過去作の編集をつなげたりしたのを見せたりして。だけどね、本当に生身の役者さんを演出するなんて初めてのことだったんで、なかなかもう毎日が緊張の連続で。でもスタッフの働きぶりがまあ、気持ちよかったですね、本当に。もうアニメのやつらに見せてやりてえよと思って。遊んでいるやつ誰もいないよって、当たり前だけど。ロケだと時間で日が沈むし、とりあえずもう走るし。怒鳴るし、先輩が。

――やっぱり現場がこう全員集合っていうとこが一番違うんじゃないですかね。

原：うん、そうそう、そこがね、なんかすごいいいなあっていう、こう一体感みたいなのがあって、すっごくいいもんだなあと思ったんですよね。例えばほら、雲が抜けるのを待つ間とか、もうみんなスタンバイして、照明部とか撮影部の助手さんが、俺なんかもずっと見て「ああ、あの雲がどれぐらいで抜けるかなあ」って。すると照明部の助手さんが「あと40秒で抜けます」とかって。それをみんながシーンと待っている、静かな、大勢いるんだけど、その静かな時間。「はい、間もなく抜けます、じゃあ、そろそろ準備を」みたいな。すると、みんなが気持ちをONにして撮影スタートっていう。なんかいいもんだなあと思って、一緒になんか作っている感覚って。今はなかなかね、コンプライアンスがどうって、現場の環境が変わってきているかもしれないけど、怒鳴ったりとかできないのかもしれない。

――では２０１７年に東京国際映画祭で、こちらの「原恵一の世界」作家特集として上映が行われたんですけども、こちらの思い出など、もしございましたら。

原：まさかね、この自分が、おもにキッズアニメを作ってきた自分がこういう国際映画祭で特集されるとはってまず思いました。光栄だなと思いましたよね、やっぱり。

――それは先ほども発言の中にあったような、映画へのこだわりっていうのが映画祭なので注目されたということでもあると思うんですが。

原：もちろんそうなんですけれど、やっぱり日本のアニメーションっていうもの自体が、やっぱり僕は業界に入って40年なんですよ。その間に日本のアニメーションの評価がどれぐらい変わったかっていうことをよく知っているんですよね。だから、40年前の日本のアニメーションっていうのは本当に子ども向けの、大人でアニメなんか見るやつはおかしいみたいな、オタクはもう差別されたし。日本のアニメーションっていうものはそんなに世界的にも評価もされてなかったし、それがだから次第に日本のアニメーションが海外に評価されるようになって。それって、僕らの先輩たちに諦めなかった人がいたからだと思うんですよね、本当に、宮﨑さんとか高畑さんとか富野（：富野由悠季）さんとかね。そういう人たちが「子ども向けじゃないぞ」っていう気概でやってきたもののおかげもあると思うんですよね。それで僕らのアニメも世界で見られるようになって、だから、それも含めてなんか感慨深かったっていうか、「ああ、日本のアニメってこんな変わったんだなあ」っていう評価が。
だから、今なんかアニメのほうが映画は稼いでいるけど、昔の映画人はアニメをものすごく差別していましたよ、間違いなく。「アニメだろ」とか「たかがアニメ」みたいな、そういうなめた言い方をしていた人は多かったと思うんですよね。それはそれで別にいい、それに反発して力が出た部分もあるとは思うんですけど。誰がこんな時代を想像しただろうかって思いますよ、本当に。

――東京国際映画祭も毎年こういう形でアニメーションが取り上げられていて、明確に言うと今経済産業省からもアニメがないとちょっと予算が下りないみたいな、映画祭に対して、そんな逆転現象が不思議なことに起きているんですけど。

原：現場には届いてないですよ。

――そうですか。

原：いや、本当にそこは謎ですね。こんなに映像コンテンツで稼いでいるアニメの現場がなんでいつまでたっても貧乏くさいんだろう。

――実はこれ先ほど原さんに教えていただいたんですが、この表紙（東京国際映画祭「原恵一の世界」用パンフレット）を描かれたイリヤ（：イリヤ・クブシノブ）さんが「バースデー・ワンダーランド」（2019年）のキャラクターデザインをしていたりしまして、これはどういう経緯だったのでしょうか。

原：だから、これを描いているときに、もう「バースデー・ワンダーランド」を作り始めていたんですよね。イリヤは何でも描けるから描けるんじゃないかと。

――それにしても上手いですね。
原：うん。

――私、コラージュかと思ったんですけど、違うんですね。

原：全然違う、全部描き起こしです。

――イリヤさんに「バースデー・ワンダーランド」のキャラクターデザインをお願いしようと思ったきっかけは何だったんですか。

原：イラスト集を本屋で発見して、彼の『MOMENTARY』というイラストブックを見たらすごくよかったんですよね。この人に描いてもらおうと思って、それでお願いしました。

――そもそも「バースデー・ワンダーランド」の企画の発端はどういうところだったんですか。

原：発端は、電通とフジテレビの人の、結構前から縁がある人たちが「今度はフジテレビで何か作りましょう」という話だったんですよ。何をやるか決まってなくて、決める過程もなかなかうまく進まなくて、結局何を作るかという時期が1年ぐらいあったのかな。金銭的には拘束で保証はされていたんですけれど、作品が決まらないと仕事も動かないので、ちょっとイライラもしていたんですけれど。
最終的に決まったのが、もう本当に一番最初ぐらいに提案された『地下室からのふしぎな旅』という児童文学だったんですよね。「なんだ、結局これかよ」って思って。フジテレビが言うには「いくら変えてもかまわない」という話だったんですよ。実際、原作を読んでもあんまりちょっと、そそられる話ではなかったんですけれど、変えてもいいということならと思って、それで取りかかったんですよね。
柏葉（：柏葉幸子）さんという人は『霧のむこうのふしぎな旅』（：『霧のむこうのふしぎな町』）だっけ、それを書いていて、それって実は「千と千尋の神隠し」の原作だったんです。だけど、出来上がりを見た柏葉さんは「これは私の原作じゃないから」って「原作を外してくれ」って原作外されたというエピソードがあるらしいんですよ。出版社はだいぶ困ったと思うんですけど、帯に「原作」って巻けばまた売れたろうに。

――作風がちょっと今までの原さんの作品と違って、結構全編明るめな感じがしたんですけど。

原：うん、そうですね、それは意識しましたね。わりと異世界を世界ごとに色味とか景色も違った、見て楽しめる作品を目指したんですけれど。公開が始まったら、だいぶ評判が悪いんで、ちょっと僕としては不本意だったんですけどね。

――どのへんが評判悪いんですか。

原：個人的には結構いいものができたつもりだったんですけど、文句のほうが多かったな、感想は。何がいけなかったのかな。旅が、何かのための旅というのは、何かを乗り越えたり障害が常にこう立ちはだかったりというものをみんな期待していたみたいなんですけど、それがあんまり伝わらなかったみたいです。「ただ楽しく旅しているだけじゃん」みたいなことを言っている人が多かったな。（付記）（：あと、伏線が分からない人も多くて、伏線回収がされてないなんて、言う人も多かった。ちゃんと仕込んであったんだけど、気付かない人が多かったみたいで。）

――でもね、色がすごいきれいですよね。

――きれいですよね、わりとハッピーになれる感じの。

原：うん、だから美術はね、これはもう本当にだから、中村隆（美術監督）さんがやってくれたんだけど、すごく素敵な美術描いてくれまして。キャラクターもそうだし、この作品に関して言うと、イリヤ・クブシノブという貴重な描き手と出会ったというのはすごく大きくて、最初はキャラクターのデザインだけお願いしていたんですけど、違うものもなんでも描けるというのがだんだんわかってきたんですよ。メカも描けるし景色も描ける、小道具も描ける、建物も描ける、建築の勉強していたから、そのへんちゃんと嘘のない建物が描ける。ということで「バースデー・ワンダーランド」のイリヤのクレジットはすごいことになっているんですけどね、キャラクターデザイン、プロップデザインだの、メカ、異世界コンセプトだの。

――異世界ものってたくさんあるんですけど、そうやって一人で描いちゃっているケース珍しいですよね。

原：そうですね。

――普通分担して。

原：そうそう、だから、すごいやりやすいなと思って。

――ましてやキャラクターまでというのは、ほかにあんまり例が。

原：うん。それに、遊び心みたいなのをちゃんと入れてくれるところが、僕はすごくうれしかった。彼は監督を目指しているんで、やっぱりそういう演出的なことをすごく考えてくれる人なんですね。7歳のときに押井（：押井守）さんの「攻殻機動隊」を見て衝撃を受けたらしいって、7歳ですよ。（イリヤ・クブシノブは1990年生まれなので、時期的に「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」1995年と思われます）

――すごい。

原：うん。そこからアニメのクリエイターを目指したらしいんだけど、ロシアだと作れない、そういうものを作っている現場がないと。もうじゃあ、日本に行こうって日本に来て。それを日本でイラストを描いている彼を発見して、引き込んだんですけどね。

――でも「攻殻機動隊」のキャラもやっているから。

原：そうそう。

――夢がかなったということでも。

原：うん、そうなんですよ。あれはね、俺もちょっと関わっているんですよ。イリヤ「攻殻機動隊」好きだよなって。次はCGでやるみたいだからって聞いたのか、それをイリヤが誰かから聞いたのかな。それを聞いて「イリヤ、おまえさ、素子（：草薙素子）のキャラデザ描いて石川（：石川光久）さんに送っちゃえよ」って言ったんだよ。それがあのキャラなんですよ。だから、石川さんに送ったのをたぶん神山（：神山健治）さんとかが見て「あ、いいじゃん」って。彼としてはだから本当に信じられないだろうなって思うんですよ、憧れの日本で憧れの作品のキャラクターデザインをやって、それが渋谷の109の壁にデッカいポスターが貼られたんですよ。

――日本に来てよかったですね。

原：うん。

――ちょっと話がまた飛んじゃいますけど「かがみの孤城」（2022年）ではいわゆるお城のデザインとかなさったんですね。

原：うん、そうですね。
――今のところの最新作である「かがみの孤城」についてですが。こちらはちょっと驚いたんですけど、今まで確かに原監督の作品は、キャラクターデザインがもういろんな方に作品ごとに違うというか変わっているんですけど、今までの中で一番ちょっと今風、ごめんなさい、失礼な言い方なんですけど、今アニメファンにウケているようなキャラクターデザインになったという感じで、このそもそも企画の成り立ちと、そのキャラクターデザインをどうしてこういうふうにしたのかを気になっていたところなんですが。

原：もともとは「はじまりのみち」の松竹のプロデューサーが電話をしてきて「原さん、『かがみの孤城』って知っていますか」って「いや、知らない」。「原さんにこれをアニメ映画化してもらいたいんですよ」って。「アニメです」っていって。新垣（：新垣弘隆）さんという人は「はじまりのみち」で初めてプロデュース、現場のプロデューサーになって、そこから実写のプロデュースをずっとやってきた人なんですね。だけど「『かがみの孤城』はアニメでやりたい」って言ってきて。パートナーは日テレですと。
原作を読んで、ちょっと「カラフル」に似ているなと思ったんで、そこで少しちょっとためらいがあったんですよね、僕ね。だけど、ちょっと石川さんにまた相談しようと思って、石川さんに「こういう原作の話が来ている」って言ったら、石川さんもうすぐ原作読んでくれて電話してきて「原さん、これ絶対やったほうがいいよ」って言ってきたんですね。「じゃあ、やろう」と思って、やってよかったですよ、石川さんナイスと。

――ヒットしましたしね。

原：うん、そうそう、たぶんそれもそこまで考えたんだと思うんですよ、たぶん、石川さん。

――キャラクターをこういうふうにしようと思った理由は。

原：これは実は「かがみの孤城」の話が結構早い段階で来たんですね、僕のところへ。「バースデー」を作っているときです。シグナル・エムディで「バースデー」の合間にキャラクター開発の打ち合わせをしたりして、脚本も進めていて、イリヤにまたキャラクターを描いてもらっていたんです。イリヤの描いてくれたキャラクターは、わりともうちょっとリアル系のデザインだったんですよね。それはそれで僕は悪くないなとは思ったんですが、プロデューサーのほうから…。現場は本当はシグナル・エムディで引き続きやるつもりだったんですけど、ちょっとゴタゴタがあって、シグナル・エムディでは作りたくないと思ったんです。
そしたら、石川さんが話をしてくれて「A-1ピクチャーでどう？」という話になった。A-1は俺が全然知らなかったんですけど、ずいぶんアニメのコアターゲット向けの作品を作っている会社みたいだなと思って、大丈夫かなと思いながら、でもせっかく石川さんが探してくれたからということで、そこでやることになって。
それでA-1のほうから「ちょっとうちのキャラクターデザイナー、アニメーターにも描いてもらう」という話が出たのかな。それが佐々木啓悟さんという、僕も初めて仕事する人だったんですけど。その人のキャラデザを見たときに「イリヤのもいいけど、今の観客には佐々木さんのキャラのほうがいいんじゃないか」と思えたんです。それはイリヤも自分で言っていたんですよね、「私の絵より佐々木さんの絵のほうがいいと思います」って。それで佐々木さんのキャラでやることになったんです。

――ヒロインというか主人公の髪の色がちょっと青っぽいのが、原さん自身が驚いたと。

原：青ってあるんだと思って、髪色で。いろいろ驚きはありましたよ、A-1で。A-1だからというのもあるかもしれないけど、僕は幸運なことに映画でずっとやってきているんです。間にテレビとかはやったりしていないので、3年に1回ぐらいの現場になるわけです。そうすると、アニメの絵づくりの革新がすごく進んでいて、驚くんです。特にこの「かがみの孤城」は驚いて、髪の頭をちょっとぼかすとか、色をね、当たり前にそれをやる、それが常識みたいで、「え？何これ？」と思って。

――撮影でみんなやっちゃうんですよね。

原：撮影処理に依存する部分がものすごく増えているし、撮影でこんなことまでできるんだという驚きがありましたよ、「かがみの孤城」は。

――髪のぼかし以外にはどんなところがあるんですか。

原：あとは、紙で描いた2Dのフォローカットの原図だったはずなのに、ラッシュになったらそれが3Dで動いていたのに驚いて、「どうしたの、これ」って。たぶん撮影担当か撮影監督が「これ3Dにしたほうがいいよな」って、たぶん取り込んで3D化したんでしょうね。

――監督が驚くというのはおもしろいですね。

原：そこがほら、僕なんか知らないから、いつの間にかそんなことまでできるようになっているんだって。だからちょっと油断しちゃダメだなと思って。言わなきゃやってくれないからね。できるというのがわかっていないといけない、ここまでできるというのを。
――今回、でも、「ここまできる」で驚いたんですけど、キャラクターが7人メインでいて、毎回服が違うじゃないですか。普通アニメってちょっとやっぱり、言い方あれなんだけど、記号的な表現が多いんで「このキャラクターはこの服」とかだいたい決まっていることが多いんですけど、毎回着替えているというのが、季節が変わっていくというのもあると思うと同時に、それが実は叙述トリックの一つになっているという、映像的叙述トリックの一つになっているのがすごい。だからしょっちゅう着替えたのかという気もしましたけれども。あれだけ着替えさせるというのは結構勇気がいったんじゃないですかね。

原：いや、そこはないですね。そこはやるべきだなと思ったんです。やっぱり、お話にリアリティを持たせるためにも、2日同じ服は着ないというのは守ろうと。だけど、普通の人だってそんなたくさん服を持っているわけじゃないんで、まあ着回しでやろうって。

――そこが結構このストーリーにも効いてきているというところがありましたね。

原：うん。

――この映画に関しては、登場人物と同じぐらいの世代にものすごい刺さったというふうに聞いているんですよね。

原：そうですね、ちょっと驚くぐらいです。この登場人物たちみたいな経験をしている子もたくさんいるんだろうなというのも思ったし。
僕はいじめの問題とかの専門家じゃないんですけれど、ちょうどたまたまこの作品が終わって、ある程度結果も出ていた時期に、新聞の記事で日本の小・中・高校生の自殺者が過去最多になりましたという記事があったんです。510何人とか。不登校の生徒数も過去最多になっていると。ちょっと前に、去年のやっぱりその小・中・高の自殺者が発表されたんですけど、数人減っているけどやっぱり過去2位という。だからもうそういう時代を今生きているんだなと、今の10代の子たちは。
新聞記事によると、自殺の原因は勉強の遅れ、親子の不和、うつとか、「いじめ」という言葉が一つも出ていない。だけど、絶対全部いじめじゃないですか、きっと。それを認めないという、学校も。学校は認めちゃマズいって思っているとは思うんだろうけど。
いや、だったらどうしたらいいんだろうって思ったときに、この「かがみの孤城」には「かがみの孤城」という逃げるシェルターみたいな場所があるんだけれど、実際のつらい目に遭っている子どもたちにはないわけです。だから、せめてフリースクールだったり。あとはほとんどの人間が、僕なんかも含まれると思うんだけど、悪意のない傍観者になっているんじゃないかなと思いましたね、今の日本人は。悪が行われているのを知っているけど、何もできないという。そこを自覚するところから始めないといけないんじゃないかって気がする。
だから、そこを少しでもアクションをすれば、だいぶ変わるんじゃないかって気は、ちょっと楽観的かもしれないけどするんです。別にヒーローにならなくていいと思うんです。いじめているやつのところに行って「やめろ」とか、そんなことしたら自分もいじめられちゃうのわかっているから。少し寄り添ってあげるとか、少し話しかけてあげるとか、それだけでも何か変わるような気がするんです。たぶんだから、こういう孤立した子たちというのは、とにかく大勢の中で、教室の中でものすごい孤独を感じているはずなんです。

――今回のストーリーの中で、萌（：東条萌）ちゃんって友達と同じく、ちょっと一回疎遠になっちゃった彼女が「しょせん学校の中のことだけじゃない」ということがあって、そのヒロインはそこに思い至らないんですよね。そう言われて初めて「えっ、そんな考えがあったのか」というのは、そこが私はすごく、この映画の一つのハイライトかなと。

原：本当そうですね。僕はあそこのシーンはやっぱりすごく気に入っているんです。ああいう萌ちゃんみたいな子がもっと増えてくれればいいと思うし、周りの大人がもうちょっと理解をしてあげて「学校なんか行かなくたって大人になれるんだよ」って言ってあげるぐらいでいいんじゃないかなって。学校の勉強なんか何も役に立っていないよ、俺だって。だけど、子どもはほら学校は行かないといけないとかね、親もそう思っているでしょ、たぶん「学校は行くものだ」って「なんで行かないんだ」って。「たかが学校」って考えがあってもいいと思う。
学校なんか行かなくたって本当に、むしろ自分の好きなものに興味を伸ばして、そういうものにどんどん触れて浴びて、そっちを伸ばして、何か自分の将来を、目標みたいなものを見つけて、そんなつまらない、いじめでマウントとるのが楽しいだけのやつらから離れて、のびのび生きてもらいたいですよね。

――ありがとうございます。今回シナリオに丸尾（：丸尾みほ）さんを起用なさった、これはきっかけというか、どういうあれですか。

原：もともと丸尾は僕のパートナーであって、「カラフル」のときに、その前に「ドラミちゃん」があるか。そのときはまだパートナー関係ではなかったんですけど、パートナーになってから、丸尾に脚本は頼むようになりました。「はじまりのみち」は自分で書いたけど。だから今回も丸尾に。まあ大変だったと思いますよ。原作のあの分量はかなり分厚い本なんで、それを2時間以内に。どうせ「2時間以内にしろ」って言われるとは思ったんです。無理だろって、あの原作2時間以内。

――でもすごくうまくまとめられたと思って。

原：そうですね、いい仕事をしてくれましたよ。だから、おかげでやっぱりこころ（：安西こころ）という女の子が、より映画の中で主人公になったという。

――そうですね、こころちゃんを立たせたという感じでしょうかね。

原：原作だとほかの子たちのエピソードもいろいろ描かれているんで、たぶん映画だけ見た場合、ほかの子たちの悩みというのはなかなかわかりにくかったかもしれないんですけど、絵の情報として見せたりはしているんですけどね。

――でもそれぞれちゃんと見せ場というか、語るところもあるんで、そこはちゃんとわかると思います。

原：あとはやっぱりこれも、この作品もやっぱり声の出演者がとてもよかったですね。こころ役の當間あみちゃんが素晴らしかったと思いますよ。松竹と日テレの人が見つけてきて、本当にいい時期にこの作品に参加してくれたなと。

――だいたい年齢もちょうど合っているということですね。

原：ええ。

――芦田愛菜もうまいなと、やっぱりうまいなと思って。

――この間『金曜ロードショー』で放送されたんで（2024年2月9日）、なんか反響とかあったんじゃないですか、原さんのとこ。

原：なんかかなりネットが夜中までザワザワしたって言っていました、プロデューサーが。
――よかったですね。

原：視聴率的にはそんなによくなかったらしいんだけど、（：時間帯が被っているTBS系の）『不適切にもほどがある！』よりはよかったみたい。あれ今みんな見ているから、業界人、俺も見てるし。超えたんだと思って。エンディングが入んなかったのは残念で。

――枠の都合で。

原：まあしょうがないですね、あれは。

――だいたい『金曜ロードショー』はね、よっぽどのことがない限りエンディング入んないですね。

――そのエンディングってあれですよね、上映中途中から差し替わって、その後の。

原：その後の、そう。（付記）（：差し替わったんじゃなくて、特別上映用に作ったやつのことかな？）

――入場者プレゼントみたいなのが途中から差し替わったんじゃなかったでしたっけ。

原：いや、エンディングは変えてないです。入場者プレゼントのカードが途中で別の。

――カードが変わった。

原：好評だったんで、ちょっと別シリーズも何枚か出して、なんかドルビーアトモスかなんかっていう。ハイクオリティ版の上映のときにさらに「かがみの孤城」みたいな（：「かがみの孤城の前と後」）っていうショートフィルムを付けて、2分半ぐらいだったか、ほとんどトメですけどね。だから、僕はこの「かがみの孤城」は出来上がりにもすごく満足はしているんですけれど、あとはやっぱヒットするっていうのはいいもんですね、本当に。スケールでいったら、そりゃ「スラムダンク（THE FIRST SLAM DUNK）」だの「すずめの戸締り」に比べたらケタが違うけど、10（億）を超えたって俺、「しんちゃん」以来ですから、「戦国」（：「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶアッパレ！戦国大合戦」）以来ですよ、だから20年ぶり。それまで僕何作ってもコケて。

――本当にいい作品でした。

原：本当に、たくさん愛してもらえるといいなあ。
――今は次回作。

原：今だから同じ座組で、次もって話なんですけど、まだ何も決まってなくて、もうちょっと毎日イライラしてる。もう1年経ったぞって。

――これから企画をじゃあ、詰めていく感じですかね。

原：でもやっぱ大変だったみたいですよ。松竹、日テレにしても、この「かがみの孤城」をヒットさせるのは。

――裏付けみたいなのがないから。

原：相当やっぱり。組織の中での作品を成立させるっていうことの難しさとか。あと原作が本屋大賞を取った作品で、相当オファーがあったらしいんですよ。たぶん実写が多かったんじゃないですかね。だからその中で、松竹・日テレの提案は、俺が監督でアニメーションっていう、それを辻村（：辻村深月）さんが「それがいい」って言ってくれたっていうのが。だから、このとき（東京国際映画祭）に会ったんですよ、辻村さんに確か、挨拶した。「僕、原作、壊さないですよ」って言ったって辻村さんがあとで言ったけど、俺、記憶があんまりない。

――私（氷川）もなんか横にいたような気がします、そのときに。

原：聞きました？

――いや、そのことはっきり覚えてないです。次の次ですっていうご紹介を受けましたね。

――じゃあ、ちょっと個人的にうかがってみたかったテーマが一個あって、原監督の作品の中では「土地と時間」みたいなものを描写するのが多くて、「戦国大合戦」もそうだし「河童のクゥ」（：「河童のクゥと夏休み」）もそうですし、「百日紅」なんかもそうですよね、同じ風景で現代と過去、同じ風景を地続きで見せていく。そういうところってなんか作家的こだわりみたいなのってあるんですかね。

原：なんかね、実在の場所をイメージしたほうが、作りやすい気がするんですよね、僕はね。より自分の中で物語がリアルになるっていうか。ある時期からなんかそれは感じるようになって。だから本格的にやったのは「河童のクゥ」かな、東久留米っていう場所から遠野とか。実際の本当に景色の中に登場人物を入れて動かすっていう、なんかそのほうが。結局やっぱロケーションが好きなんですかね。

――「百日紅」の橋の上から見る隅田川とその両岸の景色とかもね、とてもいいですよ。最後またそれが現代になるっていうところが。あれは蔵前橋ですか。

原：両国橋。

――両国橋ですか。どっちにしろ橋がいくつもかかって、両国橋か。芝居小屋（：シアターΧ(カイ)？）が映っているから両国橋ですね。

原：そう。だからなんか、去年の東京国際（映画祭）で日比谷で、ちょっとトークみたいなのやったとき、ちょうど「北極百貨店」（：「北極百貨店のコンシェルジュさん」）の板津（：板津匡覧）君とあと片渕（：片渕須直）監督となんか3人でトークするときがあったんですけど。そのときに、その「百日紅」のときの思い出を話して、江戸時代の絵はなんであんなにいい加減なんだっていう。

――みんなデフォルメされて。

原：誰か一人ぐらいリアリズムで描こうと思ったやつがいないのかって、本当に困ったんだよって、絵を見てもみんな違うんだって、サイズが。でもそれが当時の当たり前だったんだろうって。だから本当に両国橋のにぎわいとかを描いた絵はたくさんあるんですけど、本当にサイズ感とかがわかんないっていう。結局ちょっとした頼りになるのは、本当に、幕末とかに来た外国人の写真家が撮った写真とかが手掛かりになって。
なんか不思議ですよね。西洋はほら、もう江戸時代の初期ぐらいとかにフェルメール（1632～1675、オランダ）とかがもうスーパーリアリズムの絵を描いていたのに、なぜ日本人はそういうことをやろうと思った人がいなかったんだろうって不思議ですね。結局、それを求めてなかったんでしょうね、当時の日本人は。

――鎖国しちゃったんで余計なことを（しなくなった）。

原：昔の日本人は絵にリアリティを求めなかったのかな。やっぱなんか遊びごころだったりデフォルメが入ったもので、でもそれにみんな外人がびっくりしたっていう話もおもしろいしね。こんな素晴らしいアートが東洋の果てにあったのかって。

――雨とか波を絵に描くってことも、そのものを思いつかなかったみたいですからね。

原：雨を線で描くって広重（：歌川広重）ですからね、初めてやったのは。

――つまりリアリズムで考えたら目に見えないもの絵に描けないと。

原：それでね、だから話したのは、結局雨を線で描くっていうのは、今もアニメでもやっているっていう。

――現代の浮世絵なんですね。

原：浮世絵ってほら、庶民でも手に入るアートだったわけですよ、当時の江戸ではね。そこがやっぱり西洋と大きく違っていて、西洋のアートっていうのはやっぱ貴族とか金持ちのものだったわけですけど、それを日本人はみんな長屋の壁に貼ったりして、楽しんでいたっていう。だから明治になったら急激に、いやもう江戸のものはもういらないって輸出する食器を包む紙にしていったら、向こうの画家が見てびっくりしたっていう。
視点がおもしろかったみたいですね、結局、タッチとかじゃなくて。よくほら、印象派の画家たちがみんな浮世絵が好きだったって言うじゃないですか。でもゴッホは真似した絵を描いたりもしているけど、ほとんどの画家は真似してないじゃないですか、浮世絵の版画の感じって。彼らにとって何が一番新鮮だったかっていうと、想像上の視点で絵を描いているっていうのがなんか結構新鮮だったみたいです。だからその広重のあの雨の絵（「大はしあたけの夕立」）なんかも、空中からね。

――あと北斎（：葛飾北斎）の波の一瞬、一瞬をストップモーションにしたとかって。

原：波の一瞬をね。

――振り返ってみてなんかまとめとか、最後に一言、40年って今おっしゃいましたけど。

原：なんかいいこと言って終わらせたいんだけど、ちょっとね、今日本のアニメ界はあんまりいい状態じゃないですね、本当に。

――具体的にはどういうこと。

原：ちょっと作品を作りすぎている、作れない量の作品を回していて、ものすごく無理が出ている。で、どの現場でも同じようなトラブルが起こっている。描き手が全然育ってない。なので、限られた描き手に仕事が集中して、どの仕事も遅れていくっていう、非常によくない流れですよね。だから僕なんか思うのは、この絵を描いたイリヤみたいな外人のほうがよっぽど真面目に働くんですよ、彼らは、情熱がもう違うから。そういう人がもっと増えてほしい。
だから日本人でももっとこう恐れずにね、アニメ界は低所得・重労働みたいな、ろくに眠れないとか、もう悪い噂ばっかりあるかもしれないけど。給料の良さで仕事を選ぶばっかりが人生じゃないってことかな。作りたいなら作ろうよ、業界に入ってきてくれよ、一緒に仕事しようぜって思いますよ。そうじゃないと本当に日本のアニメも力をどんどん失っていっちゃうんじゃないかって思いますよね。
だから今の日本の、劇場作品は特にですけど、劇場作品の絵のクオリティを支えている人たちって本当にもう50代とかの、40～50代の人がほとんどなんで、どんどんどんどんやっぱり歳も取っていくし、やっぱなんかそういう人の背中をちゃんと見て追っかけて、戦力になってくれる人たちが増えてほしいなあって思いますよね。
たまに、いい夢は見られるよ、アニメも、いつもじゃないけど、いつもはうんざりすることが多いけど。たまにいいことある、十分じゃないですか。

――いい言葉で、これで締めたいな。すごい、ありがとうございます。

原恵一

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