――	今日は2024年１月31日です。インタビュアーの井上伸一郎です。

――	氷川竜介です。

――	本日は、これから片渕須直氏のオーラル・ヒストリーを、日本大学芸術学部江古田キャンパスにて行います。

――	それでは、よろしくお願いします。

片渕	よろしくお願いします。

――最初のテーマで、ちょっとデビュー前のところから始めさせていただきますけども、子どものころの話も含めてですね、どのようなアニメを見て、アニメ以外例えばこんな映画を、というのもあるかもしれませんけど、どのようなものを見て育った感じでしょうか。

片渕　	うちが祖父が、母方の祖父なんですけど、その家に一緒に住んでたんですけども、祖父が映画館の経営だったり支配人みたいな立場だったり、ときどきで違ってたみたいなんですけど、それをやってまして。それなもんですから、子どものころから、本当に物心つく前後ぐらいから、東映動画の長編のアニメーションをかかるときは、映画館にかかるときは見に行ってたんですね、年に二回ぐらいですよね。
それでその「わんぱく王子の大蛇退治」っていうのが、１９６３年の、７月公開なのかな、僕関西の生まれなんですけど、関西では確か７月だったと思うんですけど、２歳11カ月のときに見て、そこからこのへんの長編はひととおり見てたんですね。
それからテレビは始まったら、当時の虫プロからエイケンになる前か、ＴＣＪとか、東映は実はテレビのほうはあんまり見てなかったような気がして、そういうのはわりとひととおり見てたような気がします。

――	小さいころは結構、映画とかを見て映像記憶っていうのは結構残ってらっしゃる感じですか。

片渕　	「わんぱく王子の大蛇退治」はかなり覚えてるんですけど、それやっぱりあとで同じ映画反復して見てるせいだろうなと思うんですけど。一方で、特撮映画があって、うちはなぜか五社協定かなんかの都合で、東宝はかからない映画館だったんですよ。「ゴジラ」っていうのがめったに見れないんですね。「ガメラ」とかは結構盛んに見てたんですけど、それで「ガメラ対ギャオス」っていう併映が、衣笠貞之助さんの「小さい放浪者」（：「小さい逃亡者」）だっけかな、っていうたぶん衣笠監督の最終作に近いものだったんですけど、児童映画だったんですね。それを見て結構覚えてたりもして、それがまさに本当にそのとき一回しか見てないはずなので、最近になってＤＶＤ買ったんですけどまだ見直してなくて、見直す前にどれぐらい思い出せるかっていうのを、チャレンジしてみたいなと思ってたりもするんですけども。ですから、そういうときに見たのはかなり覚えてます。
映画は、そういう意味で言うと、うちでタダで見るものだったんで、そんなにお金出して映画館に行く習慣があんまり自分の中で身につかなかったんですけども、テレビでやってる映画は盛んに見まして。本当に日曜洋画劇場とかそういうのでやってる映画で、題名も思い出せないようなものの一場面とか、かなり覚えてるものがあったりして、それは本当に自分でも自分の中はどうなってるんだろうなって思うんですけども。映像記憶であったりとか、その場面に何か自分の中に引っかかるものがあったのかもしれないんですけど、その出来事みたいになんか、丸ごと残ってるものが結構あったりします。

――	ストーリーというよりはやっぱりその映像記憶っていうのは結構残ってる感じですか。

片渕　	ただ、映像のつもりで残ってるんですけど、やっぱりストーリーになってる部分が結構多いですね。シチュエーションとして残ってるっていう感じかな。

――	ストーリーとして組み立てられた映像の。

片渕　	その場面が例えば、その人にとって危ないことだったかとか、そういう心理的なものが結構大きいんじゃないかなと思います、自分の中に残ってるものとしては。

――	ドラマごと、ドラマストーリーごと映像。

片渕　	ドラマなんですけど、大きなストーリーの流れじゃなくて、そのシチュエーションの中にあるものだったりしますね。そういうのは自分でも今でも脚本書くときに、ズラーッと並べたストーリーじゃなくて、やっぱり小刻みに何か潜めないといけないんだなっていう教訓になっていたりもしますが。

――	そんな中でもう少し年齢が上がってからだと思うんですけれども、世界の名作児童文学をテレビアニメ化した「世界名作劇場」というのは出てまいります。とりわけ高畑勲さんや宮崎駿さんの本による作品などが初期は有名なんですけれども「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」など、こういうのはどんな思いでご覧になっておりましたでしょうか。

片渕　	僕そういう意味では、氷川さんの前でこういうのもなんなんですけど、アニメーション、漫画、テレビ漫画とか怪獣ものを卒業する派だったんですよ。卒業してしまう、小学校の５年生ぐらいからあんまり見なくなっていったような気がするんですね。見なくなってたんですけども、時々弟がいるもんですから、弟が見てるのをチラチラ見てたりもして、それでなぜか「大塚康生」っていう名前だけがテレビのクレジットで名前が頭に残りまして、それがきっかけになって、宮崎駿さんの「未来少年コナン」っていうのを見たわけですね。「未来少年コナン」のその見てちょっと、わりとそれは高校の３年生だったわけなんですけども、テレビのアニメーションってもっとある意味で言うと流れ作業的な、あるいは一人一人のスタッフが歯車状になって働いて、その結果として総体としてなんか生み出すんじゃないかなと思ったんですけど、そこになんか作家性のようなものが見いだせた。それしかも、おそらくオリジナルの原作のストーリーって全然そうではなかったんだろうと思うんですけども、それをこういうふうに潤色していく自由度みたいなものが、そこに存在するんだなと思ったところから、そのおもしろさみたいなものに目覚めたわけですね。
それでその「未来少年コナン」の絵をチラチラ見ているうちに、もう一つなんかその同じような絵のものがある、しばらく前に作られた作品で「母をたずねて三千里」っていうのが、人物のデザインがすごく似てるなっていうところから、高畑さんのほうに自分の興味が行ったんですね。
大学に入ってから、ちょうど大学に入る年が１９７９年だったんですけど、その年が「赤毛のアン」が放送開始される年で、そのむしろ大学入ったあとに夏休みにアルバイトして、ソニーのベータマックスを買って、それでずっと再放送した「ハイジ」とか「母をたずねて三千里」を軒並み録画しようとしたっていうのが記憶に残ってるんで、大学入ってからそういうものを見たような気がします。
今ここが江古田キャンパスなんですけど、僕そのころは千葉県に住んでて、夕方にやる「母をたずねて三千里」じゃないな、そのときは「ハイジ」か、「ハイジ」を見るために慌てて、その２時間ぐらいを帰ったっていう記憶もあるぐらいなんですけども、そういうようなところからなんか入っていったわけですね。
たまたまなんですけども、そうするとアニメーションがある、カリキュラムの中にあるっていうので、日大の芸術学部映画学科入ったわけなんですけども、そのときにアニメーションで教えてくださってたのが池田宏先生と月岡貞夫先生だったんですけど。特に池田先生がだから、高畑さんのその東映動画での同期であったりとか、宮崎さんなんかも池田先生のスタッフをされたこととかあったりしてみたいなことで、チラチラとお話を聞く機会とかもあったんですね。
ただ、池田さんっていうのはある種教育者としてのスタンスが決まってて、「自分で調べなさい」っていうことをおっしゃるんで、あんまり語られないんですよ。できたら90分の授業のうち15分ぐらいしかしゃべらないようにしたいぐらいの、「あとは映像見せますから」とかそういうことだったり、あるいは自分で何かをやる課題を出すから、それをやっといてくださいみたいなことが多かったですね。
そのときにだから、まだ池田さんが東映動画にも所属してらっしゃったころだったんで、東映動画のシナリオかなんかをもらってきて、それをその絵コンテにするって作業をやるのもよいけど、ちょうどたまたま宮崎さんの「新ルパン三世（：ルパン三世 PART2）」の最終回というのをこの間やったねって、じゃあ、それをこう見てコンテ再録するっていうのをやったらどうかっていう話になりまして、それ僕がそういうのやりましたよねっていって、その池田先生の「空飛ぶゆうれい船」と近い場面あるんだけど、どういうふうにいうんだろうと思ってたわけなんです。そこが裏になってて。でもそれを、宮崎のコンテはわりとちゃんとしてると思うから、再録すると良いんじゃないか。ただ再録するときに、頭から一回全部映像見なさい、映像を見たら覚えている順番で絵コンテを描けっていう。わかんなくなったらもう一回頭から見なさいっていうやり方なんですけど、それこそストーリーというのは一本に繋がってて、一つ一つのそのカットとか、あるいはそれぞれの場面っていうのは、その中でどう機能してるかっていうところを順番で見ることによって、自分の中に蓄えていくみたいなことだったわけですね。
それが今でも役に立ってて、脚本とか書くときはいちいち頭からもう一回、途中からやり直すってできなくて、頭からでないとやり直せないんです。実は今日は、今やってる作品をいっぺん脚本の文字のスタイルにしようと思ってまして、それが途中なんですよ。途中なんですけど、明日から実はここで３日間ぐらい、４年生が作ったものの講評審査があるんで、どうせ途切れてしまうんで、途切れたらまた頭からやり直さなければいけないんで、もう本当にその学生のころのそれがしみついてまして、だから今日は何時までかかっても大丈夫なんですけど、どうせ来週月曜日になったら頭からやり直しなもんですから、というようなことがちょっとあったりしまして。
そういうようなところから、高畑さんっていう存在がなんとなくぼんやりとイメージされるようになってるわけなんですけども。そのときにはやっぱり「ハイジ」とか「母をたずねて三千里」っていうのの、それこそ作品としての重厚さっていうか、単純に映像としておもしろいとか、そういう範囲ではなくて、もっと超えたところに人間の表現みたいなものがあって、それがどう近づいていっていいかわからないっていうような気持ちを抱いたわけですね。そこへ近づいていくためには、まだそのあと近づき始めるだけでもあと何年かかかるみたいなことでは実際にあったんですけどもね。そういうようなことがあって、ちょっと距離が感じて、しかしその作品としてのそのある種の目標としてはそこに何かを得たっていう感じはしたように思います。

――	そちらにもうとにかく行って、行こうという目標ができたってことなんですね。

片渕　	はい、と思います。

――その大学中に「グループえびせん」っていうサークル活動に入られてるという、ここでは入られて自分の中で変わったこととか、目覚めたこととかそういうものってありますでしょうか。

片渕　	そうですね、えびせんは実は、ここの大学に入ったときにアニメーション専攻してるのが６人、７人ぐらいだったんですね。そのうちの一人がその「グループえびせん」のメンバー舟久保てるみっていうのだったんですけど、もう亡くなってしまったんですけども。
その彼女が一緒にやらないかみたいなことで声かけてくれて、入らないか。そのためにはまずアニメーション協会、日本アニメーション協会でやってるアニメーション部、アニメーションワークショップの受講生でえびせんっていうのはできてるから、片渕も年度は違うけど受講してみればなんてことを言われて。それで僕とあと二人ぐらい、それを受講してみたんですけども。
そういうところから、そのときはひこねのりおさんと尾崎真吾さんが教えてくださって、それぞれ何日かずつ、そういうようなところから、そういう自分たちで自分の手でアニメーションを作っていくっていうのは、どういうふうなものなのか、作業なのか、あるいは作品としてのまとめていくことなのかみたいなことが、ちょっとそっちの方向の視野が広がったような気がしますね。短編のある種は、今だと「アートアニメ」っていわれてるものとか、むしろえびせんとかアートアニメを脱却してエンターテインメントに寄りたいみたいなこととかあって。
それから、同じくやってた「アニメーション80」でしたっけ、造形大学の人たちの作ってるものとかが、また全然違う方向性だったりして、それがいろんな方向性がそこにあるのはすごいおもしろかったですね。池田成っていうのがえびせんにいて、「ガンダムウィング（：新機動戦記ガンダムW）」じゃなくて、なんかの監督やった、いけやんっていうのがいて、彼は「人間うごくいのお」っていうのを作って、本当の人間をテニスコートのフェンスにぶら下げて、ちょっとずつ移動してってコマ撮りしていくんですけどね。

――	見た見た、それ。

片渕　	そうですね、なんかそういう発想の自由度みたいなのが、本当におもしろかったですね。

――	当時は、なんかこう上映会みたいな。

片渕　	上映会をやってました。

――	そうですよね。

片渕　	恵比寿のスペース50っていうところでやってたりしました。

――	そんな中でだんだん「名探偵ホームズ」でまずは脚本家デビューなさるんですけども、テレコムに行ったのが先でしたっけ、どういう流れでそういうことになったんですか。

片渕　	その大学の池田先生ですよね。池田先生が、まずそういうような東映動画のころのこといろいろ聞いてたら、そのころに一緒に仕事してた人に順番に来てもらって、一人ずつ特別講義みたいな形で、経験談とかいろんな考えとかを聞いたらどうかと、例えば森康二さんとかいろんな人がいるわけだからって。一番最初は呼びやすいから宮崎駿を呼ぼうって話になって、宮崎さんは「ルパン三世（：ルパン三世 PART2）」を終えて、しばらく休み取ってらっしゃったところだったんで、本当に呼びやすかったんですね。
来ていただいてお話していただいて、それが宮崎さんがここにそういう映画を志してる学生がいるんだなっていうことを、心の中に留められたみたいなことがあったんですけども、しばらくしたら池田先生から僕の自宅に電話かかってきて、宮崎がアニメーションをやるのに脚本を書ける学生を欲しがっていると。そういうプロの仕事をする人ではなくて、むしろまっさらなほうがよいと。
実はあとでわかるんですけど、「ルパン三世 カリオストロの城」というので、宮崎さんがいかにストーリーを説明しても全然そういうふうにシナリオ書いてもらえなかったっていうのがありまして、それあとでテレコムに入って引っ越しのときに、捨てる荷物みたいな中にそれの脚本の原版入ってたんで、もらってきちゃったんですけども「いるか」って言うから「読みますから持って帰ります」って言って、全然一つ一つのパーツは同じなのに、全く違うストーリーになっていたりして、全然くみとられてないな。そういうことで言うと、むしろまっさらの学生のような人に脚本書いてもらったほうがいいんじゃないかということを宮崎が言っている、あなた興味あるんなら行きなさいっていうのを池田先生に言われたわけですね。
そのときに、興味あるけども、そもそも脚本を書いたことがありません。脚本書いたことないんですけど、その前に池田先生が「ルパン三世」の絵コンテ再録のあとに、東映にたまたまあったっていう「キャプテンハーロック（：宇宙海賊キャプテンハーロック）」テレビシリーズのシナリオ持ってきて、これ絵コンテにするってどうだっていう課題をされたんですね。30分もの１本ぐらい自分で絵コンテ切るっていうのをやってて、池田先生はそれ見て、「できることをいろいろ詰め込んできてる」っていうふうには思っていただいたみたいなんですけど。だから、できるんじゃないかっていうことをまずおっしゃって、とにかく行ったほうが良いと。
そのときに、脚本は書いたことがあるふりをしなさい、はっきり言われましたね、あるふりをしなさい。ただ、書いたものを見せろって言われる可能性があるんですけど、学校に提出したから今見せられないと言い張りなさい、言い張りなさいということもはっきり記憶に残ってるんですけど。で、行ったわけですね。僕一人ではなくて、自分の同期と、あと前後の学年のたぶん下の学年だったと思うんですけど、脚本コースっていうのがまた別にあって、脚本コースの学生、僕だけが映像コースというのだったんですけども、それで何人かで行って、テレコム、新井薬師になる前ですね、どこだっけ。

――高円寺。

片渕	高円寺のときですね、高円寺のテレコムに行って、いろいろ話を聞いてストーリーをとりあえず書いて持ってきなさい。ストーリーを書いて持ってきなさいっていうことにしないと、どう選考していいかわからないからっていうことだったですね。何週間、２週間ぐらいだったかな、もらって、それを提出したわけですね。

――もともと「名探偵ホームズ」は読まれていたんですか、それともまっさらでした？

片渕	かなり読んでいました、子どものころにかなり読んでいました。うちの母親がそもそもミステリーが好きな人だったもので、かなり読んではいたんですけども。あとはだからポプラ社とかの子ども向けのものも読んでいましたし、大人向けの文庫本になっているのもちゃんと読んでいたりしましたから、わりとそこの中からいろんな要素を引き出せば、なんとかなるっていうふうには思ったわけですね。

――でもアニメにするとき犬になっているじゃないですか。

片渕	犬。

――そのへんは説明があったんですか。

片渕　それね、宮崎さんがどうも犬自体に抵抗していたのはあとでわかったんですけど。というのは宮崎さんがテレコム辞めるときの送別会のときに「あれはなぜ犬なんですかって誰も言いに来なかった」っていって全員に対して文句言ったんですけど。でもそれ以前にやっぱり「どうぶつ宝島」とかそういう作品があるのわかってましたから、ある種現実的なドラマとはちょっと違う方向に、いわゆる「漫画映画」っていうふうに自分では呼んでたし、宮崎さんも「漫画映画」って呼んでたんで、そこはすごく一致できたんですけども。漫画映画的な方向性にもっていきやすいっていうのがその犬、あるいは動物が登場人物であるときの、そういうものだろうなって感じて、そもそもいってるわけですね。宮崎さんはもうちょっと漫画映画的ではない、しっとりしたほうに少し寄りたかったようなところがありまして、僕が持っていったストーリーが、かなり漫画映画的な方向に振っていたもので、そのあと宮崎さんが「なんかわかった」って言ってどんどんホームズのシリーズをどんどん漫画映画のその要素を膨らませていくほうに、そこから変わっていったんですね。
最後はだから「おまえのせい」って言われましたけど。

――　もともと海外向けに、国内でも放送されますが、海外を意識して作られた作品だということですか。

片渕　日本とイタリアの合作でした。イタリアのRai1（ライ ウーノ）というテレビ局で、マルコ・パゴットという漫画家かイラストレーターの方がキャラクターを作って、それをもとにして進めるという話でした。宮崎さんは違うホームズ、ビーグル犬のホームズも描いていたのですが、マルコ・パゴットさんが描くものとデザイン的に違いすぎるので戻してほしいという、そのやりとりは何回かありました。
最初に2本ぐらい作っていたときに、Rai1のプロデューサーのスカッファという人とパゴット氏が来日してそれを見て、いくつか注文をつけて変えました。そのあとに作っていた「海底の財宝」はそれを受けて、キャラクターの色を途中で塗り替えたりしました。途中まで塗ったセルを捨てなければいけないということで、あとは少し登場人物のデザインを変えろということまで言われていたようです。
宮崎さんはわりとおとなしく、ではなかったですけど、クライアントの言うことだからということで聞く方向ではありましたね。無下には断ったりはしないということでした。
もう一つが、当時は国際送金がなかなかできなくて、製作費が送られてこないという話もこちらのほうまで漏れ伝わってきて、テレビシリーズとしての進行が難しいということもいわれていました。本当はテレコムは当時永田ビルの2階が制作で3階と4階が演出・作画だったのですが、3階班で1班、4階班で1班作って、あとオープロダクションで1班作って、3班のローテーションでテレビシリーズとして走らせようと思っていたのですが、オープロまで声をかけられる状況ではなかったようです。ただ3階4階では最初の何本かは3階4階合同でやっていましたが、途中からは3階4階が順番で入れ替わりで、どんどん進んでいきました。「名探偵ホームズ」の今6本たぶんテレコムで作ったものが出ていますが、8本目までは手掛けていました。それはもうたぶんものにならないというか、作画以前で終わっていたので、今何も残っていないのではないかと思います。

――　片渕さんの立ち位置としては、脚本で入ってそのままスタッフになったという感じですか。

片渕　一番最初は…
――　まだ学生。

片渕	学生で一番最初に行ったときには、脚本志望の学生が来ると思われていて、文芸室、文芸部を作って脚本専門のスタッフとして養成すると言っていたのです。それがとりやめになったので、どうするかと宮崎さんに言われ、絵コンテなど演出のほうが良いのではないかと思うと伝えたら、演出助手で残れと言われ、大学3年の冬休みから演出助手として通うようになりました。脚本の立ち位置としては毎日通う必要がなく、数日に一回書いたものを見せに行くという感じでしたが、演出助手になってからは、動いている作業にいきなり入っていかないといけない感じでした。

――　アニメの作り方自体をそこで初めて触れたという感じなんですか。

片渕　それが、アニメーションのいろんなことは、だいたい学生の間になんとなく飲み込んでいたわけですね。例えば、アニメーションの撮影台の機能なんかもひととおりわかっていて、「グループえびせん」でも8ミリでどれくらいのことができるだろうということに挑戦している人もいましたし、カメラの使い方や、撮影台の機能による撮影効果や映像表現は、作品としては手掛けていないものの、頭の中で組み立てたりしていました。なので、わりと即戦力的にそこでは機能できたのではないかと思います。
最初に「名探偵ホームズ」は撮影が高橋プロだったので、高橋プロに行って話を聞いてこいと言われましたが、高橋さんの過去の作品でどうやったかが全部わかるというのは、自分では使い勝手が良かったのではないかと思います。

――　文芸部がなくなって演出と聞いたとき、むしろ自分の得意なほうというか、望む方向に来たという喜びがあった感じ。

片渕　それもありました。いずれにしても、文芸という形でも潜り込めたら、演出のほうにシフトしていきたいと思っていました。ただ、大学生でまだいた月岡貞夫先生は「なんで作画じゃないんだ」と言って、ちょっとなんか「えっ、なんで？」って言われたりもしましたね。「アニメーターじゃないんだ」というようなことを言われました。

――　確かに当時としては、若者はアニメーター志望の人はすごい多いけどということですね。

片渕　多かったですね。多かったし、月岡さんはこいつはそういうふうになっていくだろうと思っていたようでした。

――　アニメーターとしての才能を見込んでいたから。

片渕　ただ見せた覚えがそんなにないので、絵コンテは見ていたのでしょうが、むしろ演出的な方向性を持っていないと思われていたのかもしれません。

――　当時テレコムという会社で「ホームズ」が終わって宮崎さんはまた抜けてしまったのでしょうか。

片渕　いいえ。

――　まだしばらくそのあともいらっしゃった。

片渕　そのあとに「リトルニモ」に入ったときにまだいて、そもそも「ホームズ」を止めたのが「リトルニモ」の作業に入らなければいけないからということでした。「リトルニモ」はそのころには、アメリカとの合作という形が成立していて、レイ・ブラッドベリにシナリオのもとになるものを書いてもらって、それが来たときに、宮崎さんに「これ読め」と言われたり、感想を求められたりとかもしました。

――　ブラッドベリのバージョンを読まれて、どんな感想を抱かれたんでしょう、宮崎さんとどんな会話をなさったんでしょう。

片渕　宮崎さんは思った以上に、いわゆるファンタジーではないのです。ファンタジーというイメージがフワフワしているものではなくて、例えば「リトルニモ」のニモという男の子がいて毎晩夢を見て、夢の世界に行くといろんな夢の世界の中の人がいるのですが、この人は普段どうやっているのかな。例えば、みんなで橋を支えている男たちがいるわけです。こいつら家に帰って晩ご飯を食べるのかっていうわけですよね。かなりリアルな世界でないと受け入れないという感じがしましたね。
ブラッドベリは、ある種の文章表現のほうだから可能なものを書いてきているような気もしましたし、宮崎さんはそこではあくまで視覚としてきちっとした、かちっとした世界があるものとして描きたい、というかそれしか発想しないというようなところがあって、明らかに接点がなさそうだと思いました。ストーリーのどうのこうのではなくて、そもそもイメージの抱き方がまるで違うと思いました。これもっとあとに、宮崎さんと話したんですけど、「ネバーエンディング・ストーリー」のファルコンがあんな形をしているのは納得いかんと言っていて。

――　映画のほうですね。
片渕　映画のほうですね。あれは子どもの想像したものだから、子どもの想像力の限界があれだったと思ったらいいのではないですかと言ったら、そんな考え方は今まで全然したことがなかったけど、そういうのもあるのかと言われました。
たぶんだから、もっと客観的に存在しているものというそういう世界、それを視覚化することが宮崎さんの映像制作の根本にあることだったような気がするんですよね。

――　「リトルニモ」もずっと制作が長く続きながら結局は実現しなかったわけですが、でも僕は結構アニメ雑誌で「リトルニモ」ができるという記事が先に出てて。

――　出てましたね。

――　結構興奮して期待して待ってた、楽しみに待ってた感じだったんです。

片渕　『マンガ少年』という雑誌があって、朝日ソノラマにチラッと出ていて、そのときにはテレコムで「リトルニモ」の作画をするスタッフを募集するというのも出ていたのを覚えています。
その前には、月岡さんが同じ東京ムービー新社の藤岡豊さんがプロデュースする「さよならジュピター」を監督するというのを『マンガ少年』で読んでいました。モンキー・パンチキャラクターというものでしたが、大学で月岡さんにそれを聞いたら「僕はああいうの嫌いなんだ」と言われて「パニックものは嫌いなんだ」という言い方でした。そういうふうに捉えていたのだなと思ったりもしました。
とにかく月岡さんが最初にテレコムの創立者というか、そういう立場の人だったのですが、辞めて大学におられるわけです。ややこしいんですよ。どういうふうに月岡さんと話すべきか、どこまで話していいのかなとかってちょっと悩みましたが、そういう中で先ほど言った「作画じゃないんだ」というのは、そういうようなニュアンスかもしれないと思ったりもしました。
ただ、ブラッドベリがそういうのを書いて、それに対して宮崎さんは何年も前から実は「リトルニモ・イン・スランバーランド」のストーリーを作ってたんですね。明らかにそれも違うわけですが、それを止められて、そのストーリーを進めるのを止めて「ホームズ」をある意味でやらされていたということもだんだんわかってきたわけです。
というのは宮崎さんが書いた「ニモ」のイメージボードが、スクラップブックに貼られて社内にあったからです。あるいは他の「風の谷のヤラ」とか、そういう企画のスクラップブックもみんなあって「もののけ姫」とかあって、それを見ているとどうも宮崎さんはここではうまく、流れの中にはまっていないのだな、やりたいことがたくさんあって、しかしそれがはまっていないのだということも理解できたわけなんです。

――　片渕さんの諸作を読ませていただくと、今お話になった「もののけ姫」の話も出てきたのですが、具体的には宮崎さんの中でも既に、あの映像になった「もののけ姫」のイメージだったのですか、それとも全然違う。

片渕　全然違います。「もののけ」というのは「となりのトトロ」みたいなデザインのものがいまして、あとは「美女と野獣」のストーリーを日本の戦国時代に置き換えた、そのままだったと思います。

――　「リトルニモ」は結局パイロット版を手掛けることになりますよね。

片渕　はい。

――　あれは、一回そこまでの節目として作ったということも前にインタビューで。

片渕　微妙に違います。というのは、「リトルニモ」は、宮崎さんがどうはまるのかわからなかったのですが、プロデューサーの藤岡さんの中では、日本側の監督は高畑にやらせたいというのがかなりあったようです。宮崎さんがその下でスタッフをやるのかどうなのかが曖昧だったんだけど、宮崎が「やらない」と言ったので、藤岡さんとしては逆に高畑さんに絞れたということだったと思うんですけども。
実際に宮崎さんがテレコムを退社するときに、高畑さんといろいろなことを話したようで、僕もそこに呼ばれて、宮崎さんが「おまえのことはパクさんに頼んどいたから」と言うのですが、高畑さんは別にそんな若いものが一人どうなろうと構わないという感じの方でいらっしゃるわけです。自分がもの作るほうが必死なのだというようなことだと思うんですけど。
高畑さんがそれで作り始められて、最初にストーリーをまとめる段になって、一人ではまとめられないので、誰か相手してくれる人がいたらその前で話すから、それをとりまとめたいということで、僕はそれで相手しようと思ったのですが、制作のほうからとりまとめる人がいるから、書記として全部メモを取れと言われて、やってたんですね。
それで3週間ぐらいだったと思いますが、もっと短かったかもしれませんが、ストーリーをひととおり組み立てて、高畑さんはそれを持ってアメリカに飛んでしまうわけです。アメリカではしばらく近藤喜文さんとか友永（：友永和秀）さんとか山本二三さんとかも行って準備をしていたのです。ただ、ゲイリー・カーツとどういうふうに接点を持てるかというところでは、ガタガタしたわけですね。
結果的に、藤岡さんが別の企画のために高畑さんを温存するために、藤岡さんが高畑さんを下したんです。高畑さんは「もっとやりたい」と言ってたんだけど、そんなところで軋轢が生じるぐらいだったら、やめてもらって次の企画に進んでもらいたいということだったようです。近藤喜文さんがそこで監督になるわけですけど、近藤さんは僕に演出補佐として入ってほしいと言ってきまして、今度は近藤さんと友永さんと僕とでアメリカに行ったりしていたわけです。
そのあとに、ストーリーがとにかくできないというので、近藤さんがそれに専念するという状況になってきたわけです。近藤さんが専念している間、その間は日米合作でディズニーのやり方、作画のスタイルなどをディズニーの人から聞いたりして取り入れていたわけですが、それをまず現場にいる作画のスタッフに実践してもらいたい。もう一つが近藤さん一人がいない間、手が空く社内のスタッフで何か手を埋めるための仕事をやらなければいけないから、パイロットフィルムを作りましょうということになったわけです。
なので、基本的には友永さんがキャラクターの動きなどは見ているのですが、カメラワークなど僕が全部演出していて、パイロットフィルムの絵コンテもその近藤さんと友永さんと僕と3人で打ち合わせして、僕が以前やった高畑版の絵コンテなどからイメージを切り出したもので、自分で再構成したものだったりするわけです。だから、半分以上が僕の字でト書きが書いてあったりするのですが、つまりいってみると、そんなにちゃんとしたものを作ろうと思っていないのです。手が空いてしまう現場の若い人をとにかく慣らせるため、あるいはその間何も仕事がなくなるのを防ぐためにやりましょうということでした。あくまで、近藤さんの脚本ができてきて、ストーリーができてきたら、その先にそれが展開していくということの原点であって、そこで何かを終わりにするというニュアンスは全然その時点ではなかったんですね。
そのときに「ニモ」というのが、70ミリ映画になるということで70ミリを本格的に使ってみたりして撮影したり編集したりしてみて、それも含めて本当にパイロットフィルムとして実践で70ミリを使うとこうなるのだなということを、その過程で理解していったということです。

――　具体的には70ミリのどういうところが、違う編集が出たのでしょうか。

片渕　いわゆるスタインベックなどが使えないのです。

――　フィルムを横に走らせたという話ですよね。

片渕　そうですね、35ミリのフィルムを横走りにしてマルチにコマを使って撮影して、それを70ミリ、65ミリのフィルムに焼き付けてラッシュを作るのですが、その65ミリのラッシュが走らせられるスタインベックがないのです。それでドイツのケムというのを取り寄せて船で運んできて、鋼鉄の巨大なデスクですから、それでやっていました。
――　それはちょっと驚きの。

片渕　それでなおかつ藤岡さんの下にいた池内（：池内辰夫）さんという元虫プロのプロデューサーの方がいらっしゃって、虫プロではそういう大きな撮影も既にやっていたので、アニメラマでやっていた時の経験で言うと、70ミリのカメラをちゃんと別のものも持っているほうが良い、控えのものを置いておいたほうが良いと。例えば、雨などを70ミリで撮って合成するような局面があるかもしれないと。70ミリのカメラがどこにあるのかと思ったら、日芸の映画学科にあったので、借りに来たのです。借りに来たら、ちょうどつくば万博の時で、皆「あれは映像万博だ」と言われるようなものだったので、70ミリのカメラがほぼ貸し出し中で、「大映で『釈迦』を撮ったときのカメラあるのだけれど、貸して今ないよ」と八木先生というここの教授に言われて、それですごすごと帰ったりしました。70ミリは本当にそういう意味で言うと、機材はとにかく既存のものが使えない、アニメーションでその70ミリをやるということがかなり大きな足かせになるような気もしていました。
セルなども70ミリだからよく映ってしまうので、大きなセルに描かないとダメになってしまう。小さな粗を拡大して70ミリで映しても仕方がないから、初めから大きなセルを使わなければいけないとか、あるいはゼログラフィのマシンで動画の絵をセルに定着させていたのですが、それも粗が出てしまうから、全く違うゼロックスのシステムを一からやらないとダメかもしれないということで、ゼロックスと話をしてコピー機を借りてきました。コピー機にロールで紙が入るコピー機があって、下に大きなロールがあって、ロールの代わり、紙の代わりにロールのセルを入れて、コピーで動画の線をそのまま転写する。ただ普通はその転写したときにカーボンが熱で定着するんですけど、熱定着するとセルが曲がるかもしれないので、薬品定着っていうのをやります。その薬品が入っているところに入れて定着させる、その蒸気みたいなので気化した定着液というか、溶剤の気化したもので定着させるっていうやり方です。
さらに、それはロールがコピー機の中で縦に移動するので、縦傷が入ってしまう。するとアニメーションの撮影が左右からライトを当てるので、横傷はまだ消しやすいのですが、縦傷が消えないので、ポラロイドフィルター、偏光フィルターをカメラのレンズ前に置いて、それを消す方法を考えなければいけないということとか、それの実験をしなければいけないということがいろいろわかってきたのです。
プラス、マルチプレーンのカメラを作るんだって言われて、そういうものも全部の実験みたいなことをパイロットフィルムの中でやっていたような感じです。

――　そういうことしてみると、また全然違いますよね、きっとね。

片渕　はい、全く一からシステム的に作り直すみたいなやり方でした。
――　撮影台もとだいぶ違うものを使われたって、モーションコントロール的。

片渕　モーションコントロールにはなっていました。モーションコントロールの使い初めぐらいでした。今までハンドルを手で回していたのが全部コンピューターで動くので、コンピューター制御になるので、同じ撮影の軌道を何回もトレースできるので、複雑な合成もできますよという話ではあったわけです。
その機械で出﨑統さんのスタジオあんなぷるのほうで「スター・ウォーズ」を作っていたりもしまして、「スター・ウォーズ」は宇宙船が縦にガーッと来るのですが、縦を全部宇宙船を輪切りみたいにして、一つずつの拡大比を変えていくわけです。そうすると、手前ほど大きく迫ってくるみたいなものができる。そういうのもあんなぷるのほうで作ったりもしたのですが、そういうようなカメラテストを兼ねてパイロットフィルムではかなり、全体としてのダナシみたいなことをやっていたわけです。

――　ちょっと話が変わるのですが、当時テレコムのスタッフの方々は社員みたいになっていた。

片渕　社員です。

――　社員ですよね。何人ぐらいいらっしゃったのですか。

片渕　何人かわからないですが、40人よりはもっといました。仕上げ技術もいたし、かなりいたと思います。

――　そういうのを結構支えていくのも結構大変ですよね、その仕事をどんどん取らなきゃいけないとか、普通にしてたら結構人件費がどんどん出ちゃうようなことになっちゃうと思うのですが。

片渕　ですから「ホームズ」とそれから「ニモ」のあたりでは、かなりフランスとの合作とか、それもパイロットフィルムでしたが、ある種お金が出やすかったのかもしれないですが、そういうのをいくつかやったりしていました。

――　あとテレコムって会社は、大塚さんもいらっしゃったので、技術さんたちもいらっしゃるので、日本のある意味東映動画の知恵を受け継ぎながら、ディズニーのスタッフも入ったりして、世界のフルアニメーションの二大潮流が合流する場所みたいな印象もあるのですが。
片渕　そうですね。

――　それどうですか。

片渕　まずアメリカに行く前かな、最初はオリー・ジョンストンとフランク・トーマスというアメリカのディズニーのナイン・オールドメンの中の最後の二人現役だった方たちがいらっしゃって、レスキュアーズを最後に引退されたわけです。どちらかのお子さんが日本の方と結婚したので、日本に来たというときに、せっかく日本に来たので何か上映と講演をやるというのがあって、それをアニドウの並木（：並木孝）さんがやったのです。
僕はえびせんの特別会員みたいなのを並木さんが務めていたので、動員されて映写室に入っていったような気がするのですが、映写窓から見ていたら、東京ムービーの藤岡さんがフランク・トーマスとオリー・ジョンストンに挨拶に行く、並木さんにちょっと肩を叩いて「ちょっと挨拶させろよ」みたいなことをやっている場面が目に入っていたのですが、それがまさに、そのあと自分の身の上に関係するとは思わなかったのです。
結局要するに、藤岡さんは日本のテレビアニメとしてのアニメーションにもう見切りをつける覚悟で、テレビ局との関係や作品をどう作るかということで、いろいろガタガタしているところがあったのかもしれませんし、それでもっと主体的にアニメーションの制作会社が動けるような立場を得るために、海外に進出したい。海外に進出する以上は、初めはフランスとかイタリアとかの合作、その当時は「Co-production」と言ったのですが、合作といっても日本のほうが対等ぐらいの権利をちゃんと持つという権利、あるいは創作にあたってもそういう立場を持つということで、下請けではないということを明確に言ってやっていらっしゃったのです。
アメリカ、特に三大ネットワークとかハリウッドの映画の中に入っていかないと、結局世界的なマーケットは手に入れられないのだということになって、その「ニモ」をすることになったわけです。そうするからには、世界で受けている、見られているアメリカのアニメーションというものはディズニーの作画スタイルなので、ディズニーの作画スタイルをテレコムの中に取り入れる、戦略的にそうする必要があるということだったわけです。そのために、先生となってくれるフランク・トーマスとオリー・ジョンストンにそのことを教えてもらう立場になってくださいということを、どうも頼みに行ったみたいだったわけです。
実際、一番最初僕は行かなかったのですが、作画の原画の人たちがアメリカに行って、フランク・トーマスやオリー・ジョンストンなどに聞いて研修を受けてきて、そのあと「ニモ」のアメリカ側の監督はディズニーにいたアンディ・ガスキルという人が立つのですが、アンディがもう一人ランディ・カートライトという人が近くディズニーを辞めるので、その人を「ニモ」のスタッフの中に引き込んで、その人にディズニーの作画のスタイルをレクチャーしてもらおうということになったのです。レクチャーして、それをまた僕がメモにして配り物を作るみたいなことをやっていたりもしたのですが。
大塚さんはかなり昔に、東映動画が本格的に稼働する前はやはりアメリカの下請け、これは完全に下請けなのですが、やっていたことがあって、そういう経験もあるみたいなのです。それとディズニーの作画のスタイルってどういうものなのかというのを、当時のディズニーの本なのかな、そういうところから拾ったものを日本語に翻訳して、東映動画の中で社内に配っていっていったという、そういうのも今でも持っていらっしゃって、それを照らし合わせたりしてやっていたわけです。
照らし合わせてみるとわかるのは、両方ともどうも「ピノキオ」のころの技術がベースになっているようだということだったりするわけです。もうそのころからディズニーのスタイルは揺るがないみたいなことだったわけですが、1938年でしたっけ、だから、そのころのものなのだと思いながらやっていたのは覚えています。

――　片渕さんはいろんな仕事を同時並行でやっていたりするので、時系列が少し重なったり離れたりする質問になってしまうかもしれませんが、お許しください。

片渕　はい。

――　スタジオジブリともその後関わっていくわけですが、最初、ジブリのほうにコンタクトをするきっかけというのはどんな形だったのでしょうか。またその後「魔女の宅急便」で演出のほうに入られるのですが、監督を打診される予定だったとか、そういうこともあるのですが、そのあたりの流れについて教えていただきたいのですが。

片渕　結局ですね、テレコムでは高畑さんが監督から降りられて、そのあと近藤喜文さんがアンディ・ガスキルと共同監督ということになって、それも降りて、順番がどちらが先かな、出﨑統さんが監督になった時期があって、結局テレコムでやるのだからといって大塚康生さんが監督になって、僕が辞めてしまうとあとがないという話を大塚さんがしていて「あなたも手伝って」という話で、手伝うってその僕はまた前みたいに演出補佐なのですかと言ったら「共同監督でいい」と言われたのですが。
ただ、そのあとに最近になって、東京ムービーの資料を発掘したら、僕の名前は共同監督で載っていなかったのです。ただ脚本の作業をやったというのはそのときにはちゃんと記録には残っていたのですが、その脚本自体がどこに行ったかわからないのですが、結構そういう意味で言うと、いろんなことを経験してきたうえで、ウィンザー・マッケイの「リトルニモ」に回帰するならばこういうことなのではないかということを書いたつもりで、割と大塚さんもそれは「これでいけるのではないか」と言われていたのですが。ただ、それが通用しなかったのです。
というのは、藤岡豊さんは世界に打って出る以上は、もうビッグネームが顔を揃えた作品にしなければダメなのだ。レイ・ブラッドベリは今取り込んでいるし、それから美術デザインはメビウスにやってもらうのだ。「ニモ」の声は誰がいいかなと、「E.T.」の男の子はどうだと僕は聞かれましたが「どうだ」と言われて、その前にやらなければいけないことがあるのではないかと思ったのですが。
そういう中で、たぶんはまらないのはもう間違いなくなっていて、あまり機能できないと思ったので、そのあとちょっともう一つだけアメリカとの合作をやって、テレコムを辞めてしまったわけです。辞めてどこへ行こうかと思ったら、その前に近藤喜文さんが「ニモ」から降りて辞められていて、日本アニメーションにいたのです。「日本アニメーションに入れますか」と言ったら「話をしておく」ということで行ったら、日本アニメーションの多摩スタジオに行ったら、どうも各話コンテだったのです。何か話が違うなと、近藤さんがどうも気弱にもきちんと話をしてくれていなかったみたいなのです。
どうしようかなと思っていたら、やはり日本アニメのほうでそうやって新規採用するのがちょっと大変な時期だったらしいのです。「赤毛のアン」のときに高畑さんの演出助手だった人たちがみんな演出になっていたのです。それまでは高畑さんが一人で演出やっていたのだけど、「赤毛のアン」の時期にその人たちが全員演出になっていて、一部監督にもなっているような時期だったので、また一人入ってくるというのはなかなか結構難しいような感じだったのです。
近藤喜文さんと山浦浩子さんというご夫妻なのですが、お二人が知り合ったのがそもそも「映産労」労働組合で知り合ったのです。映産労はその当時は虫プロにあったのです。「虫プロだったら紹介してあげるけど」と、あれは山浦さんに言われたのかな、行って虫プロにいたわけです。そういうことで虫プロの仕事をいろいろやっていて、虫プロは虫プロでなんとなく「親と子のよい映画を見る会」などと一緒にやっていたので、映画を作る会社ではあったわけです。テレビアニメの下請けということではなくて、自分たちの企画でもってやっていくような会社だったので、ここはここでおもしろいかもしれないと思って企画を、半分企画部員みたいな形で、みたいのをしていました。企画書とか結構いっぱい作ったと思います。
そうしたらですね、ちょうど「魔女の宅急便」が佐藤順一さんに振られた直後だったらしくて、ほかの人たちももうなにかやってくれそうにないみたいなので、もうあとあなたしかいないからと、むしろ向こうから連絡が来たので行ったのです。そのときはだから、虫プロは別に社員ではなかったのですが、虫プロから出向という形で行ったので、最終的には虫プロに帰るつもりで行っていて、この仕事一本ということで、別にジブリに入ったつもりは全くなくて。
そのジブリというのは、固定スタッフがいなかった時期だったので、社員というのは制作がいるぐらいなのかな。制作が一人か二人ぐらいは社員ぐらいで、あとは原徹さんが社長としていて、ほかの人たちはみんな作品ごとにラインプロデューサーから含めて作品ごとに集められては、作品が終わったら解散するということだったので、帰る先をちゃんと用意しておかないとダメなので、虫プロにまたちゃんと帰ってくるつもりで行っていたりする、という感じです。だからそんなに、ジブリからこちらから声かけて行ったということではなく、向こうから「もうほかにいないから、やれ」みたいな感じで言ってきて。

――　行ってみていかがでしたか、実際仕事の内容というか、プロセスというか。

片渕　ちょっとそのころは、鈴木敏夫さんの立ち位置が今とだいぶ違っていて、そもそも『アニメージュ』の編集長という立場でプロデューサーではなかったのですよね。その中でうまくみんなが機能できるように立ち回るみたいなことを、間に入って調整役みたいなことを鈴木さんがやっていらっしゃって、そういう意味では結構気遣ってもらったなと思うのですが、そういう立場の人が入って気遣わなければいけないぐらい、ちょっと面倒くさい場所だなと思ったのです。おそらく佐藤順一さんが面倒くさいと思って辞められたのだと思っていて、ご本人には聞いていないのですが、佐藤さんはここの一期上の先輩だったりするのです。
そういうようなこととかがあったので、あまりのびのびと仕事できるという感じは全くなくて、なにか型にはめられていくみたいな感じがあったものだから、それだったらあまりいても仕方がないと思って。結局、その辞めるみたいな話になったときに「辞めてもいいけど、作品の終わりまで見届けてくれ」というのが鈴木敏夫さんに言われたので「では、終わりまでいようかな、一応います」ということでいたわけです。
終わってですね、吉祥寺の第一ホテルで打ち上げをやるというときに、喫茶店にちょっと呼ばれて、行くといるのが高畑さんと宮崎さんと鈴木さんと僕だったのかな。「次の企画これしかないのですよ」という話をそのときにしていたのは「おもひでぽろぽろ」だったのです。高畑さんはそのときに四方晨（しかたしん）という人の「国境」をやるつもりで、準備もかなり進めていたのですが、どうしても中国がらみになるわけです、場所が中国だったりしますので。そのころにはジブリの裏側には徳間康快さんがいたのだけど、徳間さんは中国との関係を一生懸命築いていらっしゃって「未完の対局」とかああいう映画撮っていたので。
ところが、ちょうど「魔女の宅急便」やっている最中が天安門事件だったのです。天安門事件発生して、いろんな中国との関係が全部止まってしまったので「国境」もできない、断念するしかないということを打ち上げの場で徳間康快さんが話したのかな、そんなこと聞かされてもというのもちょっとあるのですが。ただそれで、ああ、では次は「おもひでぽろぽろ」しかないのだな。「おもひでぽろぽろ」は録音監督の斯波重治さんが「これおもしろいのですよ」って持ってきた、それは僕もなにか「これおもしろいのですよ」と斯波さんが持ってきたのは見ていたので、それしかないのかという逆になにかちょっと、ものすごく心細い感じがしたのですが、「国境」だったらひょっとしたらなにか自分はそのまま高畑さんのところに引き続きいたかもしれないのですが、別にそれだったら別にそのまま虫プロに帰って大丈夫なのだなと逆に思ったみたいな感じです。ただなぜそこに呼ばれたのかが、全くわからなかったのですが、おそらく「残れ」という意味だったのだと思うのですが。

――　そうでしょうね、期待されていたのではないですかね。

――　テレコム時代から「魔女の宅急便」までの、ちょっと話が前後するのですが、間、宮崎さんと接点は何かあったのですか、「ナウシカ（：風の谷のナウシカ）」のころとか。

片渕　「ナウシカ」はそもそも、宮崎さんはテレコムを辞めて、辞めたのだけど「風の谷のナウシカ」をやるといって、最初にテレコムにまたその企画を出しに来たのです。「それをやりに戻るから、そのときあなたまた頼む」みたいなことを言われていて。ただ、その「リトルニモ」をやるから引き受けられないと言われて、宮崎さんは今まで仕事したのが日本アニメーションと東映動画だったので、そこを全部回って、それみんなちょっと断られていたみたいなのです。それで最終的にトップクラフトの「太陽の王子 ホルスの大冒険」のときのスタッフである原（：原 徹）さんがやっていらっしゃるトップクラフトで引き受けてもらったみたいな感じだったと思うのですが。
僕はだからそれで、宮崎さんからはその「ナウシカ」の脚本をやれと言われていて、その話を中野サンプラザの前の噴水ではないな、あそこで石段みたいなところで待ち合わせをした記憶があります。結局ちょっといろんな事情で僕それができなくて、いろんな人間関係的なことがあってできなくて、断ることになってしまったのです。そのあと「天空の城ラピュタ」は今度はだからストーリーは自分が書くから、演出助手をやれと言われたのですが、なんとなく「もう脚本とかではまらないのだな」と思っていたので、それもお断りしてしまったわけです。
そういうことがあったうえでの「魔女の宅急便」だったから、ちょっと向こうとしても宮崎さん側としても、態度が微妙なのです。「今まで散々断りやがって」という感じがちょっとあるわけですね、おそらく。だから「お前なんか下っ端なのだから」というのがものすごく強く来るわけです。「ナウシカ」を一緒にやろうと言ったときに、本当に仲間という感じをしてくれていたのですが、だいぶ変わったなという感じはちょっとあって、それもそのあとそこにいにくかった、ジブリにそのまま残っても仕方がないと思ったところでもありました。
なおかつ「ナウシカ」は、僕は結果的に全然関わってないんですけど、並行して「ナウシカ」に併映をつけなければいけないということになって「名探偵ホームズ」が中途半端に作りかけになっていたのを完成させるという仕事をやることになったわけです。それは「ナウシカ」のプロデュースが高畑さんだったので、高畑さんがプロデュースする下でやるということになってやったわけです。
なので、その音響、アフレコダビングなどそういうのも高畑さんがついてきてくれるわけです、プロデューサーとして。僕は演出として行くわけです。絵と音がマッチしていないところなど、そういうのは僕がなんとか応えたり、切り抜いたりしないといけないわけですが。
そのときに、高畑さんに「ナウシカ」にあなたが脚本家として関わらなくてよかったみたいなことを言われていて、関わっても無駄でしたよと、宮崎さんが自分のやりたいことしかもう主張しなくなっているから、そこで第三者が入る余地がない。自分も少しいろんなアイデアを出したけど、全くはねのけられたみたいなことを言っていて。それがその「ナウシカ」のときはそうで、そのあとに「ラピュタ」のときもやはり、もう脚本は書かなくてよいみたいなことだったので、どんどんどんどんそういうほうへシフトしていっているのだなということもわかったわけです。
高畑さんはそういう意味で言うと、そんなに「ナウシカ」とか「ラピュタ」とかに納得していたわけではないなというふうにちょっと思いました。「魔女の宅急便」のときも、初め僕はまだ監督としているときに、宮崎さんがシナリオを書くということになったとき、高畑さんは今度はプロデューサーではなかったのですが、外部の人としてちょっとそのプロデューサーが脚本を書いて監督に渡すというのはどういうことなのだということを言っていたのです。ちょっとそういうような関係とかがあって、ちょっとややこしいことにはなっていたみたいに思います。

――　「魔女の宅急便」では、田中栄子さんがデスクでよかったですか、制作ですか。

片渕　制作。

――　「魔女の宅急便」田中栄子さん**時代が**。

片渕　そうですね、デスクという立場だったかな。そこで初めてだったと思います。宮崎さんとスタジオの下での喫茶店みたいなところで、ちょっと話をしていたら、田中さんが最初に出てきて、上から降りてきましたみたいなことを言って、ちょっと挨拶したのが最初だと思います。まだミニスカートなどはいていて、そういう感じでした。

――　その後STUDIO４℃を作られるときに、今度一緒にやろうという感じになったのでしょうか。

片渕　４℃を作ったときは、まだ最初にできたときはまだ僕は虫プロにいたのですが、結局虫プロのほうでいろいろやっていた長編の企画みたいのがあったのですが、虫プロだとどうしても力関係みたいなことで、上に実写の監督を立てないといけないらしいのです。実写の監督の名前でアニメーションの映画を公開するというのは、当時1970年代80年代はかなりあったわけですが、その形しか取れないような感じもちょっとあったものですから、自分の書いている、脚本なども書いていたのですが、それがどういうふうにうまく世の中に出て行くのかというとき結構難しいものだいぶあるなと思ったりもしましたし、プロデューサーが明田川（：明田川進）さんと虫プロの社長の伊藤（：伊藤叡）さんともう一人いらっしゃったのですが、小森さんという方がいらっしゃったのですが、この3人で片渕君が書いた脚本についてもう喧々諤々話をしたと、「これをどうやって世の中に出せばよいのかよくわからない」みたいなことになっていて。結局、そういう面倒くさい話に結局なるのだなと思ったので、ちょっと虫プロからも撤退してしまったのです。
その前から、STUDIO４℃のほうからは、虫プロに短編などの仕事をやってくれないかみたいなことを僕がいるからというのがわかっていて声をかけてくれていたりしたのですが。辞めてしまったので、結果的にその４℃に行くことになったわけです。４℃がまだ保谷のあたりにある普通の一軒家だったころで、森本晃司さんと佐藤好春さんとあと何人かいて、制作の人は台所にいるみたいな感じでした。

――　もともと田中さんが住んでいらっしゃった自宅を。

片渕　そうです。

――　ですよね。

片渕　そうですね。そういうようなところだったのですが、畳が敷いてあったりもしましたし。お風呂は使わないようにしましょうと、お風呂まで使い始めるともうここが生活の場になるから、あくまで仕事場としていましょうみたいなことだったのですが、結構寝泊りする人が多くて。僕が朝行って寝ている佐藤好春さんを起こすと、好春さんがジブリに行って「紅の豚」の作業をやるみたいな、そんなような感じだったのかなという感じでした。
そこで、だから田中栄子さんはそのあとすぐに、大友克洋さんから森本さんが「AKIRA」で一緒にやったからという縁で声がかかってきて「MEMORIES（：メモリーズ）」その一番最初の「彼女の想いで」を森本さんがやるということになって、ちょっと４℃の風向きが変わってきたのですが。
ちょうどそのころかな、どちらが先だったか忘れてしまったのですが、「片渕さんもその監督作を持たなければいけない」ということで「アリーテ姫」という企画を持ってきて、それをどうこうしていこうということになったわけです、1992年だったと思います。というのは、その本が出たのがその年のようなので、おそらくそのすぐ直後だったのではないかな。

――　原語版も読まれてということを読みましたけど。

片渕　ちょっと意図がわからないところなどもあったので英語、本当だったら作者に聞けばいいのですが、作者とはコンタクトがうまくとれないみたいなことも言われて、たまたま「アリーテ姫」の出版はその当時結構ブームになっていて、絵本版も出ていたし、それから中学英語の補助教材用として英語版が丸ごと一冊出ていたりもしたので、中学生が読めるぐらいのものなのでわりと読みやすくて、それ全く丸々一冊自分で翻訳したりして、本来のニュアンスみたいのをつかもうということをしたりもしました。

――　翻訳はちょっとニュアンスが違う感じで、エピソードも違うのでしたか。

片渕　そうですね、あるいは強調しているところはちょっと違うような気がしたのと、「アリーテ姫」という主人公を本当に肯定しているのかどうなのかが、原作のほうではわからない感じがあるのです。日本語版ははっきり女性のヒーローとして立てようという意図があって、翻訳したグループの人たちはそういう意図でもって本を作っていらっしゃるので。もともとはどうも違うのではないかな、違うニュアンスがそこに込もっているのではないかというふうにもちょっと思ってしまったわけです。
「アリーテ姫」というのは、女性だからお姫様だから、どこか悪い魔法使いに閉じ込められたときに、白馬の王子様を待つのではなくて自分で切り抜ける。ところが、読んでみたら自分で切り抜けていないのです。全てがただボーッと、その時が過ぎるのを待っていたら、事態のほうが勝手に動いて、なおかつ事態は偶然によって全部収拾されるということだったので、これは本当の意図は真反対なのではないかな、こういうような生き方はダメだということをその「アリーテ姫」という人物で示しているのではないかとちょっと勘ぐってしまったわけです。
本当のその原作者の意図はいまだにちょっとわからないのですが、自分の読み方では、それでもって貫かれているお話のように思えて、なにせその「アリーテ姫」というのは悪い魔法使いを倒すのですが、倒し方がたまたまびっくりした悪い魔法使いがヘビにびっくりして、ワーッとどこかへ飛び出したら、ウマにひかれてしまうというだけの話でアリーテ姫は何もしていないのです。
そのあと悪い魔法使いが治めていた国が、自分たちの国になりましたと言ったときに、「自分たち」と言っているのは、そのあたりに住んでいる女の人たちなのです。「では、僕たちがこの国は治めますから」と言われて、アリーテ姫は世界を巡る旅に出るというのだけど、追い出されたのではないかな。「僕たちが治めますから」というこのセリフは何なのだろうと思って「あなたの代わりに治めますから」というよりは「あなたはほぼ今まで何もしていないわけで」というふうに読めてしまったわけです。
それをどういうふうに自分で咀嚼していくかというところで、結構時間がかかったというよりはむしろ、企画を成立させるために時間がかかっている間、そのいろんな咀嚼の仕方があるのだというのを繰り返し繰り返し脚本を書いては一からやり直すということを繰り返したのです。最後まで行った脚本が何パターンかあったりするということだったりします。
でもそれはだからすごく時間がかかったので、その間にいろんなテレビシリーズの絵コンテなどする時間があって、ある意味で言うと武者修行みたいなことは十分できたような気がします。

――　日本アニメの名作シリーズ（：世界名作劇場）もたくさんやられています。

片渕　そうですね。

――　それはだいたい同時並行でやられている感じなのですかね、この時期って。

片渕　そうですね、だから４℃にいる間にやっているはずです。４℃というのはそういう意味で言うと、場所があるというだけで「魔女の宅急便」のときに集まったスタッフが、解散してバラバラになってしまうぐらいだったら、同じところに机を置いて場所を定めておけば、またいつか一緒に仕事もできるでしょうという場所としての４℃だったので、そういう意味では、そこで何をやるかは自分で仕事を取ってくるみたいなことも必要だったわけです。

――　そのシステムというかそういう感じだったのですね。

片渕　そうなのです。なおかつそこで、たまたまなのですが、ジブリの仕上げをやっていらっしゃった保田道世さんから電話がかかってきて、保田さんはその前日本アニメーションにいらっしゃったので「日本アニメーションのほうで絵コンテ切れる人を探しているということで紹介しておいた」と言われて。しばらくしたらその日本アニメーションのほうからコンタクトされてきて、最初は横田和善さんの「私のあしながおじさん」だったと思うのですが、それの絵コンテからやることになったのです。そのときはひょっとしたらまだ虫プロにもいたので、たぶんその作品はペンネームでやっているはずです。虫プロの社長には「これこれこういうような事情なので」という話は通してやったのですが。しばらくいて、確か「トラップ一家（：トラップ一家物語）」というのをちょっとだけやって、そこまで虫プロにいた記憶がありますね。

――　そのあとが「若草物語」とか。

片渕　「若草物語」そうですね、それは「若草物語」は４℃でやったように思います。

――　どちらかというと、名作もので子どものころというか若者のころに、それこそベータマックスで高畑さんや宮崎さんの作品を見られたと思うのですが、そういう原点である名作シリーズ（：世界名作劇場）に関わるということでなにかこう自分の中では「こういうことやってみよう、やってやるぞ」みたいな気持ちはあったのでしょうか。

片渕　ただなにか、やはりそこではもうなにか違う形としての「世界名作劇場」というのが出来上がってきていたので、明らかにその高畑さんがやっていたころのものとは違うなというふうにもちょっと思いましたし。実際そのあとにもうちょっと分けて見てみると、中に入ってみるとわかったのは、かなりテレビ局主導になっていたりもしたのがわかったので、ちょっとだいぶなにか趣きが違うような気がしました。

――　テレビ局主導というと具体的には。

片渕　だから、本読みみたいのをテレビ局でやるみたいな感じだったのです。

――　「七つの海のティコ」というのはオリジナルなのですが、これはどういう経緯でオリジナル作られる感じなのですか。

片渕　わからないです、だからこれはだからフジテレビのほうで、むしろフジテレビのほうでそういうふうにやりたいというふうに言ったのではないかと思うのですが。中に脚本がまとまりきれなかったということで、指名されて絵コンテもなんとかしてくださいと言われたのがちょっとありました。

――　すごいですね。
片渕　それテレビ局から指名されたのかな。ただやはり、ちょっとそのころそういう意味で言うと、必ずしも「世界名作劇場」というのが、ある種の作家性に支えられて一つの求心的な制作、ものづくりをするというのとはちょっと違っていたような気がするのです。

――　ビジネス寄りになっていたと。

片渕　ではないかなと思います。

――　それで「名犬ラッシー」の監督に結びつくという感じなのですか。

片渕　「名犬ラッシー」はね、その前に監督が立って準備が始まっていたのですが、どうもうまくいっていないみたいで、「これはどうなのかな」とか言っているうちに「これではダメなのではないかな」というか、というような雰囲気が高まってきていて。それを日本アニメの社内にいた人たちと話しているうちに「では、あなたやりなさいよ」ということになったのですよ、本当に。いろんなことを考えても作品に関わるうえで、ちょっとしたエピソードとかいろんなことを考えても、それが無駄になってくるような気がするみたいな話をして、そうではないふうにものづくりをするにはどうすればいいかみたいなことになったときに、自分で監督するしかないかもしれないとは思ったのだけど、そういう立場にはないわけです。
日本アニメーションってそもそも、ちょっといまどきのアニメーション会社としては不思議で、社員でないと監督になれないのです、だったのです。僕は社員でもなんでもないので、ちょっと出入りしているフリーの絵コンテマンだったので。ただ絵コンテよりも、各話演出という立場で「名犬ラッシー」とかからは入れないか、中に入って仕事できないかという話をしていたところだったので、やる以上もうちょっとあまりガタガタしないところでやりたいなというふうではあったのですが。
言っているうちに、最終的に監督をやるという話になって、それが1月放送開始なのに10月だったのです。

――　しびれます。

片渕　いやあ、本当に。ただもうその本当にね、自分の中にいろんなやらなければいけないこととか、やるとよいだろうということがたまっていたので、絵コンテ1日半で1話ぐらい、脚本なしで美術設定も、キャラクターデザインだけちょっとあって、そのほかはデザインが全くないのです。1話を、あれは本当に1日半だったと思いますね。2話も2日半ぐらいかな、なにかそういうような短期間でバンバンとやって。

――　では、絵コンテができてからその細かい設定が作られた、絵的な設定が作られたと。

片渕　そうなんですけど、主人公の家だけは犬が出てくるので名犬ラッシー、犬がいちいちドアを開けたり閉じたりするというのが煩わしいので、犬が行き来できるようにしたいのですが、部屋の戸口と戸口が一直線上に並んでいると向こうが見通せちゃうんですよ。壁の向こうにドアをずらして、こう地取り的に配置しないと見通せてしまうので、戸口から見たら向こうの壁しか見えない。曲がっていくと向こうのまた戸口があるみたいにしないといけないので、それを日本アニメーションに来たお中元の箱、段ボールの箱かなにかで組み立てて、美術設定にして、それを2話ぐらいまで絵コンテをやったところで、美術設定が伊藤主計さんだったのですが、伊藤主計さんと国立かなんかで打ち合わせして、そして伊藤主計さんが段ボールをそこからご自宅に持って帰るって、こうやって手に抱えて帰って行かれるのをちょっと覚えているのですが。そんなような感じだったんですね。
でもそれはやはり、結構大事だったですね。ちゃんとその見通せないとかという設計が、本当になにか瞬時にできていた。最初のその1日半でやった絵コンテの中に全部そういう意味を作品として成立させるための要素を全部もう詰め込んでいたみたいなことではあったわけです。ストーリーはどう今後展開していくかわからないのだけど、伏線みたいなものももうその中に投入していっていたりして、伏線だけ入れていけばいつかなんとかなるだろうというので、どんどん伏線を入れ込んでいっていたりしたわけです。

あれ本当に今見ても1日半でやったと思えない、脚本も全くないですから。

――　すごいですね、同時にやるのですよね。

片渕　12話までは、たぶん絵コンテ。

――　いきなり直接。

片渕　絵コンテマンに発注しているのだけど、たぶん発注して上がってくるのを待つより、その間にこちらで描いてしまったほうが進行が早いので、出来てしまったやつもちょっとやはりニュアンスを合わせるためにやっていったら、結局12話まではほぼ丸ごとやるという感じになってしまって。今から思うとよくあんなに仕事できたなって、それでもって演出も一人でやっていましたから、途中までは。12話までは演出絵コンテ一人、ほぼ一人でやっているのか。

――　「ラッシー」は打ち切りでよいのですか、あれは。
片渕　打ち切りですね。だから、しかもだからそういうことで言うと、テレビ局に行って打ち合わせを初めしなかったのです。したら「来い」と言われて、いや、だって演出も絵コンテも一人でやっているときに、いちいち行けないし初号とかだって、確認だけだったら自分でやらなくてもいいのではないかと言って行かなかったら、どこでもそのテレビ局の人が話ができないということになって、話をしなければいけないのかというのがそもそもわからなかったのですが。「しなきゃダメだ」と言われたものですから、テレビ局に行ってお話をとかと言ったら、ちょっと待っていてくれみたいなことを言われている間に、向こうではなにか知らないけど「あれいつ終わるのだ」みたいなことを上司の人が言っているのです、編成室で編成部の「いや、ちょっと待ってください」みたいなことを担当の局プロとそのさらに上司の編成部長みたいな人が言い合っている、真ん中に座らされているみたいな状況になったわけです。
はっきりわかっていたのは、日曜日のそのゴールデンタイムとかは、バラエティ番組に変えたいという意図がもうはっきりあったので、そこでそういうふうに残っているということは、かなり編成的にはまずいのだろうという、よっぽどの数字を出さないとまずいのだろうというふうにはちょっと思っていたのですが。そういう意味では、それでも結局うまくいかなかったということは、しょうがない運命だったのではないのかなと思いますね。

――　そういう流れの中で、ちょっと時間が空くのか、また「アリーテ姫」のほうは先にあるわけですが「ラッシー」が終わってからはわりと、「アリーテ姫」の準備にかかられた感じなのですかね。

片渕　95年からかな、「ちびまる子ちゃん」を日本アニメーションでやっていて、それに戻ったみたいな感じありましたね。

――　「ラッシー」が終わって「まる子ちゃん」。

片渕　「ちびまる子ちゃん」は結局かなりの本数をやっているのですが、あの作品に関しては脚本がさくらももこさんだったのです。原作者が自分で書いていらっしゃって、一つはだから原作者を、書いたもの揺るがすわけにいかないわけなのですが、と同時にこちらとしては宮崎さんなんかもそうですし、それから大学で習った池田宏さんとかもそうなのですが、池田さんは「空飛ぶゆうれい船」という自分の監督作で脚本をかなり書き換えたりしていたりして、宮崎さんはそもそも脚本自体あまり使わないみたいなこととかあって、脚本と演出の関係がよく自分の中でわからなくなっていたのですが。「ちびまる子」はそういう意味では、さくらさんが書いたものを一語一句変えないでやろうというのを自分に命題として課したわけです。つまり、別の作家が作ったものを作家性を大事にするというふうにしてやろうということで、わりときちんと自分の中では位置づけてやったつもりでいるわけです。
なおかつその前の芝山努さんが最初のころに監督されたパースペクティブをつけないとか、あるいはちびまる子正面と真横の顔はあるのだけど、斜めの顔は作らないとか、そういうのが全部そういうむしろ決まり事があればあるほどおもしろい、それをどういうふうにパズルのように解いていくかみたいなことをやっていたのです。そこへ戻ったみたいな感じがあったのです。
最終的にさくらさんが降りられて、98年だったかな、1998年かなにかに、までは全部さくらさんが全部書いていらっしゃったのですが、98年か99年に降りられて、そこで僕も辞めたのです。言ってみれば自分としての「ちびまる子」に課していたテーマがなくなってしまったのだからということで辞めました。ちょうどそのころは「アリーテ姫」作っていて、「アリーテ姫」やりながらもまだ「ちびまる子」も並行でやっていたみたいなことではあったのですが。たまたま「アリーテ姫」も忙しくなったしということでもあるのですが。

――　「アリーテ姫」は2000年ですからちょうど、そのタイミングですね。

片渕　そうなのです。途中までは「アリーテ姫」をやりながら「ちびまる子」もずっと並行してやっていました。その前「名犬ラッシー」より前から、1995～1996年ぐらいが「MEMORIES」だったのかな。

――　「大砲の街」というね。

片渕　「大砲の街」というのをやっていて、そのときはちょうど、違うかもしれない、もっと前、その1年前かもしれないですね。「七つの海のティコ」というのをやりながら「大砲の街」をやっていました。

――　「ティコ」が94年ですよね。

片渕　4年ですね、94年ですね。それが終わって「MEMORIES」はオムニバス三部作だったのですが、真ん中のがマッドハウスの作品だったのです、「最臭兵器」というのがあって。虫プロのときに僕が関わった「うしろの正面だあれ」という映画があって、それをマッドハウスの丸山（：丸山正雄）さんが目をつけられて、その「MEMORIES」のスタッフを間に介してちょっと話ができないかと言ってこられたので、95～96年にやはりマッドハウスに行っていて、「ちびまる子」とマッドハウスの仕事がそもそも並行でやっていて、「ちびまる子」をやりながら「あずきちゃん」をやる、両方を順繰りにやるということをやっていたのです。これはなかなか結構、両方ともスタジオに机置いていて、朝マッドハウスに行って、杉並にあるのです、うちは所沢に近いあたりなのですが、原付で行って、そのあと昼に多摩市の日本アニメーションに。

――　結構山の上ではないですか。

――　遠い。

片渕　また夕方、マッドハウスに戻って仕事して家に帰るということを毎日やっていて、もうバイクがすぐ動かなくなるのです、原付が。

――　すごい移動距離ですね。

片渕　1日100キロはあったかな、なにかそれぐらいの感じでした。それを要するに二つ並行して、マッドハウスもやって「ちびまる子」もやっていて、「名犬ラッシー」やっている間はマッドハウスは休みにしてもらっていたのです。だから「名犬ラッシー」終わったあとマッドハウスに行って、丸山さんにまた仕事をもらいに行ったりしたら「えっ、なんでいるの？」みたいなことを「名犬ラッシー」やっているのではないのと言われて、「途中で終わってしまいました」と言ったら、なにか評判が良かったのに、マッドハウスのスタッフの中では評判が良かったらしくて、みたいなこと言われましたね。
あと「名犬ラッシー」はちょっとおもしろかったのですが、スタッフに「エヴァンゲリオン」と掛け持ちの人がいて、なにかガイナックスでちょっと評判が良かった、飛行機の飛び方がいいみたいなことを言われたりしました。飛行機がちゃんと風に乗って着陸するみたいなこととか言われて。
そういうのとかあって、そういう意味では、へこまなければいけない部分と、ある種勝ち取った部分というのはやはりあったような気はします。でもその当時としてはやはりへこんでいることが結構大きかったのですが、それをやはりマッドハウスなり、同じ日本アニメーションの中ですが、社員としての立場は、監督やっている間は社員になっていたのですが、年齢給で。でも社員を辞めて、また「ちびまる子」にフリーで戻ったりして、そうするとそういうところで受け止めてもらう場所があるのはすごく良いなと思ったりはしました。
それとプラスだから「アリーテ姫」なのですが、「ちびまる子」「あずきちゃん」「ちびまる子」「あずきちゃん」そのうちに「カードキャプターさくら」もできて、3本掛け持ちみたいになっていって、もうもうクタクタになったなというところで量で仕事をするのはやめようと思って、４℃に行って「アリーテ姫」を動かしましょうというふうに言ったわけです、98年ではないかな。

――　そこからどちらかというと、そのあとは「マイマイ新子（：マイマイ新子と千年の魔法）」とかさらに「この世界の片隅に」という、どちらかというと映画方面にシフトされるのですよね。

片渕　そうです、そうです、そこまでは本当にテレビシリーズをどれぐらい数でできるか。よく富野由悠季さんが「絵コンテ千本切り」とおっしゃっているけど、ああいう気持ちというのはやはり、なにか自分の中にはあったような気がしますね。絵コンテを千本切れるかどうかというよりは、今数で仕事しないと年齢的に言うと今でないと数で仕事できないということもあったのかもしれません。本当に、いろんな経験ができたとは思います。

――　では、マッドハウスの中でその後は、ちょっとまた先になりますが「マイマイ新子」が2009年ということで。

――　「BLACK LAGOON」をはさんで。

――　「BLACK LAGOON」が2006年で3シリーズありましたかね、そうそう、先に「BLACK LAGOON」があるのだ。あれは逆にちょっと今まで、そのあとの作品とちょっと作風が違って、いわゆる原作があってガンアクションあってみたいなもので、いわゆるちょっとダーク、アクションものみたいな感じなのですが。

片渕　「アリーテ姫」のあとは、ちょっと４℃の仕事もまだまだやっていたのですが、「ファースト・スクワッド」というのがあって、それが別の人で完成したのですが、ロシアの企画だったのです。第二次世界大戦中にソ連軍が少年兵の特殊部隊みたいなのをつくるみたいなのと、魔法の剣を探しにやってくるドイツ軍が戦うみたいなやつだったのです。
それはそれでちょっとこう、自分の中でも結構思うところがあって「アリーテ姫」というのはそれでも自分を捨てることができない、諦めることができない主人公が、そのことから何か自分がそこにいてもよいという立ち位置を見つけていく話だと思ったのです。これは考えれば考えるほど全ての人がそこへたどり着けるわけではないな。まさに戦争中の国の人だったらば、そういうような可能性すら思い浮かべられないだろうし、交通事故で亡くなってしまう人に「明日あなたは」という話をしても仕方ないわけですし、殺人事件に巻き込まれてしまう人もいるかもしれないし、ましてや殺人事件を起こす側になる人もいるかもしれないし、その人たちに「明日の可能性」というのを語るということができない。できないような人たちのことを、では、自分から切り離してよいのかということをその「ファースト・スクワッド」というのの中にまた込めようとしていたわけです。
だからその「ファースト・スクワッド」というのはある種、ソ連でエリート教育されるのだけど、ある種の特別な何かをされてそういうような少年少女たちなのだけども、戦う人たちになっているわけです。それは、実際のそのいわゆる独ソ戦みたいなのを考えると、ソ連軍最初のうちはドイツが侵攻してくると支えきれなくて撤退し始めるのだけど、撤退を許さないで、撤退してきたものをNKVDという内務省の特殊軍みたいなのが、射殺してしまったりすることとかが頻発したわけなのですが。そうやって居場所がなくなるという少年たちの姿を作れないかと思ったわけです。ドイツとそのソ連の間に立たされてしまうという。
これは自分にとってかなり切実なテーマになっていくわけです。「アリーテ姫」でかろうじて自分の居場所を見つけた、その居場所がなくなるということを今度描かなければいけないのではないかと思ったわけです。ただ、発注主がロシア側だったので、ロシアを悪者になるのと言われた途端にダメになったのです。ダメになってしまったのですが、ただ並行して「BLACK LAGOON」というのが浮上していて企画が、では、全面的に「BLACK LAGOON」のほうに自分の気持ちをシフトしてしまおう。
そのときには、全くそのときに「ファースト・スクワッド」とかで抱いた気持ちが生かされる作品になるわけです。これはやるべき仕事なのだというふうに、もう前向きに積極的に「BLACK LAGOON」には関わっていったような感じですね。だから「アリーテ姫」と裏表になるのだと。

――　そういうポジションなのですね。

片渕　人は必ずしも救われない、救いきれない、救われなかった人たちの存在は無なのか、悪人になってしまった存在は無なのか。そういう人たちのその人としての、あるいは人生としての立場みたいなものって何なのだろうというのがね。それなものですから「BLACK LAGOON」は登場人物たちがみんな、本来の社会から捨てられてしまった、本来の社会の中に帰属できなくなってしまったような人たちばかり出てきてというところに、なにかすごく「これでだったらできるな」というのを見つけてしまったわけです。

――　あれは最初は丸山さんとかから「こういうのやってみないか」みたいな感じ。

片渕　たぶん４℃で「ファースト・スクワッド」とかをやっていて、ちょっとなにか矛先が怪しいなと思ったころかな、もうちょっと前かもしれないですね、ゲームの仕事かなにかやっていて。ゲームの仕事なんかでも、やはりゲーム会社とかの要求とかとこちらのやっていることとか合わなかったりする場合とかがあったりして、そうするとなにかやりにくいなと思っていたときに、丸山さんのほうに「なにか仕事ないでしょうか」みたいなふうにしていったのです。丸山さんの企画室みたいのがマッドハウスの外にあって、そこに行ったら何冊か本が用意されていて「どれでもいいよ」と言われた。今でも覚えているのは「RIDEBACK」と「BLACK LAGOON」があって、なおかつ「マイマイ新子」もそこにあって既に。もう一個絵本があって、絵本でアートアニメ作るという仕事までやったのですが。
どれでもいいし、順番に全部やってくれてもいいみたいな、結局「RIDEBACK(ライドバック)」も最初ちょっと関わったりもしていたのですが、「RIDEBACK」は原作も作家もカサハラ（：カサハラテツロー）さんと会うところまではやっていたりします。そういうのとかも含めて、同時に見せられていて、おのずとその「BLACK LAGOON」やったら次「マイマイ新子」だなという、ある種のレールみたいなのが既にある。

――　もうでは、最初見たときはほぼ同時に見ていて。

片渕　同時に見ているのです。

"――　「マイマイ新子」はじゃあ、そのときからもう「次おいで」みたいになったのは。

片渕　思ってるんですけど、そこは映画として作るという、企画をどうやって成立させるのかというプロデューサーの事情があるわけですね。当時のマッドハウスってまだそこが今ほど自由ではなかったんで、丸山さんもそこまでかなり苦労してきたところだったわけですね。「カードキャプターさくら」のころなんかでも、それまでは作っても全部ある種の下請けの立場であるので、著作権を持っていないから、作品作ったところで終わってしまう。「カードキャプターさくら」は自分たちで企画を立てて、自分たちの作品として作るんだって言って、その丸山さん立ち上げて、だから作画枚数ふんだんにかけていいぞって言われてたんですけど、結局それを引き取ってもらうことができなかったんで、ある種身売りしてしまうわけなんですね。身売りすると、下請けに戻るんで、作画枚数4000枚というのになってしまうわけなんです。
そういう事情とか見てたうえで「マイマイ新子」これを今映画として成立させるのは、観客への出口をどう向けるのかまで含めてかなり難しい仕事だなというふうに丸山さん思っていたと。ただ、その当時マッドハウスの社長が丸田（：丸田順悟）さんだったんで、丸田さんはこういうのやりたい。その絵本なんかのアートアニメみたいのを作りたいぐらい、いろんなアニメーションに挑みたいということを言ってた時期だったんで、結果的にその丸田さんはいろんなところに声かけて、これが進むことになったわけなんですね。「BLACK LAGOON」やってる途中ぐらいから、丸山さんは「マズいぞ、成立しちゃうぞ」みたいな。

――　でも「マイマイ新子」もね、素晴らしい作品だったんですけど。ああいうちょっと前の日本というか、それを再現するために、さらに平安時代を同時に再現していくという作業の手の細かさというか、後にも通じるとこなんですけど、すごい下調べというかそういう史料とかをきちっと集めてなさっているところが画面にものすごい密度で出てきているなあと感じたんですが。そもそもそのじゃあ「マイマイ新子」というのをやろうと思った原動力というのは、さっきの話に照らし合わせるとどこにあったんですかね。

片渕　全くアニメーションと関係ないんですけども、友人がいて、鎌倉幕府滅亡の歴史を調べてるという、湘南に住んでる人なんですけどいて。僕がその所沢近辺に住んでて、あのへんで新田義貞が鎌倉へ進撃するルートだよねといって、ちょっとそのルートを見てみたいから車乗っけてもらって走らせてもらえないかなって言われて。入間川から多摩川までいろんなもの見ながら行ったんですよ。この道じゃないかな、なんていったら「勢揃橋」って書いてあるんですよ。

――　勢揃いね。

片渕　勢揃いとかね、その前は「白旗山」というのもあったし、なんかこの道だぞって、本当に川沿いのこの道じゃないかなって、その一本の道を見つけていくみたいなことができちゃったんですよね。ある種成功体験になりましたね。なおかつ平安時代、それは鎌倉時代末期ですね、鎌倉時代末期のその武蔵野の風景とかを思い浮かべて、今ほど開けていないだろうし、そのあたりって「辻」というものがたくさんありました。道が5本とか7本集合してるんですよ。その辻をこう新田義貞たちが押さえていくことで、だんだんだんだんその多摩川へ向かって南下していくわけだ。
それに対して北条側は、決して無抵抗ではなくて、ちゃんと抵抗しながら時間かせぎをして、多摩川のあたりに鎌倉からの軍勢が来るようにタイムスケジュールセットしながら撤退してるんじゃないかな。その間にある街道沿いに、今でも残ってる神社とかあると、全部縁起を読んで何年に出てます、ここで戦闘が起こったんだみたいなことを全部拾っていったんですよね。あの向こうにある府中大國魂神社はそのとき沈黙してたんだろうかとか、そういう全部見えてきて、風景が完全に二重写しに見えるような感覚になってるんですよ。

――　なるほど、まさに「マイマイ新子」のあの。

片渕　そうなんです。

――　新子が見た平安時代みたいな感じで見えてきた。

片渕　見えてきたんですね。それが、その体験自体がすごくおもしろくて、それには髙樹のぶ子さんの「マイマイ新子」上にかぶせられないかなと思ったわけですね。平安時代のことも少しだけ触れられてるんですけど、髙樹のぶ子さんの原作には。そこにあるのは、単に青い麦畑が広がっていて「ここは千年前国の都だったのじゃ」というだけだったんです。それはちょっとこう、そこを広げるということが自分にとっては大事で、ということですね。そういうようなテーマを抱いたわけですね。
もう一つは、そういうような千年前に歴史があった土地に住んでる登場人物たちが「千年の魔法」という言葉を使ってるんです。「千年の魔法」って自分が「アリーテ姫」のときに考えた言葉だったので、人の想像力というのは千年前ですら想像することができるんだということを自分で言ってたなと思って。それ今「マイマイ新子」が「千年の魔法が」って言いながら町を走り回ってるだなと思ったときに、これはやはりそういうような時の流れみたいなところに集約していく話になるんだろうなと思ったわけですね。昭和30年というのもたぶん大事だけど、その一点にとどまらないということがどうしても自分の中で、その作品づくりの原点になっている。

――　映画というのは、一つそういう今現在と違う時間と空間を見せるという、テレビとはちょっと違う役割もあるわけですよね。逆にそういうのがつかめれば、いけるみたいな感じなんですか、監督の中では。

片渕　そうですね。だから「BLACK LAGOON」は「BLACK LAGOON」で、こういうふうにやればできるというのありましたし、そういう意味なら「ちびまる子」ですら、ああいうまさにさくらももこさんの文言を一語一句変えないというテーマとかね、自分の中での作品に対しての「ここから入っていく」というのが決まったときに、それを作り始められるような気がします。無造作にはなんか近づけないような気もちょっとするんですね。結果的にやらなかった作品なんかは、そこがうまく見つかってないのかもしれないなと思います。

――　ちょっと「アリーテ姫」のDVDにメイキングのあれ（映像）が付いてたんで見たんですけど、ちょうどロケハンに行ったとき、平安時代のお屋敷のところの発掘現場に出会えたと。
――　「マイマイ新子」のとき。

――　ごめんなさい、「マイマイ新子」のときに出会えたみたいなのは、ああいうのもなんかこう呼び寄せてるような感じがあるんですかね。

片渕　そのときはね、新田義貞のその軍勢の進撃ルートを一緒に行った友人にも行ってもらってるんですよ。彼は歴史詳しくて、例えば平安時代の歴史みたいなのってどうやって調べるのかみたいなこととか、ある程度構築してたので、そういう意味ではちょっと付き合ってもらったほうがよいかなと思って、一緒に防府まで行って、一緒に発掘現場を見たりしてて。これは結構大きな館ではないかというのは、その彼がそれを見て言い出して、自分が見てもそうだったんで、おそらくそうなんだろうなと思ってたんですけどね。
最近になって、平安時代の新しい「つるばみ色のなぎ子たち」という今作ってる作品で、調べたり見識をどんどん深めようとしてる中に、そもそも「寝殿造」ってなんなんだろうなというものがあって。そこで考えたことをあらためてあそこで発掘されてたものに当てはめると、あれ間違いなく周防守の館なんだなって、最近またあらためて思うようになったんですよ。表面にある今の土をどけて、昔の地面が現れていてそこに柱があいてるわけですから、あの地面はどこまで掘り下げてるかにもちょっとよるとは思うんですけど、たぶんあの穴が開いてるってことは、平安時代の地層ではないかなと思うんですけど。だとしたら、あれは周防守、清原元輔の娘である清少納言が実際に歩いてた地面を今見てるんだなということだったりするわけですね。これはなんかそのあとの、今作ってる作品にまで至って全部含めて大きな影響力を持っていたような気がします。

――　そこの柱の穴の中からどんどん柱がニョキニョキ生えてくるとこが好きでしたけど。

片渕　ああいうね、ああいうのが本当に頭の中でなんか思い描かれていたんですね、その当時ね、自分の中で。

――　「マイマイ新子」は本当に公開直後ぐらいのネットの反応とか、また新しい、アニメの需要の仕方に新しい一面を開いたと思うんですけども。そのへんどんなお気持ちだったですかね。おそらく普通それぐらいまでは作品作りっぱなし、とまでは言わなくても、わりとそういうことも多かったと思うんですけど。
片渕　新しいと思ってもらえるかどうかが自分の中で、そこはつかみかねていたなという感じがちょっとしますね。ひょっとしたらかなり古臭いものを自分は思い描いていたのかもしれない。例えば、円谷一さんの「煙の王様」とかありますし、それからさっき言った衣笠貞之助さんの「小さい逃亡者」かみたいなのとかがあって。

――　児童映画の文脈みたいな。

片渕　児童映画ですね、児童映画ってはっきり子どものころにあって、それを思い描いていて、確かに今それがないけど、自分が思い描いてたのは昭和40年代ぐらいのものだったりするんじゃないかなと思ったときに、新しいって本当に思って自分は作ってるかどうかは、今でもちょっと怪しい感じがします。とはいえ、懐かしいだけで作ってないというふうには思ってはいたんだけど。
高畑さんなんかは、かなり「マイマイ新子」は評価してくれてたみたいなんですけど、そこは児童映画としての位置づけみたいなところで見てもらえてたんじゃないかなって気はしないではないですね。

――　広げて児童文学・児童映画の役目というのは、そこにない、自分じゃない他者への思いやる第一歩みたいなね、想像力の種みたいなところあるじゃないですか。

片渕　ありますね。なおかつその対象になる年齢の人たちって本来いるわけで、そういう人が「これは自分に対して語ってくれてるんだな」って思うことがものすごく大事なような気がしますね。
それこそさかのぼると例えば、子ども向けのテレビ漫画たくさんあったときに「宇宙戦艦ヤマト」出てきた意味とかは、かなり大きかったような気はするけど、あれは僕らはその当時ちょうど中学生なったばっかりだったんですけど、これがこの世代に向かって語ってくれてるんだなと思ったときに、その意味がある、受け手としての大きな、自分たちの世代が認められている、我々の自分自身の存在が認められてるみたいな受け止め方ができると。
それで言うと、子ども向けの文化というのがどういうふうに今あるべきなのかなというのは、思わないわけにはいかないと思いますし、もっと言うと、アニメといわれてるもののターゲットが本当に広いのかどうかというのはちょっとわからなくて、もっとこの世界に特有の何かに向かって語っていくということって必要なのかもしれないなと思うんです。
ちょうどその「宇宙戦艦ヤマト」って1974年で「スター・ウォーズ」とか「未知との遭遇」は1976～1977年だったりするじゃないですか。あれアメリカの人たちも、アメリカの若い人たちも自分たちに向けられてるんだなと思ったんで、熱狂して受け入れたんだなと思ったときに、今誰がそういうふうな、これは俺のものなんだって思ってくれるのかなというのをちょっとわからなかったんですね。
ただ「マイマイ新子」に関して言うとちょっとわかったのは、うちの弟が1963年生まれ、子どものころからずっとそういうの見てきたけど、まさか50を過ぎて自分にはまる作品があると思わなかったって言ってくれて、「あ、そこだったのか」というのはちょっと思ったりもしました。
「この世界の片隅に」はそのあと結構な高齢層に、そういう人たちが劇場に来てくれるということになったのも、そこはそういう「あ、自分たちのものなんだな」と思ってもらえたんじゃないかなと思うんですね。「この世界の片隅に」公開してわりとすぐの時期に、40代50代ぐらいまでの方は、アニメ普通に見に来てくださるようになってるんですけど、その人たちが、これがうちの親に関係があるといって、次親御さん連れてきたというのが、そういうような命中するところ、世代ってあったりするし、それが作品にとっては大事な要素なんだなと思ったりもします。

――　「この世界」はとにかく、さっきの「マイマイ新子」もそうですけど、よりこうディテールへのこだわりってものすごく感じて、昔文化庁映画週間のときにお話うかがって。

片渕　あれまだできる前だった。

――　できる前です、公開の前の年だったと思うんですけど、ちょうど佳境に入られるときで、そのときに片渕さんがおっしゃって印象的だったのは、よく戦争中の映画やテレビで窓ガラスを補強するというのは、あのやり方嘘だっておっしゃってたんですけど、ああいう調べ方というのもなんか、我々はもう常識だと思ったら実はそうじゃなかったというのが、すごい驚いたのを今でも覚えてます。

片渕	結果的に、映画館に来てくださった戦争中を体験してる方々が「今まで見たもので一番当時の空気感に近かった」って言ってくださったりとか、一番印象的だったのは劇場で直接お目にかかった90代の女性で、すごくかくしゃくとしていらっしゃる方が「私の自己証明がここにあります」「アイデンティティ」ということだと思うんですけど、って言ってくださった方がいて、本当にいろんなこと細かいこと調べてて、それはその当時の時代を浮かびあがらせようとして細かいこと調べてるというよりは、実際に見た人たちに「これ違うんじゃないの」という違和感を抱かれなかったためというのも自分の中では大きかったですので、そこが受け止められたんだなというふうにも思ったりもしました。

――	冒頭のシーンで、ちょっとファンタジックなところが出てきて、あの導入があるからこそ逆にそれ以降の描写のリアリティが逆に協調されるみたいな感じはしたんですけどね。大きな怪物みたいなものがザルの中に入るじゃないですか。ああいうのもすごくおもしろかったですね。

片渕	あれもだから、あれ実は、戦争前に現れて戦争あとにも現れるんですけど、戦争中には現れないっていうのが、こうの史代さんの原作を見て思って、あれは戦争中にはああいうものは現れられなかったんだな、心の中に抱けなかったんだなっていうのは、かなりすごい示唆的だったような気がしますね、戦争中の、中のリアリズムしかないっていう。

――　最後のとこでまた出てきますよね。

片渕　あれはだからそういう時期、通り越せたんだなっていうことになってた。

――　「この世界の片隅に」は「もっといくつもの」というのをあとで作られるじゃないですか。見て驚いたのは、なるほど、全然あのエピソードが足されることによって視点がまたガラッて感じで変わるみたいなことを私は印象に受けたんですけど、すずさんの見ていた世界が「あ、なるほど、こういうのがもう一つの世界があったんだな」ということを非常に感じたんですけど、あれはどうしてもあのエピソードを付け足すバージョンを作りたかったということなんでしょうか。

片渕　それもありますし、最初はもっと長い一本作ろうと思ってたところから、最初のものができて、その次に作るとなると、単に長くするわけではないという意図をちゃんと自分の中に抱き始めていて、作る以上は別のものになるようにしたい。ただ、8割以上同じ映像なんですよね。8割以上同じ映像なのに、別の印象を与える結果になり得るんならば、かなりおもしろい実験映画なんじゃないかなと、映画的な実験の試みとしてやってたりもしますね。これで「同じだ」って言われたらがっかりだなって思いながら。

――　いやいや、これがね、全然違うふうに見えるとこがすごかったです。

片渕　そうなんですよ、それは本当にありがたいなと思ってて。

――　でもそれは映画の一つの本質というかですね。

片渕　編集によって全く変わるってことですね。

――　そういうことですよね。
片渕　よくこことかよそとか学生にも見せるんですけども、スティーブン・スピルバーグの「未知との遭遇」と「未知との遭遇　特別編」というので、リチャード・ドレイファスが演じる主人公が妻子に逃げられちゃうんですけど、最初のバージョンだとそこがコメディなんですよ。次のバージョンだとコメディの要素全く編集で切ってて、全部悲劇として描かれてるんですね。びっくりするんですけど、子役が出てくるからわかるんですけど、再撮してないんですよ。全部一回に撮ってて編集やってるんだなと、あれほど良い編集のお手本ってないなと思ってて、編集によって話が全く明るい話に、気が狂ってるような、しかし明るさみたいなものと、もうどうしようもない暗いところに閉じ込められた気持ちとが両方表現できるんだなというのを、あれは本当に教えられたような気がします。それは、実は「さらにいくつもの片隅に」作ったあとに見直して「ああ、これだったんだ」と思ったんですけど。

――　そっち見てないんで、ぜひ今見たくなりましたね、特別編。

片渕　あれ、一つのやつに両方入ってるDVDみたいになって、両方見比べるとその場面だけを見比べると、全く違うので本当にびっくりするんですけど。

――　その確認を。

片渕　カットがとにかく重なってないんですよ。全然、同じシチュエーションの中の違うところを抽出して組み立てられている。「さらにいくつもの片隅に」もそこまでいけてたら、またちょっと違っていたのかもしれないという気もちょっとしますけど。そういう意味で言うと、まだ長い一本を作りたいという気持ちも大きく残っていたんだなって、あらためて思います。

――　リンさんとね、すずさんのあれがものすごい多層的に見えましたよね。

――　そうですね。

――　さっきの「この世界の片隅に」で、ちょっと一つ聞きそびれたのは、二本目のほうの完成披露試写会で、天皇陛下と一緒にご覧になったじゃないですか。僕後ろから見てたんですけど、あのときのご感想というか、はい。

片渕　あれ、そのあとちょっと一緒にお話しさせていただく機会あったんですよね、内々に。僕とのんちゃんがいて、それで雅子様と愛子様もいらっしゃったんですけど、愛子様は「あまちゃん」の大ファンなので、ものすごくそういう意味ではっていう、来たいということで。雅子様は来るかどうか、見えられるかどうかわかんなかったんですけど、最終的にお越しになってよかったなと思ったんですけど。そのときに「うちの家内も来てるんですけど」みたいなことを言ったら「お呼びになればよいのに」って言われて、それ大丈夫なんだったら本当に呼んだのにと思って。というのは、平安時代のやつをやってるもんで、本当に十二単を着た人がここにいるんだなと思うと。天皇陛下も牛車とか平安時代とか、そのころの交通手段に関しての実は権威なので、そういうのは話聞いてみたかったなと思ったんですけど、ちょっとさすがに次回作の話までしはじめるのはどうかなと思ったんで、ちょっと諦めましたけど、ちょっとそういう世界に近づいた感じがしましたね。

――　なんといっても、同い年ですね。

片渕　そうですね、学年はちょっと一個違うんですけど。だから、僕の高校のときの同級生なんかで学習院（に）入った人たちは、例えばゼミの写真ですというのが、写真週刊誌かなんかグラビアで公開されるときになんか当時の殿下と一緒に写ってたりするんですよ。「そうなの」って「同じゼミなの」って「違うけどもぐりこんだ」とか言ってましたけどね。なんかそういうような、わりとそういう意味では、そんなに遠い感じがなくて、逆になんか昔からよく噂（で）聞いてる人となんか直接お目にかかれてるなみたいな感じがあったですね。年が近いし、親もだから年近いんですよ、みたいなことがあるので、少しなんか昔からそういう意味ではテレビなんかで「皇室アルバム」とかで見て、ちょっとなんか年代的に近い人ということでそういう意識してるみたいなところがあったんで、逆に言うと突然という感じは全然しなかったんですよね。

――　僕後ろのほうから拝見してて、映画が始まって「あれ、このまま進むと玉音放送をご一緒にご覧になられるんだ」というんで、すぐ気がついてですね。

片渕　そうなんですよ。

――　おじい様の声ってことですもんね、声優さんに置き換わってる。なんかそういう映画を片渕監督が作られたんだっていうのと、自分がそういうタイムフレームの中に生きてんだみたいな実感も。

片渕　そうなんですけどね。それで次の作品の話をしようかということ自体は、清少納言が出てきたりとか中宮定子に仕える、中宮定子自体がご先祖様に当たるわけなんですと、「あれ」ってちょっと思ったところは確かにあったりしますね。むしろそっちで思ったりしました、そのあと同席させていただいたところは。そういう長い歴史みたいなものを背負ってらっしゃるんだなということで言うと、我々が何やってもそこに関係していくんだなというふうにもちょっと思ったりして。

――ＳＦでいう「時空連続体」とかって言葉使いますが、本当にひとつながりのものの、いろんなことを切り取って片渕さん作品にされてるんだなあっていうね、ことになりますよね。

片渕　そうですね、本当にそこのそういう意味で言うと、天皇家なんかはそこへずっと変わらずおられるわけなので、そういうことなんだなあとちょっと思ったりもしましたね。

――	日本のアニメーション映画もすごいとこに行ってしまったんだなみたいな、本当にそういう進化なんですね。
　いや、でもやっぱりそういう意味で言うと、そういう歴史的なものを一緒に拝見できるっていうか見ていただくっていうことが、それが普通にできるっていうことがすごい大事なことだなと思いますね。

――	特に片渕監督の映像表現とか技術的な話、それを特に手描きの時代とデジタルの時代両方知られているっていう中でのいろんなお話をうかがってみたいと思うんですけども。ちょっとそもそもの話をするとですね、アニメーション作るってことは、冒頭でも申し上げたみたいに、技術と芸術っていう二つの側面を一つにこうしていくわけじゃないですか。そこについてはなんかお考えみたいなのがもしあれば。

片渕	例えば、音楽だったらどうかなあなんて思ってて、僕たぶん音楽たぶんできないなと思ってて、楽器は。あの一定のテンポを自分の体を使ってずーっと鳴らし続けるって、たぶん自分のその筋肉の構造とかだと無理だなと思ってたりするんですよ。でもその先に、そこへ到達すれば、その先になんかその人の体が作る芸術があるわけですよね。あんなだって楽器が鳴らしてる音って絶対頭の中で響いてる音よりも、ずっと多い数を一度に鳴らさなければいけないわけですよね。あんなことって頭の中で想像できない、頭の中で音鳴らそうと思っても限界ありますよね、ピアノで10本の指で音出してると仮にするならば、その10の音を頭の中で鳴るのかっていうことになったら難しいなと思ってたりして。
でもそれは、アニメーションとも同じで、アニメーションはちょっと救われてるのは自分の体そのものが表現するんじゃないっていうことだったりするけども、とはいえ、そうやって作り上げるためにはやっぱり技術が必要なのは間違いないのであって、おそらく技術が伴わない表現手段ってほぼないわけですよね。そんなになんか特殊なことをしてないのかもしれないなと思って。
アニメーションのその音楽に携わる人に、作曲家の方とかに絵コンテとか見せても、絵コンテの読み方がそもそもよくわからないなんて。絵コンテわりと読み方は自分たちにとってみるとすごい簡単なのになと思ったりするんですけど、そうするとでも「あなたたち楽譜読めないでしょ」って言い返されちゃうんですけど、確かにそうだなあなんて思った、同じような気もするんですよね。一番だから音楽なんかは意識する分野であったりもしますね。それはやっぱりなんか、ある種のアニメーションでも単に映像作るっていうだけじゃなくて、その中に身体表現みたいなものとかを作り上げていくからではないかなと思ったりもします。

――音楽とアニメーションってわりと近いとこ結構いっぱいあって、音符の長い短いっていうのも１コマ２コマ３コマみたいなね、ものにわりと近いとこもあるし、小節で繰り上げていくという。でもそういうのはあんまり意識したことはないんですか。コマ落ちの問題とかね、どういうふうに学生に説明するんだろうというときに、音符みたいなもんだよみたいなことも言ってみたりする。

片渕　やっぱり「この世界の片隅に」主題歌に「悲しくてやりきれない」を使ったんですけどね、もともとのフォーク・クルセダーズ（：ザ・フォーク・クルセダーズ）の「悲しくてやりきれない」とコトリンゴが歌った「悲しくてやりきれない」を聞き比べるときに、まるで違う、同じ曲であるはずなのに、同じメロディが流れてるはずなのに、まるで違う。この違いが自分たちの仕事の中では何に当たるのかなっていうのはものすごい真剣に考えなきゃいけない感じがしてたりもしますね。
同じように誰がやっても同じになるというわけじゃないので、今この瞬間に作ってるアニメーションは、唯一無二のものじゃないわけですけど、その唯一無二じゃないたくさんの可能性がある中で、何が秀でてるのかみたいなことを見つけていく、ある種の即興性というか、それを見つけていかないといけないような気がしてて。アニメーションはその最終的に画面になったものを皆さん見てるけど、僕らはその間でラインテストをやって盛んに見てるわけですね。ラインテストのたびに動き変わるわけですよ。その中に、今必要とするニュアンスの最良のものを見つけていくみたいなこと、それを繰り返すのがちょっと音楽、特に音楽のレコーディングやったあとに、どうやってそれを一つのものとして組み立てていくのかみたいなこととかもちょっと近いのかもしれないし、そもそも楽器を奏でてる、奏で方によって違うニュアンスになっていくということのほうが近いのかもしれないし、そんなふうに思ったりします。アニメーションも即興性があるんだ、音楽に近いとしたらそこの部分のような気がします。

――　その即興性はやっぱりさっき言った、ラインテストって線撮りですよね、そういったものの中から見つけていく感じなんですか。

片渕　そうです、それはものすごく繰り返したりします。今やってる作品、新しい作品はできるだけアニメーターの方たちが作ったもの、よくあるのはこちらでその上に修正をして乗せて書き換えていくことなんですけど、できるだけそれに頼らないでできないかということを一度試してみたりもしてて。口で言うことでどれだけ伝わっていくだろうかということで、それでもってそこでできるニュアンスとか絵のニュアンス、動きのニュアンスがきちんと定まっていくとよいなと思ったりもします。

――　ほかの監督の例で申し訳ないんですが、高畑勲監督の「かぐや姫」のメイキング見ていたら、上がってきたものを編集ソフトでタイミング変えたりしてるんですよ。あれもだから、もう引いた目線で言うと即興性的なものも監督自身が調整してたってことなんですかね。

片渕　そうだろうなと思います。僕らはできるだけそれを、完成映像の前でやるようにはしていますけどね。それは、出来上がったものはいじらないというのは、僕らの世代で言うとフィルムに一回焼いたものはもういじれないという、そのころのしみついたものがあるからのような気もするんですけどね。これがデジタル的なビデオなんだなと思ったら、その先に加工がいくらでもできるはずなんですけど、どっかに何かを歯止めみたいのをつけるとしたら、フィルム時代にはここで終わりにしてたというところは守らないといけないのかなと思ってたりもします。

――　作画した人にとってはね、タイミング変えられるのは結構嫌みたい。

片渕　そうなんですよね。とはいえ、僕は色塗る前ぐらいだったらば、結構盛んにやったりしますね。盛んにやるといっても、絵を抜くのはできるだけ避けたいので、わりと１コマ落ちが増えたりするんですね、早くしたいみたいなところ。そうするとどんどん、僕の持論で言うと１コマ落ちに近づけば近づくほど動きがリアルに見える、リアルって実際に存在してる動きに見える。
３コマ落ちの動きはそういう意味で言うと、頭の中で作り出す架空の動きなんだけど、１コマ落ちの動きは、実際目の前で動いてるものを見るのと同じ動きだ。それで言うとどんどんタイミング調整していくと１コマ落ちが増えていくような気はしてて、そのへんもちょっとおもしろいというか、結果的に作品がそれによってリアリティを得てしまうのかなと思ったりもします。

――　３コマ落ちの話が出たんですが、初期には「アトム」のころですね、「鉄腕アトム」のころはわりとただの節約だった３コマ落ちが、日本ではだんだんスタンダードになってく。片渕監督はそれを積極的に表現に使われているわけですけど、今おっしゃったみたいな、非リアルだけど、その上にもう一回リアリズムを見るみたいな、つまり間が空いてるところに人間が空想でなんか置いてることになんか意味があるというか、そういうことなんですかね。

片渕　そこがちょっと違ってまして、動きというのは動きの認知というのは、速度であるわけなんで、距離の相関関係とタイミングの相関関係と二次元なんです、両方次元があるんですね。３コマ落ちでも距離を詰めていけば、ある種の「実際運動」って呼ばれている実際に動きがあるものに近づいていくんじゃないのかなと思って、３コマでもそれが距離を詰めることによって可能かなと思ってたりもするわけです。
なおかつ、いわゆる３コマベタ打ちで等速直線運動のものは、必ず引っかかって見えます。これ自動車とか飛行機とか電車とかを作画しないでスライドだけで表現すると、必ず引っかかって見えるんですね、カタカタカタカタして見えてしまうんですけども。そこにそういうものだと緩急つけられないけど、人間の動きだと緩急がつけられるんですね。緩急の、例えば人間の腕だとしても、腕には質量あるから加速なしには動かせないわけですね。加速のところを緩急の緩だとすると、そこが実は一回当たりの置き換えのときの動きがすごく密、距離が縮まってるわけですね。距離が縮まってると、実際運動に見えやすいというのがあるので、３コマを逆手にとってるんじゃなくて、３コマでもそこの部分にはつけ入る隙があるというふうにして、やってるつもりなんです。できるだけ緩急きちんとつけた動きとしてやっていこうということです。

――　よく日本のその「タメツメ」とかというのが関係してるわけですね。

片渕　そうですね。タメツメがなければ、たぶんあんなに３コマ落ちで作るアニメーションは全盛を極められないというか、もっと前にダメになってしまう、これじゃあ動いて見えないよと言われてしまうことになったと思います。だけどそのタメたりツメたりが、本当にテクニックとして非常にきちんとされている、だからこそ３コマでやっても世界的にも通用するわけなので。
僕らが「リトルニモ」なんかで海外の人たちと仕事を始めて、その前後で海外のその合作みたいなことをいくつかやったんですけど、そういうときに言われたのが、２コマ落ちまでは大丈夫だけど３コマ落ちは絶対使うな、１コマ２コマというのはアメリカでは普通に使われてるけど３コマはあり得ないので、使ったらすぐわかってしまうからと言われてしまうわけです。
それでちょっと試してみたくなって、わかんないとこはどこかなと思ったんです。やっぱりアメリカのアニメーションは、基本的には加速してどう止めるか、加速してうまく減速させるみたいなやり方なんで、いわゆるムービングホールド、動きながら止まるということをやって、止まりぎわは絶対ゆっくりになってるわけですね。ここ３コマにしたらばれないかなとか思ってやっても、誰もなんにも言わないので、大丈夫なんだなというのを、その合作のときに実験入れてたりしたんですね。
そういうようなことやってて、そのときにちょっと思ったのは、我々にとって平気なものもアメリカの人たちは見える、３コマやっててカタカタして見えるだろうというわけですよね。見えるものもあるんですよ、我々にとっても、さっきの等速直線運動的なものは見えてしまう。だけど、海外の人が日本のそのアニメーション、その当時の３コマ落ちの日本のアニメーションに対して違和感持ってたのは間違いないなと思ってて、いわゆる「ジャパンアニメーション」というのはそういうものを指すために使われ始めた言葉だという説もあるわけですよね。
さらに思うと、今に至っても日本の若い人に海外のアニメーションを見せると、ものすごい違和感の動きに感じるらしいんですね、１コマ落ち２コマ落ちに関して。「ヌルヌルする」という言葉にされたりするんですけど、そこをもっと明確にしゃべれないかみたいな、言語化できないかみたいなことを授業でやってたりするわけなんですけども。お互いに違和感を抱きあってる、３コマ落ちのアニメーション見慣れた人と、１コマ２コマ落ちで見慣れた人が逆のものに対して違和感を抱きすぎなんじゃないかなと。
知覚心理学の先生たちと研究会やってて、なんとなく両方が２種類の両方の動きが、脳の違う部分で知覚してるんじゃないかなという話が出てきたときに、「あ、それだったらわかるな」と。１コマ２コマ落ちは運動野に近いところで、視覚野のⅤ１というところで見てて、動きが成立してて、３コマ落ちは視覚野のⅤ５というのが、記憶野に近いんですよ。記憶から引っ張りだして「あれ動きですよ」というのを保証してもらってるんだなって思ったときに「ああ、なるほどな」と思って「じゃあ、脳の違うとこで見てるんだったら、脳の別のところを鍛えないとダメなんだ」と思ったりしたんですよね。鍛えないでいきなりそこを使わせられるから違和感を生じているんだろうなと思って。
それで言うならば、海外の人がどんどん３コマ落ちの日本のアニメーション見て文句を言わなくなりましたよね。普通に見てもらってますよね。だけど、いまだに日本の人たちは、海外のアニメーション見て「気持ち悪い動きだ」というわけですね。もっと日本の人は海外のアニメーションを見ないといけないんじゃないかなって、結果的にそれしか、それを克服する方法はないということであったり、見慣れてしまえば「ああ、こういう表現なんだ」というとこにたどり着くんですけど、その前に生理的に「気持ち悪い」と思ってしまうというのが非常に残念だなと思うんです。
逆の方向はそれが成り立ってるのに、日本から海外のものを見たときのその成立してないのは、ちょっとやっぱり視聴経験というか体験が少なすぎるじゃないかなと思ったりもして。とはいえ１コマ２コマ落ちのもの、CGなんかが出てきたときにはもっと見慣れてておかしくないはずなのになというふうにもちょっと思うんですね。

――　そうなんですよね。フォトリアルのものに１コマに、アニメーションいっぱい見てるはずなのに。

――　アウトラインが入ると急に、ヌメヌメするように見えるというのは、また別の問題があるんですかね。

片渕　とも思いますね。アウトラインが形成するそのカタカタ見える、見せてしまう。あれもアウトラインをどんどん色を淡くしていくと、背景とのコントラストを減らしていくと、動いてみえるみたいなことがあったりする。
そういうのも、ここで、日芸でアニメーション学会（日本アニメーション学会）の大会をやってから、ずっとその研究会やりませんかって、そのときに言って手をあげてくださった知覚心理学の先生たちとやってきた、なんとなくたどり着いたところではあるんですけどね。これはそういう意味では、アニメーションの見方というのは、やっぱり人の性能みたいなもの、人が生き物であるけど、ある種の生理的なマシンみたいなものであって、それにやっぱり委ねられていて、逆に言うとそのある種の機械的なものである人間の性能に落とし穴があるところを狙って作ってるのがアニメーションなんだな。ここを狙えば、穴だから、ここを狙えばこれ動いてるものとして見てくれるよというところを狙ってやってるんだな。それが３コマと１コマと２コマなんだな、そこに三つ穴が開いてんだなというふうにちょっと思ってたりもするんですね。なんかそんなようなことでやって、そういうことを考え始めるきっかけとしては「リトルニモ」のほうの経験がものすごく大きかったと思います。彼らは言ってることが、どういう意味なんだろうというのをずっとずっと考えてきたみたいなことがあります。

――　もう一つそのコマ落ちと別にね、ラマール（＊トーマス・ラマール）という人が『アニメ・マシーン』という本書いて、弾道的な動き、ヒューマニズムと、窓の外、電車の窓から外見えるみたいな、平面スライド的な、忘れちゃったけど二つあった、日本のやつはそのアニメ・マシーンというのはそのスライド的なものを活用してるんだという話をしてますよね。ずっと見てたんだけど、どこにも「密着マルチ」って言葉が出てこないんで、この人ちゃんとそういうふうに考えてるのかどうかわからなくて、もうちょっと別の次元で考えてるのかなと思ったんですが、そういうことについてどうお考えられてますか。

片渕　意外とその日本でもアニメーションの動きを研究してる知覚心理学の先生たちが、初め１コマ落ち２コマ落ち３コマ落ちという概念と接点がなかったのがちょっと意外だったりするんですね。
実はアニメーションやってる我々が一番被験者に向いてるんじゃないかなと思ってて、我々がどう見えてるかちょっと一回聞いてくださいよというふうには思うわけですよね。密着マルチだったらカタカタしないかとか、普通にアニメーションでカメラワークつけてパンしたらカタカタしないかといったら、するところがあって。ずーっと動いてきて減速していって、１コマ５ミリぐらい、メモリがだんだんだんだん狭まっていって、１コマ５ミリぐらいになると急にカタカタカタッてなって、その域を通り越えると、またスーッと普通に動くんですよ。あそこにやっぱり変な、なんか逆に動きを感じさせない穴が、穴というか出っ張りみたいなものがあるんだなと思えたりして。そういうのって、もっと解明してほしいなと思ったりもしますね。

――　リアリズムでよくいわれる「不気味の谷」みたいのがあっちこっち実は、時間変異とかそういうのに開いてるってことですか。

片渕　そうなんですよ。でもそれがアニメーションで優れてるのはタイミングだから、具体的な物理的な数字と相関関係にあるのが証明しやすいということじゃないかなと思ってたりして。そういうのをうまく利用してほしいなって、そしたらもっと進む研究もあるんだろうなと思うんですね。
同時に僕らのほうはもう、例えばテレビの画面作ってらっしゃる方たちとそんなに話をしてないなって思ってたりもするんですね。ここには日芸に映像学会の事務局とかもあったりするんですけど、そういう人いないんですかって映像学会の中で言うと、前はいたけど今はいないみたいなことで、減ってきてしまったみたいに言われて、いろんな分野がそれぞれ独自のことをしすぎていて、お互いの接点をもっと持ちあえばもっと進むことがいっぱいあるんじゃないかなって思ったりもします。
アニメーションもそうなんですけど、例えばテレビ、仮現運動でアニメーション動いてるといわれてて、それに最初に疑問持ったのは、アニメーションが仮現運動なのだとして、そうすると一番仮現運動が成立しやすい置き換えの頻度があるわけですよね。だけど、今１秒間１２０コマとか、それをはるかに超えていくわけじゃないですか。そうすると、でも動いて見えてるよねって、これどうなのかなっていったときに、仮現運動一回捨てないとダメなんだろうなって思ったりもするわけですね、概念として。違うものを持ち込んで成立するならば、そっちのほうがより正しいんじゃないか。つまり、昔研究されてたそういう知覚心理学が研究されたころと、今は装置が全然違ってるわけですよね。でも実際装置作ってる方々にも仮現運動が成立するためには、コマとコマの間に黒み（：黒画）が入らないといけないんだけど、今の液晶テレビは入れてないやつもあると。そうすると見え方違うよって言われて、どう違うのかもっと詳しく知りたいみたいなこととかあるわけですね。

――　逆にフレーム勝手に増やしちゃってるやつとか。

片渕　もありますよね。そういうのとかで、実際どういうふうに違うのかというのの、相関関係みたいなものを出したうえで我々は、そのうえでもって３コマ落ちをどう使うかというところをもう一回考える必要もひょっとしたらあるのかなと思ったりもするわけですね。
３コマ落ちだからといって、それ間にいわゆる中割りをどんどん足していって、１コマ落ちにすると、途端に気持ち悪い動きになってしまうわけです。それがよくわかって、３コマ落ちの情報量の少なさを間になめていっても、それは全部やっぱり情報量少ないままになってしまうので。そのときには、情報量が妙に少ないのにリアルに動くスピードになってたら、明らかにおかしいというのは脳がちゃんと感知して警報鳴らしてくれてるんだなって思ったりするわけですね。
じゃあ、そのときにはどうすればいいのかといったら、言ってみると動きのポーズを増やす、原画を増やすというか、１コマ中１とかにするみたいなことが必要になってきたりするわけですね。そうすると逃れられるのかなみたいなことだったりするんだけど。でもそれをしないで成立してるのが３コマ落ちのアニメーションだったり２コマ落ちのアニメーションだったりする。１コマ落ちにしても、それ以上に中割り入れられると、ひょっとしたらダメになっちゃうかもしれなくて、それが高品位なって意味じゃなくて、我々が１コマとか２コマとか３コマのとこに開いてる穴に、我々の能力のそこに開いてる穴にうまくはまることによってアニメーションが成立してるのに、その穴を勝手につぶさないでほしいみたいなこともあってしまったりするわけですね。そういうようなことで言うと、そこに表現を狙っているんだとすると、やっぱり表現として、表現と技術、あるいは表現がどう受け止められるかという人間側の性能みたいなところとものを、その関係を無視できないなというふうには思いますね。
それでも本当に数字でもって数えられる域に達してきてるんじゃないかなと思います。

――　そうですね、本当その辺の勝手にフレーム補完するという、量販店に行くと気持ち悪くなる、ちゃんとコミュニケーションとって、アニメの映像が出たらそこを勝手に切ってくれるってないのかなとか思うんですね。コマ数増やした映像、スライドだとわかりやすいのは今の話と関係あるんですかね。

片渕　そうですね、スライドは明らかにパカパカするんですけどね。

――　このテレビフレーム補完してあるなっていうのが。
片渕　わかります。

――　アニメでパンしてるとこですぐわかっちゃう。

片渕　気持ち悪いという感じにしか今受け止めてないですけどね。あの気持ち悪さ自体がなんなのかということですよね。

――　あと「大砲の街」についてもうちょっと少し聞きたかったこととしては、ワンシーンワンカットという大命題があることと、テクニカルにそれをどう実現するか。特に今もちょうど話題出たマルチプレイ的な、密着マルチ的なことというのは、それは大友さんと片渕さんの間でどういう感じで詰められてたんですか。このテーマ先にできちゃってたんですか。

片渕　絵コンテは先にできていて、そのときにはいったいどうやって撮影するかまでは考えないでやってた部分があって。例えば、廊下を奥に移動するところとかは、廊下の模型を作ってシュノーケルカメラで撮影するみたいな可能性もまだそのときには残したまま絵コンテをやってて、そこにそれを実現可能な技術をはめこんでいったという感じだったんですね。大友さんのそのある種イメージとして、画面を奥へ行くというのは必要だ。それをどういう技術でもって実現するかを考えるみたいな感じだったわけですね。

――　というか絵コンテ段階までは、そこの制約は取っ払って、大友さんがワンシーンワンカットでカメラをどんどん進ませていくという。

片渕　そうです、そうです。そのあとは、それをどうやったらカメラワークがそこに存在させられるかとか組み立てていけるかというのは、ほぼ僕は一人でやってたみたいな感じがあって、逆に言ってることがわかんないみたいな、あまりにも技術的すぎてわかんないみたいなところになっていったりしてるわけですね。
なおかつ、僕がもし仮に途中で交通事故で死んじゃったりすると、組み立てられない映画ということも言われていました。

――　大友克洋展で「大砲の街」の素材がいろいろ展示してあってですね、なんかアジの開きみたいになってこう、平面のこういうやつだったりしたんですが、そういうことですよね、あれ、これどういう順番で撮っていくと。

片渕　そうですね。アジの開きってなんだっけ。

――　なんかこう、このへんまではパーツになってるけど、ここはこう、建物の一部になっててというのが。

片渕　そうです。

――　普通の背景はこう四角じゃないですか。だけどなんかこう、軌道に合わせた変な形になってたり。

片渕　そうです、そうです、そういうことにね。でもそれは大友さんが描いたコンテを僕が、この大きさでなら撮影できるという、つまりカメラが寄ったり引いたりするので、そこの寄り切りをそんなに小さくしたくないというのとかもあって、どれぐらいの大きさでやればできるのかとか、どれぐらいの長さ実際にはあればよいのかというのを、全部レイアウトを拡大コピーして必要な原寸というのを作っていったんですね。プラス、そこでの素材分けみたいなことをしていったんで。
そのときに、それをもう一度大友さんが美術監督として、そのいわゆるレイアウトとして清書をしていったみたいな、とかじゃないのかな。大友さんだけじゃなかった、小原（：小原秀一）さんとかも、作家の小原さんとかもそうですけど、そういうところで今度は絵として成立させていったみたいな。

――　あくまで大友克洋展の一部としてあったんですね。これどうやってこういうふうに生み出されたんだろうとですね。

片渕　大きいともうどうしても、間どうやって繋ぐかというのを強引な曲線でやるしかないみたいな、この部分は普通の動き、この部分も普通の動き、じゃあ、間はスッて流すんでできるだけ短くはやるようにするけど、そこでもってパースの変化とかを強引に絵でもってねじ曲げてほしいみたいな。

――　あくまでも大友さんの意向ってあって、それを拡大してカメラワークの軌道と素材のサイズからこんなんかなという。

片渕　今度それ出来上がってきて「ここはゆっくり見せられないな」というとこが出てくるわけですね。

――　素材が。
片渕　素材的に、要するにちょうど歪んでるところだったりすると、そこ速く通り過ぎないといけないんですよ。それを全部もう一度カメラワークのスピードを計算することをもう一回僕がやって。だから、あれ出来上がるまで何分何コマの作品になるか結構流動的だったんですね。
あれそういう意味で言うと、カメラワークの動きを全部いわゆるメモリをつけていって、１コマ当たり今例えば「メモリナンバー３２６コマ目のところで、この位置にフレームがあります」みたいに全部それをつけていって「千いくつ」とかっていうのを、要するに、千何コマあるカットとかが出てくるわけですね。
そのメモリをモーションコントロールのカメラで一度撮影というか軌道を追って、座標が全部出てくるのを記録して、実際の背景とセルを置いたうえで座標どおりにもう一回１コマずつ撮影したりということを撮影の部分やってたわけですね。モーションコントロールじゃないと撮影できない。

――　シミュレーションして、もう。

片渕　シミュレーションというか、もうそれはできてるんで、読み込むというのをやる。

――　読み込む。

片渕　読み込むためのものを僕が実はもう一枚作ってた。それはそのときは、その実物大のものを見て、こうファインダーのぞいてるみたいにして見て、ストップウォッチで計りながら「ここまでは12コマ」とか「ここからここは６コマ」とかというのを、タイムシートをつけていったりしたわけですね。そこのところはかなり、言ってみるとアナログ的というか人間的に処理してたという感じですね。

――　なんかすごく不思議な、今再見してもですね、これデジタルでやると全然違うふうになると思ったりするのは。それこそ先ほどもなんかこうアニメーション的なこう、マジックにかかってるとこあっちこっちあって、それはそういうふうにして生み出されてるって感じですか。

片渕　そういうことですね。大砲の弾がクレーンに乗ってガーッてきて回り込むんですけど、回り込んだようにどうやったら見えるだろうとか。

――　平面素材を使ってね。

片渕　そうなんですよ、それ考えないといけないんです。弾は作画で回り込んでるんですけど、背景は回り込まないのをどうやったら回り込むだろうかみたいなのをこっちで、じゃあ、手前にあるクレーンのスピードこれぐらいとか、奥にあるクレーンのスピードこれぐらいとか、それ逆方向にこうやってみたいなとかをこう、つまり要求からそういうものを、要求を読み取ってこういう動きという、カメラワークとしての動きを作っていくわけですね。それをもっぱら一人でやってたみたいな。

――　ですから、そのアニメーションが根源的に持ってる、さっきちょっと穴、認知の穴みたいなところを特撮的ななんかトリックも混ぜながらやってる感じがちょっとした、トリック的な発想というかね。

――　なんかすごく不思議な、今再見してもですね、これデジタルでやると全然違うふうになると思ったりするのは。それこそ先ほどもなんかこうアニメーション的なこう、マジックにかかってるとこあっちこっちあって、それはそういうふうにして生み出されてるって感じですか。

片渕　そうですね。今だったら本当になんか3Dみたいに作っちゃうんだろうけど。

――　なんかそれじゃつまんないですね。

片渕　あの作品に関して言うならば、大友さんとか作画監督の小原さんとかと作りながら一番話したのは、やっぱり美術の話でしたね。例えば、ゴッホの部屋が描かれてて、手前の椅子はなぜこんな大きいのかとか、そういう話みたいなとこから始まったりとか、そういうものだったりします。
そういう意味で言うと、あの作品自体がそんなにピッチリした現実的な空間ではなくて、ちょっと曖昧なところを残した美術的な空間だったこともうまく機能して成立してるんだろうなという気もしますしね。アートアニメとしてでないとなかなかああいうものはできないんだろうなという。

――　本当に全体が一枚の絵画みたいな。

片渕　そうですね。

――　とこありますね。そういうのもあって、片渕さんは技術の人みたいな印象がアニメ業界にあったりすると。

片渕　ただ、あれに関して言うと、自分では全然苦労した感じは全くないので、1000コマメモリつけていくのは大変だったりしますけど、それ巨大なセルにマジックでこうやって描いていくんですけど、マジックじゃダメだなと思って、紙に描いたやつを貼って、こう帯を作って貼っていくみたいなやり方に変わったりとか、いろいろしてたんですけどね。
ただ、それがまた背景の同じ大きさで大きくなるんで、背景、ベニヤ板で水張りしてあったんですけどね。周りテープ切るじゃないですか。はがすと縮むらしいんですよ。縮んだところでメモリ作ってるんですけど、撮影台の上でライト当てたらもっと縮み始めたって言われて、読み込むメモリどおりにいくと背景が短すぎるみたいなことが時々発生してたらしいですね。

――　アナログならではの。

片渕　「撮影のほうで調整させていただきます」みたいなことを時々言われました。

――　素材が物質であるがゆえ。

片渕　そうなんですよ。だから、それはもう本当に情報じゃなくて、絵を扱ってるんだなという世界でしたね。

――　そこを克服してるがゆえの何かこの絵画的なものなんかもあるんじゃないですか。

片渕　あれ途中ではね、IMAGICAに行って、そしたら例えば変形みたいのかけなきゃ、もしいけない、例えば奥行き移動しなければいけないというときには、それは背景が変形してるわけですよね。それをこう、その当時にやったビデオ処理みたいなものでやったらどうかって言われたんですけど、それは使いたくないって。それもう僕が一人でIMAGICAに行ってその話をしたんですけど「使いたくない」って。
それは今の技術だったらば、それで今ビデオ変形、ビデオで変形させるのが一番前に出てる技術だとしても、これはすぐ別のものに追い越されちゃう可能性があって、そしたら、逆に古臭くなってしまう。そうじゃなくて、もっと根源的なところにある絵をそのまま撮影しながら、そういうふうに見せていくんだというところに、きちんとした意味を持てなくなってしまうんじゃないかなと思ったわけですね。だから、そこは避けたいみたいなことが、僕なんかのポリシーとして、あの作品に関わる以上もってやってたわけですね。

――　ずっとずっとＣＧ技術でよくいわれる「陳腐化の罠」ですよね。
片渕　そうですね。

――　3年ぐらい経つとすぐ古臭く見えてしまうという。

片渕　押井守さんに言われて「『この世界の片隅に』全部手描きでやったのは正解だね」って言われて、「手描きで一生懸命やったら絶対古びないよ、僕ちょっとＣＧを使いすぎたかもしれない」みたいなことをおっしゃってて、そういうような感じですよね。

――　2000年ごろのＣＧアニメ見るときついですからね、今見ると。

片渕　押井さんも実は日芸で講演に来られてて、そのときにそういう話ちょっとしたんですけどね。押井さんがだから「この世界の片隅に」動きが頑張ってるところが残るということがすごくいいって言ってくださったのが、わりと背中押されたみたいな感じありますね。

――　「アリーテ姫」のときもちょっとうかがったんですけど、ちょうど片渕さんのその「アリーテ姫」作られたころに、アナログ・デジタルの転換が起きたじゃないですか。そのときに色一つとっても、フィルムレコーディングで色が変わってしまうみたいなことに直面されてましたよね。

片渕　そうですね。

――　そういった話も少しうかがいたいと思うんですが、どこに一番苦労されてました、一番変わったとこ、あるいは変わらなかったことがどこかってこともあるのかもしれないですが。

片渕　例えば、それまでセルで作ってますね。セルで作ってそこにセルに色を塗って撮影してフィルムのその発色特性とかあるわけですね。それを映画になって出てきた、映写されたときにセルの色と違うのは当たり前だと思ってたわけです。当たり前なんだけども、ただこの色はこっちへ「フィルムになったときこっちへ転ぶだろうな」とか「こういうふうに変色していくだろうな」みたいなことは「こんなふうにコントラストが変わっていくだろうな」とかってことは、ある程度読み込んだうえでやってたわけですね。
今度はそれをパソコンのモニターの上で作った色が、最終的に「アリーテ姫」の場合は最終的な出来上がりはフィルムなわけなんでフィルムレコーダー、いわゆる電気信号みたいな、テレビと同じような電気信号、ＲＧＢの電気信号をＲＧＢのレーザーでフィルム上に焼き込んでいくのかな、みたいなやり方をとったときに、基本的にはやっぱり色変わっちゃうわけなんです。どう変わるかわからない。どう変わるかわかんないならば、逆に言うとうまくやったらば、パソコンのモニターと同じ色がフィルム上に作れるんじゃないのかなと思ったわけですね。
それはどう変わるかわかんないから、いっぺんやってみて「この色だとこっちでこれぐらいずれるんだ」というのを一つ一つ確かめながら、それを逆算できるフィルターを作って、パソコン上に作っていったみたいなやり方です。今も持ってるんですけど、256・256で出る色を全部出して、小さなマス目みたいにして。それをフィルムレコーダーで焼いてもらって、フィルムのコマに■■。そこに映ってるものとパソコンのモニターに同じものを映したときに、同じに映るように今度パソコンの、フォトショップで見てますからフォトショップのそのデータの上に調整レイヤー作ってるわけですね。調整レイヤーつけたまま作業やって最後に外して、フィルムレコーダーに入れたら同じ色に映るはずだという作業を。それを、とにかくその肉眼でいっぺんフィルムに焼いてもらったものとモニターを肉眼で近づけていくというのをやったわけです。

――　1600万色分やったんですか。

片渕　それ逆にね、色がたくさんあると色の模様に見えるんですよ。模様のパターンが変わるみたいな感じ。例えば、緑のこのへんが青に転んじゃうよみたいになったときは、模様が変わるわけですね、見えてる模様が。このへんは本当は色があるはずなのに白くなっちゃうよ、色が浅すぎて白くなっちゃうよみたいになって、またこの上下に短くなったりするんですよ。そのパターンをできるだけ合わせるみたいなやり方でやってたと思いますね。

――　じゃあ、それをグルーピングというか丸めていくみたいな。

片渕　全体としての、でもそれでちょっとずつ近づいていくと最後はそこの一つ一つのマトリックスのあれを比較するみたいな感じ、色の出具合とかを比較するみたいな感じですね。あれはだからたぶんちゃんとしたところに行けば、それを測る機械あるはずなんだろうなと思いつつも、そうじゃなくて肉眼でやったみたいな感じですね。
あれ「大砲の街」は一番なんか苦労したのそこなんですよ。実は「大砲の街」で既にやってるんですね。「大砲の街」は4カ所だけそれを、ＣＧで作ったものをそのままフィルムレコーダーで焼いたものを使ってて、はめ込んであるわけなんですけども、そこには人物も映り込んでいて、人物の色がセルで描いたところと変わっちゃうわけなんですよ。せめてそこだけでもマッチさせたいみたいなところからやって、それをもう一度「アリーテ姫」で本格的に背景まで全部含めた全部の色が一致するように、作業上のモニターと完成したフィルムからスクリーンに映されたものが一致するようにしていったみたいなことなんですよね。面倒くさいっちゃ面倒くさかったです。いや、だって一回ごとに五反田のIMAGICAまで行って映写してもらわないといけないわけなんで。

――　確かに。アナログからデジタルのその変化点ってやっぱり、撮影する被写体がセルも背景も本物がないっていうとこで、やっぱそういう苦労が出るってことですかね。

片渕　どうなんですかね。そもそもはやっぱり、本物があっても同じ色には映らないというのは前提として映画って存在してたから、だからそのカメラマンなんていう職業は特殊な技術としてできてたわけですよね。今目の前にある風景を、僕が撮るのと本当のちゃんとしたカメラマンが撮るのだと全然陰影とか違って上がってくるはずですよね。そこを、使いやすくなったデジタルのほうが、同じ色に、間に変なインタミディエイトがかからないで、全く同じ色に出せるんだ、出せるんだったら出しちゃおうよというのが、そのときの発想だったんで。言ってみるともっと素人に使いやすい、素人でも「これだったら、この絵だったらこんなふうに変わって映りますよ」というのを「プロの人にはそう見えるんですか」というのを、我々にも見れるようにしたということだったりするんじゃない。
だから、「アリーテ姫」はかなり微妙な色づかいを大胆にそこでできたと思ってます、例えば金という色を塗るということとかできたと思います。

――　見せていただきましたね、実はこうオーバーラップ的に変えてるだけで、金色に見えるって。

片渕　金色に見える。逆にうまくできすぎてＣＧにしか見えない、すごい残念なんですけど。

――　ＣＧに思えちゃうんですね、やっぱり。

片渕　そうなんですよ。だから、うまくやりすぎるとそういうふうになっちゃうので、最近はだからちょっと割り引かないといけないな。そこがだから、写真と絵画の違いなんだなというふうに割り引かないといけないなと思ってたりもします。

――　カメラワーク的にはどうなんですか、デジタルになって。いろいろあると思うんですけど、前はクロス引き禁止とかいろいろ、そこから始まって。

片渕　クロス引き禁止なんですけど、さっきも言った「ニモ」のパイロットフィルムでもクロス引き平気でやってますから、それとか、そういうことで言うと自分の中ではそんなにタブーをもうけてなかったので、そんなにそこが新しくなった感じはしないですね。「魔女の宅急便」なんかでもクロス引き使ってて、しかもすごくわからないように使ってて、トンボというのとキキが並んで歩いてるんですけど、並んで歩いてるのをカメラも一緒に移動してるから、いわゆる正面から見たフォローなんですよね。でも後ろの風景遠ざかっていかなきゃいけないんだけど、デジタルじゃないから遠ざかるわけないじゃないですか、マルチプレーンも組んでないし、遠ざかって見せるんですよ。
遠ざかったらどうなるかなと思ったら、2本立ってる塔があったとして、どういう位置関係になってるのかなみたいなことをやると、クロス引き使わざるを得ないんですね。プラス、あれは実はカットいっぱい人物がだんだんデカくなるように拡大作画、だんだん拡大していく作画なんですよ。それも手動で、手で描いてそういうふうになってて。それに合わせてカメラをトラックバックつけて、なおかつ背景のところで微妙なクロス引きやってるんで、遠ざかって見えるということなんですね。
ああいうのはね、おもしろいんですけど、宮崎さんは全部任せてくれるんで「こういうのやりたいんだけど」というだけ言って「じゃあ、こっちで作っとくから」みたいな感じなんですよね。「どうやったの」って言われるわけですね。「魔女の宅急便」の一番冒頭のところとか湖に風が吹いて、波がサーッと暴れてるみたいな水面が作りたいって、穏やかな水面じゃないのを作りたいっていうから「わかったから、やるから」というか、それで作ったの見て「どうやったの」って言われて、いや、どうやったの、点をいっぱい描いただけという、そういうようなことをやってましたね。

――　マルチプレーンなんかどうなんですかね、デジタルになって、そもそもの話しすると、あれはアナログの平面素材だから、本物のね、マルチプレーン。

片渕　「ニモ」のときにもやってみてもわかったんですけど、それから最近でも映画学科の授業でもマルチプレーンって、これしかできないんだよ。いわゆるフィルムのカメラでできるマルチプレーンって、ほんのちょっとしたことしかできないなということなんですね。そんなに大きく絵の中に入っていけない、みたいなこととかがあって。
マルチプレーンってある種の画期的なものといわれてるけど、その画期的なものってここまでが限界だったんだって。それに比べると、デジタルだともっと自由にいろんなことができる。その自由度みたいなのを自分たちでもっと活用したい、ちゃんとしたその自由度が表現になっていくようにするべきだなと思ってたりして。今のほうが、さらにいろんなことできるんじゃないかなと思いますね。
とはいえじゃあ、できるからといってやるかというと、そうとは限らないみたいなとこあって。「マイマイ新子」と「この世界の片隅に」とでは、カメラワークちょっとしか違わないみたいで、実はかなり違う考え方でやってて。「マイマイ新子」は子どもたちを追っていく、子どもたちの動きにつけていくカメラなので、結構小刻みにひょいひょいフレームが変わったりとか追っかけていくんですけど、「この世界」はドシッと座ったカメラなんだっていって全然違うんだな、なんてやってて。
そういうふうに映画のその主題によって、カメラの付け方も変わるわけなので、みたいなことを考えると、あんまりああいうのを使う機会が減っちゃったなというふうに思ってたりもして、もちろんだから使えるような場所を見つけていかないと、せっかくある技術だとしたら使っていかないといけないので、そこも考えてはいるんですけど。必ずしも使えるからといって、いつでも使っていいというものでもないなと思ってるんですね。

――　片渕さんの考えとしても、日本のアニメはなんで3ＤＣＧにならなかったのか、ご意見がもしあるんであれば。いろんな説があるんですけど、そもそもアウトラインがないとダメなんじゃないかってとこから始まって、単純にコストの問題なのか、漫画との親和性とかね、いろんな説がある中で何か。

片渕　だけど今VTuberみたいな人が平気で成立してるわけじゃないですか。そうすると、今できるでしょ。そこに踏み込めば、結構簡単に1本の作品成立しちゃうような気がしてて。ちゃんとそのアウトラインをもって、アニメーションルックの、セルルックのキャラクターが複雑な動きを立体的にしてくれるわけですよね。これできるでしょって思うと、なんか、もう既に出来上がってるものにしがみつきすぎなんじゃないかなと思うんですね。しがみつきすぎというか、その先には新しい可能性が広がってるところにまで目が届かないぐらい、みんなくたびれちゃってるんじゃないかなと思ったりもします。だってあれ、あんなに踊ったりいろんなことしてるんだったら、あれで作品を作りゃいいじゃんって本当に思うんだけど、なんでしないのかなって。

――　作画よりね。

片渕　 と思います。

――　部分的にライブシーンだけああいうふうになってるじゃないですか。

片渕　 だけど、あれ丸々1本やった。

――　 ないですね。

片渕　 全然おかしくないわけですよね。なぜしないんだろうって思ったら、あまりにも今までやってきたレールから外れることを考えなさすぎなんじゃないかと思いますね。

――　 産業的な制約と勇気の問題だみたいな。

片渕　 産業的にもそんなに高くつかないような気がしてて、あそこまで成立してたら。初期にその3DCGに置き換わりにくかったのは、まだ高かった、コストがかかったからですよね。それがもう25年ぐらい前の話でしょ。もう全然平気じゃないんですかということですよね。

――　 AIが入ってきて、現実の人間のダンスをリアルタイムでアウトラインつきのCGに置き換えたりする。

片渕　 自分自身で言うと自分自身が作ってるものと、そういうのはまた別のジャンルだと思ってるんで、自分自身はそこへ踏み込む必要はないんですけど。それはもっとできるとか、そのことで何かを作ろうという人が出てくるべきだと思いますけどね。技術があるのに利用しないというのは、すごくもったいないという以上におかしいという感じがしてるのかもしれません。

――　 ご自身としてはあんまり興味はない、3DCGに。

片渕　 3DCG、どこかでやるかもしれないなと思いますけど、今やってるものじゃないと。

――　 今ご準備されてる新作では、お使いになられてないんですか、限定的でも。

片渕　 使ってないですね。もしその次があるならば、ひょっとしたらそういうのもやることを初めから考えてもよいかなと思ったりもしますね。今やってるのはそういう意味で言うと、手で描くということに一つの目的意識を持ちながらやってたりしますから。

――　 監督のお仕事の中で、ゲームのお仕事で「ACE COMBAT」あるじゃないですか。あれではCGはされてるんですか。

片渕　 そうですね。あれに関して言うと僕自身は、脚本書くところまでの作業で、そこから先はバンダイナムコのほうでやっているので、具体的に「ああだ、こうだ」ということはないですね。せいぜい「キャラクターこういうデザインになりますよ」って見せてもらうぐらいで。それもキャラクターのデザインがある種の、世界的なグローバルなマーケットリサーチと結びついてるんで、こっちが「これじゃないんじゃないか」と言い出しにくい雰囲気もありますね。

――　 「ポポロクロイス」はどういうお仕事されてるんですか。

片渕　 「ポポロクロイス」は。

――　 アニメーションパターン演出ってなんか、調べると出てくるんですね。

片渕　 ゲームでゲームの中で動くじゃないですか、例えばなんか出てきてこうやって、待機中はこうやって動いてます。あれを作画でやってたんですよ。

――　 ドット絵じゃなくて？

片渕　 ドット絵じゃなくて。作画でやってたんで、それを一応取りまとめるということだけですね。

――　 なんかびっくりしたり喜んだりみたいな。

片渕　 例えば、こんなことやったりとか、それいちいち全部作画でやってたんです、あの当時は。

――　 そのモーションというかアニメーションの演出。

片渕　 出来上がったもの見て、よっぽどはずれじゃなければそのまま通すということだけでしたね。でもたぶん、よっぽどのはずれも一つもなかったような気がしますね。ほぼなんにもやってないですね。
そのことによって、こういうゲームの世界みたいなものをのぞいたのはその後の展開については大きいかもしれないです。

――　 ゲームも含めてあんまり3DCGは、これまでは積極的には関わってない。

片渕　 そうですね。「ACE COMBAT 7」とかだと、こちらがいろんな作品での世界を脚本でもって作り上げていくわけですね。そうすると、「CGで作り切れない」って言われたんです。「しょうがないから実写で撮ってきて入れてやる」って、結構実写が入ってたりするんですよ。
CGでできる範囲というのをかなり逸脱して脚本のほうで表現を作ってたということなのかもしれないと思うんですね。

――　 具体的にそのCGで作れないというのはどんな絵。

片渕　 例えばモデリングが間にあわないみたいな。

――　 そういう意味。

片渕　 出てくる部屋の数が多いみたいな、一瞬しか出てこないんだけど部品がいっぱい置いてあるとか。それだったらその部品いっぱいある、ネジの箱とかがいっぱいある部屋に行って撮ってくればいいじゃんみたいな話で、「撮ってきました」みたいな。あとは旗がはためいてるみたいな、「あれCGでやると大変なんですよ」って「でも本当の旗作りました」って言われて「風吹かしました」って言ってるから、そういうふうにやってるんだと思って見てたという感じですね。

――　 そのへんCGの弱点ですよね、ネジ100個あったら100個モデルを作ったり置いたりしなきゃいけない。

片渕　 いろんな種類があるというと、また大変だったりするから。でも本当にそういうものがある場所に行って撮影してくればよいし、それを本当にそのCGと同じ画質でもって撮れるんならばよいわけですよね。CG側に対してもその画質高めるという要求がそこでされるわけなんで、そういうことはよかったんじゃないかと思います。

――　 最後ちょっと新作について、意気込みというか。

――　 今話せる範囲。

片渕　 新作は、今までやってきた「この世界の片隅に」が昭和の10年代20年代を描いて、それがある種記録的なものを調べて、それを絵として画面として再現していったときに、あそこまでの再現のものを作れたんだとするならば、同じように史料性があるならば、もっと違う時代も作れるんではないかと思ったわけですね。
それで「マイマイ新子と千年の魔法」のとき以来気になっていた、千年前の少女のその後の人生みたいなものをそこで描けないかと思ったわけです。同じように調べられるかどうかは、千年前のほうがハードルは高いことは高いんですけども、それだけになんかそこの調べ方も、今までよりも密度を上げたりとか、より高品位な調べ方になってるんじゃないかと思います。

――　 高品位なと、例えば具体的に。

片渕　 例えば、平安時代だと「十二単」といわれている「裳唐衣装束（：もからぎぬしょうぞく）」というんですけど、それをいわゆる女房たちが着てるわけですね。これのまず形が正確なのかどうか、今伝わってる形が、と思ったら、どうもそうではないらしいということがわかったわけですね。そういうものを、実際に自分の手で再現してる方を見つけることができて、そういうところで考え方とか聞いたわけですね。
例えば、当時の平安時代中期の絹の反物の幅ってどれぐらいかによって出来上がる着物のサイズが変わると。反物の幅も、時代によって変遷してるんですけども、それをかなり時代の幅を狭めて数字を得られないかみたいなことをやって、それで作った服装、もっとほかのも、例えば絵巻物にどう描いてあるかとか、そういうのを全部放り込んで出来上がった、実際のものにかなり近いだろうと思われるものが、ご自分で作ってらっしゃる方が提供してもらって。
今度はそれを着て、どういう立ち振る舞いができるかというのをやってみたわけですね。例えば、あの十二単を着て座るときに一挙動でできるのか、それとも何挙動になるのかみたいなことを確かめないといけないわけです。我々のスタッフの女性に着てもらうと、座ったあとに、足をきれいなところに収めるのにモソモソしてしまうんですけど。日本舞踊の人に着てもらったらどうなるかと。そうすると、完全に一挙動で足が収まるみたいなことがあるわけですね。普通にスッて座るだけでもう全部収まってしまうわけですね。
でもそれはたぶん、あの服でもって実用してた人たちの着方なんだろうなと思って。その服を着たときに、どれぐらいまで着慣れてるか。着慣れてる人だとどういうポーズの付け方になるかみたいな、そこを得ていくというようなことだったような気がします。その得たものは最終的にはその画面の上での動きとかポーズとかになっていくわけなんで、まさにアニメーションとして必要なものであるはずだということですね。
それは本当に今まで、少なくとも映画とかの画面上に出てくるのと結構違うものになってる感じもしますね。

――　 以前うかがったときに、確かに夏には十二単でも夏服になっていたというのを、確かに言われてみればそうなんだけど、今まで考えたことなかったので。
片渕　 結局いろいろわかって、1年間に何回衣替えがあるかというところまで全部今わかりまして、そのたびごとにどれぐらいずつ服が薄くなっていくのかがわかって。
夏のに関しては、色なんかもわかりまして、平安時代十二単をたくさん着重ねしてるんですけど、それ何色と何色をこうやって着重ねするんですよみたいのが、平安時代末期ぐらいからの本には書かれてるんですね。見るとブルーがない。緑はあるし黄色はあるし白はあるし、赤系はあるしピンクもどうもあるみたいだと。青がなぜないんだろう。紫はあるのに青がない。青だけなぜ、特別な色なんだろうなと思ったら、夏服がブルーばっかりだったんですよ。それがまたわかったりして、いろんなことが、今までと違うイメージになっていくんだなって。
平安時代のもの、しかもそういうような細かな情報は実は、清少納言が書いた『枕草子』が情報の宝庫であったりするわけですね。「青いものは4月から着ている」ってちゃんと書いてあったりするわけで、4月には今で言う葵祭、賀茂祭があるんですけど、そのときになるとみんなその色のものをもう着て出てるとかって書いてて、4月というと今で言うと5月ぐらいなんで初夏ですね。そのぐらいになるとやっぱり暑いともう着替えちゃう。
そうすると、あの十二単、みんなが知ってる十二単は1年の半分も着てないかもしれない。ちょうど半分ぐらいですよね、半分ぐらいの印象のものを全てだと我々は思い込んでしまっていた。そういうのがわかってきて、その時代の再現にはものすごく意味が出てくるような気がするんですね。それが表現なのかといったら、それも表現なのだ、この作品の場合の表現なのだと思うことにして、そういうところの精度、当時の再現としての精度をどんどん高めようと今してるわけですね。
牛車のサイズなんていうのもあって、牛車のサイズがどうもわからない、数字としてわからないんですけど。車輪と車輪の、いわゆるトラックベース、車輪と車輪の間隔だけはわかったんですね。なぜかというと、平安京でぬかるみに牛車が走った轍が遺跡化して残ってるところがあるんです。それ1両だけじゃなくてどうも何両も走ってる。それで見ると、右側通行、左側通行じゃなくて、牛車は真ん中を通るものらしいということまでわかるんですね。
そのトラックベースが1.6メートルぐらいなわけです。1.6メートルで、それでこう作っていくと、車輪自体の直径が1.6メートルぐらいだとあのバランスになるなと、絵のバランスになるなってわかってきて。そうやって、牛の全長とか、いろんなことを考えて。そうすると、牛をつけたまま曲がれる町角と、例えば門を入るときは完全に牛を離さないと曲がれない、中に入るために旋回できないとかいろんなことわかってくるわけですね。どこからは、手動で押すということになるわけです。
じゃあ、牛車自体はどれぐらいのスピードで走るのかというのも、スタッフの若い人に例えば、牛の一歩の運びどれぐらい、何コマで何センチというのを割り出してもらって、そうすると時速2.何キロという牛車のスピード出てきたりするわけなんですね。それでできた数字でいっぺん動きを作ってみようというのが今パイロットフィルムが出来上がってるんですけど、それの1カット目に走ってる牛車だったりするわけなんです。ちょうど牛車らしいや。
そうやってどんどん、当たり前かなと思われてたところを一度全部解体してゼロから組み立て直すことで成立させていくみたいなことをやってるわけなんですね。本当にいちいち全部ゼロからなので。

――　 でも「この世界の片隅に」のときに、呉の軍港に何月何日に何の船がというのを調べられたというのもすごいなと思って。

片渕　 そうなんです。

――　 ディテールのこだわりというのはやっぱり画面の説得力に。

片渕　 説得力になりますよね。今平安京とかは、模型が平安京1000分の1模型というのが京都にあったりするんですけど、広大な平面に作ってあるんですけど、実際に京都行って車走ってみると北へ行くとこう上り坂になるんですよ。これはこの模型通りじゃないということが今度わかって、傾斜角を計算していくんですね。50センチの等高線の地図を手に入れてみたりとか。
そうすると、豊臣秀吉が聚楽第を建てたときに堀を掘ったので地形が壊されているというのと、その壊してない外側と外側で測って傾斜角測ってみて、今度はその内裏の清少納言がそのあたりに住んでいたあたりの、発掘調査報告書を見てみて、そうすると地層がこう下へ行くにしたがって古い地層になっていくんですけど、ちょうど平安時代ぐらいの地層が、我々がその計算して出した、そのあたりの平安京がこれぐらいの角度で傾斜してたんだろうというのと一致するわけですね。ああ、その角度で一致するんなら、何メートル行ったら何センチ上がるってわかってきて。
ただ、平安時代の建物は階段とか建物の基壇とかが全部1段6寸、約18センチでできてるわけですね。そうすると、どこかに大きな内裏の中でどこかに段差があっても、全部その6寸の倍数で段差ができるはずだなということを割り出して、このへんに98センチの段差ができそうですとか、そういうのをやっていくんですよ。それで絵を描いてみたら、やっぱりその平面にツラツラーッとこうあった渡り廊下みたいなのが途中にこう段差があって出来上がってるのとか見ると、こっちのほうが説得力あるなと思ったりもしますね。
そういうことがだんだんわかっていくと、言ってみると雑な情報が増えていくんで、情報が濁されるというか、きれいな色だけではなくて、いろんな濁ったものが入ってくるのが作品の中の世界がより生々しく見える、強度高めるんじゃないかと思ってて。全然根拠なかったら、そんなとこに段差作らなかっただろうけど、ここに段差あるとそれだけでなんかちょっと映えるという、そういうのが見つかっているわけですね。そういうのを、繰り返し繰り返しやってるって。
一番最近やってるのは、下着みたいなものが十二単の襟元に見えるのか見えないのか。人によっては下着を着てないという説もあって、そうすると一番下は裸だ、裸の上にいきなり絹のものを1枚着るんだというんですけど。それはないだろうな。ないとしたら、下着着てる絵は1枚もないのかといったら、ちゃんとその見つけてきてくれて、袖を抜いちゃって、内側からこうやって出すんです。内側から出てるはずなのに、1枚だけこうやって袖がついてるんで、これ下着だなということがわかるんですね。下着はなおかつ十二単がこんな袖なのに、これぐらいしかないんで、普通の袖なんで、明らかに下着だってわかる。でもそういうふうなものに、ここに下着の線が見えてないから、襟元は下着はもっと開いていて見せないようにしてるんだなということがわかるわけですね。
そうやってみると、ちょっと江戸時代、江戸時代だとここに襦袢が見えてたりするんですけど、それとは違う雰囲気出来上がってきて、やっぱりこっちのほうがよかったなというのを繰り返してたりするんですね。もちろんそういうのは、ドラマ的な話ではなくて、作品の本当に外形のものではあるんですけども、外形のところに説得力があるとやっぱりかなりその中で行う出来事に関しても、説得力の持たれ方が違うんじゃないかと思ってたりもしますね。
一番肝心なのは、平安時代の人たちの精神生活は我々と違うという、のような気がすからですね。彼らは人が死ねば、死んだ人のその恨みとかがこの世に残って災いを残したりするんだって思ってるわけですね。思ってる人も中にいるわけですよね。それが彼らにとってのリアルなんだとしたら、そこまでをリアルだと思うしかなくて、そのリアルは今度はどうやって表現されるのかということを考えていかないといけないなと思ってたりもして。

――　 そのへんのほうから、ストーリーをテーマにかかって。

片渕　 そうですね、当時「もののけ」ってどうやって現れたかというのも調べないといけないわけですね。結構それも記録が残ってるんで、ちょっとびっくりするんですけど、ここ鬼が歩いたあとみたいな、鬼がここからここまで歩いたとか、このときに鬼から抜けた毛が落ちてるけど青色だとか、いろんなこと書いてあるんで、雪男のみたいに結構なんか、本当にそれらしいもの結構残ってたりするんですよね。
でもそういうものがあることによって、彼らの生活というのはかなり制約を受けていたりするんで、タブーがものすごく大きかったりしてたりするんですよね。それがそれなりに、我々にとってもそれを描くことによって、我々にはね返ってくるものって結構あるんじゃないかと思います。こんなふうに人は自分たちで勝手に制約を作って、その中に勝手に閉じ込められていったと。さっきのセルルックのCGの話もひょっとしたらそれじゃないかなって思うのは、そういうようなことを普段考えてるからなんですね。

――　 なんかいい話でちょうどいい気がしますが。

――　 学生さんにもそういう、疑ってみろみたいな。

片渕　 そうですね、いっぺんは疑ってかかったほうがいいです。

――　 自分で自分を閉じ込めてないかみたいな。

片渕　 中学校のときの理科の先生は、読んだことは忘れる、見たことは覚えるというのをいきなり黒板に書いたのを覚えていて、1年生の最初に。ああ、そういうのが科学なんだなって、「アリーテ姫」なんかも途中で一生懸命科学の実験で、水をこぼしたりとかやってるんですけど。ああやって実証していくことは、そういうような精神を手に入れることはすごい大事だなって思いますね。

――　 じゃあ、ここへまとめます。どうもありがとうございました、長時間。

――　 ありがとうございました。

片渕　 いえ、ありがとうございました。

片渕須直

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