人文社会領域とAIの融合を推進するAI活用奨励制度「日本財団HUMAIプログラム」の第一期メンバーが執筆した論考集「HUMAI Anthology」の最優秀作品を選ぶ最終審査会が2026年4月5日(日)、東京・五反田のゲンロンカフェにて開催されました。
日本財団HUMAIプログラムは、人文社会領域に関心をもつ大学生・大学院生・ポスドクが、専門分野を越えて交流する場です。公益財団法人日本財団と東京大学「松尾・岩澤研究室」のバックアップのもと、奨励金による支援やコミュニティへの参加、定期的なアウトプットを通じて、参加メンバーはAIの発展を積極的に取り入れ、学術活動を推進しています。
今回の審査会では、第一期メンバーによる論考の中から8本が選ばれ、会場では執筆者によるプレゼンテーションと、審査員との熱い質疑応答が繰り広げられました。なお、候補となった論考はwebゲンロンで公開されています。
HUMAI論考最終審査会 候補作品一覧(webゲンロン)
▶https://webgenron.com/articles/humai_anthology_001
審査には、各界の第一線で活躍する以下の5名が登壇(いずれも敬称略)。専門領域の異なる視点から、鋭く、多角的かつ建設的な指摘が飛び交いました。
- 東浩紀(ゲンロン創業者、ZEN大学教授、哲学者)
- 伊藤亜紗(東京科学大学教授)
- 桂大介(リブセンス共同創業者、シラス共同代表兼CTO)
- 川上量生(株式会社ドワンゴ 顧問)
- 河野慎(ZEN大学講師、第二松尾研)
W受賞が物語る、日本財団HUMAIプログラムが目指す未来
第一回の最優秀作品に選ばれたのは以下の2名の論考です。「実践と理論という対照的なアプローチの2作品が揃うことで日本財団HUMAIプログラムが発信すべきメッセージを体現できる」として、2作品の同時受賞となりました。受賞作は一部加筆の上、2026年秋に刊行予定の批評誌『ゲンロン19』に掲載される予定です。
岩井 優士 氏(東京大学大学院 博士後期課程3年)
『足場は動き続ける──AIとの8ヶ月の協働から見えた人文学のこれから』
岩井氏は日本財団HUMAIプログラムの第一期メンバーとして活動した8ヶ月間の中で、新たなAIの基盤モデルやサービスが登場するなどして、最適な方法論がめまぐるしく変わっていったと振り返りました。その上で、「モデルやサービスが変化しても左右されない、本質的な仕事とは何か」という問いに直面したといいます。
岩井氏はAIを活用し「学術資料のデジタル化」「教育支援AIプラットフォーム」など3つのプロジェクトを実践。5年間の教員経験に基づいた現場感覚も武器に、AIに要件を伝えてコード生成やデバッグを行う手法「バイブコーディング」を使ってシステムを開発しています。
その過程で浮き彫りになった課題の1つが「メタデータ設計の非中立性」。メタデータのスキームを設計すること自体が何かしらの視点や意図を孕み、中立的ではありえないにもかかわらず、AIという主体が不明な存在がメタデータを設計することが中立的であるかのように誤解される可能性があると指摘。資料の整備や検索ツールに関しては、研究者コミュニティでの検証可能性が担保されていることが重要だと話しました。
また「効率化のなかで切り捨てられるもの」にも目を向けるべきだと岩井氏は言います。例えばAIの解説を利用するのは効率的である一方、物事を理解した気持ちになってしまうだけの恐れがあります。読みづらい文章を自分で理解しようとすることで言語運用能力が育まれることにも注目が必要です。
これら「こぼれ落ちるもの」を拾い上げる仕組みを組み込むことこそ、AI時代に人文知が果たすべき役割であると岩井氏は結論づけました。審査員からは、その社会実装への高い期待が寄せられました。
髙多 伊吹 氏(東京大学大学院 博士後期課程2年)
『基号[サブシンボル]を定義する──接続主義の文字学[グラマトロジー]的定位』
1980年代以前の機械翻訳で主流だった、離散的な記号を明示的な文法規則にもとづいて解釈する「記号主義」と、現在の深層学習の中核をなす、神経回路網(ニューラル・ネットワーク)上の接続の強弱に基づいて言語処理を行う「接続主義」。髙多氏はこの対立を、カンタン・メイヤスーとジャック・デリダという二人の現代思想家の議論に重ね合わせます。
量的な計算に記号の同一性が先立つと考えたメイヤスーに対し、フロイトの神経学モデルを背景としていたデリダはむしろ、記号の同一性こそ量的な処理の後に生じると考えていました。髙多氏は両者の「暗号」をめぐるテクストを並べて読解することで、記号主義/接続主義的な言語観の対比を哲学的な読みの次元で捉え返します。
論の後半では、接続主義から導かれる「基号(サブシンボル)」の観点を言語学者ジョージ・キングズリー・ジップや哲学者ミシェル・セールの議論へと展開。完全な秩序でも完全なカオスでもない「偏り」から意味が生じるという発想が引き出されます。
「基号」は人間の言語を説明するための工学的道具にとどまらず、その認識そのものを規定する操作概念であり、あるいはこの観点は各人のことばがもつ創造的な偏りとしての「作家性」にも結びつけうるだろう——髙多氏はこのように論を締めくくりました。
川上氏は「AI時代になって、かつての人文学者たちの洞察がかえって鮮明に見えてくることを示した興味深い論考だ」と高く評価。哲学と情報工学双方の視点を架橋し、哲学的な着想を数理モデルとして確立しようとする試みに注目が集まりました。
AI時代だからこそ意義深い「知の融合」
約6時間に及んだ審査会。総評では、登壇者一人ひとりに対し、未来に向けたフィードバックが寄せられました。
- 東氏:「人文的アイデアをAIに『実装』した結果にまで踏み込んだ論文が、さらに増えることを期待したい」
- 桂氏:「どの論考も、AI時代における『人間の在り方』に視点が向いていた。こういう時代だからこそもう一度考えたくなるテーマなのだと感じた」
- 伊藤氏:「今回はいずれの論考も単著であったが、それが制約になっている可能性がある。合宿などを通じて研究テーマを育てていけば、日本財団HUMAIプログラムから生まれる新しい研究も出てくるのではないか」
- 河野氏:「これまで専門的な訓練が必要だったコーディングやシステム開発が、AIによって、より多くの人の武器になりつつある。人文知の問いや視点と組み合わせ、社会を変革する力にしてほしい」
- 川上氏:「審査員の間でも、各々の背景による着目点の違いが際立っていた。文理それぞれの分野が視点を補い合う可能性を、受賞した2つの論考が象徴している」
最後に、受賞した2名には賞状が授与されました。岩井氏は「50年、100年後の未来に繋がる仕事だと思って頑張りたい」と決意を語り、髙多氏は「日本財団HUMAIプログラムの支援を受けることができ、賞までいただけて光栄。今後も関わり続けたい」と感謝を述べました。
なお、審査会の映像はゲンロン公式YouTubeチャンネルにてご覧いただけます。
❙ 日本財団HUMAIプログラムについて
人文社会領域に関心をもつ大学生・大学院生・ポスドクが、専門分野を越えて交流できる場です。本プログラムでは、奨励金による支援やコミュニティへの参加、定期的なアウトプットを通じて、参加者がAIの発展を積極的に取り入れ、学術活動を推進することを目的としています。分野横断的な観点から人文社会的な関心や問題意識を有する方が、所属する大学や学部・研究科を問わず集う場となっています。
Webサイト ▶ https://zen.ac.jp/humai
「日本財団HUMAIプログラム」公式X(旧Twitter)▶ https://x.com/HUMAI_program

